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統べる者

ダァァァァァァアン!!




「………っ!」



衝撃波。

三方向壁で囲まれているこの空間で船が大きく揺れた。




「クニック!!」


エラが慌てて身を乗り出し後ろを確認する。




「…っぶねー…ははっ間に合った」




グッと後ろを向き、両手を前に出して“空気の壁”を作り出しているクニックが居た。


その壁の向こう側は真っ暗闇で、きっと大量の影がある事が想像できる。


「クニック…早く!!」


エラが操縦席から立ち上がり、彼の元へと向かおうとした。


「エラ」



「……?」


クニックが後ろを向いたまま彼女の名前を呼ぶ。



「今すぐ運転席に戻るんだ。そして、手元のレバーを引いてシールドを貼れ」


「……何言ってるの?」

「手元のレバーを引いてシールドを張れ」


間髪入れずに同じ事を繰り返す。

サァッと血の気が引いた。



「……クニック!早く乗り込んで!」



エラが必死に叫んだ。

だが、クニックは一歩も動こうもしない。


ライはその二人の様子を運転席の横から見守る。






「……俺はここに残る」


ようやく返事をしたかと思えば、彼は硬い決意で言った。

納得が行かない、とエラが怒鳴る。


「いい加減にして!命令よクニック!そのままこっちへ…!!!」


「いい加減にするのは君だ、エラ。ここで船に乗り込むように後退して行ったら、きっと闇の民に押し負ける。したら、私も君も、ライもおじゃんだ」


顔をこちらに向けないので、彼が一体どんな顔をしているのかわからない。

彼が片手で背負っているリュックの蓋を開ける。


すると、地面にゴトゴトと光り輝く石がこぼれ落ちた。



「ちょっと動力室から拝借してきました」


冗談めかしに彼は言う。


「破壊された魔蓄石の破片さ。これがあればある程度こんくらいの力抑えられる。さあ、行って。これだって俺の精力が長くは持たない」


「っ…ふ、ふざけないで!!」


ライはどうしようかと二人の姿を交互に見た。


意地でもその場を動かないクニックと、震えながらも彼を説得するエラ。



「私はこの身を盾にしてでも貴女をお護りします。…そういった約束ですし、それが私の本望です」


先刻のクニックの熱い想いを思い出し、目に涙が浮かぶ。


「…な、何言ってんの!?そ、そんの冗談に決まってるじゃない…あんたを置いていくなんてできない…あんたは私にとっての唯一無二の存在よ…!ねえ!ねえ!!」


エラが大粒の涙を目から零しながら叫ぶ。

いつになく感情を顕にし、震える彼女。


そんな彼女の様子をチラリと振り返り、クニックは満足そうな笑みをこぼした。


「貴女にそんな顔をさせることができるなんて、なんて俺は幸せだ…」



ボソリ、と。

でも確実に聞こえてきた。


彼…クニックさんが自分を「俺」と呼ぶ時。

それはきっと心の底からの想いが口に出ている時だ。



「行け!エラ!早く!」


「嫌っ!」



クニックの創り出す頑丈な空気の壁がミシミシと軋む。

今にも端からヒビが入り、闇の民の影が飛び出てきそうな感じがある。


それでも運転席に座らないエラに、クニックが叫んだ。











「船をお出し下さい!第一王位継承者、テナエラ=マラデニー妃殿下!!!!」









叫ばれたその声が室内に大きく反響する。





だいいち、おおい…けいしょう、しゃ?

…テナエラ、マラデニー…ひでん、か…??




「!!!!?」


彼の呼び名に驚き、ライは隣の席から身を乗り出すように立っている彼女を見上げる。


「………っ!」


驚いたような、絶望したような…正気を失った目がただただ大きく開かれていた。


「…………」


クニックさんも前を向いて空気の壁に全力を注ぐ。



ちゃぽ…ちゃぽ…と船に当たる小さな波の音が聞こえた。






「……王国兵団援護翼おうこくへいだんえんごよく第三班小隊長、クニック=マンファレーレ。マラデニー王国第一王位継承者、テナエラ=マラデニーの名にいて貴殿きでんに命令を下す」



やけに落ち着いた低い声。



「我と勇者を護れ!」



腹の底から絞り出したようなその貫禄のある声とは裏腹に、彼女の拳はきつく握りしめられ震えていた。




「御意」



クニックが、嬉しそうに応える。


エラは暫くクニックを見つめるが、彼がこちらを振り向くことは無い。



「……健闘を祈る」



目を瞑り、クニックには届かないように呟くと、彼女は勢いよく運転席へと戻ってきた。


そして、いくつかのボタンを押しグッとペダルをふみ、エンジンを繋いだ。

すると、またブルルルル…とエンジンが稼働する音が鳴る。


右手奥に付いているレバーを勢いよく引くと、沢山あるのうちの一つ“シールド”と書かれたメーターが淡くピンク色に光りだした。


「………」


その光っているメーターの針が10を指した事を確認すると、エラ…テナエラ妃殿下は左奥のレバーを引き、アクセルを踏み込んだ。



ブォォォォォォオオン!!


旧式のエンジンがうねり声をあげる。




テナエラ妃殿下のハンドルを握る手が微かに震えていた。

意地でも前から目を離さない彼女に、ライは胸が苦しくなる。


「…エ…エラさん…も、戻ろう!?ク、クニックさんも一緒に連れて逃げよう…?」


「………」


それが痛たまらなくて、彼女の手を止めようとした瞬間…


「エラさん!まだ間に合…うわっ」


グッとアクセルが踏み込まれ、強い重力がライにかかる。

背もたれに打ち付けられたように、動けなくなった。



バックミラーに映るクニックの後ろ姿が、徐々に…少しずつ…小さくなってゆく。



船の外に出ると、一気に暗闇に包まれた。



ポッカリ空いた出入口だけが、暗闇に浮かぶ唯一の明かり。



やがて、クニックの後ろ姿がその光に飲まれてゆく。



そして、その光すらただの点になっていった。









※※※※



ブルルルルルル…



静かな海に、頼りないエンジン音が響き渡る。




ライは、運転席の脇の椅子で膝を抱えて外を眺めていた。


「………」


あれからテナエラ妃殿下は一言も話さない。


無理もない話だ。

クニックさんという大切な存在を、自らの判断で無くして来たのだから…。


何と声をかけていいのかわからないのも確かだが、同時に“エラさん”が“テナエラ妃殿下”だった事に驚きを隠せない。


テナエラ妃殿下といえば、世界を代表するマラデニー王国の第一王女。

田舎町出身の平民であるライが、口を聞くことは疎か、直接視することすら普通は許されない。


ーーー私は、彼女にそれすら伝えられる身分じゃない。


そう言ったクニックの意味がようやく分かった。




「酷いと思った?」



唐突に彼女が口を開く。


なんの表情も表さない能面のような顔で、ただ前だけを見つめている。



「…な、なんの事…でしょう…?」



僕なんかが皇女様と会話をしてもいいのか?と思ったが、問いかけに答えないのも失礼に値すると思い、たじたじに答える。


「……クニックを殺した事よ」




「…………」



ストレートなその言葉に、返す返事が浮かばない。


「………助けられるか、助けられないか…。半々って所だったわね」



昔を懐かしむような顔。


数刻前、エラについて語っていたクニックの顔と同じ顔だった。




「助けられる可能性があったならっ……」


助けられる可能性があったなら、なぜ助けようとしなかったのか。


そう聞こうとして、聞けなかった。



光を失った瞳。


それがあまりにも痛々しすぎたからだ。



「アイツ…最後の最後に私をテナエラ妃殿下と呼んだわ。そう呼ばれたら私が助けないのを知ってるくせに」



バカだなぁ、と愛しそうに吐く。


クニックさんは彼女に叶わぬ恋心を抱いていた。

彼女は一体どうだったのだろう。


察しがいい彼女の事…彼の気持ちに気づいていないはずは無かった。


「黙ってて悪かったね、私はテナエラ=マラデニー。名前の通りマラデニー王国の第一王位継承者。本来なら私が勇者になるはずだったのに、あんたなんかが任命されたのが許せなくて、国を捨てて旅に出た者よ。以後いごよろしく」



投げやりに言った言葉に、彼女は自分で笑う。


「援護翼ってのは、近衛このえ兵の隠蔽名いんぺいな。つまり、私がここにいなけりゃ船に乗らなかった人達さ」


私がいなけりゃ、船に乗らなかった人達。

私がいなけりゃ、死ななかった人達。


彼女が何を言いたいのか分かる。



「私は死神だね」



呆れたように放たれた言葉は、居場所が無いように宙に浮く。


ライは簡単に否定も肯定も出来なかった。


“あの場では、ああするしかなかった”


それはもちろん正解だし、そう思ったからライも特段彼女に反抗しなかった。


ただ、そう割り切るにはあまりにも重い。



長い沈黙。



それでも、彼女は強い。


「でも、きっと。私じゃなければあんたを護れなかった。私はそう信じてる。実際にそうだった。だから、私がこの船に乗ったのも正解、彼らが死んだのにも意味がある」


強くなければ、彼女は生きていられない。




以前“統べる者”の話があった。


まさに、彼女こそが“統べる者”に相応ふさわしい。

人の上に立ち、人を統治するのに相応しい人だと思った。




「私はね…王家に呪われた存在なの」


広い海の上ではハンドルの少しのズレなんて気にしない。

テナエラ妃殿下は、今までぎゅっと握りしめていた手を緩め、ハンドルにもたれ掛かった。


「先代の教えって物があってね…?これがまた酷いのよ」


ヘラっと笑うと、彼女は詩を暗唱するかのように言う。


“…自分を人だと思うな。我々は人である前に王族だ。王族は人であってはならない。国の為に残虐になり、民の為に非情になれ。時には国の為に身を売り、民の為に自分を殺せ。例え批判を買おうが、例え無念だろうが、それが王族に生まれた者の定め…”



「自分という自我を殺せって意味よ。……それが、テナエラという名にかけられた呪い」


最後に付け加えられた台詞は、彼女が今まで生きてきた中で導き出した答えなのだろう。


彼女は一体どれほどの物を背負っているのか。



そんな彼女に対し“可哀想”という言葉が浮かんだ。


「あんたも同じよ。ライ=サーメルという名には“勇者の呪い”がかかっている」


ピシャリ、と言われる。

まるで心を読まれていたのかと思うほどのタイミングだった。


「あんたの方がスケールが大きいのよ。理解してる?」


理解してるかと聞かれても、そんな理解している筈がない。

ましてや、つい今まで彼女に同情していたほどだ。


無責任な!と怒られるかと思いきや、彼女は長いため息をついただけ。


その勢いでハンドルの上で組んだ腕に顔を埋め、暫く黙り込んでしまった。


「………」





「…呪いをかけられた二人の為に、あの船に乗っていた王国兵が沢山死んでいったわ。そのうちの一人…クニック=マンファーレだけを無理に救おうとするのは差別。彼を救うために無理をして、こちらが死んでしまっては、それまでに私たちの為に命をかけてきてくれた者達に顔が立たない。王がいるから国がある。勇者が居るから、前を向ける。―――私達は自分だけの命じゃないの」


まるで、子供を寝かしつけるような優しげな声色。

それがかえって悲痛さを増幅させる。



沢山の王国兵の命。

その命によって生かされた二人の命。





そんな重い命の前で……



クニックはテナエラ妃殿下とよんだ。


彼女は自我を殺さねばならなかった。





クニックは、彼女をそう呼べば、彼女がこう動くことを解っていた。


テナエラは、クニックがそう解っていることを、分かっていた。







「大勢の犠牲によって生かされる、大勢の為の命…」







くぐもった声が漏れる。






ライは体を反らし、遥か後ろを見た。




もう見えなくなった船。


その船の上で、彼らはまだ戦っているのか。

それとも、とうに終わっているのか。




“大勢の犠牲”は、正しかったのか。

“大勢の犠牲”を1人でも減らすことは出来なかったのか。




わからない。



彼女は正しくて正しくない。

でも、間違ったことは言ってない。





彼女は国を統べる者。

僕は光の民を統べる者。




二人をのせた小さな脱出舟が、やや明るみを持ち始めた東の空を背に、大海原に浮かんでいた。

ここまでお読みいただき、感謝申し上げます。


ここの話で「第3章統べる者」を完結いたします。


世の中には沢山の物事が溢れています。

それらは必ず〇か×かで表されます。


その二択しか存在しません。


では、それは本当に〇なのでしょうか?

では、それは本当に×なのでしょうか?


自分の立場では〇だと思い主張しても、反対の立場からみれば当たり前に×である物事が沢山あります。


だからこそ、我々は長きに渡り戦争や争いを繰り返してきているのです。


この「どうしようもないこと」をどうすればいいのか。


そんな事を考えて頂けるような作品にしていきたいと思います。



固くなりましたが、これがこの物語の根底です。



どうぞ、これからも宜しくお願いします。


次回は4月22日の投稿です!

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