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銀貨七枚

「シッ」


 あまりに驚いたのか、悲鳴を上げそうになったミレンチェの口をテナエラ妃殿下は慌てて塞いだ。

 ここで大声でも出されて皆を起こしてしまったら、初っ端から私の作戦は遅れを出してしまう。


「……す、すまん」


 ミレンチェが落ち着きを戻し、荒い呼吸を整えるのを確認すると、テナエラ妃殿下は横目でドレッドとライを見た。

 彼ら二人が眠る直前、明日の大まかな動きは伝えた。だが、それが生きてくる為には、テナエラ妃殿下自信が下地を作らなければいけない。


――まずはこれがその第一歩だ。


 そんな野心を悟られないよう、テナエラ妃殿下はにっこりと微笑んだ。

 完璧な笑顔以上に“感情が無い”表情は無い。

 人間は必ず感情が顔に出る。それを見て相手はその人の思考を想像するのだ。故に王族は“完璧な笑顔”で人前に立つ。王族という像の中に存在する、“自分“という感情を万人に悟られないように付ける鉄仮面の様なものだ。

 生まれてこの方幾度となく見せてきた仮面。こんな暗がりで一人の男相手にする位、彼女にとってなんてことは無い。


「考えては、頂けました?」


 囁くようにわざと熱っぽく言った。

 それを聞いたミレンチェは微かに顔を赤らめ、視線を泳がせた。いくらテナエラ妃殿下の事を少年だと思っていたとしても、元は十五の女の身だ。それに王族級の気品を持ち合わせていると言ったら尚更タチが悪い。

 んん、とミレンチェは咳払いをし、わざとらしく眉間に皺を寄せた。


「……本当に、価値のある話なのか?」


 疑っている様に返事をするミレンチェ。

 だが、この答えの時点でテナエラ妃殿下は勝ちを確信した。


「ええ」


 場所を変えようとなり、二人は部屋を出て廊下にもたれ掛かる。時間帯もあって、既に廊下には人影がない。この上の階に構えられていた酒場も随分と大人しくなっていた。

 テナエラ妃殿下は再びフードを被り、ローブの前も閉じ合わせる。そしてその切れ目から細い手を出し、ミレンチェに向かって伸ばした。


「まずは、先払い」


 ミレンチェは怪訝な顔を一瞬見せたが、素直にその手の上に金貨を一枚載せる。

 テナエラ妃殿下はそれを受け取るや否や、もう片方の手で弾いたり、表面をなぞり始めた。

 

「俺はそんなせこい真似はしない」


 その行動が気に食わなかったのか、ミレンチェが口を挟む。


「念には念を、さ。これ、確かめてもらって構わない」


 テナエラ妃殿下は彼の小言を気にせずに、彼の手に銀貨を握らせた。

 その銀貨は先程両外商で交換した痛みの少ない物。ミレンチェは罰が悪そうな顔をし自身の皮袋に仕舞った。


「では、銀貨七枚分の儲け話をしましょうか」


 お互いに落ち着いた所で本題に入る。

 すぐ隣でミレンチェがごくんと唾を飲む音がした。

 ついテナエラ妃殿下はクスッと笑ってしまいそうになる。先程からずっと熱い視線を向けてくる彼が段々とおかしく見えてきたのだ。

 余程この怪しい“儲け話”に期待しているのだろうか。

 きっと銀貨七枚も支払って聞くものなのだから、「一体どんな内容なのか」と好奇心が広がっているのだろう。


 その期待の目に答えるようにテナエラ妃殿下は言った。


「翌朝一番に買えるだけの麦を買え」


 静かな廊下にテナエラ妃殿下の言葉が響く。

 ミレンチェは何が起きたのか分からないと言った顔でテナエラ妃殿下を見つめる。


「…………クスっ……何おかしな顔をしている? これが銀貨七枚の儲け話だが?」


 あまりに彼が呆けた顔をしている為、テナエラ妃殿下は遂に笑いを零してしまった。


 このミレンチェという男、なかなかの扱い易い男だった。どのタイミングでも、」テナエラ妃殿下の思惑通りの表情をしてくれる。

 テナエラ妃殿下の構想では、銀貨七枚の価値がこの台詞だと知ったとすれば、まず驚く。そしてその後ふつふつと怒りが湧いてくるであろうとの事だった。

 予想以上に驚いたたミレンチェは、案の定、徐々に怒りを顕にする。


「……ふざけるな。貴様それでも商人の意地というものが」

「本当に儲けるぞ」


 テナエラ妃殿下は、ミレンチェが反論して来てきたそのタイミングを見計らって、わざと言葉を被せた。言葉に詰まってしまったミレンチェは、そのまま口を噤んでしまう。

 二人の間に嫌な沈黙がながれる。

 言葉を切られたミレンチェはテナエラ妃殿下の言葉の続きを待ったが、一向に話す気配を感じ取れないでいた。

 彼は、はぁとため息をこぼし、仕方なく自らが言葉を続ける。


「……朝一で麦を買うと儲ける。その理由は何なんだ?」


 それを聞いたテナエラ妃殿下は、待ってましたと言わんばかりの笑顔で話し始めた。


「三日待てばいいのさ。三日後には麦は勝手に数倍もの値段に跳ね上がる。そのタイミングで上手く売りさばくことが出来れば、かなりの儲けが出るはずだ」


 ツラツラと述べられた話に、ミレンチェは顔を厳しくした。


「そんなたった三日で値段が跳ね上がるわけないだろう!? そんなトンチンカンなっ」


 とうとう怒鳴り出したミレンチェの口に、テナエラ妃殿下は自身の人差し指を付けた。

 不思議な事にミレンチェの言葉が途切れる。

 テナエラ妃殿下はその隙に話し始めた。


「もちろんさ。ただ普通に待っているだけじゃ値段は上がらない。だが、この話を私は貴殿以外にもするつもりだ。私が話した商人がまた別の商人にも話したら……さて、麦市場はどうなるかな??」


「まさか……価格の吊り上げをする気か……?」


 信じられないと言った表情のミレンチェ。

 それもそうだ。価格の吊り上げが問題となった事例は昔から何件もある。

 だがそれの発端になったのは販売元や領主など、何かしら直接権力を持っている人々によって行われた。それを一介の行商人がやり出した例など聞いたことない。


「上手くいくはずがない」


 所詮は少年の浅はかな考えだった、とミレンチェは肩を落とす。この詐欺まがいの商談に付き合っている自分がバカバカしくなり、部屋の中へ戻ろうとテナエラ妃殿下に背を向けた。


「私が売るのは知識と情報。今全世界の情勢を考慮すれば必ず上手くいく」

「……」


 テナエラ妃殿下はずるい。どのタイミングで、どの位の情報を出してゆけばミレンチェの気を引けるのかを、全て計算している。

 その手にまんまと引っかかったミレンチェは、全ての反論に答えられてしまっていた。

 自分の疑問に全ての解が帰ってくると、人間は徐々にそれを正論だと認識し始める。たとえそれが多少無理のある話しであっても、だ。


「オーベルガン対戦により、やがてここら辺も荒地になる。更にはここ数年続く干ばつのせいで絶対的分母が少ない状態だ。この状況を考えると、教会、商会、領主が今後を見越してある程度の麦を出し惜しみするだろう。つまり、例え明日市場に出回る麦がひとつ残らず消えたとしても、数日の間は補充が入らない。すると市民は勘違いを起こす」


 テナエラ妃殿下は「どんな勘違いだか分かるか?」とミレンチェに聞いた。


「……大戦や干ばつにより、麦不足だと……勘違いをおこす」


 彼の回答を聞いたテナエラ妃殿下は、口の片端だけを引き上げ不敵な笑みを零す。


「ご名答。人間“足りない”と思った物は欲しくなるものなんだ。例えそれが昨日より数倍もする価格だったとしても目の前に物があれば手が伸びる」


 これで価格の吊り上げは完成だ、とテナエラ妃殿下は話を閉じた。

 ミレンチェは納得が行くような、行かないような顔をしながら、顎に手を当てていた。


「……そもそも、今後ここらが荒地になるなんて有り得るのか? ここはレーデル王国領の東側だぞ? もしここが荒地になるとしたら、西域は全滅って事になる」


 オーベルガン大戦はレーデル王国とデルヘッサとの国境、このプリアテンナよりは遥か西の大地で行われている。この辺りまで火の手が及ぶとはどう考えてもない事だった。

 そんな事はもちろんテナエラ妃殿下だって分かっている。だが、彼女には奥の手があったのだ。


「レーデル王国が劣勢になったのって、いつ頃だったか覚えてるか?」

「……噂が届いたのは二週間ほど前だったか」


 ミレンチェは指折り数えながら答えた。そしてそれが正解か確かめるようにテナエラ妃殿下の顔を伺う。


「そうだ。因みに、さらにその二週間前にデルヘッサとマラデニー王国でシリアーナ協定が結ばれていたんだ」

「!?」


 不意に告げられたテナエラ妃殿下の言葉にミレンチェは驚愕する。

 そして唇をわなわなと震わせ始めた。


「ね? プリアテンナは危機に面してるでしょう?」


 薄暗い廊下に、ルビーの様な紅い目がギラりと光った。

 その目に囚われたようにミレンチェは動けなくなる。


――そんな……まさか。デルヘッサの後ろにマラデニー王国が付いただと……?


 マラデニー王国を見方につければ教会をも味方につけたも同然。底なしの財力を得ることになる。

 さらに、だ。

 一番に恐ろしい物がある。もしデルヘッサがその力を手に入れていたならば、いくらこちらが兵力を注ごうが結果は見えてしまっていた。

 そう、その恐ろしいものこそ“魔蓄石”。

 魔力と武力で戦って、勝てるわけがないのだ。


 ミレンチェは冷や汗を垂らしながら、目の前にいるテナエラ妃殿下を呆然と見続けた。


――なぜこんな重要な情報をこの少年が知っているんだ……?


 まるで白蛇の様に、闇夜に紅い目を光らせる少年。ミレンチェの目には何やら恐ろしい生物に映った。

 


「きっと貴殿の想像の通りだ。協定から約一週間後に例の物はデルヘッサへ運ばれた。それが前線で使われるまでに一週間と言った所か。こんな危機に見舞われてりゃ、領主教会共々は目先の物資不足に構ってられないって事さ」


 テナエラ妃殿下は簡単に話を纏める。

 ここまで話せばもう大丈夫だと感じたからだ。

 目の前にいるミレンチェは異常なほど冷や汗をかき、唇を震わせている。だが一方で彼の目は輝いていた。


 悲しい哉、これも行商人の性。恐ろしい話を聞いてしまった恐怖と同時に、自分しか知りえないその情報に歓喜に震えているのだ。そして、その先に多大な利益があるとなれば尚のこと。


 テナエラ妃殿下はローブの隙から手を差し伸べた。


「さあ、これが銀貨七枚分の儲け話だ。どうだろう? 私の話に乗らないかい?」



 ご閲覧ありがとうございます!


 今回はすこーし頭を使う回でした(笑)

 今まで何度かレーデル王国、デルヘッサ、マラデニー王国と教会に関係する話題に触れてきましたが、なんとなーく力関係等ご理解頂けてますでしょうか……?(汗)

 文章で伝えるのって難しい!と思う最近です((


 次回は8月5日を予定しております☆よろしくお願いします( *・ω・)*_ _))ペコリン

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