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高い壁の国

 ザザーン……ザザーン……と、波が砂浜によせる音が聴こえる。


 清々しい朝の太陽の光にあてられ、ギラギラと光る白い砂浜に二人分の足跡が付けられていた。足跡は海辺の森林の方へと続いている。その近くの木陰には縋るように座り込む二人の姿があった。


「……全く、しくじったわね」

 はぁ、とため息を漏らす彼女――テナエラ妃殿下は濡れた髪を両手で絞りながら言う。彼女の脇に座り込み水を含んだブーツを絞るのはライだ。


 脱出船でマルサレニアの港を目指していたのだが、どうも燃料の残が足りなく、敵国のレーデル王国領に船を付けることにした二人。

 だが、思いのほか遠浅の海岸だったらしく、砂浜まで距離のある所で座礁してしまったのだ。仕方なく、海を泳ぎ陸地に上がった訳だが、お蔭さまで全身がびしょ濡れだ。


 暫くお預けだった蝉の声が、至る所から聞こえてくる。

 数十メートルもの距離をそのまま泳ぎ上陸するなど、この季節でなかったら大変なことになる所だった。


「さて、どうしましょうか」

 テナエラ妃殿下が、顎に手を当てて遠くを見つめる。

「……ここから、その……マルサレニアまでどの位の距離ですか?」


 永遠と続く砂浜。

 この終わりのないように思える砂浜の先にあるであろう、マルサレニアとの国境を思い浮かべる。


「正確にはわからないけど、多分ルベルト伯爵領の近くに船をつけたはずだから、馬で三日って所かしら?」

「三日……」

 ガザラなんて数十分もあれば町の端から端まで移動できた。

 三日という距離が如何程なのか、と頭を捻る。


「……馬で、ね」

 念を押すように彼女は付け加えた。

 もちろん都合よく馬なんて居るわけもなく、ライは見通しの立たない先々に肩を落とした。


 ジリジリと照りつける太陽光。

 運悪く雲一つない完璧な空が、漂着した僕ら二人を笑っている。


「このままじゃ、干からびて死んでしまうわね……あっ」

 テナエラ妃殿下が思い出したかのように、ジャケットの内側に手を突っ込んだ。

「……?」

 彼女はおもむろに内ポケットから水を含んだ皮袋を取り出し、その口を豪快に開き、地面に中身をぶちまけた。

 チャリン、チャリンと、乾いた音がする。


「一、二……三……金貨三枚に、銀貨が少しか」

 金貨三枚……今まで目にした事のない大金が砂の上にばらまかれた。

「足りないわ」

「へ!?」

 足りない、と言った彼女の言葉についライは悲鳴に近い驚きの声を上げた。


 金貨三枚もあれば、一ヶ月の食事には困らないだろう金額だ。

 それを目の前にして足りないとは、平民出身のライにとって驚きの言葉である。


「……何を驚いているの。考えて見なさい、私達には買わなければいけないものが沢山あるのよ」

 呆れたようにテナエラ妃殿下が言った。


「まず、第一に買わなければいけないもは、私の服。ここはマラデニー王国の敵国レーデル王国よ。その中でこんな軍服来て歩いてみなさい。すぐさま終わりよ!」

 そんな事も分からないの!? と言うような剣幕で説明すると、彼女は貨幣を袋にしまい始めた。その最中も、彼女の頭の中では何かを試算しているのか、ブツブツと呟く。

「……と水、食料」

 その言葉の中でまたもや驚かされる言葉が出てきた。

「……あとは、馬、地図」

「う、うま!?」

 予想外の言葉につい口を挟んでしまった。


「あんた、歩いてく気?」

「い、いや……」

 馬なんて買おうとした事もないが、高いに決まっている。それがこの金貨三枚で帰るはずがないこと位はライにも分かった。


 まさか、とは思うが……彼女、テナエラ妃殿下は物の価値がわかっていないのか? と不安を寄せながら、ライは恐る恐る聞いてみる。


「……馬なんて、買えないですよね?」

「ええもちろん。今の段階では、ね?」

 彼女はさも当たり前に答えた。

 あなたに言われなくたってわかってるわよ、とでも言いたげな目だ。


 彼女が上げていった必要な物資。全てを買い揃えることなんて到底不可能だった。

 だが、何か秘策があるようで、熱意の篭った眼差しで砂浜に文字を連ねてゆく。


「よし、何とかなりそうね」

「……?」

 テナエラ妃殿下は、一人納得するとおもむろに立ち上がった。


 ライはこの先が不安で仕方なかった。今二人にはこれから旅をするのに充分な資金がなく、さらに敵国へと不法侵入しているのだ。

 ほぼほぼ打開策の無いようなこの状況で、一体何が出来ると言うのだろう。


 そんなライの心情を感じ取ったのか、彼女はにっこりと笑って手を差し伸べてきた。


「大丈夫、策はある」


 ライはつられて、差し出された手に自分の手を重ねる。


 不思議だ。

 彼女には人を安心させる何かがあった。

 彼女の言う策とやらが何なのか、何の説明もされていないこの状態で、「きっと大丈夫」と思ってしまう。


「大丈夫、あんたを死なせない為に私はここにいるんだから。安心して着いてきな」


 普段の彼女からは想像出来ないような、優しい聖母のような微笑み。

 これが妃殿下という器なのかもしれなかった。



 ※※※※



「……ほら、あった!」



 歩くこと数時間。

 照りつける太陽の強さが最大になる頃、歩いていた先に何やら灰色の点が見えてきた。


「あ、アレが目指していた都市ですか……?」

 ライは額に手を当て、よくその先にあるものを見つめた。

 気温が高いからなのか、水分不足だからなのかは分からないが、ゆらゆらと踊るように見える。


「そうよ、あれがプリアテンナ。ルベルト伯爵の治める都市で、ここら辺では一番商業が発達しているの」


 何も無い砂浜に漂着してから、二人は近くにあった川を永遠と遡って行った。

 彼女曰く、川の畔ほとりには必ず都市が出来るものらしい。


 はじめの頃こそ森の中のような場所を歩いていたが、徐々に木々が薄れ、彼女の言う通り小さな農村がポツポツと現れ始めた。

 だが彼女はその村によろうとはせず、ひたすらに歩き続けたのだ。


 点にしか見えなかった物が、徐々に全貌を明らかにする。

 灰色の石で気づかれた高い高い壁――城壁に囲まれたその街は、どこか物騒な雰囲気を醸し出していた。


 目の前を歩くテナエラ妃殿下がその歩みを止める。


「……?」

「……流石にこの格好は不味いわね。城壁の外の市で何かを買うわ」


 彼女の服装は完全にマラデニー王国軍の軍服。胸元にはマラデニー王国を象徴する太陽のブローチが輝いていた。敵国の地でそれを堂々と着ていて言い訳がない。彼女は一番上の服を脱ぎ、マントで体を隠すようにして歩く。


 やがて、砂地だった周囲が畑に変わり始める。彼女はその土を指先で触り、随分と乾いた土地ね、と言った。


「こんな土地しか与えられない農奴のうどは不憫でしかないわ」

「……のう、ど?」

「城壁の外の広大な領地を与えられてはいるけれど、その代わりにとてつもなく重い税を追わせられている階級の人々。未だこの南大陸にはその封建制ほうけんせいが根ずいているの」


 こんな土地で植物が育つわけないじゃない、とテナエラ妃殿下は言った。

 彼女の言う通りかもしれない。このあたりの税は食物で収めるのが慣例。この炎天下の中ひたすらに畑を耕す農奴達は皆痩せ細り、健康体には見えなかった。


「……文句を言わないんですかね、彼らは」


 ふと疑問に思ったライはテナエラ妃殿下に聞いた。


「人って怖いものなの。生まれてからずっとその環境にいる人は、それが“当たり前”になるの。例えその不平等さに気がついた人が居たとしても、代々続いてしまった悪い伝統を変えるには、相当の決意と財産が必要なのよ」


 そんな彼女の社会科講義を聞いている間に、城塞都市プリアテンナは徐々に近づいてきていた。


 隙間なく積まれた石の城壁は、見上げる程高く恐怖を覚える。等間隔に開けられた小窓は非常時にはそこから攻撃を加える為の物のだろう。


「それにしてもすごい人集ひとだかりですね」


 その城壁の下には驚くほどの人だかりが出来上がっていた。

 荷馬車にたくさんの荷物を積む行商人らしき風貌の男達が城壁の入口に列を組んでいる。

 きっとこれから城塞都市でひと商売をする人たちなのだろう。その目は獣のように貪欲で、気合が入っていた。


 先程テナエラ妃殿下が言った“商業が発達している国”なだけはある。


「雰囲気に呑まれている場合じゃないわ。この高い壁の向こう側は私達の戦場よ。遅れずに付いてきなさい」


こんにちは!いつもお世話になっております。千歳です。


今回は新章突入です。

いよいよ、マラデニー王国を抜け大陸に足をつけました。


今回は中世ヨーロッパの封建制度を参考に書かせていただきました。数年前、世界史の授業で習った事を参考に書いてみましたが、史実と間違っていたらごめんなさい。


まあ、こんな世界もあるんだな(笑)と暖かい目で見ていただけたら幸いですm(*_ _)m


次回の投稿は5月20日(土)を予定しています。

またお越しください!


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