シスマ
お久しぶりです。およそ一ヶ月ぶりの更新になります。
作品の手直し、という理由でお休みを頂いていました。今の所、第一章まで手直し完了です。H29年7月1日現在(今後また少しずつ手を加えていくと思いますか……)
そこから先も手直しを続けていこうと思っております。
次から始まる「シスマ」ですが、前半部分がやや歴史の勉強じみています(苦笑)
苦手な方は読み飛ばしてしまっても今後の展開にさほど影響はございません。
しかし読んでいただけると、この世界観がより深いものに感じられると思うので、ぜひお付き合いください。
現在我々が信仰している宗教、ヴェネア教は歴史が深い。遡ればそれこそこの世界の誕生に行き着いてしまう。
元々この世は無数の光の粒子が飛び交うだけのものだった。
ヴェネア様はその光の粒子を一つづつ丁寧に集め、繋ぎ、土を造った。そしてその暖かな土に包まれるように寝そべったのだ。
そしてふと目を開けると、空が欲しくなった。そこで、清々しい青空を造ったのだ。
暫く地平を歩いていると、物寂しくなった。そこで、植物を造ったのだ。どんどんと育つ植物はそれはそれは愉しかった。
だが、いつも同じようにしか育たない草にヴェネア様は飽きてしまった。そこで動物を造った。彼らはヴェネア様の予想を上回るように増え、愉しませた。
ところが、彼らは知能が低かった。ただただ生きるために相手を喰らい、死んでゆく。弱肉強食という世界の中で、徐々に土地が朽ちて行った。
そこでヴェネア様は自分の化身を地上に落とす。自らの化身にこの地の支配を託したのだ。
土をたがやし、生命を育め。
空を仰ぎ、息吹を吸いこめ。
草木に寄り添い、共に歩め。
生き物を諭し、統率を立てよ。
「これが、我々人間に与えられた使命。……この辺はまさか知ってるよね?」
隣に座るやや小柄な青年が、ライに確認をしながら説明する。
「はい、テリーさん」
青年とは、テリーこと男装したテナエラ妃殿下だ。
無事闇市で男物の服を手に入れたテナエラ妃殿下は、その足でパン売りの元へ行き、遅めの昼食をライに買い与えた。
マラデニー王国のパンとは比べ物にならないほど、粗いパンを二人で半分ずつほお張る。
テナエラ妃殿下は自分の分を食べ終わると、一息つくように深呼吸をした。
「ふぅ。で、その後に全面戦争が起きるの」
全面戦争……これこそ光の伝説の序章にあたる部分だ。
我々はヴェネア様により、光を紡がれて生まれた存在。
それを異とする者が現れた。彼らは口々に「闇に蠢く混沌こそが我らの起源」と言った。彼らは神を冒涜し、殺戮に走る。
そして我々は“生き物を諭し、統率を立てよ“という命令に従うべく、全世界で団結し「闇の民」勢力に立ち向かったのだ。
だが、「闇の民」との戦いは予想以上に長引いてしまった。
たくさんの「光の民」が死に、今まで築き上げてきた土地が荒れる。
それを見かねヴェネア様は一本の剣を地上に落としたのだ。
そしてヴェネア様の声を聞けるという青年、テナレディスが現れる。
彼は誰もが抜けなかった剣をいとも簡単に抜き、言った。
「我は使徒なり。神に忠誠を誓う者よ、後に続き給え」
彼が剣を一振りする事に、数多の闇の民が消えていった。
最終的には闇の民の王をも追い詰め、全面戦争を集結させる。
「……まあ、この後にも“実は闇の民は滅んで無かった”だの“千年後に蘇る”とか続きはあった訳だけど、そこは一般的には広まっていなかったって感じね」
周りに聞かれないように、テナエラ妃殿下は小声になる。
「まあ、ここまでは基本知識。流石に知っているでしょ?」
基本知識、と言われた為頷いたライだったが、実際の所はここまで細かくは理解していなかった。
覚えておこうと頭を回していた時、一つ疑問に思う事があった。
「……レーデル王国の人も光の民ですよね?」
「ん? ええ、もちろん。今この世界には光の民しか存在しない」
テナエラ妃殿下はなんの躊躇いもなく肯定した。
すると、本当に謎が深まる。
「さっき両替商のおじさんが言ってた“詐欺教会の慈悲貰い”って、なんの事ですか?」
先程の両替商の男が言った“詐欺教会の慈悲貰い”という言葉。彼らもまたヴェネア教信者ならば、自らの教会を詐欺だなんて言わないはずだ。
ライは疑心の目をテナエラ妃殿下に向ける。
「あんた、思った以上に賢いね。教会分裂って知ってる?」
教会分裂。
初めての言葉に首を傾げる。
「教会分裂っていうのは、文字の如く教会が南北に二つに分裂してしまった出来事を言うの」
今からおよそ百年前、ヴェネア教教会は南北に分裂した。
事の発端は教会がマラデニー王国の研究を推奨した所に始まる。
兼ねてよりマラデニー王国は光の伝説の研究や、魔術学の研究に力を注いでいた。だが、研究には莫大な資金が必要だった為、思うようには進んでいなかったのだ。
そんな時、研究費の援助を申し出たのが当時ヴェネア教の指導者だった教皇ルサヌス八世だった。
マラデニー王国はもちろんその申し出を受け入れた。
それと同時にマラデニー王国の研究機関は教会の支配下に入ったも同然になったのだが、そこは仕方の無い事だ。
“目の届かない所で光の伝説の研究をされては困る“といったルサヌス八世の思惑もあったのだろう。
教会から莫大な資金を得ることができたらマラデニー王国はみるみるうちに発展を遂げる。
そのお陰でマラデニー王国の特産物“魔蓄石”が出来たと言っても過言ではない。
もちろんマラデニー王国と教会の関係を良く思わない国もあった。特に著しかったのがグランデール大陸南部に位置する国々だ。ここらは乾燥帯が多く、土地がひ弱な為、農作物が育ちにくい。
そんな貧しい国からみれば、「マラデニー王国一国に投資する教会はおかしい、間違っている」と思うのも当然なのかもしれなかった。
そこで一人の指導者が立ち上がる。
彼は“ヴェネア教の立て直し”を唄い、宗教改革を始めた。
最終的には大陸南部に新たな教皇――ヴェネア教における最高権力者――を建て、新たなヴェネア教を開設してしまったのだ。
こうしてグランデール大陸の北部は昔から続く“正統派”が。南部には新設された“新教派”が出来あがる。
元は同じヴェネア教でありながらも、互いに対立する勢力になってしまったのだ。
「意味わかった?」
一生懸命に説明を終えたテナエラ妃殿下は、難しい顔で話を聞いていたライを覗き込んだ。
ライは必死に頭を巡らせるが、それが余計に頭を混乱させる。
「だろうね。分かったら天才だよ」
テナエラ妃殿下は苦笑して、ライがパンを食べ終わるのを待った。
ごくん、と最後の一口を飲み込むと、ライはテナエラ妃殿下に訊ねる。
「オーベルガン大戦も、そのシスマだか何かが原因なんですか?」
北部デルヘッサと南部レーデル王国との戦いであるオーベルガン大戦。この戦の原因も、シスマが関係しているのか。
「全てがそれが原因って訳じゃないけど、原因の一つではあるわね」
淡々と言うテナエラ妃殿下。
「……同じ神を信仰しながら、信仰を原因として殺し合う……僕には意味がわかりません」
ポツンと零された言葉が震えるように留まった。
先程の話を聞く限りでは、正統派も新教派も何一つ間違ったことは唱えていないのだ。
それなのに、戦が起きてしまう。
ライはなんとも言えない気持ちになった。
「まあ、何が言いたいかというと、さっきも言ったように知識は財産。このヴェネア教の歴史を知っているか知っていないかで、オーベルガン大戦に対する考えも大きく変わったでしょう?」
テナエラ妃殿下が得意の人差し指を立てるポーズでライに言う。
「私はこれからこの手元に残った硬貨で、見事な馬を手に入れてみせる。勉強だと思って見てなさい」
テナエラ妃殿下は胸ポケットから皮袋をチラつかせる。先程テナエラ妃殿下がそこそこ値の張る服を購入した為、その中身はもうさほど残って居なかった。
「急がないと日が暮れてしまうわ。日没前には門が閉じてしまうのよ」
三方向を海に囲まれた、言わば自然の要塞だったガザラとは違い、プリアテンナは外敵から街を守るために城壁があった。
門が開かれているのは太陽が登っている間のみ。そのタイミングを逃せば、危険な城壁の外で一夜を明かさなければいけなくなる。
「でも、どうやって入城するんですか?」
ライは簡単に“入城”という言葉を口にしたテナエラ妃殿下に聞く。
先程門の前の大混雑地帯にいた時に目にしていたのだが、門を潜る行商人達は皆、手に紙を握りしめていた。きっとあれは入城許可証の類いなのだろう。
だが、今の二人にそんなものは発行されていない。いくらマラデニー王国より発展が遅れているからと言っても、これだけ大都市になれば、そこらの管理は厳しいはずだ。
「どーやら忘れている様だけど、私だって王国兵だったんだから。それだってきちんと試験を合格して務めてたのよ」
バカにしないでよね、とテナエラ妃殿下は言う。
ライは何を言われているのか分からず、頭にハテナマークを浮かべる。
「王国兵になるには魔術が使えることが第一条件なのよ。確かこれは前にも言ったはずよね」
「……え?」
夕暮れ前にして更に混雑を増した城門前。二人は再びそこへと戻ってきていた。
「テナエ……テリーさん、まさかなそんな上手くいくと思ってますか……?」
「バカにしないでよ」
目の前を忙しなく通過してゆく荷馬車達。テナエラ妃殿下が考え出した“入城する方法”とはなんともシンプルなものであった。
「いい? これから人の目を晦ます術をかけるわ。その間は決して息をしてはいけない。私が手を引くままに付いて来なさい」
どうやら魔術で“姿を消す“行為は基礎的なものらしく、今回もまた他人に見えないよう姿を晦まし、こっそりと入城する作戦のようだ。
「見てあそこ」
彼女が指さす先には、何やら気が弱そうな若い行商人が一人。
「そうね、あの人の荷馬車に乗り込みましょう」
テナエラ妃殿下の術は呼吸をしたら解けてしまう。時間続けられる魔術ではない為、ここから城門を潜るまでなんて持たない。だから城門をくぐる時は誰かの荷馬車の中に潜り込み、息を潜めようというのだ。
「上手くいくのかって顔をしてるわね。でもダメよ、他に作戦なんて無いでしょう?」
テナエラ妃殿下は今まで見せなかったような悪戯な笑顔を作る。
どうやら、こんな事態を少し楽しんでいる様だった。
薄々思っていたのだが、彼女はどこか掴みにくい。素晴らしい思考と行動力を発揮し、気高い指導者の顔をする時もあれば、今のようにイタズラを仕掛ける子供のような表情もする。
ライは上手くいくのか不安になりながらも、首を縦に振ったのだった。
次回は7月15日を予定しております。
ぜひお越しください(*^^*)