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夜明けの空

「――もう、いい加減に終わらせよう」


 先程の爆発で辺り一面が残骸になった大地を、。度重なる戦闘のせいで、身体は限界を迎えている。

 空は厚い雲に覆われ、完全に太陽の光を遮っている。神の御加護は受けられそうにも無い。

 迫り来る敵の姿は、熱された空気と舞い上がった灰で、陽炎のように揺らぐ。


「……こんな戦いに正義もなにも無いじゃないか」


 額を拭うと、べっとりとした血液が手に着いてきた。これが誰のものだかはもう分からない。

 今日までに、いくつの命が消えたのか。数千年の時を経てもなお続くこの戦いが正義を掲げているなんて馬鹿げている。


 そこまで気づいていても、少年は戦場に立たなければならなかった。もう手に馴染んでしまった古びた剣を握り直し、戦闘態勢に入る。


 ズシャ、ズシャ、と、すぐ隣の地面がえぐられた。敵の魔術攻撃だ。次々に真っ黒の光線が容赦なく打ち込まれる。


「――反撃!」


 少年の掛け声を合図に、背後からも白い光線が撃たれ、反撃を開始する。その援護射撃の波に乗りながら、少年は敵に向かって走り出した。


「……くっ」


 光線が足元を掠める。ピリッとした痛みに顔をゆがめながらも少年は足を止めない。

 時折自衛魔術で攻撃を跳ね返しながら、一直線に敵の陣営に切り込んで行った。


 あともう少しで、敵の中核に……と言ったところで、ピタリと足が止まった。――いや、正確には“動かせなくなった”。

 足元を見ると、真っ黒な影。真っ黒な影が地面から手を伸ばし、少年の足に絡みついてきていた。


【……裏切り者……裏切り者……】 


 影は悪魔のような声を出しながら、少年を地面に引きずり込もうとする。


「やっ……やめろっ!」


 周りからも影が加勢し、ズボっと足が地面にめり込んだ。

 少年は必死に抗う。

 しかしその間にも足、腹、胸……と徐々に身体は地面に吸い込まれてしまった。

 砂に圧迫された体はビクともしない。少年は砂に埋もれていく視界の中、必死に叫んだ。


「助けてくれ! 助けてくれっ……あ、あっああああああ」








 もうダメだ、と目を瞑った。

 



 しかし、次に何かが起きる様子はない。




「……あ、れ……?」


 少年は恐る恐る目を開けた。


 窓の隙間から入り込む穏やかな日差しに、生活感のある木造の天井。チュン、チュン、と可愛らしいさえずりが外から聞こえてくる。


 そんな見覚えのある空間に、少年は「なんだ、夢か」と、寝ぼけた眼を擦った。


 奇妙で恐ろしい夢を見た朝はなんだか気分が悪い。はぁ、と溜息を着くと、嫌な気持ちを拭いさろうと、部屋の窓を開けた。

 すると、あたたかい光と共に、すう、と心地よい初夏の風が吹き込んでくる。

 ここ「ガザラ」は緑豊かな小さな港町だ。草木は生い茂り、鳥や蝶が自由に飛び回る。今日のような天気のいい日は、瑞々しい花の香りに、微かに潮の匂いを乗せた風が吹きめぐる。


「んー、気持ちのいい風」


 差し込む日差しに照らされて輝く黄金の髪に、新緑をそのまま映したようなエメラルドの瞳。女性ともとれるような線の細い身体の少年の名は、ライ=サーメル。齢十二歳。

 まさかこれから起こる出来事の主要人物になるとは夢にも思わない、心優しい少年だ。


「ちょっと、ライ! 起きてるなら手伝って」


 窓の外から若い女性の声が聞こえてくる。二階の窓から見下ろすと、ちょうど汲んだ井戸水を運んでいるリサの姿があった。


「今日みたいな日はもう少し早く起きてもらわないと」


 慌てて外に出てきたライに、リサは両手に持っていたバケツの片方を渡しながら言った。

 リサはライよりも九つ年上の従姉妹いとこ。ライがこの家に越してきてから、まるで母親のようにライの面倒を見てくれている。


「あまりに楽しみすぎて、昨日の夜眠れなかったんだ」

「全くもう、あんたは毎回そうよね。さ、早く家に入って朝ごはんにしましょ」

「うぐ……ごめんってばぁ」


 家に入るなり、彼女は手際よくパンを自分とライの分に切り分け、作り置きのジャムを添えて、あっという間に朝食の支度を終えた。


「急いで食べちゃいましょ、ソウリャが帰ってくるまでに数時間もないわ。今回はいつもと違ってお昼前の帰還なの」

「やった! いつもより少し早いんだね……うふふっ」

「……なに気持ち悪い笑い方してるのよ。……そんなだから、周りからブラコンってからかわれるのよ」


 なぜこんなにも朝から慌ただしくしているのか。何を隠そう、今日はライの兄であるソウリャが長い船旅から帰ってくる日なのだ。


「くふふ、ソウリャは優しいし、かっこいいし、ほんと尊敬するお兄ちゃんだもん」

「悪かったわね、私は優しくなくて、美人でもない従姉妹で」 

「そ、そんな事言ってないって」


 リサはライをからかいながら、机に置いてある物を指さした。


「――ん? これ何?」


 





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