【番外編】幼子達のクリスマス 後編
フワッと、何かがやって来た。
「……ん…んん…」
肩のあたりがほんわりと暖かくなる。
「…めん……いま…」
耳元がヒンヤリとした。
「!!!」
ガバッと勢いよく起き上がる。
何が起きたのか分からない。
ガンガンする頭を左右に振って意識を呼び覚ました。
辺りを見回しても真っ暗闇。
どうやらあのまま寝落ちしたようで、蝋も消えてしまったのだろう。
ーーー今日も彼は帰ってこなかった。
ふと頭をそんな言葉が過ぎる。
「……はぁ…」
早く布団に入ろう、と立ち上がる。
すると…
「ひゃっ!!!?」
後ろから何者かに抱きつかれた。
「………っ!?!?」
つよく、きつく抱きつかれる。
「叫ばなきゃ」と分かりつつ、あまりの恐ろしさに声が出ない。
「……はあっ……あっ…はっ…」
声にならずに、喉を空気が通る。
ーーーこのまま殺されるんだ。
その一言が浮かんだ。
「こんなに冷えきってしまって……ごめんね、リサ…」
耳元で囁かれる。
その聞き覚えある優しげな声に体の震えが止まった。
「……ソ…ソ……」
「私だ。安心しなさい」
優しく後ろから抱きすくめられる。
右の首元に、彼の髪が触れた。
「見せたいものがあるんだ。少し寒いけど、付いてきてくれないか?」
※※※※
フワフワと雪が舞う中、私は外套を被って外に出た。
「……さむ…」
寝起きも合間って、腹の底からガクガクと震えが登ってくる。
「おいで」
隣を歩くソウリャに、二の腕を掴まれそっと引き寄せられた。
「私のコートにも入りなさい」
そのままスッポリと右腕の中に仕舞われてしまった。
「…………」
じんわりとソウリャの体温が伝わってくる。
左上を見ると、まっすぐ前を捉える西端な顔。
「………っ…」
私は不意に恥ずかしくなってすぐさま下を向いた。
家から漏れる光も無いような深夜。
雪の舞う真っ暗闇をひたすら二人で歩いて行く。
「…ねぇ、どこ行くの??」
流石にどこへ向かうか気になりだし、小声でそっと聞いてみる。
「ひみつ。貴女は私にただ合わせて付いてくればいい」
彼の吐く息が白い。
私の吐く息も白かった。
「着いた。ここ」
彼はそう言って立ち止まる。
「…え?こ…ここ…??」
連れてこられた場所は、ガザラの町から少し外れた何も無い草原。
しんしんと降り積もる雪が一面に広まっていた。
「うん、ここ」
そう言うと、彼は1枚コートを脱ぎリサへと着せる。
「…さ、寒くないの…?」
何枚も重ね着しているとはいえ、コートを脱いだら流石に寒いであろう。
慌てて返そうとすると彼はぎこちなく笑う。
「だ…大丈夫…。こ、これから…暖かくなる」
明らかに寒そうに彼はランプを置き、肩にかけていた鞄からビンを取り出す。
「大丈夫じゃない…ね…さむい…ね」
クスクスと1人で笑いながら、ソウリャは瓶の蓋を開ける。
そして、思いっ切り口に流し込み始める。
「………?」
いったいこんな所で何を飲んでいるのだろうか。
無色透明な液体をゴク…ゴク…とのみほす。
飲み終えた瞬間、「うっ」っと口元を抑えながらソウリャがふらつく。
「えっ!?だ、大丈夫っ!?」
あわてて支えようと手を伸ばすと、それを彼は手で制する。
「ソ…ソウリャ…?」
彼は数歩よろめき、やっとの事で立ち直すと、大きく息を吸い込む。
パァァァァァアン!
胸の前で大きく両手を打った。
無音の世界に破裂すような音が響き渡る。
それを合図にして、空気が変わる。
まるでこの場にあるものが“目覚めた”かのよう。
「この世界に生きる精霊たちよ、私に力をお与えください…」
「えっ…?」
まるで歌を歌うような、澄みきった声。
ソウリャはぎゅっと強く目を閉じ、何かを祈っているように見えた。
「魔水よ…今、光り給え!!!」
ハッと我に返るような凛とした声が続く。
すると…
「わ…わ…わ……わぁあ!」
全身が震えた。
あまりの感動に、瞬きすら忘れてしまう。
それもそのはず。
雪で覆われた地面が、一斉に光り出したのだ。
赤、黄、白、青…。
無数の色が輝き浮かび上がってくる。
それはまるでおとぎ話に出てくる妖精が舞い降りたかのよう。
「あっ…!」
ふと足元を見れば、自分の立っている所も綺麗に輝いていた。
リサは嬉しくなり、両手を広げクルクルと回った。
四方八方、どこを見ても光で溢れている。
「凄い…凄い!なにこれ!星の中を歩いているみたい!」
ザク、ザク、と雪を踏みしめながらその光の上を歩く。
どこまで歩いて行っても、見える範囲全てが輝いていた。
くるり、と後ろを振り返る。
「ねえ!なにこれ!なにこれ!!!凄い!凄すぎるよ!!」
少し離れたところで様子を見ていたソウリャに叫んだ。
彼はニッコリと笑いながら、私の後を追ってくる。
私は嬉しくなって、その場で両手を羽ばたかせた。
「私!今、夜空を飛んでいるわ!凄い!ねえ!ソウリャ!」
こんなにも美しいものは初めて見た。
あまりの嬉しさに言葉が止まらない。
彼の前まで駆け寄ると、彼が私の頭に手を乗せた。
「イルミネーション。私のできる範囲で再現してみた」
ソウリャが優しく言う。
「イルミネーション、見たいって言ったよね?」
にっこりと満面の笑み。
「学校の術学の先生と一緒に王都の本物のイルミネーションを見に行ったんだ。そして、それの光らせ方を教えてもらったんだ」
「わっ…わざわざ……?」
「まあ、現実的に魔光石はもちだせなかったから、長老に頼んで、光る水を作ってもらったんだ。それをここら一帯に散布して、光らせてみた。今日は雪が降って手こずってしまって…遅くなってごめんね」
これだけ広大な面積に水を撒く。
しかもこの天候の中。
寒かっただろうに、一体何時間かかったのだろう。
「でも、こんなにも喜んでくれると、毎日練習したかいがあるね」
毎日…練習…?
「…ソ、ソウリャ…最近帰りが遅かったのって、魔法を使う練習していたから…?」
「あはは、そう。情けないね、長老の魔術液を使っても、なかなか光らなかったんだ」
どこか恥ずかしそうに笑う彼。
「王都のイルミネーション…一緒に見に行った女の人って…」
「イルミネーションのイメージを植え付ける為にって、術学の先生と」
今まで悩んでいた種がこうもいい形でスッキリするとは思わなかった。
「嫉妬した?」
全ては計算通り。
そう言いたげな顔で私の顔を覗き込んでくる。
「…………」
嵌められた。
そんな悔しさよりも、どうやら安堵の方が強かったらしい。
目が熱くなった。
下を向いてしまった私に「ごめんね」と優しく声をかけると、ソウリャは私の頭を撫でる。
そしてそのままギュッと抱き寄せられた。
彼の匂いがする。
フワフワと雪がまう中、光の絨毯の上で暫く抱きしめ合った。
クリスマスってなんて魔法だろう。
イルミネーションってなんて魔法だろう。
まるで自分が物語の主人公になったような気がした。
「ねぇ、リサ。笑わないで聞いてくれ。私は進定学校を卒業したら、王国士官の試験を受けようと思う」
彼の胸から直接声が響いてくる。
あまりの恥ずかしさに顔は上げられない。
彼の胸に頭を預けたまま頷いた。
「このまま順調に行けば、来年には卒業だ。そしたら、私は王都に出て士官として働く」
夢を語るその声は、どこか凛々しい。
「ソウリャは、凄いね…」
王都で働く…そう、来年にはこのガザラから出ていくということ。
ああ、やっぱり彼は遠くの世界へ行ってしまう…。
そう思って、また心に穴が空いたような気分になった。
「そうだね、10年後くらいには…ある程度偉くなりたいなぁ」
「……ソウリャならきっとなれるよ…頭いいもん」
いつも本ばかり読んでる…なんて言ってたけど、本当は知ってた。
彼が単に頑張り屋なだけな事。
「あはは、それは嬉しいな。……私は偉くなって、王都の永住権を手に入れる。そしたら、リサ」
「………ん?」
「一緒に住もう。……私の妻として…」
時間が止まった。
「ちょ……へ………?」
「もう一度だけ言うよ。私が王都の永住権を手に入れたら、私について来てくれないかい?……そしたら、こんなんじゃない。本物のイルミネーションを見に行こう」
慌て彼の腕の中から抜け出す。
「………へ!?…えっ!?!」
予想外の言葉に私は慌てふためく。
「そんな驚くことだった?」
あまりの驚きに声が出せず、ただひたすらに頭を縦に振る。
「そんな…あはは、昔から私は君だけを思ってたのに?」
ソウリャが両手を上げておどけて見せた。
だが、私にはそんな余裕が無い。
嬉しいような、怖いような、色んな感情が交互に襲ってきた。
「だって……いつ!?いつから!?…い、いつから!?」
頭がパニックに陥る。
「いつって…そうだなぁ…。私が“人を好きになる事”を覚えてからは、ずっと君の事が好きだ」
よくもまあこの日陰で育ったような真っ白ヒョロヒョロは、恥ずかしげもなく次から次に言葉が出てくること!
ソウリャの流暢な語に、一種の怒りすら湧いてきた。
「返事は?」
ずるいのは、彼の声が優しい事。
「………い…今…?」
「うん。“今の次点で“の返事でいいから」
深く考える必要はない、と彼は続ける。
「だって…だって…こんないきなり急に…。ついさっきまでだって…ソウリャが知らない女の人と出かけてると思ってて、1人でずっと家にいて…」
ブワッと涙が出てきた。
「そりゃ、私にとってソウリャはずっと一緒に居たくて、居ないと嫌で…他の人といると嫌で……好き…だけど、でも、ソウリャと…その…」
ソウリャのコートを握る私の手が震える。
こんな拙い言葉しか出てこないなんて…
目の前のソウリャから目を背けてしまった。
「何…私だって今すぐどうこうする気は無いよ。そりゃ、すぐにでも君をこの手の内に隠したい…そんな想いはあるけれど、私はリサの事が好きだから。今まで通りだ」
耳のあたりを触られ、つい、ピクリと反応する。
「………」
どこに視線を持っていけばいいか分からず、目を泳がせる。
「ククッ…君が通行許可証を持っていなくてよかった。広い世界を知らなくてよかった。……心からそう思うよ」
あまりにも私の反応が幼かったのか、彼は笑いを堪えながら言う。
「……な…なによ…バカにして…」
あんたのその余裕が憎い!
彼は私の肩に手をかける。
そして、ぐっと引き寄せた。
「私以外の男をたくさん見る機会がなくて良かった……って意味ですよ?」
耳元でそう囁かれる。
ああもう、この人は嫌いだ。
どんな奇跡が起ころうと、こんな感情抱かないと思っていたのに。
「リサ…」
「……ん?」
「嫌だったら、逃げていいから」
すっと彼の顔が寄ってくる。
嫌なのかな…?
自分でも分からなかった。
伏せられた睫毛。
雪にも負けない真白な肌。
欲しい。
そんな欲が湧いてきた。
なんだかんだ言って、私達が交わしたキスはこれ1度きり。
ああ、なんであの時「私も好き」って言えなかったんだろう。
好きだった。
いや、あの頃から好きになった。
王都で彼と幸せな家庭を築く……幸せな夢だった。
でも、次の年にあの子がやって来た次点で、そんな幸せな未来は消えたのかもしれない。
いや、私はあの子も愛していたよ。
まるで、弟のように…子供のように…。
それはソウリャも同じだったに違いない。
あれ…なんで……なんでこんなに思い出に浸ってるんだっけ…?
あ…そっか…。
私、死ぬんだった。
真っ暗闇…怖いな。
1人で行きたくないな。
あの子は…ライは、無事王都へ着いただろうか…?
あの子は生きなきゃ。
私が…自分の事、可哀想なんて……思っちゃ…いけない。
私には母がいて、父がいて、おばあちゃんがいて………愛する人に愛された。
充分じゃないか。
可哀想なのは、何も知らないあの子。
あの子は、優しいから…。
真実を知れば、きっと……壊れてしまう…。
ああ…神様。
私のこんな命で代償になるのなら…あの子を…救ってあげて…
「……な!……サ!」
「………リサ!…ぬな!」
「私を置いて死ぬな!リサ!」
ハッと我に返る。
頭にかかっていたモヤが一瞬にして消えた。
「リサ!なにか言え!リサ!」
容赦なく両肩を揺すられる。
「……ん…ソ…ソウリャ…」
うっすらと目を開けると、目の前にはソウリャの顔。
起き上がろうとすると、ギシギシと節々が痛む。
彼に支えられつつ、体制を起こした。
「大丈夫!?…痛い所、無い!?」
彼は凄まじい剣幕で問いただす。
「足が…痛い…かな…」
右足あたりがジンジンと痛んだ。
でも、打撲程度だろう。
「はぁ…よかった」
コツン、と彼が私に頭をもたげる。
ふと周りを見渡すと、倒壊した家屋に、焼かれた木々。
自分の髪からも焦げ臭い匂いがした。
どうやらあの闇の民襲来の後、私は倒壊する家屋にうもれてたらしい。
そして、帰って来たソウリャが助け出してくれたのだ。
「全部…亡くなっちゃったね…」
もう、これまでのガザラの跡形はない。
「大丈夫。生きてさえいれば、町は何度でも甦る」
すすだらけの彼の顔。
それでもしっかりと前を見据えた顔は、今何よりも心強かった。
振り返れば、ペチャンコになった我が家。
「立てる?」
そう優しく聞かれ、私は太く逞しくなった彼の手に縋った。
「ライは?」
ソウリャがこうして戻ってきたという事は、送り届けることが出来たのだろう。
それでも、彼の口から聞きたかった。
「無事王都の門を潜ったよ」
何か吹っ切れたような笑顔。
「全部…話したの…?」
「全部…隠したさ」
こんばんは。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
はい、クリスマスバージョンでした。
クリスマス終わっちゃいましたけど。
間に合うようにアップ出来ずにすみませんでしたァ!
因みに、時間軸について説明します。
今回の番外編、どの辺に位置するかと言うと、ライがガザラから王都に渡った辺りですね。
本編だと、ソウリャとライが燃え盛る家にリサを残して逃げる所までしか書いていなかったので「リサは無事なのか?」と思った方もいると思います。
安心してください、生きてますよ!
倒壊した家屋の下敷きになり、生死の境をさ迷ってたんですね…。
そして、十年前のクリスマスの出来事を思い出していたんですね…。
次回の更新は1月7日を予定しています!
次からは本編再開です!