表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/60

【番外編】幼子達のクリスマス 中編

ガンっ



かわいた音が冷えきった部屋中に響き渡った。

テーブルに強く叩きつけられたコップの中身はもう無い。



外を見ればとうに日は落ちている。


テーブルの上の料理も湯気すらたてない。

数時刻前に冷えきってしまった。



「なんなの、遅すぎでしょ」



私はテーブルに潰れるように倒れ込んだ。




耳鳴りがするほど静かな部屋。


この時期のおばあちゃんは仕事が忙しくて帰ってくるのは遅い。

そんなのは毎年の事だから馴れっこだった。


でも、でも…。


「1人なのは久しぶりだよ…」


アイツが帰ってこないのは久しぶり…いや、夕食までに帰ってこないのは初めてかもしれない。


昨日の夜、ソウリャの機嫌を損ねるようなことをしたのは確か。

それでも、次の日に持ち越すことなんてないじゃないか。



「……別にいーですよー、アンタの世話が無くなって楽になったくらいだモーン…」


額をテーブルに付けたまま声を出すと、微妙な振動で額が痺れた。


「ソウリャのばーか」


ビーーーーン。


「ソウリャのう○こ」


ビーーーーン。


「白っ子ひょろひょろ」


ビビビビビーン。



「…あー…面白い」


ビーン。






むくり、と起き上がる。


目の前には冷えきって美味しくなさそうな夜ご飯。


「食材に罪はない!いただきます」



作り上げてから数時間立ってしまった哀れな夕食にフォークを伸ばした。








※※※※



「ううっ…寒い」


私は身震いをしながら階段を降りていく。


女の朝は早いのだ。

まず朝食を作るための牧をくべなければならない。



かじかむ手を擦り合わせながら、トントンと足を進める。


「わっわぁっ!?!?」


突然の人影に思わず大声をあげてしまった。




「……驚いたのは私なんだけどね。朝からそんな大声」




淡々と言い返してくる人影。


スラッと伸びた背丈にサラサラな黒髪。


こんな時間に台所にいるはずも無い人…ソウリャだった。


「ななななな、何してるの?!」


あまりの想定外な光景にまたもや大声で聞き返す。


「…早朝だから静かに。というより、何してるって、朝食の準備だよ」


「いや!それは見てわかる!」


「………なら聞かないでよ」


取り留めのない会話。

私が聞きたいのは、何故ご飯を作っているのかということなのだが…どうも伝わらなかったらしい。



ジュー、と卵の焼けるいい音がする。


「昨日…夕飯ごめんね。それと、今日も遅くなるから、用意しなくて大丈夫だよ」


ふとその話題を振られ、思い出す。

そういえば昨日、遂に彼の帰りを待ちきれずに先に寝てしまったのだ。


それだって深夜の話。


私が起きている間に帰ってきた気配は無かった。



テキパキと料理をこなす後ろ姿に私は質問を投げかける。



「ねぇ…何時に帰ってきたのよ」


ソウリャは、トントンとフライパンの底を叩き、暖炉から外した。


目玉焼きが出来上がったのか、「どこに移そう」と皿を探している。


…用意が悪い。


そう思いながら、私は戸棚から皿を出してあげた。


「あ、ありがとう…………夜、遅くに帰ってきたよ」


ひと段落終えてから彼は申し訳なさそうに答える。


「今日もなの?」


なんとなく、嫌な予感がしてならない。


「うん。……ごめんね、先に寝てていいから」


なるほど、この朝食は昨日の罪滅ぼしなのか。

そう思うと無性に腹が立ってきた。



「何してたの?」


「………」


彼は答えない。


「ねぇ、何してたの?…私には言えないの?」


彼の事なんてどうでもいい、そうは思っていたが、聞かずにはいられない。



「…うん。ごめん。そのうち、話すから」



眉尻を微かに下げ微笑む彼。




私の中で何かが弾ける音がした。




「………いい。私の分は自分で作る。終わったんならどいて」


隠し事をされる。


いい気分じゃない。



今までだってまるで兄弟のように仲良く過ごしてきたのだ。




ソウリャの事を一番知っているのは私。



そんな想いがあったのかもしれない。




“私には言えない事”


その存在だけでこんなにも苦しいとは思わなかった。









次の日も…次の日も…。


リサは1人で夕食を取った。



温かく食欲をそそる湯気さえも「独り」という言葉を際立たせる。


…別に彼がどこで何をしていようが、彼の勝手。


私の突っ込む場所ではない。



何度もそう唱えた。





※※※※




「居た居た!リサー!」


夕方、仕事終わりの帰り道。

後ろから何やら近づいてくる足音があるなと思えば、例の彼女だった。


「ねえ、ちょっと!どーゆーことよ!?」


顔を合わせるなり大声で問いかけてくる。

私は仰け反りながら答えた。


「な…なによ…メリエラ…」


今はなんとなく彼女と絡む気がしない。

今自慢話なんて聞かせられたら、大声で怒鳴ってしまいそうだった。


「ねぇ、ソウリャさん…彼女出来たの…!?!?」


あまりにも悲痛な叫び声に通行人すらも振り返る。


私はその周囲の目を気にしつつも、その誤解をといた。


「そんなまさか。前聞いたら“デートに誘ってくる娘は迷惑でしかない”って言ってたよ」


「嘘よおおおおお!だって、私…見たもの…。王都のメイン通りの“いるみねーしょん”を歩くソウリャさんの事…女の人と会話をしながら楽しそうに歩いてたわ!」



本気で泣きながら縋ってくる彼女に正直ドン引きしつつ、また王都の話かとうんざりする。

しかもそれがソウリャの話とは尚更だ。




「忙しいから」と去ろうかとも思ったが、この場で騒いでいる彼女を放っておくのはそれはそれで気が引ける。


仕方がない、話を聞いてやるしかない。



「またまた、何かの見間違いじゃなくて?」


「見間違うものですか!あの優しい王子の様な顔はソウリャさん本人よ!ほら、貴女になら分かるでしょう!?最近何か思い当たる点はないの!?」



彼女は更にヒートアップし、私の腕をガッシリと掴んで離さない。


火に油をそそいだな、と溜息をつきつつ何とかこの場を鎮めようと頭を働かせる。




「そんな思い当たる点なんて……」




そこまで言って気づいた。




ーーー思い当たる点なんて



あった。









最近、帰りが遅い。


夜ご飯を家で食べない。


私には言えない事。




私の頭の中でパズルの様に組み上がっていく。






「ある…かも………」


「えっ!?」


空を見つめたままリサはボソリと言った。








私の知らない王都。


私の知らない“いるみねーしょん”。


私の知らない人。


私の知らない彼の顔。


私の知らない彼の時間。




私の知らないうちに、彼は遠くへ行ってしまったのだろうか…。







鼻を突く魚油の匂い。


それに照らされ、ゆらゆらと壁に映る一人分の影。


立ち上っては消える湯気。



ーーー1人のご飯は味がしない。








“大切なものは失って初めて気づくものよ”




数日前に言われた言葉が頭の中を反芻する。



「………はぁ…」


注いだばかりの紅茶をスプーンで混ぜた。

立ちのぼる湯気は肺に入り、心の底を温める。



ふと、前を見た時に。


ソウリャが居たらいいのにな。





低く落ち着いた声。

消えてしまいそうな程頼りない千の細い手。

吸い込まれそうな漆黒の瞳。

軽く揺れる柔らかな黒髪。




それらが今、目に捉えているのは私じゃない。


私の知らない、「女の人」。







「………っんぐ……ぅっ……」




カタカタと窓ガラスが揺れる。


冊子の隙間から夜の冷気が吹き込んできた。



それでも雨戸を閉めないのは、彼が闇夜を迷わないように。






※※※※


やけに顔が痛い。


それでも起きなければ、と思い切って体を起こした。

冬は嫌いだ。


朝なのにまだ暗い。



布団から足をだす。


靴に足を突っ込むと、痛いほどに冷えきっていた。





はぁ…何だかなぁ…。


朝起きて、家事をして、昼間は働き、夜は寝る。


いつまで経っても変わらない私の生活の色。




通行許可証カードを持たない私とは違って、きっとソウリャは私が思う以上に“私の知らないもの”の中で生きてるのだろう。


だから、今回のように彼が私を置いてどこかへ行くのだって、至極当然の事なんだ。



キンキンに冷えるドアノブに手を伸ばす。


「んっ…」


いつに無く重い扉を押し開けた。



ズザザザ…ザザ…。



「…開っかなっ…」


開いた瞬間、突き刺さるような冷気が部屋に流れ込んで来る。


「何もう!さっむ!!」


誰にとは言わずに怒鳴りながら目を開ける。




すると……。


「…こりゃ寒い訳ね」


まだ日の出前の暗がりの中だが、1面の真白な雪景色が広がっていた。


ドアがあかなかったのも、夜中に吹き付けた雪が溜まってしまっていたからだろう。



手をそっと前に出してみる。

雪はまだ降り止んでいないようで、フワフワと白雪が降りてくる。


まだ誰も踏み入れてない新雪に、ザク、ザクとブーツを刺して行く。


「恋人達のホワイトクリスマス…ってか。………私って…何なんだろ」



忘れていたが、今日はクリスマスイブだ。


きっとソウリャは帰ってこない。




でも大丈夫。


今日はおばあちゃんが早く帰ってくるから。


「もう!ホワイトクリスマスなんて全くいい事ないじゃない!」





※※※※


夕食時。

今日はおばあちゃんと食べられると思って豪勢に用意した。


もちろん、お金なんてないからケーキなんて作れるわけもない。


世の中のように、鳥の足なんて買った日には、次の日からは飯抜きだ。



それでも、一生懸命に手をかけて作ればご馳走になる。




でも、食べてくれる人が居なければ、ご馳走にはなれない。




先程新聞屋が窓で教えてくれたのだ。


「雪の影響で王都からの連絡船欠便」


年末年始、おばあちゃんは隣の島に出稼ぎに出ていく。


つまり、出稼ぎ用の連絡船が欠便になった時点で帰って来れるわけがなかった。




「なによ…私…何か悪い事した…?!なんで!?私!?」



怒鳴り声だって、雪の静寂に飲まれて響かない。




今頃ソウリャは、私の知らない好きな女性と、私の知らない綺麗ないるみねーしょんを見ているんだ。


そして、「ホワイトクリスマスだね」なんてあの優しい声で言うんだ。


きっと言うんだ。


私の好きなあの優しい目で「好きだよ」って、私の知らない女の人に。




今頃私がこうして1人でいることなんてすっかり忘れて…。



目の前の女性の事ばかりを考えているんだ…。





バン!




「……痛い…」



思いっ切り机を殴った手が、熱を持つ。



「やだ…これ…。まるで私…ソウリャに振られたみたいになってんじゃん…」

待って待って((


時間経つの早い…更新間に合わない…クリスマス終わっちゃう…。


お読みいただきありがとうございます。

クリスマスバージョンでお送りしております。


前編後編予定でしたが纏まりきれず、中編になりました。



今から後編書きます!

出来ればクリスマス中に!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ