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銀を金に

 翌朝、ドレッドに連れられ市場を訪れていたライは予想以上の賑わいに驚かされた。

 罵声のような声が常時あちらこちらから響き渡る。沢山出されている店の中で自分の店に気づいてもらおうと、それぞれが客引きに必死なのだ。

 ガザラではもちろん見られなかったその光景に、ライは目を丸くする。


「ライ君、君達は旅をしてるんだったね。その中でもこんな市場は初めてかい?」

「えっ、あ、はい」


 苦笑ぎみにドレッドに言われ、ライは赤面した。一体自分がどんな顔をしていたのか、と恥ずかしく思う。


「ここ、プリアテンナはグランデール大陸南部一の商業都市さ。この街を中心にして物資は流れていくといっても過言じゃあない。この程度の賑わいは、ここでは普通さ。さて、俺達も本業を始めよう。後ろに積んである布をとってくれないか?」

「は、はい!」


 ドレッドに頼まれ、荷台へと手を伸ばす。すると、大きな麻袋が三つほど目に入った。


「ドレッドさん、あれ……」


 その麻袋は昨日まで無かった物。不審に思い、ライはドレッドに尋ねる。


「ああ、それは例の麦だよ。昨晩テリーさんに言われただろう? 君が眠っていた早朝に調達してきたんだ」


 昨晩なかなか眠付けなかった事と連日の疲れも重なり、今朝目が覚めた時には既にドレッドの準備が終わっていた。

 ライが寝ている間に、ドレッドはテナエラ妃殿下の作戦通り“大量の麦の購入”を済ましていたのだ。


「すみません……」

「いや、別に大丈夫さ。俺はただテリーさんの指示に従っただけだから。特段難しいことは何も無かったし」


 テナエラ妃殿下はドレッドに「正午の鐘で中央広間に来るようにライに伝えて」と言伝を残し、夜明け前には宿を出たらしかった。

 そんなこんなで、正午の鐘が鳴るまでの数刻手が空いたライは、市場でドレッドの手伝いをすることになったのだ。


「もう少しそっち、引っ張って」


 ドレッドに指示されながらライは店を構える準備をする。少しくたびれた布の上に木箱を並べ、その上に更に布をかけクロスにした。


「その布はその奥、いや、もっと奥だ」


 そのクロスの上には様々な色や柄の布が並べられた。どれをとっても手触りが良い。触れた瞬間にしんなりと手に馴染むその布は、素人でも高級なものである事がすぐに分かった。

 荷台に詰められていた布を並べ終えると、ドレッドは荷台に腰掛け、ぼうっと人の流れを見つめだす。


「ドレッドさん、売らなくていいんですか?」


 周りの店では声が枯れるほどに呼び込みをしている。その中で静かに構えるドレッドの店にはお客が一人として訪れなかった。

 心配になりライは訊ねる。するとドレッドはヘラッと笑い力を抜くように伸びる。


「んー、んん……。別に良いのさ。俺は買ってもらう為に商売していない。欲しい人に売る為に商売しているんだ」

「……?」


 彼は自信満々に持論を述べた。だが、ライにはその意味が分からない。首を捻ったライに対し、ドレッドはニヤリとした。


「なあ、ライ君。この世は物に溢れていると思わないか?」

「……溢れて……いる?」


 ライは腕を組み語り出すクニックの脇に並び、彼の言葉をなぞる。


「ああ、俺らが生きていく上で必要な物以上に物が溢れているって事さ。言わば物の飽和状態。そうにも関わらず金のある奴らはどこぞの豚のように物を買いあさる。それって正しい事なのかな? って俺は思うんだ」


 物の飽和状態。確にこの市に来ている人達はみんな綺麗に着飾った金持ちばかりに思えた。


「俺がここで声を貼りあげれば布の一枚や二枚は売れるかもしれない。だがその布は本当に需要のある物なのだろうか」


 ほんとうに需要のある物なのだろうか。そう言った彼の顔は真剣そのものだった。

 確に、いくら物が溢れているこの世だとしても、充分に均等に溢れている訳では無い。

 ライ達の住むガザラでは“溢れている”という言葉は相応しく無かったし、プリアテンナの城壁の外に住む彼らは“足りていない”という表現の方が正しい。


「物は本当に必要としている人に売るべきだ。必要としていない人が口寂しさに買ったところで、それはタダのガラクタになる。本当に欲しいと思う人は自分からこの布を見つけてくれるんだ。それに、だ。俺はこの布を作った人から直接仕入れている。どんな人が、どんな思いで布を織っていくか知ってるのさ」


 だからこそ本当に必要としている人に売りたいのだ、と彼は言う。


 目を閉じ自分の考えを零したドレッド。

 ライは吸い込まれるように、彼の顔から目が離せなくなった。 


「……ん? どうした?」

「……綺麗ですね」

「えっ!?」


 突然突拍子もない事を言われたドレッドは、本当に驚いた声を上げる。


「僕はそんな風に考えた事がありませんでした。でもドレッドさんの言った事は、とても綺麗でかっこよくて、美しい考えだと思います」


 そんな風に、ただ“売る”という行為を他方から考えられるドレッドの事を、ライは素直に綺麗だと思ったのだ。


「いや、こんな事言ってるからこんなボロっちい服しか着れない訳だけどさ! でも、大切な事だと思うんだ」


 眉を下げ笑うドレッド。彼はよくこの表情をする。

 自身の意見や考えを発言するのが恥ずかしいのかもしれない。


 二人は綺麗に並べた店の後ろで、のんびりと市の様子を眺めていた。


 ドレッドの言う通り、物を買わせようとしなくたって数枚の布が売れて行く。ライはその模様を隣でずっと見ていた。

 これも今まで知らなかった世界。ライは自分の知らない世界が本当に沢山あることを改めて思った。


 そうしているうちに、リンゴーン、と教会の鐘が鳴り響く。


「ライ君、行っておいで」


 売上帳簿を付けていたドレッドは一瞬顔を上げ言った。


「はい! ありがとうございます」


 ライはドレッドに軽く頭を下げると足早で中央広間に向かう。この市場をずっと真っ直ぐ進めば中央広間に繋がっているのだ

 行商人達が店を並べる混雑地帯を急ぎ足で歩く。

 ズラっと続く市場を抜けると、一気に視界が開けた。


 噴水を中心に円形に広げられた空間。ここが中央広間であるだろう事は直感的に分かった。

 そこにいる人々は、生簀の中を泳ぎ回る魚のように、思い思いに動く。よくもお互いにぶつからずに上手く歩いているなと思うほどだ。


「これだけ人が居たら分かんないなぁ……」


 ライは背伸びをして辺りを模索するが、テナエラ妃殿下の姿を確認する事が出来ない。


「ねぇ、君」

「わあっ!」


 突然に腕を引かれ、ライは驚きの声を挙げた。慌てて振り返ると、そこには行商人らしき風貌の男が一人。

 彼はライの耳元でこう囁く。


「銀を金にの話、聞いたかい?」


 どこか聞いたことあるフレーズにライは目を丸くした。


「それって――」

「失礼、その子は私の連れだ」


 ライが男に問い返そうとした瞬間、背後から誰かに抱きすくめられる。それと同時に嗅いだことのあるような花の香りかした。


「行こう、ライ」


 ライは手を引かれるがままにその場を後にする。

 前を歩くフードを被った青年は早足でどこかへと向かう。その最中にも辺りからは「銀を金に」という言葉が聞こえてきた。

 人混みを抜けた辺りでライは青年に言った。


「テナ……テリーさん! ど、どーゆー事ですか?」


 青年テリー……否、テナエラ妃殿下はフードを深々と被ったままこちらを振り返る。


「昨日話したでしょう? これから価格のつり上げをするって。想像以上の大成功よ」


 そう言いながら彼女は指を指した。

 その先には大量の白い麻袋を一杯に詰んだ荷馬車を引く男達が。


「みんな、言う通りに麦を買い漁ってるわ。お陰で昨日より麦の価格は上がってる。このままのペースを保っていれば明後日には三倍くらいに膨れ上がるんじゃないかしら」


 テナエラ妃殿下は紅く燃える瞳を更に輝かし、楽しそうに言った。


「まあ、実際に価格が上がらなくなって別にいいんだけどね」

「……え?」


 驚きの声を上げたライに対し、テナエラ妃殿下は背負っていた袋を指さしながら笑った。


「もう既にドレッドとの約束は果たしてるからね」


 ドレッドとの約束――手持ちの銀貨を全て金貨に変えてやると言った約束だ。


――この短時間で一体どうやって……?


 ライはそこまで考えて、「ああ、なんだそう言うことか」と納得した。

 先程から聴こえてくる「銀を金に」のフレーズ。これを上手く続けていたら、たしかに手元の銀貨が金貨に変わるのにそう時間は必要無さそうだった。

 あくまでも、“上手く続けていたら”の話だが。


「……ここまで上手くいくと欲が出るわね」

「……?」


 顎に手を当て何かを考えるテナエラ妃殿下。少しの間を置いて、何かを閃いたように手を叩いた。


「せっかくだから、この街も買ってしまおうか」

「えっ!? ま、街を……!?」


 とんでもない事を言い出したテナエラ妃殿下にライはつい大声を上げてしまった。途中で気づき慌てて塞いだのだが、周りから鋭い視線が向けられる。

 

「さて……今日の午後は、クスっ……またこれを続けるわよ!」


 恥ずかしさのあまり赤面するライ。笑うのを必死に堪えるテナエラ妃殿下に、背中を強めに叩かれた。



 城壁の街プリアテンナは、夕日が城壁に沈む。

 テナエラ妃殿下とライはランタンを片手に昨晩の宿へと戻る道を歩く。

 テナエラ妃殿下の話法をずっと隣で見て来た訳だが、やはり彼女は大変素晴らしかった。

 堂々とした態度に鋭い目付き。そして話に食いついてくるように時々開ける間がまた絶妙なのだ。


「テリーさん、さっき、街を買うって話……」


 ライは辺りに人気がない事を確認した上で彼女に話しかける。


「ああ、その話ね。これだけマラデニー王国やら西域の話を大っぴらに話してれば、興味を持つ連中がいるのは当たり前よ。そいつらをうまく使えば、このプリアテンナは買える……つまり、マラデニー王国の属国に出来るって事よ」


 最後の言葉は辺りを警戒してか耳打ちされた。

 その言葉を聞いたライは目を見開いたままテナエラ妃殿下の顔を見る。


「……」

「なに?」


 にっこりと微笑む彼女。

 一つの街を買い、自国の属国へと導く……なんてスケールの大きな話なのだろう。今やライ達二人には圧倒的勢力を誇る軍隊も、力添えを貰える後ろ盾もない。そんな状況の中で余裕の笑みを見せるテナエラ妃殿下。


「銀を金に……更には、敵国を属国に。なんてね」


 ライは彼女の事が恐ろしくなった。


こんにちは。

今週も閲覧いただき誠にありがとうございます。


物の飽和状態。

実際に今私達の生きる身の回りでも起きている状態です。一方で貧困に苦しむ方々が居るのも事実です。



次週は定例のお休みです。

次回公開は8月19日(土)を予定しております。

よろしくお願いします。

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