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メシリニア大渦

「エラ様っ!」


バタバタと動き回っていた人達が一斉に手を止め、こちらを向き敬礼を放つ。


その先はライではなく、エラだった。


「何故貴方達が勇者の進言も聞かずに、自分達の目で見ようとしないのか…今は言及している暇がないので辞めておく」


コツコツと、微かなヒールを鳴らしライの隣に並んだ。


「私が予測するにここはレデール王国領のメシリニア半島付近だ。その湾の中に侵入している。その中で発生するメシリニア大渦に巻き込まれていると思って間違いないだろう」


エラは焦る様子もなく、淡々と話してゆく。


「渦の中心は11時の方向、何としてでもそこには飲み込まれないように舵を取れ!魔術針は役に立たない!従来通りの方法だ!」


「はっ!」


彼女の言葉に全員が声を揃えて返事をする。


先程まで魔術針を睨んでいた二人が、駆け足で部屋を出て行き、残りの人は舵を手に取り、何やら打ち合わせを始めた。


先程までの慌ただしい空気とは違った、緊迫した空気が張り詰める。


ライはチラリと右に立つ彼女を盗み見た。


彼女は胸ポケットからメモ帳とペンを取り出し、何やらひたすらに書いている。


女性と呼ぶにはいささか早いような気がする彼女は、一叱りでこの場の空気冴えも替えてしまった…。


彼女が以前口にしていた“統べるもの”の話。

まさに彼女こそがその“統べるもの”の器ではないのか。



舵の脇に置かれた水晶が、青白く光る。


『聞こえますか!?こちら観測台。11時の方向に渦の中心発見。その距離約4ディール!今ならまだ迂回できる可能性有り!』


先程出ていった二人なのか、水晶の中から声が聞こえてきた。


「了解、では面舵!五、四、三…」


渦を迂回する為に舵を右に切るのか。

その行動開始までのカウントダウンが始まる。


「二、い」

「待って!」


舵を動かす直前。

凛とした声が先導室に響く。


誰もが彼女を振り返った。


「だめ…多分転覆する。舵は二時以上切ったらダメ」



神妙な顔つきで堂々と言い放つエラ。

手元のメモ帳を指でなぞりながらうなづいている。


なるほど、先程から必死に書いていたものは、船が転覆する角度の計算だったのか。


「エラ様…そんな事では迂回ができません!」


今にも舵を切ろうとしながら、海軍兵が言う。


「舵を2時まで切り、最大速度で突っ切りましょう」


「つ、つっきる!?」

先導室内が一気にどよめいた。



「そんなことしたら、波に引きづられて渦に飲み飲まれて終わりです」

「全速力でも不可能です!」


その隣で速度計算をしていた海軍兵も、急いで裏付ける。



「分かってる。だから、出来るだけ波の圧力を小さくします」


「……は?」


先程からぶっ飛んだ発想のエラ。

なんの知識もないライに出さえ、彼女の案のちぐはぐさには気づく。


だが、彼女の顔は自信に満ち溢れていた。

エラの事だ。きっと何か策があっての発言だろう。

ライはエラの次の言葉を待った。


「魔術で逆波を立てます。この大きな渦と言っても、所詮は波。船に掛かる波の向きと逆向きに波を当てれば、波は相殺される」


「……えっ」


今まで黙って成り行きを見ていたライだったが、つい驚きの声を上げてしまう。

エラの回答はあまりにも無茶な案だったからだ。


この広大な海に魔術をかける。

なんてスケールの大きい話だろう。


よくソウリャが言っていた。「いくら化学が発達しても、いくら魔術を研究しても、空や海、大地や生命には敵わない」と。



自身の案に突然反論の反応を示したライにイラついたのか、エラは横目で睨んでくる。


「…一体どれほどの魔力が必要だと…」

周りからも同様の声が上がった。



そうだ。

仮に海に魔術をかけられるとしても、この荒れ狂う海じゃそれ相応の力が必要になる。


そんな莫大な魔力がどこにあるというのか。



流石の彼女もここで詰んだか、と思うや否や、彼女は軽く鼻で笑う。



「充分よ…。充分足りるほど魔術石を積んでいるじゃない」



皆の思考が追いつかず、一気に静まり返る。


充分足りるほど…?

確に、クニックさんのように乗組員全員には魔術石が付与されている。

だが、それをかき集めたとこで足りるのだろうか?




暫くして、大きな機械の前に立つ男が口を開いた。


「……バ、バリアに回している魔力を使えと仰っているのですか…?」



震えながら問う彼に、エラはゆっくりと微笑む。


正解。


その意図が伝わると、またもや先導室内がどよめき始めた。


「バ…バリア…!?これを外せと…!?そんなことしたら、外部からの侵入を防げなくなります!」


「それに、仮にここを突破できたとしても、再びバリアを展開するのには小一時間かかりますし…場合によっては、着港まで持たなくなる可能性も…」


次々に懸念が投げかけられる。





「じゃあ、他に策は?」




みんな一斉に黙り込む。



「今は無事にこのメシリニア大渦から脱出することが最優先。他に策がないのなら、致し方ないことでは?」



誰も反応しない。

皆が目を泳がし俯く。



「…ゆ、勇者様は…どう思われますか…?」


突然、話を振られた。


「え、ど…どうって…」


「勇者様は貴方。全て…貴方の一任にございます…」



背筋がゾワっとした。


先程まで勇者なんて認めないと言っていたその口で、今度は勇者に任せるなんて吐くのか。



なぜそうも変わったのか、僕ですら知ってる。

こんな重大な事、すぐに返事なんて出来ない。

万が一の時の責任なんて負えないからだ。


転覆するにしろ、バリアを外したことにより攻撃されるにしろ、この船の乗組員の命がかかっている。


誰だって、その責任から逃れたい。




だが、それにしてもズルすぎはないだろうか…。


それとも、これが勇者としての責任…?


もしそうならば、僕がここで答えなければならない。


ライは意を決して口を開いた。


「……ぼ…僕は…」


「答えなくていいわ」


ズッと、エラが僕の前に立ちはだかる。


「………」


そして、ライに話を振った男に向かって叫ぶ。


「ライに判断を任せるのは荷が重すぎる。なんの知識もない人に判断させるなんて危険よ。ここは専門職のあなた達が決めること。さあ、私の策に乗るか、否か」



「……エラ様の策に異議がある者…」


海軍兵たちは、お互いの顔を見合いつつ、誰も手を挙げないことを確認する。



「………了解、では、今からバリア解除の手続きを致します」


そういうと、彼は他の先導員たちに指示を出していく。




『全戦闘員に告ぐ!今から直ちに甲板に登れ!』


直後、船内放送が繰り返される。



バタバタとそれぞれが動き始めた。





「ライ、私たちがここにいても出来ることは無いわ。一緒に甲板に出ましょう」


「は、はい!」


グッと手を引かれその後に続く。


「あなたにしてはよく頑張ってるわ」


思ってもみなかったその言葉に僅かに目頭が熱くなる。


貴女には及びません。



そう思った。




※※※※


甲板に出ると、大勢の王国兵達が三列ほど右に並んでいた。


『戦闘員に告ぐ!目的は船にかかる波の相殺!それに歯向かうべく、これより南西向き、北東向きの波の発生を促す!』


船内放送が響く。


王国兵達は「はっ」と声を揃えて返事をした。


「エラさん、何が始まっ…」

「静かに」


何が始まるのか、と聞こうとした所、口を手で塞がれた。


王国兵達は右手を隣の人の左肩にかけ、左手を前方に伸ばす。

全員が一つになる様に繋がった。


「始めっ!!」


「勢威なる海よ私に力を」

「獰猛なる海、我々に応えよ」

「水の精霊、私に応えよ」

「お願い海、波を立てて」


ドッと全員が一斉に声を上げる。


そして、一呼吸置いた後…ガクン!と大きく船が揺れた。


「わぁぁ!?」


ぐいっ…


よろめくライをエラが片手で引っ張り上げる。


「……えっ!!!!?」


その手に縋るように体制を立て直すと、船の外では凄まじい現象が起きていた。


船の左側面からは、高さ数メートルには渡るであろう波が常時立ちつずけ、崩された波が甲板に降り注ぐ。


一方、右側面でも、船からやや離れた海面に同じく数メートルの波が立ち上っている。


それらはまるで壁のように、進行方向へと続いていた。


「船にかかる波に、発生させた波をぶつけることによって、幾分か渦の中心に引きずりこまれる力を緩やかにしているのよ」


唖然とその光景に見入るライに、エラが教える。


先程言っていた『波を相殺する』とはこういう事だったのか、とライは納得した。



その効果は莫大で、先程よりも船の揺れは小さくなっている。


「いいか!気を緩めるな!いくら搭載している魔畜石のエネルギーが充満しているからといっても、限界値だ!気を張れ!倒れるぞ!」


指導者と見られる男性が、洪水のような怒涛の音の中に叫ぶ。


倒れるぞ。


そう言われた王国兵達の額からは大量の汗が吹き出ていて、疲労の色が見える。


その必死な表情に、ライは恐怖さえ覚えた。


「今まで船の周りに貼られていたバリアを切り、この船付近に凄まじいエネルギーを放出させたの。そのエネルギーを使って彼らがこの波を発生させてるけど、元々個々のもつ容量は決まってるから……彼ら、相当な体力を消費しているはずよ」



エラが眉間にシワを作りながら、ボソリと呟く。


『只今渦の中心脇1ディールを通過中!』



王国兵たちの断末魔のようにも聞こえる呪文の中、船の位置を知らせる放送が続く。


『中心突破!折り返し地点、残り5ディールは現状維持!』


ガタガタと船がまた揺れ始める。


「あっ…!」


ばたり、と誰かが倒れた。


まるで突然力が抜けたかのように、不自然に倒れ込む。

そのまま彼はピクリともしない。



バタリ。



また、近くの王国兵が倒れる。



倒れた事により、途切れてしまった列を修復するように、倒れた隣の人同士が手を繋ぐ。


そしてまた、何も無かったかのように呪文を唱え始めた。



どうして誰も助けに行かないのか…?


そんな疑問を頭が過ぎる。


確に今は波の発生に集中する時かもしれない。

だが、船員全員がそれに従事している訳ではない。


こうしてライのように傍観している船員だっているのだ。



誰も動く様子を見せないのを確認し、ライは倒れた人の元へと駆け出した。


グイッ


「……えっ、え、エラさん…」



慌てて腕を掴まれる。


「ダメ、動かないで」


……どうして?


聞いても意味が無い事は彼女の顔で分かった。


ライは倒れた人と、エラの顔を見比べながら、諦めてその場に留まる。



『突破まであと2ディール!』


ぶつかり合う波の飛沫が降る甲板に希望のようなアナウンスがなった。



「うぉおおおおおお」

「うぉおぉおおおお」

「うわぁあああああ」



終わりが見えると、人は気持ちの持ち用が変わる。

まさにその通りのように、彼ら達の雄叫びが大きくなった。



『残り1ディール!』



希望のカウントダウンがまたもや聞こえる。



「大丈夫、ほとんど抜けたわ」

はぁ、といかにも安堵したようなエラ。


あまりの力の抜け様に、倒れるのではないかと手を出す。


「大丈夫、まだ貴方に支えてもらおうなんて思ってないから」





『全員放出を辞め!メシリニア大渦からの脱出を確認!各自徐々に力を緩めよ!』


アナウンスとともに、少しずつ両脇に出来ていた水の壁が小さくなっていく。


そして、ザパーーーーンという音を立てて崩れた。



そこから見えた海面は、かなり静かなもので、微かに渦の残りの揺れがあるのみ。





今までの騒ぎが嘘のように静かだった。

大変遅くなりました!

更新出来なかった分、ストックは出来たつもりです…。


来週はおやすみですが、再来週から何卒宜しくお願いしますm(*_ _)m



ラ「…すみません、ちょっと取り込んでいてなかなか更新できませんでした…。ほんとにすみません」


エ「何?言い訳?そんな事はいらないわよ。逆にイラッとくるから。全ては結果よ」


ク「いやぁ〜、手厳しいなぁ!エラは!あはは!また次もよろしくねぇー!」

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