知識と言う名の財産
ゴトゴトと、木製の車輪のヘリに鉄を巻き付けただけの簡素な荷馬車がすぐ側を走り抜ける。
「ゲホッ…ゲホ」
それらが巻き上げる乾いた土に、ライは度々咳き込んだ。
踏み固められた土――と言っても、通る荷馬車に踏み固められただけの粗雑な道に、テナエラ妃殿下も呆れた様子だ。
「ほんと。こんなにも人が集まるのだから、城壁の外も整備しなさいよ」
マラデニー王国では見たことない、とマントの端で口元を塞ぐ。
そうしている間にまた背後から全速力の荷馬車に抜かされ、視界いっぱいに土が舞い上がった。その荷馬車がかけていく尻をみおくると、また次の荷馬車が同じ場所へと向かってゆく。
ここはプリアテンナへ入場するメインゲート。
プリアテンナで一儲けを夢見る行商人達が、我先にと関門をくぐり抜けようと混濁していた。
荷馬車を引くのは小さめな一頭の馬。その轡を引くのは、やや汚れた服を纏い口髭を生やした男。彼が腰掛ける荷台には麻袋が積まれていて、その隙間から何やら見たこともない黄色い実が覗いていた。
限られた港町しか知らないライにとって、この真新しい場所は新鮮そのものだった。
「……わぁ、み、見て。あんな実見たことない」
異様な程に黄色く色づいたその果実は、三日月のように引き伸ばされ細長い。それが四つ、五つと束にされ麻袋に詰め込まれていた。
マリーナ号の寄港祭の時にすら目にしたことのないその異国の果実に、ライは感嘆をあげた。
「あれはバナナよ」
呆れたようにテナエラ妃殿下が返す。
「バナ、ナ……。じゃ、あれは?」
その後に続く荷馬車には真っ赤な細かい実が沢山積まれていた。
最初こそ細かく教えてくれてあたテナエラ妃殿下だったが、あまりにもしつこかったのか眉を寄せる。
「変に目立つような事はしないでよね、ただでさえ徒歩でここらを彷徨いてるのすら怪しいんだから」
マントのフードを目元まで深く被り直したテナエラ妃殿下に、ぐっと強く手を引かれる。
「あ、すみません」
半ば強引に引きずられながらも、ライはテナエラ妃殿下の後を追う。入場待ちの荷馬車の間をスルリとすり抜け、この混雑した列を横切って行った。
「おい!危ないだろう!?気をつけろ!」
「ご……ごめんなさいっ!」
途中、いきなり動き出す馬に轢かれそうになりながらも、必死に彼女の後をついて行った。
やっとの思いでその混雑地帯を抜ける。振り返れば先程まで二人が居た所は土煙で茶色く濁って見えた。
テナエラ妃殿下はマントについた土を払う。そして気を取り直したかのように少し声を張り上げた。
「やっぱりあったわ。ほら、ライ。前見て」
彼女が指さす方向をみると、そこにもまた人だかりが出来ている。今度は歩いている人達がほとんどだ。
木を組み建てた柱にすす汚れた布を掛け屋根をつけたような簡素な造り。そんな店が城壁に沿うように窮屈に肩を並べ、市を展開させている。
店頭に並ぶ商品は、麦に野菜と、どれも見たことのあるような物ばかり。先程の行商人のような不思議な異国の商品では無さそうだった。
「これは?」
城壁の外だというのに異様な程盛り上がりを見せるその市場に、ライは目を丸くした。
「これは闇市って呼ばれるものよ。城塞都市の中での商業活動の資格を持たない人達が開いているものなの」
見上げるほどに高い壁。
この壁の中で物を売るのには資格が必要なのか、とライは一人頷く。
三圃制という農業法が一般的となった今、ほんの一部の農奴ではあるが余剰産物を生み出せるようになった。そこで彼らは、余った物を売りに出すようになったのだ。
だが、彼らには市壁の中で商業活動をする資格は与えられていない。
よって、ゲート付近に集まって行商人や他の農奴相手にに余剰産物を売り始めたのだ。次第にその集まりは大きくなり、市壁沿いに市を展開するようになる。大きくなった市には両替商や小さな銀行業も発展し始めた。
こういったプリアテンナのような大都市には“第二の市”と呼ばれる闇市が存在する事が多かった。
「へぇへぇ、マラデニー硬貨とはまた珍しいところから来たお客さんだ」
闇市の奥まった所にある両替商――真っ黒なローブを被った中年の男が、テナエラ妃殿下の渡した硬貨を愉快そうに眺める。
彼の座る椅子の後ろには、野ざらしにされた小さめの袋が六つ。
それぞれの袋の中からは大陸の硬貨と思われる金貨銀貨が詰められていた。
こんな不用心に硬貨を置いて盗まれないのかとも思うが、彼は決してそんな心配はしていない様子で硬貨の鑑定を始める。
「今のレートだと、マラデニー金貨二枚でルベルト金貨三枚ぐらいかな?」
光にかざしたり重さを測ったりなどと忙しい両替商に、テナエラ妃殿下が問いかける。
いつもよりかなり低い声色にライは驚かされた。すると彼女は目で“合わせろ”と伝えてくる。
なるほど、マラデニー王国の妃殿下という身分を隠すために“男”を装っているのだ。
彼女の意図を組んだライは、両替商に気づかれないように小さくコクンと頷いた。
一通り硬貨の鑑定がすんだのか、彼は器具を机の上に置き腕組をする。
「へぇへぇ、物知りな旅人さんだ」
感心したのかバカにしたのか判断に迷う返事をした両替商は、ライとテナエラ妃殿下に値踏みするような眼差しを交互に向ける。
骨張った顔の中央から除く薄い目は、なにやら卑しい光を放っていた。その目と視線がバッチリと合ってしまい、ついピクリと身体が強ばるライ。
その様子見た両替商に鼻で嗤われてしまった。
それをカバーするかのようにテナエラ妃殿下が両替商とライの間に割って入る。
「こちとら裕福な旅じゃ無いものでね。等価交換でいえばルベルト金貨四枚に、銀貨八枚と言った所かな?」
男がルベルト硬貨を用意し始めると同時に、テナエラ妃殿下は嫌味に言った。
すると、両替商は初め机の上に金貨四枚と銀貨六枚を用意していたのだが、彼女に言われた直後渋々銀貨を八枚に増やした。
テナエラ妃殿下は無言でその硬貨を手に取り、なにやら硬貨の縁に指を這わす。
その後 忙しく計算をする男の顔をのぞき込むようにし、テナエラ妃殿下は付け加えた。
「いい事を教えよう両替商の旦那。時期に西の硬貨価値は愕然と下がる。今のうちに手をつけておいた方が身のためだぞ」
突然なにを言い出すのか、とライは不審にテナエラ妃殿下の顔を見る。彼女は顎で両替商の座る後ろを指していた。その先は硬貨が詰められている袋。
両替商も初めはライと同じくキョトンとしていたが、何の話か理解したようでケラケラと笑い出した。
「へぇ、へぇ。まだ若かろうに、随分と頭が利く旦那だ。それはアレですか? オーベルガン大戦の話かい?」
一本取られた、と眉を潜めながら両替商は地道な計算を辞め両手の平を上に向けた。
降参、のポーズだ。
「ああ」
テナエラ妃殿下はそれに対し短く答えただけ。
「オーベルガン大戦もいつになったら終わるのやら。レーデル王国が優位だと噂が来たのはつい先程じゃないか。それを何、今度はデルヘッサが優位だというのか」
隣に立つテナエラ妃殿下と両替商の間で、ライには理解できない会話が飛び交う。
オーベルガン大戦、名前だけくらいは聞いたことがあった。大陸の南東部に位置するレーデル王国と北西に位置するデルヘッサ王国。この二国が唯一交わる場所がオーベルガン渓谷という場所だ。長年対立していた二国だったが、一昨年の夏、とうとう戦を始めたのだ。
闘争開始直後ガザラに寄港したソウリャが、それは凄まじく酷い有様だったと言っていた。
「納得がいきませんなぁ」
自国が劣勢になったと聞かされた両替商は、腑に落ちない表情でテナエラ妃殿下の次の言葉を待っている。
それに応えるように、テナエラ妃殿下は口元に手を当て小声で囁いた。
「デルヘッサの後ろにはマラデニー王国が付いてる事を忘れちゃぁいけない」
テナエラ妃殿下はライから見てもゾッとするような笑みを両替商の男に向ける。
その表情に一瞬ではあるが、両替商は戸惑った。
「へぇ、へぇ、マラデニー硬貨を持つ旅人さんがそういうのなら、そうなのかもしれないねぇっと、この当たりで良いかい?」
そして突如ヘラヘラと物腰を低くし、先程出した硬貨をしまい、袋の中から同じ金種の硬貨を出してきた。
「……こんなもんなのか。ルベルト硬貨は」
すぐさまその硬貨を手に取り、テナエラ妃殿下は言う。
「マラデニー硬貨と比べちゃいけないよ。あそこは何てったって詐欺教会の慈悲貰いだからね」
あからさまに顔を顰め、両替商はマラデニー王国を貶す。
まさか今目の前に立っている“旦那”こそがマラデニー王国の第一王位継承者だとは夢にも思わないだろう。
テナエラ妃殿下は手短に礼を言うと、出された硬貨を皮袋に仕舞い、その場を後にした。
「あのっ、テナエラ妃殿下」
ライは前を歩く彼女に声をかける。
「その呼び名、ここでは不味いわ」
最もな事を言われ、ライは慌てて口を塞ぐ。そして、なんと呼ぼうか頭を悩ませた挙句、以前同様に聞いてみた。
「……エラさん……?」
エラ、と呼ばれたテナエラ妃殿下は一瞬戸惑うような表情をする。うーん、と首を捻り暫く考えた後、何かを思いついたように話し始める。
「……エラ、はダメね。ほら、それは女の人の名前でしょう?女の旅人なんて全く相手にされないわ。そうね、テリー。テリーと呼びなさい」
「テリーさん」
「そう。で?何?」
ライの顔をのぞき込むようにして聞き返したテナエラ妃殿下。
そのテナエラ妃殿下に向かってライは疑問に思っていた事を伝える。
「さっきの両替商で、一体何をしていたんですか?」
両替商が銀貨を増やしたり、わざわざ渡す硬貨を取り替えたり。
一体何が起きていたのか結局分からずじまいだった。
「ん?あ、ああ、なるほどね。あーいう所には何の法もないの。だから彼らは両替の度に割に合わない硬貨を渡してくることが殆どなのよ。だから私はレートを言ったの。変に騙されないようにね。すると彼は次に質の悪い硬貨を渡してきたわ。縁が削られ使い物にならないようなね。あんな硬貨じゃ何も出来やしない」
ライは先ほどの二人のやり取りを思い返す。
なるほど、一度提示された硬貨を手に取り観察していたのは、これを見るためだったのか。
ようやく彼女の思考に着いて来たライは、その後の話を彼女に求める。
「だから、私は彼に商売をかけたの」
「しょ、商売?」
自慢話をするかのように彼女は人差し指を立て、目を閉じる。
「気づかなかった?彼の座っていた後ろの袋にはレーデル王国西域の大量の硬貨が入っていたのよ。だから、私は彼に情報を売ったの。時期に西の硬貨価値が下がるってね。もしこの情報を今知っていれば、まだ価値がある時に大量の硬貨を清算出来るでしょう?知っていなければ大赤字、彼にとっては随分と有力な情報だったと思うわ」
自信満々に話す彼女に、ライは一つ疑問を抱く。
「どうして下がると言いきれるんです?」
彼女の様子だと何も当てずっぽうに言っている様では無さそうだった。
「私を誰だと思ってるの?マラデニー王国の王位継承者よ。その位の執政には触ってた。数ヶ月前大量の魔蓄石をデルヘッサに売ったの。ここまで言えば、アンタにも想像がつくでしょう?」
ニヤリと口角をあげ、試す様な物言いだ。
ライは、与えられた知識を思い巡らせ、必死に頭を働かせた。
大陸の北西部に位置するデルヘッサ王国。大陸の南東部に位置するレーデル王国。話に出ていたオーベルガン大戦はその二国が交わるオーベルガン渓谷で起きた闘い。大量の魔蓄石をデルヘッサが買い取った事実。魔蓄石はマラデニー王国でしか作れない。
「デルヘッサは魔蓄石を使って戦うって事ですか?」
導き出した答えを、小声で彼女に伝える。
テナエラ妃殿下は面白そうにその続きを促した。
「魔蓄石はマラデニー王国でしか作れない。つまり、敵対しているレーデル王国が持っているはずがない。そうすると、勝敗は一気につく……負けた地域の硬貨は意味を無くして、価値が下がる」
そこまで言って、彼女の顔を見た。
「ご明答、よくできました」
珍しいテナエラ妃殿下に褒められたライは、少しばかり頬を赤く染めた。
「知識は財産よ。知っている、と言うだけで役に立つ。そうね、ライ。あなたにも少し理解して貰っていた方がいいかもしれないわ。お腹も空いたでしょう?お昼がてらに説明するわ」
そう言うとテナエラ妃殿下はある店を指さした。
「その前に、私の服を買ってからだけどね」
今週もここまでお読み頂きありがとうございます!
終盤、テナエラ妃殿下が種明かし?のような物をしましたが、大体内容は伝わったでしょうか??
何分文章能力が低いもので……「何これ意味不明!」だったら申し訳ございません。
プリアテンナは中世ヨーロッパにあった城塞都市をモデルに書かせていただいたのですが、史実と異なる部分が沢山あると思います。
実際に闇市なんてものがあったのか分かりません!!
そこは、「この世界ではこうなんだな〜」と流して読んでいたたければ幸いです。
【お知らせ】
来週から約一ヶ月間、更新をストップ致します。
理由は、投稿済部分の手直し&編集の為です。
感想等でもご指摘を頂きましたが、今まで書き上げてきた部分は文法や書き方と、とても汚いものでした。
ここで一度時間を頂き、勉強・手直しさせて頂きます。
主な話の流れは一切変えませんのでご安心下さい。
次の投稿は未定ですが、なるべく1ヶ月間以内には再開したいと思っております。よろしくお願いしますm(*_ _)m