表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/60

船上剣交

夏も本場に近づいたのかもしれない。

まだ日が登って数刻も立たない時間だが、日差しは容赦なく照りつける。


360度に囲む水平線も、その太陽光を反射させてギラギラと輝いていた。




人間の慣れというものは恐ろしい。


海上での生活が二日目になると、船の先端が水を割く音も気にならなくなっていた。



「ん…ん~…」



清々しい朝に思いっ切り伸びをし、深呼吸をする。


夜の間に微かに冷やされた空気が肺を満たした。



昨日の夜遅くまでの勉強がたたったのか、腰がバキバキと鳴る。


あの後軽く3時間は勉強したであろう。


初めての勉強、ライにとってはとても有意義な時間だった。



メインに勉強したのは“術学”と呼ばれる、魔術を使うための学問だった。


魔術…今までライはこれを魔法だとおもっていた。

だが、少し違ったらしい。



なぜそうなるのかは未だ究明されていないが、魔術とは“人の信じる心”に深く関係あるそうだ。


例えば、蝋燭に火を灯したい。


そんな時は、心から“火を灯して欲しい”そう思うと蝋燭が応えてくれる、と言った具合だ。



信じる心が物と共鳴した時、そこに言葉を越えた繋がりが生まれ、それらが現実となる。



それが、術学の根底だった。




つまり、物をただの物と捉えず、心を通わせることが出来て初めて、魔術を使えるステージに立てるということだ。







「おはよう、太陽…おはよう…海さん…」


物と心を通わせる…その1歩として、ライは初めての挨拶を交わした。


「………」



やっぱり、僕には無理かな…と苦笑する。



肌に触れると生ぬるい風が、ライの綺麗な金髪の髪を揺らしていった。


なにか暖かい言葉を囁かれたような気分になる。


これが応えなのかな…?なんて思ってみても、果たしてそうなのかよく分からない。






「え、なに。勉強しすぎてあたまった?」






「ヒッ!」


突然の声に肩がビクリと跳ね上がる。


まさか誰かが近くにいたなんて気づかなかったのだ。


こんな朝から海や空に話しかけている。


単なる奇行じゃないか…。



はぁ、と自分の行為を後悔しつつ、振り返った。



この声からして大体の察しは付いている。


「お…おはようございます…。ちがいますよ、昨日術学で学んだんです…まずは物と語り合うことが大切だって」


ライは恥ずかしさを隠すためにやや早口で淡々と述べた。


「へぇ、あんたも案外真面目なのね」


対する声の主…エラは腰に手を当て呆れるように吐き捨てた。


「………」


1番聞かれたくない人に聞かれてしまった…。


きっと顔にそう出ているだろうが、この際もう気にしない。


「……言ったでしょ?頑張ってる奴は嫌いじゃないって」


クス、と上品に笑うと彼女はライの肩をトントンと叩く。


彼女の時たま発する優しい言葉、まさに飴と鞭だ。


それを分かってわざと言っているとしたら、完全に手駒に取られているな、とライは1人思った。




エラはうーん、と少し考える仕草をし、話し始める。


「語り合うってのは、一方的に話しかけるんじゃなくて、モノの言葉に耳を傾けるって意味よ。そして、そのモノにお願いをするの」


物の言葉に耳を傾ける…今まで考えもしなかった行為だ。


「例えば……」


そういうと彼女は辺を見渡す。


すると、すぐに顔をキラッとさせた。

それはまるでおもちゃを見つけた子供のよう。


「あ、向こうからクニックがくるわね……空気よ、壁をお作りっ」


エラがそう呟くと、フッと何かが耳元を掠めた。

その不思議な感覚に、ライは自分の手を耳に当て確かめる。


「あいだっ…!」


突然声が聞こえたかと思えば、歩いていたクニックが何も無いところで跳ね返され、尻餅をついていた。



「えっ!?」


何が起きたのか、とライは声に出して驚く。


「ふっふふふふっ!ありがとうっ…ふはははっ」


エラがこらえ切れずに笑い出した。



それに気づいたのか、クニックが鋭い目でこっちを睨む。


ライはその2人を交互に見比べた。



「こらっエラ!そんな子供なイタズラしないのっ!」


よいしょ、と立ち上がりクニックは叫ぶ。


「あはははは、ごめーん!」


そして、何も無いところで手を前に出し、探りながらこちらへと歩いてきた。



「ほらもう…ライ君が意味わかんないって顔してるじゃないですか…」


ライ達の目の前までようやく歩いてくると、エラに向かって呆れ気味に言った。


「いいじゃない、たまになんだもの」


本当に面白そうにエラは返す。


「貴女って人は…何なんですか。大人っぽいと思えば子供っぽくて…」


「私はまだ子供よ、あなたより五つ下も年下のね」


そう言い張り舌をちろりと出すエラ。


クニックさんより、五つ下…意外とライが思っていたよりも若かったらしい。


少しの乱れもなく軍服を着こなす彼女は、子供のように屈託のない笑顔を晒していた。



はぁ、とため息をついて諦める彼。


もういいですよ、と言うと、続いてライに話を振った。


「今ね、彼女がね、空気に魔術をかけたんだよ。僕が走っていく目の前の空気を凝縮して壁を作ったんだ。痛いったらありゃしない」


「へ…へぇ~…」


空気に魔術をかける。


そんな使い方もあるのかと思った。




「最低でもこの位は出来ないとね。コレ、何に使うかと言うと、防御で使うのよ」


防御…?


突然何の話になったのかわからず、ライ首を傾げる。


「戦闘中の防御。相手の魔術でも、剣でも、実弾でもそう。多少の衝撃なら空気の壁を作って防ぐ事が出来るの。まあ、相手の攻撃が空気の壁の強さを越してる場合はどうしようもないけど」



彼女はそういうと、自らの腰から剣を抜く。


シャリリリリリ、と鞘から抜かれる刃が音を立てた。



「さて、お喋りはここまで。昨晩で随分と頭を鍛えられてようだし?今からは…」


剣身ブレードを付け根から切っ先まで舐めるように見るエラ。


その獣のような目にライはビクリとする。


「身体を鍛えなきゃね〜」


代わりに答えたのはクニックだった。



※※※※


指先が痺れる。


視界が狭い。


息苦しい。


暑い。



だが、身体は異様に軽かった。



キン、キン、と金属同士が噛む音がする。


右手と左手に入れる力を調節し、頭の高さで剣を振り回した。



決して顎は上げるな。



エラの言葉はしっかりと頭に叩き込んである。



歯を食いしばり、やや顎を引く。


剣の下からのぞき込むようにして相手を捉えた。



薄い唇を噛むようにして、ライの剣先を睨みつけるルビーのような目。


あまりにも整ったその顔は美しい白蛇を思い出させる。



彼女の額からも汗が吹き出て、目尻を掠め、顎へと滴り、その先から雫と変わってたれた。



1歩ずつ、1歩ずつ、詰めていく。


相手の力に負けないように、かと言って、全体重を相手にかけてはいけない。


自身の体重はきっちり自分の足で支える。


この言葉もまた守っていた。



ふと、彼女の剣がカチャリとなる。


「…」


その一瞬を見逃さなかった。

否、何度も繰り返されたこの対峙。


今回は見逃さなかった。



「…んふっ!」


慌てて脇を締め、剣を横にしてそれを防いだ。



エラの剣がカタカタと揺れる。





もしかしたら、もしかするかもしれない。



ライの頭をそんな考えが過ぎる。






今度は僕が繰り出す番だ。



軽く剣を捻り、身体を外側にずらす。

そして、剣の切っ先を彼女の顎へと向けた。




……決まった!



はじめて彼女に勝つことが出来た。






そう思ったのも束の間…。




ニヤリ、と彼女の口が歪む。


微かに見えた八重歯が、まるで獲物を食らう蛇のように見えた。



「引っかかった」




そういうと、彼女は左手だけ剣を逆手に変え、剣の柄頭ポンメルで思いっ切りライの横腹を殴った。


「ほぐぅえっ…!!!!!」



余りの痛みに殴られた方向へとそのまま倒れ込む。



ライは剣を放り投げ、両手で左の脇腹を抱えてもだえた。



なんとも言えない激痛。


ヒクヒクする身体を必死に抑えるように丸まった。




「ジ・エンド」



今日何度目だろうか、彼女のその言葉がまた降ってきた。




やっとの事で呼吸を整えるライ。

うっすらと目を開け、左頬を床に付けたまま彼女をしたから見上げた。



「剣を握って2日で私に勝とうとするのがまず間違いなのよ」



私に勝とうなんて百年早いわ、とでも言いそうな顔で見下ろしてきた。


「……も…もう1回…」



いくら僕だからって、そこまで言われて黙っている程大人しくはない。


彼女に誘われているのに気付かずに、もしかしたら…なんて考えたのが1番に気に触った。



床に両手を付き、よろよろと上半身を起こす。


先ほど放ってしまった剣を握り、杖のように立たせた。



彼女なんかにこうも簡単にあしらわれていたら、闇の民なんか話にもならない。



それに、一戦一戦交える度に、なにか感覚のようなものが分かってきたのだ。


もう1回やれば、彼女にはまだ勝てないにしても、何か掴めるかもしれない。



もう1回…もう1回…。




錯乱する頭の中でその言葉だけが飛び交う。


もう1回…もう1回…。



砂漠の中で水を求める旅人のように、ひたすらにライは技術を求めていた。


「だめ、終わりよ」


そんなライを見て、エラは右手をヒラヒラと揺らす。


「ほら、見てみなさい。太陽が沈む。明日には着港なんだから、体力を戻すのも勇者としての役目よ」


すっと上を指さすエラ。



まるで、魔法にかけられたかのように、ライはつられて上を見た。



天井にはやや厚い雲。だが、その切れ目切れ目からは星たちが覗いていた。



いつの間にか夜だ。




「頑張る奴は嫌いじゃない、けど、限度を知らない奴は好きじゃないから」


エラが小さい子供に言いきかせるように言う。


その後に、チョン、とライの額を押した。



「う…わっ…!?」



思っていた以上に疲弊していたらしい。


少し押されただけで、そのまま後ろへと尻餅をついてしまった。




食堂でね、というと、彼女はスタスタと船内へ向かう。



かなうはずがないな、とその後ろ姿に思うライであった。



明けましておめでとうございます!


年が明けての1作目の投稿です╰(*´︶`*)╯♡


皆さんお正月満喫できましたか?


できたなら良かったです!



作者は階段から落っこちて、痛い正月を過ごしました…(笑)


みなさんもくれぐれも気をつけてくださいね!



では!


今年もよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ