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潜入

「いい? 絶対に息をしてはダメよ」


 隊列を組むように入場門に群がる行商人達を前に、テナエラ妃殿下はライにきつく言った。


「……はい」


 これからライはテナエラ妃殿下に“他人の目をくらます”魔術をかけて貰うのだ。だが、その効果は一呼吸の間のみ。次の一息を吸った途端にその魔術は解けてしまう。

 テナエラ妃殿下はライが頷いたのを確認すると、すぅ、と小さく息を吸い込み瞳を閉じた。

 ライは盗み見るようにテナエラ妃殿下の顔を見上げる。

 またもや彼女は教会に立つ聖母像のような、なんとも形容しがたい美しい表情をしていた。


「……賢明なる光の精霊よ、私テナエラとライの姿を交錯させよ」


 祈るように両手を胸の前で合わせ術を唱える。

 すると、突如耳をつんざくような音が鳴り響いた。


「ううっ……」


 あまりの音にライは声を漏らした。どうやらこの音はテナエラ妃殿下の術の一部らしく、直接ライの鼓膜を揺さぶる。


「いくよ! せーのっ」


 フラっとよろけたライをテナエラ妃殿下はすかさず掴み、息を吸えと合図を出す。

 ライは激しい頭痛の中、出来る限りの息を吸った。肺がいっぱいに広がった所で両手で口を塞ぐ。


「……っ!」


 すると、ふわりと身体が軽くなるのを感じた。

 そう、この感じはあの時と同じ。あの月の無い夜、ソウリャに手を引かれガザラの町を後にしたあの時と同じだった。

 ライがその違和感に戸惑っていると、テナエラ妃殿下はライの腰に手をやり強く引っ張った。

 ライは引かれるがままに荷馬車の隙をすり抜けて行った。そして当初の計画通り、気の弱そうな男の引く荷馬車の裏へと回り込む。

 本当に見えてはないのか、と恐れながらライは周りを気にする。だが彼女の魔術は確かなようで、すぐ近くで手綱を引く行商人すら気づいていないようだった。

 そんなことをしている間にテナエラ妃殿下が荷馬車に手をかけよじ登っていく。そして雨風を防ぐために掛けられた布を一部荷台から剥がし、潜り込む隙を作った。

 ジェスチャーで“先に入って”と促される。

 ライは伸ばされた手にしがみつきながら、自分の背丈よりも高い荷台に潜り込んだ。

 

「っは! はぁ……はぁ。死ぬかと思った」


 押し込まれるように荷台に忍び込んだライは、肩を上下させながら大きく深呼吸をした。

 その背後でこっそりとテナエラ妃殿下も乗り込んでくる。


「……ね? はぁ、うまく、いったでしょ?」


 潜り込む為に開けた隙間を完全に塞いでしまった為、荷馬車の中は真っ暗だ。だが、自身と背中合わせに膝を抱えているであろうテナエラ妃殿下がどんな顔をしているのか、ライには容易に想像出来る。

 さぞご満悦に違いない。


 しばらくしてゴトゴトと動いていた荷馬車がゆっくりと止まる。そして、外から何か話し声が聞こえてきた。


「静かにね。多分今が丁度城門をくぐっている時よ」


 モゾモゾと動いたライにテナエラ妃殿下が耳打ちをする。

 城門をくぐっている時……その言葉にライは両手で口を抑えた。

 城門とはそもそも外敵を城内に入れないように設置された物。ここを通るにはプリアテンナの承認が必要なのだ。その承認を得ていないライ達二人は“外敵”。万が一にもここで見つかってしまえば、打首御免も否めない。

 テナエラ妃殿下も一応は緊張している様で、異様な緊迫感が漂った。

 こういう時間はやけに長く感じるものだった。二人がいい加減にしてくれと何度か思ったその時、ゆっくりと荷馬車が動き出した。


 なんとか城門を掻い潜ることが出来た二人は、安堵の溜息をこぼしたのだった。

 

「嫌な汗を掻いたわ」


 気の抜けた声を出したテナエラ妃殿下に、ライは「はい」と相槌をうつ。

 その一方で、こんな無鉄砲な作戦さえ上手くやってしまう彼女に対し、ライは素直に尊敬した。


 「さて、そろそろ良いかな」


 先程から布を捲りつつ外の様子をうかがっていたテナエラ妃殿下が、突然腰をあげる。

 そしてそのまま中腰の体制で荷台前方へと進んで行った。


「ちょ、テリーさん!?」


 一体何を始めるのかと、ライは慌てて小声で聞く。


「……」


 だがテナエラ妃殿下は答えずに積荷をかき分けて行ってしまう。その瞬間、テナエラ妃殿下の右腰て何かがギラリと光った。


「……っ!」


 何か行動を起こすつもりだと悟ったライは、唾を飲み込み彼女の後を負う。

 幸い詰みにもそれ程多くなく、荷台の先頭に簡単に行き着いた。


――一体何をする気なのだろう……。


 なにやら真剣な顔で前を見るテナエラ妃殿下。

 その半歩後ろでライは立膝をつき様子を伺った。


 フッとした風圧。


 その風圧に驚いた時には、荷台に書けられていた布が割かれ、外の風景が目に飛び込んできた。


 「……!?」


 やや赤みを帯びた空。

 人気の無い路地。

 前方を向き手綱を握る痩せ気味な男。

 美しく佇むテナエラ妃殿下の背。


 男の首元にはテナエラ妃殿下によって、何やらギラリと煌めく棒状の物――短剣が当てがわれていた。


「残念だったな行商人。ソナタは今より罪人だ」


 ピタリと短剣の切っ先を男の喉へと突きつけたテナエラ妃殿下は、怪しい声色で言い放つ。


 一瞬で事を理解した男は、慌てて自身の腰に差してある剣へと手を伸ばす。


「……弾け」


 だが、彼女の一言によってその腰の剣は遠くへ弾かれてしまった。


「……!」


 それに驚いた男は、諦めたように肩を落とす。


「……いつからそこに隠れていたんですか。……魔導師さん」


 相手が魔術を使うと気づいた時点で、勝ち目が無い事を悟ったのだろう。両手を頭の高さに上げ、テナエラ妃殿下に従った。


「いつだっていいであろう? 気づかなかったソナタの落ち度に代わりはない」


 全く非の無い可哀想な男に向かい、テナエラ妃殿下は怪しげに嗤いあとを続ける。


「いくら知らなかったとはいえ“密輸”を働いたという事実は変わらない。この商業都市で密輸は重罪だ。さあ、ここまで言えばソナタがどうするべきか分かるだろう?」


 キン、と甲高い音を立て短剣を腰に戻す。気の弱そうな男は、本当に“気の弱い男”だったらしく、一々その音に驚き跳ね上がっていた。


「……何が、お望みですか……?」


 先ほどから男は一向にこちらを振り返らない。きっと振り返る事も出来ないほどに怯えているのだろう。

 男は許しを乞うよつな震えた声を出した。


 情けない男だ、とは一概に言いきれない。誰だってこの状況ではこうなってしまうだろう、とライは思った。

 何せ相手は偉いなマラデニー王国第一王位継承者、テナエラ妃殿下だ。その肩書きを知らずとも、彼女が発するオーラは並大抵のものでは無い。

 荷馬車に乗り込む前の悪戯っ子な表情はどこへやら。今は変わって冷血漢の様な顔をしていた。


「私はとある事情でマルサレニアとの国境を目指している。そこまで運んで欲しいのだ」

「マ、マルサレニアとの国境!?」


 男は激しく驚いたようで、つい声を張り上げた。

 慌ててテナエラ妃殿下が男の口を塞ぐ。


「言動に気をつけろ。すぐ様八つ裂きにしてやる事だって出来るんだ」


 慌ててライも辺りの様子を伺った。幸いにも人影は見えなかったものの、じわりと額に汗が浮かぶ。


「……マルサレニアって言ったら敵国じゃないですか」


 幾分か落ち着きを取り戻した男は小声で話し始める。この行商人とて、レーデル王国側の人間だ。敵国との国境に運べなど、怪しすぎる話に眉間にシワをよらせ怪訝な顔をする。


「……わ、私だってこれでも行商人です。壁の外の生活に慣れてる私達ですら、そこらは荒れているから近づかない方がいいと言われてるほどですよ……」

 

 テナエラ妃殿下の顔色を伺いつつ、言葉を選びながら意見を呼べてゆく。

 もちろんライ達二人の事を心配しての発言ではない。密輸の上、脱国にまで手を汚したくはないのというのが本音だろう。

 だが、テナエラ妃殿下はさらに上手だった。


「銀を金に変えてやる」


「…………え?」


 突然何を言われたのか理解できない男。それは後ろでやり取りを聞いていたライも同じだった。


「この場で刃と魔術を武器にソナタを誘導するのは簡単だ。だが、それではフェアではないだろう? 終いには裏切られたりするのも御免だからな。だから、取引をしようと言ったのだ」


 テナエラ妃殿下が人差し指を立てる。ここからもう畳み掛ける気だ。


「ソナタはこの荷馬車でマルサレニアとの国境へ私達二人を運ぶ。その代わり、私がソナタの今持っている銀貨を全て金貨に変えてやる、とね」


 悪い話ではないだろう? とテナエラ妃殿下は男に詰め寄った。

 突拍子もない事を言い始めたテナエラ妃殿下に、男は目をぱちくりとさせる。まるで錬金術師ような謳い文句に信憑性を感じなかったのだろう。だが一向に表情を変えないテナエラ妃殿下を見て、男は顎に手を添え、なにやら難しい顔をし始めた。

 いくら気の弱い男とはいえ、行商人。金こそが自身の生活を支える全てになるのだ。


「……金貨価値は銀貨の八倍、ですよ……?」


 本当にそんな事が可能なのか、と疑いの目をテナエラ妃殿下に向ける。だが、彼女は気づいていた。その疑いの奥には好奇心がある事を。これは“商人の性”とでも言おうか。

 だからテナエラ妃殿下は更に一言を付け加える。

 

「お互いに夢を追おう。これほどまでに利害が一致する事は珍しいと思わないか?」


 馬を一頭引き連れ、街と町を繋ぐ行商人。凍える夜も、灼熱の昼も、ひたすらに次の町を目指すのだ。

 その永遠と繰り返されるサイクルの中で考える事は一つ。如何にして金を稼ぎ、どこに人生の終着点を置くのか、という“夢”であった。

 よって昔から彼らは“金”や“夢”の話に弱い。


 だから敢えてここテナエラ妃殿下は言うのだった。


「初めに言った通り、既にソナタは罪人だ。理不尽に押し付けられた罪を素直に償うのか、利用し儲けるのかはソナタの自由だがね」


 テナエラ妃殿下がそこまで言い終わると、男は「はぁー」と長いため息を漏らす。そして、意を決したように目を見開き、テナエラ妃殿下に対し手を差し伸べた。


「私の名はミレファン=ドレッド。その商談引き受けるとしましょう」


 商人の承諾のサインは、握手だ。

 今週もお越しいただき誠にありがとうございました。

 そろそろ学生さんは夏休みに入る所でしょうか? 夏はイベントが沢山あって楽しいですよね! 思い出に残るひと夏になる事を願っています。社会人の方は……頑張って暑い夏を乗り越えましょう!(自分に言い聞かせてる感) 


 次回は7月22日を予定しております!よろしくお願いします! 

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