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【番外編】夢にまで見たもの(下)




―――俺は許さない。


腹の底にめらめらと燃える何かがあった。


それは収まる事をしらず、目の前で血に怯えている少女へとぶつけられる。


「捕まえろっ!」



慌てて投げられる近衛兵の命令より先に、もう1度俺は剣を振るった。


「…ヒッ!!」


今度は彼女の右腕に横に線が走る。


真っ白な肌に、じわりと真っ赤な血が滲む。



「貴様妃殿下から離れろ!」


後ろから羽交い締めにされるように近衛兵に捉えられる。


別に刃向かえなかった訳じゃない。


この敵陣の中で刃向かったところでどうにもならないから大人しく従っただけだ。


あまりにもあっさりと動きを止めた俺に、近衛兵達は力を緩める。


おれは、握っていた剣をテナエラ妃殿下の足元に投げた。


「これは君がさっきまで握っていた剣だ!…そして、君の血を流した剣だ」



俺は大人しく後ろに手を回し、近衛兵に縛らせた。



妃殿下に対し剣を向け、更には傷をつける。


極刑は免れない。




それでも俺は剣の道に生きたかった。





これから、誰が望まなくても王になるであろうこの少女に、“剣”を教えたかった。



※※※



冷たい石の上に直接引かれた布切れのようなカーペット。

窓には鉄の格子がはめられ、1日のうちに数刻しか日を取り込まない。



王族に剣を向けた俺に下された判決は“無期限の監獄”。

つまりは一生の監禁生活だ。


今は王宮の端の塔に閉じ込められている。

今後はまたどこか遠いところの塔の中に移動するのかもしれない。




“審議の間”で裁判を受けた時、父もまたそこに居た。


凄まじい目だった。



俺のした事は間違っていたのだろうか。


剣術学校特別指導員の息子。

その名に恥じぬよう、俺は数々の賞を受賞し、誰にも負けない技術を得ようとした。


そのなかで築かれてきた剣への想い。



それがこんな仇をなすとは思わなかった。



そもそも、思い返せば剣術とは忠誠を誓う主を守るための物。


ああ、俺が誓うべき主はテナエラ妃殿下だったのだ。




間違えていたのは、俺の方だったのかもしれない。





同じレベルで考えてはいけなかったのだ。


彼女に、俺と同じ剣への想いを求めてはいけなかったのだ。





なぜなら、俺は守る立場。

そして、彼女は根っからの守られる立場だ。





※※※


何週間…いや、何ヶ月経っただろう。


時々運ばれてくるご飯をただ食べるこの生活では、時の流れが分からなくなる。



トントン、と久しぶりのノック。


「………」


そんな突然声が出るわけもなく、俺はその扉を見つけた。


ガチャリ、と重い鉄の扉が開かれた。


「………出ろ」



グッと肩を引っ張られ、無理矢理に立たされる。


まともに歩くのさえ久しぶりな俺は、ヨタヨタと頼りなく歩いた。



長い螺旋階段をゆっくりとおりる。





久しぶりに外の空気を吸った。


塔では感じられなかった、青々とした空気がクニックの肺を満たす。


「陛下のお心が変わった」


そう言った王国兵は、汚れ物を触るかのような手でクニックの背中を押す。


クニックは裸足のまま土を踏んだ。




足の裏にムニッとした感覚があり、なかなか気持ちいい。




ふと、足元に向けていた視線を前方へとずらす。




「…………」



そこにはズラッと並んだ近衛兵たちの姿があった。



なるほど、俺はこの場で首斬り残念か。



まあ、牢獄でこれから何十年も生かされるよりはマシかもしれない。



と、全てを諦めた俺。



だが、俺は今でもこの瞬間を忘れない。

鳥肌が立つようなその光景。

それは、俺の想像をも遥かに超越した出来事だった。




「下がれ!」


と、甲高い声が響いた。



その合図とともに、一斉に近衛兵が道を開ける。


その奥、開かれた向こうに見えたのは、―――そう。



きっちりと着込まれた王国兵の軍服。

胸には鉄の防具が据えられ、左腰には引きずるような剣が携えてある。

髪は凛々しく刈り上げられ、色白の肌には無数の傷跡。

その中央に据えられた大きな瞳は紅く輝き、凄まじい決意が宿っていた。



「クニック=マンファーレ」



その王国兵に、名前を呼ばれる。


俺は節々が痛むのを耐え、その場に膝まづいた。



「我、テナエラ=マラデニーの名において、この西塔の監獄から解放する事をここに宣言する!」



その王国兵―――周りの屈強な王国兵の腰程までしか身長のないテナエラ妃殿下が声高らかに宣言した。


その姿の変わりように俺は声を失う。

彼女はそれを気にするわけではなく、淡々と話し始めた。


「私は貴殿に感謝している。こうしてここに立っていられるのも、貴殿の言葉があったからこそ」


彼女は徐々に俺との距離を詰めてくる。

そして、跪く俺と目線をあわせるように彼女もしゃがみ込んだ。


「私には貴殿が必要だ!そんな塔に篭っているな…貴殿の居場所は私の隣だ!!」


怒鳴るように発せられた、優しい、優しい、その言葉に涙が溢れたのを俺は覚えている。


俺が塔に閉じ込められていた期間、一体彼女はどれだけの努力をしたのだろう。


あの柔らかそうなだった手には数多あまたの豆。

繊細な白い肌には重ね重ね付けられた生傷。


長く美しいかったブラウンの髪は、地肌が透けて見えるほどに深く刈り上げられていた。



箱入り娘だなんて、失礼な話だった。



彼女は箱入り娘なんかじゃない。



根っからの、統べる者だった。





自身の努力を持って、人の心を動かすことができる、稀に見る指導者だった。



“この方に、一生を捧げてもいい”




そんな衝撃が俺の身体中を駆け抜けた。



「……あなたのおかげで、私のダメなところが分かったわ。あなただけよ、私に怒ってくれるのは。とても感謝してるの」


「………」


耳元で囁かれる言葉。

これは、テナエラ妃殿下のお言葉ではなく、テナエラの言葉だった。






あとから知った話だが、私が塔から出られるように取り計らってくれたのは紛れもないテナエラ妃殿下だったらしい。


断固として動かない国王に、自らの姿を見せ、私の必要性を解いたそうだ。



私が王宮に戻ってからというもの、彼女は1日たりとも休まずに剣を振り続ける。


あれ以来、彼女の涙を見たことは無かった。




※※※


「クーニック!」


昼食の後の休憩時間。

彼女に唯一与えられた自由時間だというのに、テナエラ妃殿下は決まって俺の部屋を訪れていた。


ドアノブがノックも無しに開けられたかと思うと、少しだけ開かれた隙間から彼女はのぞき込んでくるのだ。


「…テナエラ妃殿下、扉を開ける時はノックしてくれませんか?」


毎回の事だから慣れればいいものの、これがなかなかヒヤリとする。


「別にいいじゃない!クニックなんだから!」


塔の監禁から半年。

あれ以来何故かテナエラ妃殿下は俺の事を好いているようだった。


あの時の俺を感動させた威厳は何処いずこやら、暇さえあれば絡んでくる。


まあそれも年相応だと言えばそうなのだが、勉強している時や剣術の稽古を付けている時の顔と比べると、同一人物とは信じられない程だ。


実際、こういった子供らしい表情をするのは俺の所にいる時だけ。

それはそれで心苦しかった。


「クニック!あなた、近衛兵になるの!?」


テナエラ妃殿下が俺の手元を覗きこみ、驚くように俺を見上げる。


「ええ、なりますよ」


俺はその書類をトントンと揃え、引き出しに閉まった。


「えー、どうして?どうして?」


どうして?と聞かれても…彼女にそれを説明するのはどこか恥ずかしかった。



俺が近衛兵を目指した理由は単純明快。


テナエラ妃殿下を守るのには魔術の力が必要不可欠だったからだ。


元々自然界のエネルギーを魔術に変換する力を持たない俺は、魔畜石の力を借りなければ魔術を使うことが出来ない。


その魔畜石を携帯する権利があるのは王国軍に名のある者だけなのだ。


「テナエラ妃殿下、さあ、時間です。午後は私と相対戦術がありますよ」


「…いいわ!今度は手加減しないでよね!」


それをこの目の前に居るテナエラ妃殿下に伝えるのは、小っ恥ずかった。



※※※


見る見るうちに彼女は剣術を身につけてゆく。


数年後には、俺と対峙した時にヒヤリとする場面も現れてきた。



細く真っ白な腕によって振られる剣先。

彼女が動く度に一つに纏められた髪が揺れる。


キーーン、と剣を組み合わせれば、その奥にあるのはゾッとするほど美しいルビーのような瞳。


その瞳が映しているのは紛れもない俺。


貪欲にも剣に縋る彼女に、俺は段々と心惹かれていった。





※※※



十歳を迎える年、テナエラ妃殿下は忙しくなった。

日中はおおよそ公務に明け暮れる。


現陛下にお子が1人しか居ないからと、執政の全てを叩き込まれているようだった。


一方、俺も見事近衛兵になり、護衛全般や訓練に打ち込む。


お互いに自分を高める日々が続いた。


そんなある日、彼女がふと尋ねてきた。



「ねえ、私と貴方はとういう関係?」



「………えっ?」



突然の意味のわからない問いかけに俺は間抜けな声を漏らした。



どんな関係?と聞かれててもすぐには答えられない。


毎日彼女は自由時間に俺の部屋を訪れる。

俺の部屋で眠ることさえあった。


その日に何かあったのか分からないが、突然夜中にたたき起こされ、中庭で剣をまじ合わせることも多々。


もちろん、彼女への尊敬や忠誠心は変わらないが、とっくに主と家来の仲ではなくなっていた。



丁度いい言葉が思い浮かばずに俺は首を捻る。




「…そうすぐに答えられないのは、私が妃殿下のせいでしょう?」



グサリ、と思考のど真ん中を射抜く妃殿下。



「本来ならあなたの方が年上、私に対して敬語なんて使わないわ。それに、こんなに仲がいいんだもの。友達だって答えてくれるわ」


「………妃殿下…」


彼女が口に出したのは初めてだった。


だが五年も一緒にいれば、彼女が「妃殿下だからと距離を置かれる事が嫌」と思っている事くらい知っていた。


「………それとも、私が妃殿下でなければ貴方は私の元には居ないの?」


しゅん、と肩を落とし震える声で言った彼女。


俺は慌てて否定をした。


「ち、違いますよ!テナエラ妃殿下が妃殿下でなくたって、私は貴方の傍に付きます!!」


もちろん、そうだ。


むしろ、貴方が妃殿下でなければ、とっくのうちにこの腕に抱きしめている。



グッと言葉が漏れるのを抑え、俺は彼女を見つめた。



日頃の公務や訓練での疲れが出ているのか。

ここ数ヶ月で更に細くなった腕。


寂しさに耐えるようにその腕をさする。


下に伏せられた豊潤なまつ毛の下で、今にも雫を落としそうな真紅の瞳。


弱音を吐いてしまった事を後悔するように震える唇。



ああ、本当に貴方が妃殿下でなかったのなら…。


その細い肩を抱き、涙が零れないように上を向かせ、その薄く色づく唇を塞いでしまいたい。



だが、そんな事を夢見たって叶わない。



せいぜい俺が彼女に出来ることは、彼女が壊れないように、少しでもくつろげる場所を提供する事だ。



最初、陛下が俺を彼女の練習相手にえらんだのは、武力や学力に俺が長けているからだと思っていた。


でも、違うのかもしれない。


ただ単に、彼女の友達を作りたかったのかもしれなかった。




「……エラ…。エラってどうでしょう?」



俺は彼女に提案をした。


「……え、ら?」


何を言われているのか分からず、目をキョトンしている妃殿下。



「テナエラ、のエラです。テナっていう所が王家の証だと聞きました。…私といる時は…いえ、俺といる時だけはただの女の子、エラになってみないか?」


「………クニック…」


真っ赤な彼女の瞳が大きく揺らぐ。


「嫌だったら、嫌と言ってください」


「…嫌なわけないわ!私は、そうね。そうね!エラよ!…すごい、何でもできそうな気がする!エラ!エラ!」



先程まで落ち込んでいたのはどこへやら。

両手を真上にあげ、まるで長いあいだ牢屋に閉じ込められていた人質が、久しぶりに外の空気を吸った時のように、彼女は喜んだ。


「妃殿下、でも約束してくださいね。これは私と貴方が二人っきりでいる時だけですから…また塔に閉じ込められるなんて御免ですからね」


あくまでも、と釘をうつ。


それを聞いているのか聞いていないのか。

彼女は両手を合わせながら元気に言った。


「大丈夫!まあ、もし閉じ込められてもエラならよじ登って会いに行くわ!」


「…助け出してはくれないんですか」


胸を張っていった彼女に俺は苦笑いで突っ込む。


「…あら、クニック!あなたも約束よ。私と二人っきりの時は敬語禁止!私のことはエラと呼ぶの。いい?」



グッと顔を近づけてくる彼女。


人の気も知らないで、呑気な娘だ。



「ああ、わかってる。わかってるよ、エラ」




「クフフっ!ああ、大好き!クニック大好き!」






俺が即行で作った「エラ」という名前。彼女は大層気に入ってくれていたようだった。


二人っきりの時、なんて秘密をこのお転婆娘が守れるはずも無く、一気に王宮の中に広まった。


だが、陛下からのお咎めは無しだ。



数ヶ月もすると、彼女がドレスを来ている時は「テナ姫」軍服を来ている時は「エラ様」と王宮に仕えるものが呼び始めた。



それでも彼女は言った。


「あなたといる時にだけ、私は王家の呪いから解かれるの」


と。


さらには、「まるで貴方はおとぎ話に出てくる王子様ね」と言いやがった。




本当に、俺が王子様なら、エラ…。


あんたを幸せにできるのにな。




今すぐにでもその唇を奪って長い眠りから覚ましてやる。


そして、白馬に乗ってどこか遠い所まで行こう。


そしてそこで一緒に幸せになろう。




でも、俺にはその“キス”が出来ない。


それに、お前もそれを願っていないだろう?





今日も疲れきって俺の部屋で眠ってしまうエラの頭を俺は優しく撫でた。




※※※



「…しあわせにな、エラ!」


俺は遠くなる意識の中、力の限り叫んだ。


ビシビシビシ!と、目の前の空気の壁に亀裂が走る。



その切れ目から、湯気のように闇が立ち上ってきた。


バリン!という大きな音とともに、「ギギギギギ」という耳を突き刺す音が満ちる。



そいつらは一斉に俺に飛びついてきた。




ああ、もう何も見えない。

何も聞こえない。



それでもいい、俺はお前の王子様になれた。



お前の細い肩を抱き、念願のお姫様抱っこで駆けた。



ずっとずっと欲しかったお前の唇だって貰った。



俺の知る限りじゃあ、お前のファーストキスじゃないか?




用意してあったのは白馬なんかじゃなかったが、そこは勘弁してくれ。



俺の夢にまでみたものは、叶ってしまったよ。





ああ、エラ。


俺のエラ。



お前も叶えろ。


お前が夢にまでみたものを。





―――叶えてくれ。

今週も閲覧頂き誠にありがとうございます。


今回の番外編では、テナエラ妃殿下とライが船を後にしたその後をお送りしました。


力の限界を前に、彼に走った走馬灯。


やはりそれは、愛するテナエラ妃殿下への想い…。



次回は新章突入です。

更新は5月6日を予定しております。

よろしくお願いします。


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