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月光前夜

ゴオ…ゴオと、頭の奥に響く重低音。

船独特のその不気味な音は、時折ギシリ、と軋む音を挟みながら繰り返される。







一度、目が覚めてしまったライはベットに横になったまま、その音をぼんやりと聞いていた。





真っ暗な船室。


ガザラの自室とは違う鉄板作りの船室は、生き物の温かみが感じられない。


丸く開けられた小窓からは、銀色に煌めく光の柱が差し込んできていた。


ぼうっと、横になったまま手を伸ばしその光に触れてみる。

キラキラとした白銀の粒は、ライの手を包み込むようにユラユラと揺れては消えた。


きれいだな、と何となく思う。


遠目にその光を眺めていると、逆にその光が眩過ぎて、他のところの闇が一層深く見えた。


月明かりの差し込む時間か、と、もう1度眠ろうと目を閉じてみるが、何度試しても眠れない。



パサリ、と掛け布団を退ける。


そのまま真っ白のか細い足を、ブーツへと突っ込んだ。





※※※※


ランタンを片手に、甲板へと通じる重い扉の取手を捻る。

ガコン、と何かが外れる音がした。


鍵がかかっているかとも思ったが、大丈夫だったようだ。

キイイイ、と金属独特の音を立てながら扉は開く。



すると、その隙間から月明かりが線になって差し込んできた。


「…スゥ…」


ライは新鮮な外の空気に深呼吸をする。

夕飯の後から感じていた、胃の中のごろごろとした異物感が、いくらか和らいだ気がした。


「……あっ」


自身の重さで勝手にしまろうとする扉に慌てて手をかける。

こんな真夜中に、バタン、と閉まったら迷惑でしかない。




微かに寝汗をかいていたようで、夜風が当たるとひんやりと気持ちがよかった。



上を見上げれば、今にも“ギラギラ”と音が聞こえそうな程に、星々が輝いている。



そんな幻想的な宇宙の下に、ライはひとり投げ出された様だった。




「…ほんとに、誰もいないな…」


夜…光の民の力が最も弱まる時刻…だと言うのに、船の外には誰ひとりといなかった。


その理由として、昨晩クニックが言っていただが、この船はマラデニー王国でも指折りの最新機能を搭載しているらしい。


今まで目視で行っていた進路確認や天気予想を、全て魔術で運用している。


流石にソウリャのマリーナ号でさえ、航海士が地図を睨み、夜は光を燃やし外の様子を監視していたようだった。



それと比べると、この勇者軍の船は雲泥の差。


いかに、王国が力を入れているのかが分かった。


フッと、手に下げていたランプの炎を吹き消す。

「真夜中だから」と一応ランプを持ってきたのだが、その必要はなかった。


強い月明かりが降り注ぎ、辺りは薄らと白銀に光っている。

更に、足元には薄い影を伸ばしていた。




ああ、そうか。どうりで明るいわけだ。



空を見上げると、やや高度を落とし始めたまん丸の月が煌々と輝いている。


満月に釣られるように、ライは船の右側へと歩いていく。




そっと、手すりに身体をもたげた。





船の先端で立てられた白波が左から右へと高速で流れていく。


ずっと繰り返されるその風景を眺めるうちに、ライは物思いに更けていった。




ガザラから出てきて、何日たっただろう…。



たしか、あの日は月のない夜だった。


なんの光もない夜に、不気味に蠢く“影”。





あの日、せめても月明かりがあれば、結果は変わっていたのかな…?




ふと、脳裏に昔おばあちゃんが話してくれた神話が過ぎる。


昔、まだ夜が真っ暗闇だった時代…。

我々光の民は、闇の民の支配に怯える夜を過ごしていた。


そんな誠心な民を救おうと、ヴェネア様は夜に自らの化身“月”を送り込んだ。



闇の民が支配すると夜の時間も、迷わずに生きていけるように、と。




しかし、その月は闇の民に魔法をかけられ、月に一度、闇に隠されてしまう。





月が隠される日…それは、我々光の民が最も力を失う日。




あの日…闇の民はそのタイミングを狙ってきたのだ。










「夏だからといって甘く見ると、風邪ひくよ」



突然かけられた優しい声に、ライはフッと顔を上げた。


大丈夫、泣く寸前。


右手の甲で両目をゴシゴシと拭く。



「……なんか、眠れなくて…」


バレないように、わざと低めの声で答えた。



クニックはゆっくりと歩いてくると、ライの隣に並ぶ。



クニックさんは、「眠れないのか?」と聞いてから、ライの返事を待たずに「仕方ないね」と言った。


「どう?船での旅とか…勇者になったこととか…剣の稽古とか…色々初めてだと思うけど、慣れた?」


軽く首を傾げる彼は、にっこりと口角をあげている。


彼にとっては話の取っ掛かりに過ぎない質問なのかもしれないが、今のライの心情にはまさに丁度の所だった。


「……船酔い…には慣れたけど、勇者としての自覚?のようなものとか、剣の扱いなんかは全く…」


全く分からない。


俯きがちに答える僕に、クニックはあははと笑う。


「勇者としての自覚かぁ…難しいことを言うね!…そうだな、そんな大層な物じゃないと思うんだけどね?」


「……?」


あくまでも持論だよ?と、敢えて言ってから彼は続ける。


「この人を守りたい」


「…え?」


いきなり声のトーンが真面目なものになり、驚いて彼の顔を見た。


「この人達を守りたい」


「……」


まっすぐ前…黒と黒の境界線を見つめ、何かを思い出すような顔をしていた。


「そんな、簡単なものでいいと思うよ。実際私が王国兵になったのだって、この国の為に何かしたいとか、そういった胸を張れる理由じゃない。…単に、オレにとってのお姫さんをこの手で守りたい、それに必要な力を手に入れる為に王国兵になった。そんな不純な動機さ」


にへら、と笑う彼。

いつも明るく元気なクニックの、どこかの本物の顔を見た気がした。


「ライ君にだってあるでしょう?剣を抜くと心に決めた理由が」


剣を抜くと、心に決めた理由…。


それは、僕に思いを託したソウリャやリサ、町のみんなの期待に答えたかったから…そして、守りたかったからだ。



「勇者ってたって、王国兵ったって、所詮は人の子よ。そんな大層な事出来るなんて思ってちゃ間違いさ。せいぜい人の一人や二人守るのが精一杯だよ」


眉を下げ苦笑するクニック。


王国兵として、最低の発言だ。


だが、それが現実的に正しい発言なのもまた確かだった。



「少し、昔話に付き合ってくれないかい?」


何をいうかと思いきや、唐突に彼は話し始める。


「なんとなく、昔を思い出したい気分なんだ」



そういう彼は、真っ黒な海の遥か奥…微かに区別のつく水平線を見つめる。


どこか儚いような、泣き出しそうな、それでいて全てを諦めたようなその表情に、ライはドキリとした。



「君は、エラが苦手だろう」


苦手…。


ハッキリと言葉にされると頷くのも躊躇うが、決して得意ではなかった。


「………」


曖昧な反応にクニックは笑う。


「素直だね、まだ純粋な証拠だ…だけど、お願い。彼女を嫌いにはならないで欲しい」


「……嫌いではないですよ、なんでも出来て、何だかんだ面倒を見てくれて…感謝はしてます」


そう。


言い方ややり方はキツいものの、この船に乗ってから1番気にかけてくれているのはエラだった。


苦手ではあるものの、感謝をしているのは確か。


それを聞いたクニックは、安心したようで、先程までの切羽詰まった表情を和らげる。



「……彼女に初めて会ったのは、私が君よりも少し小さい頃だ。これでも、そこそこな家の出なんだよ、私。まあ、彼女の身分には到底及ばないけどね」


すこし自慢げに話す彼は、ちょっと照れくさそうだ。


「まあ、彼女の剣術の先生が、私の父。それに連れられて、私も彼女の家に住み込みだったって話しさ。その時まだ彼女、5、6歳で、ほんとに無邪気で可愛かったんだ。綺麗に着飾って、誰もが振り向くようなお嬢様でさ…なにも知らないただの箱入り娘さ」



今の彼女からは到底想像出来ない。



「こんな奴に剣なんてつかえるもんか!って思ってたんだけどね…人一倍の努力家でさ…。よく夜中…そうだね、こんな時間に中庭に呼び出されて秘密の特訓に付き合わされたもんだよ」


真夜中の特訓…。

今の彼女を作っているのは、そういった自分にも厳しい過去たちがあるからなのかもしれない。


昼間の厳しい稽古を思い出し、納得するライである。


「気がつけば、あんなにも美人になっちゃって…。ほんと、おじさん心配だよ…はは、悪い虫がつかないかってね」


ぶっちゃけ美人さんだろ?と聞かれ、ライはエラの顔を思い出す。


純白の肌にやや釣り気味の大きな目。

薄く色づくバラ色の唇。

長い髪は絹のように滑らかで、明るいブラウンが太陽に映える。



「………綺麗な方ですね…」


今までそういう目で見なかったから、気づかなかったのかもしれない。


言われてみればかなりの美貌を備えていた。



「…君は…本当に素直なんだね… 」


クニックが、やられたと言わんばかりの顔をする。


「えっ?」



「いや、素直に人に対して綺麗だって褒められるのって…なかなか男でできる人はいないよ」



「…そ、そうです…か?」


素直にものを言うことを厭わないライにとって、まだその感覚はわかない。



「ほんと、言えたらいいんだけどね…?あはは」


空笑い。



そうか…クニックさん、エラさんの事。


そういう物に鈍いライでさえ、流石に気づいた。



小さい頃からずっと隣で彼女を見守ってきたんだな…。




月光に照らされ、青白く光る顔。


儚いような、泣き出しそうな、そして諦めた顔。




「私は、彼女にそれすら伝えられる身分じゃない。間違っても、口走ってはいけないんだ。きっと、彼女もそれを願ってる。今まで通り、恐れ多くも“幼なじみ”って呼ばしてもらおうかな。あくまでも幼なじみとして、あの凛々しい背筋が崩れないように、歪まないように、見守ってあげることしか出来ないんだ」



きっと、長年彼女の隣に立ち続け、導き出した答えなのだろう。



寂しくないの?


と、つい聞きそうになった。





でも、顔を見れば分かる。



「私の身分で認められる事は……。そうだね、この命が尽きるまで、彼女を守ってあげることくらいかな…?」




つむぎ出された言葉は、夜の海に吸い込まれていく。



「ま、私が守ってやるなんて公言しなくても大丈夫なくらい、彼女強いけどね!」


あはは、と笑う声さえも、波が立つ音に消えていった。







ゴオオオオ、と続くうねりが、どこか心地よく、怖い。


永遠に途切れることのないその音に吸い込まれそうになる。




ライはボーッと何も考えずにその音に耳を傾ける。



クニックさんも、それ以上は話さず、ただ水平線の向こうを眺めていた。





夏の夜の生ぬるい風がが海面に映る月の光を散らす。


その度に、闇の中でひときわ輝いていた。







ん?









ん?









なにか、引っかかる。




なんだろう、この違和感。





嫌な予感が頭をよぎる。



昔からこういった感は鋭い。

ガザラでマリーナ号の異変に気づいた時然り、剣に導かれた時然り…。


何かこうソワソワと落ち着かない気分の時は、悪い事が起きる前兆だった。


一体今回は何なのか…。




バッと、もたげていた身体を起こし、辺りを見回した。


「ん?どうした?ライ君」



クニックがおどろき、訊ねる。



だが、ライには聞こえない。


原因を探ることだけでいっぱいなのだ。




今までと何ら変わらない甲板。


金属製の床が月の光を反射し、ぼんやりと光る。


海も特に荒れた様子はなく、そよ風に吹かれ揺らぐのみ。


上を向けば、目が痛いほどの満天の星。


そして、やや傾く白銀の月。




やや傾く白銀の月。







…月




「………え…?」




おかしい。


どうして今まで気づかなかったのか。




一瞬にして青ざめる。



「ラ、ライ君…?大丈…」


ビビビっと、思考が一つの線をつなぎ、ある答えにたどり着いた。


「クニックさん、おかしい!この船、おかしい!」


心配をして手をかけてきたクニックに、食いつくように言い放つ。



手がじんわりと汗ばんだ。



「と…突然どうしたって…そんなに…」


訳が分からないクニックは、突然のライの慌てぶりに動揺する。


「クニックさん…僕達、南西の港に向かって進んでいるんですよね?」


もし、ここで「そうだ」と返事がくれば、最悪な事にライの予感は当たってしまう。



「……え…?」


「経路は、直線…?」



改めて聞く。


迂回する航路だ、と聞きたい。



しかし、そんな希望は虚しく、彼はゆっくりと頷いた。






「それじゃぁ、どうして月が今真横に見えているの…?」




ビシッと、大きな月を指さす。





今、ライとクニックがいるのは、船の右側の甲板。




「月は南西に沈む。それならば、進行方向…船の頭の方に傾いていなきゃいけない」



ガザラにいた頃、よく月を見ていた。



「それが、どうして真横に傾いているの…?」





ゴオオオ、とうねる。





見る見るうちにクニックの顔が青ざめていった。


「……そんなはずは、無い。…だって、この船は王国最新の魔動船だよ…?進路系だって、目測じゃない!強力な魔術針を使ってるし…」



でも確かに月の位置が…、とクニックは頭を抱える。



ふと、慌ててクニックは空を見上げた。


「……だめだ…星の位置も何もかもダメだ…」


怯えたような目でライを見る。






「この船…南東に向かってる」








お久しぶりです。


新年2度目の投稿になります!


物語が段々と進み始めます…。

みなさんも、何がどうなっているのか推理しながら読んでいただけると幸いです。


物語は真夏ですが、実際は寒い日が続きますね…。

インフルエンザも流行っているので、手洗いウガイは必須です!

お身体にお気を付けてお過ごしくださいませ!


それでは次回は1月28日を予定しております!

またお越しください!


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