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静なる夜海の大渦

長い通路を全力で走る。

深夜という時間帯のせいで、耳鳴りがする程静かな通路をタンタンタンと、靴裏が金属の床を叩く音だけが遠くまで響いた。


「ライ君!そこの角を右だ!」


半歩後ろを走るクニックが、大声で指示を出す。


船の中はまるで迷路のようだった。

等間隔で並ぶ小窓とドア。


この船の舵を取る魔術機材が置かれる部屋、“先導室”を目指しているのだが、彼の指示が無ければたどり着けないだろう。



「目の前の大きな扉が先導室だ」


曲がった角の奥に見えた頑丈な扉。

いかにも分厚そうなその扉の向こうに先導室があるようだ。


「まずは、どうして進路が変わったのか、現場の人に聞くしかない」


軽く肩を上下させながらクニックはそう言うと、扉の脇の水晶玉のような物に手を乗せた。


ホワン…


彼の手が触れるや否や、淡い水色に光り出す。


「何用?」


直後、その水晶から渋い声が聞こえてきた。


どうやらこれも魔術を使ったものらしく、顔を合わせなくても会話ができる機械のようだ。


「私、援護翼第3班小隊長、クニック=マンファーレであります!今の航路につき一つ気になる点がございまして、直接お伺いさせて頂きました!」


背筋を伸ばし、クニックはハキハキと名乗る。


「述べよ」


ドアが開くのかと思いきや、そうではなかった。

冷淡なその声はこの場での会話を促す。


感じが悪い。


ライはそう感じた。


だが、クニックはそんな扱いにも負けず、サラリと本題に入る。


「では、単刀直入に聞きます。この船は今どの方向へと走っていますか?」


クニックの言葉を伝達しているのか、水晶が青白い光を強めたり弱めたりした。


そして、今度は向こうの言葉をつたえるようにまたもや光が揺らぐ。


「それは我々海軍の仕事。援護翼の貴殿に伝える必要は無い」


しかし、帰ってきた返事は、全く取り合う様子を示さ無いものだった。

むしろ、口を出すな、といわれてしまった。


「………っ…」


はっきりと断られたクニックは、返す言葉が浮かばずに視線を泳がし眉を寄せる。


「ク…クニックさん…?」


ライはクニックの上着の裾を引き、どうしますか?と視線で伝える。

それに対し、クニックは落ち込み首を横に振るだけだった。


「……確かに、管轄が違うから私が航路にとやかく言うことは出来ないんだ…」


援護翼のクニック、海軍の人。

それぞれの役割があるらしく、お互いに踏み込むことはあまり良いとされないようだ。


「……でも…」


明らかにこれは緊急事態。そんな決まりに縛られていいのか…。


まだ子供のライにでさえ、それではいけないと判断できる。

どうするべきか、と、一定に光る水晶を見つめて考えた。



「……あ…」


ハッと閃き、ライは水晶に向かって叫ぶ。


「僕です、ライ=サーメルです!」


勇者という立場の僕ならば、なんの縛りもない。

下手をすれば、僕の言うことならばうまく行くかもしれない。


そんな淡い期待を持ちら次に水晶が揺らめくのを待つ。


「おやおや、こんな夜中にどうしたんですか?もう明日は着港ですよ。早くおやすみなさいな」


しかし、帰ってきたのは明らかに子供を諭すような言い草。


その語感に怒りが募る。


「…っ、そ、そんな事じゃなくて!貴方に話があるんです!この扉を開けてください!」


拳を作り、目の前の分厚い扉をガンガンと叩いた。


「緊急を要する場合以外は、部外者は立ち入れませぬゆえご理解願います」


先ほどとは売って変わり、今度はとても冷淡な返事だ。


緊急を要する場合?

まさに今がその時じゃないのか!?


あまりにも取り合う気のない海軍に、ライはつい大声で怒鳴ってしまう。


「僕は勇者だ!部外者じゃない!」


いきなり感情が高ぶったせいか、息が切れる。

叫んだ声の残響と共に、荒れた呼吸の音も重なって響いている。


暫く黙っていた水晶だったが、しばらくして「はぁ」と呆れたようなため息とともに返事が来た。


「またまた、昨日の会議の時然り、この船での仕事然り…貴方は勇者と言えども形ばかりでは無いですか。こんな時ばかりその権力を振るおうだなんて、そんな我侭が通るとでもお思いですか?」



グッと手を強く握る。

痛い所を突かれた。

僕という存在が、自分が思っていた以上に勇者として認められていない事に改めて気づく。


エラにも同じ事を言われた。

自分でも自覚していること故、何も弁解出来なかった。


だが、それが今の行為をやめる理由にはならない。


「……この船は南東に進んでいます…それは事実なんです!おかしいと思うんです!」


今までの行いを振り返り、この場を引き下がることは、それこそ名ばかりの勇者になってしまう。


僕は違う。


この事実を伝えることは決して間違ったことではない。


なんの為の権力だ。


この事実をを聞き入れてすら貰えないのなら、持っている権力を使うことだって間違いではないはず。


「この後に及びまたそんな事を仰るのですか?…南東に進む?そんな事があるわけが無い。この船は王国最新鋭だ。間違えるはずがない」


声を聞いているだけでも、相手がどんな表情をしているのかがよく分かる。


眉を下げ、嘲笑うかのように口の片端を引き上げているに違いない。


こちらが黙っているのをいい事に、向こうが続けて言いたい様に話し続ける。


「仕方ない、これだけは答えて差し上げましょう。この船の進路は当然南西です。港の位置を把握していれば当たり前ですけれど」


そんなことも分からないのですね、と明らかに見下した態度の海軍兵。

僕がどこへ進んでるのかすら知らないとでも思っているのか。


そこまで馬鹿ではない、と言い返したい所だが、ここで声を張り上げたら「子供の戯言」と判断されて終わりだ。


相手の挑発には乗らないと、なるべく低い声、落ち着いた声で言う。


「それなら、進路が間違っています。この船は今南東に進んでます」


クニックが隣でゴクリとつばを飲む音が聞こえた。


ライの言葉を伝達してから、水晶からの返事が帰ってこない。


形勢逆転。


会話の主導権は今ライが握っている。


畳み掛けるようにライは更に言った。


「もし、おかしいと言うのなら、自分で外を見てきてください…間違ってるって分かります!」



そんな最新鋭だとか何だとか言っている暇があれば、一度外を見てくればいい。

それが一番正確な情報になる。


だが、彼らは“最新鋭技術”とやらを疑ってはいないようだった。



「もう一度言う。新鋭技術のこの船が間違えるはずがない」


こちらが何を言おうが帰ってくるのはその一言しかない。


「それでも間違っています!」


いい加減にしてほしい。ここで言い争っている場合じゃないのかもしれないのだ。


そんな思いからライは思いっきり叫んだ。


ライの叫びを伝達するように、水晶が大きく点滅する。

隣ではクニックが神妙な顔をして水晶を見つめていた。


そしてまた一呼吸置き、水晶が揺らぎ始める。


「それは王国の科学の力をバカにしていると同じであるぞ!!ライ=サーメル」


心底がっかりの返答。


「今そっちで何してるのか分からないけど!自分の目で確かめてみてよ!すぐ外に出ればわかる事じゃないか!」


どうして自分で確かめようとしないのか。

数分足を運べば外に出る。


彼らは専門家なのだから、一目瞭然ではないのか!?


「その必要はない。この船が間違えるはずがないからだ。話は以上、良い子ははもう眠る時間ですよ」


どうしてここまで盲目に信じられるのか?

この壁の向こうにいるであろう立派な大人達が、ライにはただの能無しに思えてきた。


「…間違えるはずがない理由は?」


「この世界で1番魔力を発揮する魔蓄石を原動力にしているからだ。他国がどんな手を使おうが狂うはずがない」


驚いた。

そんな理由なのかと。


今この伝説が動き出したという異状な状態でなお、そんな安全神話に駆られているのか…。


「……闇の民よりも、強い魔力だと…?」


あの一瞬で一つの街を闇に飲み込む闇の民よりも、強い魔力なのだと…?


「………し、進路を変えさせるなんて出来るなら、もう既に乗り込んできてるだろうよ」



明らかに動揺しきった声。


そんな臆測でこの勇者軍を率いているのか…。



呆れたと同時に、一つの仮定がライの中で浮かび上がってきた。


彼らは魔術針の進路を信じて動いている。

この扉の向こうにある魔術針を見て、南西に進路を取っているはずだ。


もし、もし、そうならば…。


踵から腰、首筋を通って頭の先まで、一気に震えが登った。


「…最新鋭技術でガードが張られているこの船…生身での侵入は難しい。でも…遠くから魔力を細くして、ある一部にかけるくらいなら出来る…そんなことはないんですか?」


「……?」


理解していない海軍に、ライは一つ例を上げてわかり易く説明する。


「風船に、木の板を押し付けても割れはしませんよね?でも、それが爪楊枝に変わったら…。たとえ同じ力で風船に押し当てても……簡単に割れる…」


「…何が言いたいのですか?」


理解していないのか、理解したくないのか。


恐らくは、後者。


「闇の民自身がこの船に乗り込むことは防げても、魔術だけがこの船に入ってきていたら、魔術針を狂わせることだってできる!いま進路が狂ってるのだって説明ができるってことです」


ライが話終えると、途端に水晶の光が怯えるように小さく小刻みに揺れる。


「…そんな、そんな事は…」





ギイイイイ…





「!?」


突然、軋むような音。


何事かと天井を見上げた。


クニックも気づいたようで辺りの様子を探っている。


無意識に、ゆっくりとお互いの顔を見合った。



「…な、なんの音…?」


「……さ…さぁ……うわっ!」


今度は強い振動がはじまり、立っていられずにその場に崩れる。


両手両膝を床につき、その振動に耐えた。


先程の仮定もあり、嫌な想像が徐々に膨らむ。



もし、これが闇の民の何かだったならば、一貫の終わり。

こんな大海原の真ん中で、どう足掻こうと彼らから逃げる術はない。


暫くすると、段々と振動は落ち着いた。


「…外、見てくる」


ライはそのタイミングを見計らいすぐさま立ち上がり、今来た道を引き返す。


「ラ、ライ君!」


その後を慌ててクニックが追ってきた。


念のために途中、自室に寄り伝説の剣を背負う。


「…はっ…はぁ…はぁ…」


外に出ると、相変わらずの星天で先ほどとは何も変化が見当たらない。

突然の嵐に見舞われた、なんてことは無さそうだった。


すると、そのタイミングでまたもや船が大きく揺れだす。



「わぁぁっ!」


足が取られ、その場に尻餅をつく。


「だ、大丈夫!?」


「大丈夫…です…」


船の先端で激しい水しぶきがあかった。

この揺れの正体はそれかと、ライは這うようにして船のへりまで行く。


随分と波が荒れているらしい。

手すりを掴み立ち上がり、下を覗き込むと顔に飛沫が飛んできた。

海水が目にあたりヒリヒリとする。


「ライ君!そんな端は危ない!落ちてしまう!」


彼の注意をものともせず、ライは飛沫に耐え目を開けた。


「…ク…クニックさん!あれ…!」


片手で必死に手すりにしがみつき、片方の手で指を指す。


目の前にあったのは、今にも船を飲み込みそうな程の大きさの渦だった。


「な、なんだあれは…!?」


ようやくライの隣にたどり着いたクニックは、巨大な渦に驚きを隠せない。


「コレ…知ってる。」


昨晩頭に詰め込んだ地図を思い出す。


マラデニー王国を出航し、暫く南西に進む。

そして、3分の2程で進路を南東に帰えた場合、大陸にあった半島部分へと差し掛かるだろう。


その半島は婉曲していて、その腹の奥へと進めば大きな湾が形成されていた。


もし、今ここがその場所であるならば…。



「ソウリャが言ってた…。満月の夜、月が傾いた頃…。海に穴が開くって…」


満月の夜、大潮の関係で海面の高さが崩れ、湾の中には大きな渦が現れる事があるのだ。


これは各国で見られる現象らしいが、ここ、マラデニー南西部のものは特に大きい。


だから、船乗りたちはここの海には警戒しているのだ。


「あ…穴……!?」


「穴…というか、うず!」


海面が白い波筋を立て、等間隔に線を引く。

ゴオゴオとその白波は船の前に何重にも線を立てる。


そしてそれらは右斜め前方に向かって…渦の中央へと流れ込んでいた。


「だめだ!今すぐここを抜けないと!…うぁっ!?」


慌てて先導室へと引き返そうとするが、船が大きく揺れ思うように進めない。


激しく上下を繰り返す為、地面から足が浮き躓いてしまった。

まるで高速で波打っているトランポリンの上を歩いているような感覚。


ギシギシと船が大きく軋んだ。


この船が壊れるのも時間の問題…いや、その前に転覆するかもしれない。


ライは這うようにして先導室へと向かった。



ウー、ウー、と非常事態を意味するベルが鳴り響く。

その音にはね起きた人々は、船室の壁に縋りながら、自分の持ち場へと向かう途中だった。




「ライ!何モタモタしてんの!」


必死に壁に縋りながら歩いていたライに後ろから声が掛かる。


深夜だというのに既にきっちりと軍服を着込んだエラだった。


「ほら、しっかり!先導室へ行くのでしょう?行くよ!」


ガッと左脇を捕まれ引っ張り挙げられる。


「うわっ!」


そのまま、通路の真ん中を走り出した。


船が揺れる度に体がぐらつく。

エラは例え壁にぶつかろうが全く気にしない様子でライの手を引いていく。


すぐに先程の先導室の前までたどり着いた。


「エラさん、ここの扉、開けてもらえないんだ!」


ライは水晶へと手を伸ばそうとした彼女に言う。

それを聞いたエラは、一瞬何かを考え、手を引っ込めた。


その手を壁にヒトリと付け、スゥっと息を吸う。


「開け!強囲なる壁よ!」


「!」


彼女がそう命令すると、先導室の扉はサッと開いた。




「おい!もう1度データを確認しろ!」

「異常なし」

「嵐ではないようです」

「座礁でもありません!」



扉が開くと同時に、中からは焦りの感じられる喧騒がこぼれてきた。


時間帯の問題だろうか。

部屋の大きさや機材の量からみると、いささか足りないであろう十数人の先導達がセカセカと動き回っていた。


部屋の中央に置かれたピンク色に光る針ーーこれが例の魔術針なのかーーを囲みひたすらにデータを書く人。


何の資料なのか、慌てて山のような紙の中から何かを探る人。


大きな機械の前であれやこれやと弄る人。



この揺れの中でここまでキビキビ動けるのか、と思うほど動き回っていた。


が、褒められる行為ではない。



そもそも、その魔術針が狂っているのだから、そらをひたすら観たって仕方がない。


そんな山のような資料を今更見返したって間に合うはずがない。


外の様子を見れば一目瞭然。



何をしているんだこの大人達は。



ライの中にそんな怒りが湧いた。


「…そんな事してないで外を」

「無駄なことは辞めろ!今すぐに私の話を聞け!」


「!!」


すぐ脇の右斜め上。

そこから、凛とした声が発せられた。


先導達が一斉にこちらを向く。


「……ナ…エラ様…!」







お久しぶりです。

ここまで読んでいただき誠にありがとうございます!


先週は更新出来ずに申し訳ありませんでした…。

その分…という訳ではありませんが、今回は少し長めです←


今回はちょっとだけかっこよかったかな?主人公…と思うのですが、どうでしょう(笑)


ま、エラのカッコよさに全てかき消されてますけどね(笑)



さてさて、今回の渦ですが、瀬戸内海などで見られる鳴門を参考にして書かせていただきました。


ネットで調べた知識ですので間違っていたらごめんなさい。ファンタジーだと思って聞き流してください…(苦笑)

こっそり訂正やアドバイス頂けると嬉しいです。


次回は18日の投稿を予定しております。

またお越しください!

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