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少年テリー

 綺麗に貼られた石畳の上を、ゴトゴトと荷馬車が進む。

 馬の轡を握る少しやつれた男は、荷台に膝を抱えて座る少年二人に声をかけた。


「まだ金髪のボクの名前を聞いていなかった気がするな」


 先程までずっと会話の外だった為、名乗る機会など無かったのだ。

 ライは素直に自分の名前を答えようとして、危うく踏みとどまる。テナエラ妃殿下はドレッドに対し「テリーだ」と名乗った。無論それは敵国のこの場で、自身の身を守るためだろう。

 ここで本名を答えていいのかと、テナエラ妃殿下を盗み見る。


「……」


 だが彼女は何も反応を示さなかった。

 

「……ライ、です」


 結局ライは本名を名乗る。特段妃殿下などという称号を持たない自分は、本名を言ったところで差し障りないだろうと思ったのだ。


「ライ君、ね。これからよろしく」


 ドレッドは軽く後ろを向き、頭を下げた。

 荷台からテナエラ妃殿下が飛び出し、ドレッドの首に短剣を当てた時はどうなる事かと思ったが、案外穏便に事は進んでいるようだ。

 それはドレッドに対し無闇に要望を押し付け従わせず、商談という形をとったテナエラ妃殿下の力量かもしれない。


「ドレッド、今晩はどうせ合同宿だろう?」


 唐突に話し始めるテナエラ妃殿下。膝をかかえ荷台に座る彼女は拗ねた子供に見えなくもない。

 

「……よくご存知ですね。修道院の近くに私達リカリア地方出身の行商人が集まる宿があります。今晩はそこに泊まる予定です」


 このドレッドという男は、見た目通りの人の良さらしく、柔らかい口調で答えた。


「リカリア……といったら、あれか。キッサリアとの国境付近か」


 プリアテンナを含むレーデル王国の西に位置するキッサリア王国。ドレッドの生まれだと言うリカリア地方は丁度国境付近に位置する為、かつてからこの二国の戦場となっていた。

 故に先住民は故郷を追われ今は殆どの人々が流浪の民となっている。その中でドレッドの様に、特定の住処を作らない行商人として働いている人も多いのだと聞く。

 テナエラ妃殿下はスクリと立ち上がり、ドレットの腰掛ける隣に移動した。

 先刻、自身を追い詰めた時と明らかに違う雰囲気にドレッドは少々困り気味だ。

 

「……そんなに私を怖がらなくていい。出会いはアレだったが、今は対等な取引相手だ」

「……へぇ……」


 完全にテナエラ妃殿下のペースに飲まれ、ぎこちない笑顔を返すドレッドを、ライは荷台から見つめる。


 テナエラ妃殿下はこのプリアテンナに入る前に「見てなさい」と言った。

 きっとこれは勉強なのだ。

 既に彼女の策は始まっている。彼女が“知識”を財産にし何も無い状態から如何にして成果を上げるのか。それを今回学び、ゆくゆくはライ自身が実行しなければいけない。

 彼女がマラデニー王国の指導者故に出来るこの業を、ライは当たり前のように光の民の指導者として出来なければいけないのだ。


 その後は特別何が起きるわけでもなく、ドレッドが入城直後に出向かなければならない所へ行き、翌日の市の手数料などの支払いを終えた。

 馬は合同宿には入れられない為、うまやに預ける事になる。ドレッドは慣れた手つきでことを進め、ようやく三人が合同宿に入る頃には日はとうに暮れていた。


 合同宿とは一人一部屋の個室ではなく、地下に設けられた大きな部屋に雑魚寝をする様な部屋だ。

 受付でかなり安価な宿代を払い、一人分ずつの肌掛けを貰う。中にはいくつかのテーブルや椅子、やや大きめの暖炉が設置されていた。


「ドレッド、珍しいじゃないか」


 中に入るなり、早々に声をかけられた。

 その声の方を向くと、壁にもたれ掛かるように胡座を組む男が一人。多少白髪混じりのヒゲを口元に蓄えた痩せ気味の男だ。


「やあミレンチェ、一年ぶりだね。調子はどうだい?」


 ドレッドがそちらへと歩み寄る。ライはその後をついて行こうとしたのだが、テナエラ妃殿下に腕を掴まれ止められた。


「ボチボチさ。俺の行路はあんまり景気が良くなくてね。物は必要以上には売れないし、調達する物も質が良くない。プリアテンナに運び入れるのが恥ずかしいくらいさ」


 やれやれと手を上げるミレンチェと呼ばれた男。流石は行商人か。久しい再開直後から行商の話になっていた。

 ライは「こんな世界もあるんだな」とその二人の姿をじっと見つめる。

 すると、ドレッド越しにミレンチェと視線が合ってしまった。


「……っ!」


 慌てて視線を逸らす。ライは自身の顔が真っ赤に染まって行くのが分かった。

 どうしようとテナエラ妃殿下に同意を求めようと隣を見ると、テナエラ妃殿下はいつの間にかフードを深々と被っていた。

 困り果てたライは肩を縮め俯く。

 そんな子供臭い素振りを面白がってか、ミレンチェが話題を変えた。


「ドレッド、最初にも言ったが珍しいな。ガキ二人もかっ下げて……。なんだ? どこぞの女とでも出来ちゃってたのか?」


 ミレンチェがゲラゲラと笑い出す。彼の言ったガキ二人というのは、確実にライとテナエラ妃殿下の事だった。


「やめてくれよ、俺がそんな奴に見えてたのか? 冗談にも程があるぞ」


 ヴェネア教では婚姻前の男女の仲は禁止されている。いくら職業柄、宗教的感覚が薄い行商人だって、そんな背信行為の疑いなど噂になっては困るのだ。

 ドレッドは困ったように眉を下げやや大きめの声で反論した。


「それじゃぁ、なんでガキ二人の子守をしてるんだ」

「ガキじゃない、とある取引をしている客人だよ」


 どうやらミレンチェは揶揄いではなく、本当に興味を持っていたようだった。それを察したドレッドは当たり障りの無い様に真実を言う。

 その回答にミレンチェは「ふーん」と何かを考えながら言った。

 ミレンチェは何かを疑っているようで、ずっとこちらを睨んできていた。


 それ以降ドレッドも口を閉ざしてしまい、何となく気まずい雰囲気が流れる。


「ミレンチェ殿」


 その雰囲気を断ち切ったのは、今回もテナエラ妃殿下だった。


「……?」


 テナエラ妃殿下はフードを深く被ったまま、一歩前へ出る。そして深々と頭を下げた。

 マラデニー王国の兵士をやっていただけあって、素晴らしく美しい礼である。


「私、テリー=ミル=スリアームという者です。生まれは丁度貴殿の故郷、リカリア地方の北に位置するサムスでございます。その後は流浪の民として各地を点在し、私も商人として生計を立てております」


 テナエラ妃殿下はペラペラと嘘偽りを語り始める。だがこれが嘘だと分かるのは本当の素性を知っているライだけだった。

 その証拠にミレンチェは硬い表情を和らげた。


「サムス……あそこは人攫いが激しかったからな……。その最中を君は生き抜いたのか。疑って悪かった。これからよろしくテリー」


 ミレンチェが腰をあげこちらへと歩み寄ってくる。

 テナエラ妃殿下の前に立ったところで、日に焼け黒ずんだ手を差し伸べてきた。


「テリーさん、彼は私の旧友だ。悪い奴じゃない」


 ドレッドがその背後から付け加える。

 それを聞いたテナエラ妃殿下は先程まで深くかぶっていたフードをゆっくりと優美な手つきでとった。


「……っ……!」


 ミレンチェは驚いた顔をする。

 取り払われたフードの下に隠れていた表情……あまりにもその表情が妖艶だったからだ。


 両端を左右対称にクッと引き上げ、綺麗に弧を描く薄い唇。やや釣り気味の真紅の瞳は微かに伏せられ、何かを企んでいるようだった。


「よろしく」


 テナエラ妃殿下はミレンチェが充分に驚いた事を確認すると、厳つい彼の手に、自身の白くて細い手を重ねた。


「ミレンチェさん、このプリアテンナで成果をあげられるように一緒に頑張りましょう」


 テナエラ妃殿下は握手を交わしたまま、ミレンチェに言った。

 だが、そう言ったテナエラ妃殿下に対し、ミレンチェは違和感を感じた。言葉そのものは誰でも使う社交辞令……のはず。だが何か違和感を感じたのだ。


「…………っ……?」


 何が始まるのか、とミレンチェは顔をこわばらせた。

 テナエラ妃殿下は繋いだ手を伝うように彼に近寄って行く。そして軽く抱擁を交わした。


 周りから見れば単なる握手の後の抱擁。

 すぐ側に居たドレッドさえ、微笑ましい目でその様子を眺めていた。


 だが、ライには分かる。

 これはきっと彼女の“魔法”が始まっているのだ。

 その証拠に、テナエラ妃殿下越しにミレンチェと合った視線が、先程の様な威圧的なものではなかった。まるで何か助けを乞うような、何かに怯えているような、そんな目だった。


 スルリと自身から離れていく妖艶な少年テリーを、ミレンチェは焦点の合わない目で見つめた。


――何が踏み込んでは行けない場所に足を入れてしまったのではないか……?


 一種の危機感に近い物が彼の思考を支配する。


 ドレッドに連れられ、少年二人は少し離れた所に腰を下ろした。そして至って普通に何か会話をしている。


 考えすぎだ、とミレンチェは頭を振り、先程まで腰掛けて居た場所へと戻る。

 だが、どうやっても気になって仕方がない。

 抱擁を交わした瞬間、微かな声で耳打ちされた言葉がミレンチェの頭の中で反芻する。


「私の持っている銀貨一枚を金貨に変えてくれたら、必ず儲ける話を一つ話そう」


 銀貨と金貨の価値差はおよそ八倍。

 つまり、言い換えれば銀貨七枚分以上の価値がある儲け話という事だ。

 あれから様子を伺っているが、自分以外の商人にその話を持ち掛けた素振りは見えない。

 その儲け話とやらを銀貨八枚で買うか、買わざるか……。

 ミレンチェは悩んだ。

 

 辺りの商人達がイビキをかき始める。ふと顔を上げれば、ドレッドと小さい方の少年は眠っていた。


――あの少年……テリーが居ない?


 慌てて立ち上がろうとすると、すぐ隣から背筋が凍る声が聞こえた。


「探してるのは、私?」

 後ろを向いたら……「ぎゃぁぁぁあ!!!」ってうホラーではないのでご安心ください(笑)


 というジョークは、お・い・と・い・て~♪

今週もお越しいただき誠にありがとうございます!


 先週も言いましたが、学生の皆さん!夏は満喫していますか!?


 海だプールだ花火だ宿題だ……って色々ありますね!


 良い夏を!


 次回は7月29日を予定しております☆

 またお越しください!

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