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夕食

テラリラリラリーン〜♪


『只今から、順次夕食となります。Aグループから食堂までお集まり下さい』


加えられていた力がフッと抜かれ、ライは体制を崩し倒れ込んだ。

甲板に膝を付き、必死に肺へと酸素を送る。


「あ、ごめん。でもダメよ、相手に体重を預け過ぎ。もっと体幹を意識して」


一方、エラは平然と腰に剣を収めた。


「………は、は、はい…」


連続した剣での対峙直後。

こちとら返事を返すだけでも大変なのに、よく淡々としていられるものだ。


剣を杖のようにして、よろよろと立ち上がる。


こんなにも体を動かしたのは生まれて初めてかもしれない。

人の体は限界を超えると手先までしびれてくるのだと今日初めて知った。



「早くしないと、自分の分無くなるから」


もたもたと動くライが待てなかったのか、彼女はサッと額と首元の汗を拭うと、食堂へと続く扉へと向かっていった。


まって、と言おうとしたのだが、あまりの疲れで声が出なかった。


そんな限界突破のライの事など気にも留めずに、バタンと扉が閉められる。




一気に静寂が訪れた。


薄暗いと思えば、太陽はいつの間にか沈み、反対側からはふっくらとした月が登り始める。


天上に輝く無数の星が、昼の終わりを告げる。


海上の星空はとても綺麗だった。


人口の光が何もないからか。王都のような濁った夜空ではない。ガザラの空も綺麗だったが、それよりも遥かに美しかった。


ふと、昔の事を思い出した。



たしか、いつだったかは忘れたけど、ソウリャが言っていた。


『船から見る夜空はそれはそれは美しいものだよ』


そうか、ソウリャが言っていた空はこれの事だったのか。



「………ソウリャが見ていた空と同じものを今僕が見てるのか…」


もしかしたら、今も、破壊されたガザラの町からこの同じ空を見ているのかもしれない。



「待っててね、僕が助けるから」



よいしょ、と重い足を引きずりながらエラの入っていった扉へと進んだ。




太陽が沈み、大地から光が失われる。

そして夜になると大地を闇が支配した。




ガチャガチャと食器同士が擦れる音がする。

軍人の食事はこんなにも慌ただしい物なのか。

彼らは次から次へと口に食べ物を運ぶ。


その殺伐とした空気の中、長いテーブルがいくつか置かれた食堂でライは自分の座れる席を探した。


この船での食事は配給のような形で行われるらしい。


まず積まれているトレーの中から一枚手にとり列に並ぶ。

そして自分の分のパンやおかずをもらい、各自適当に机で食べるシステムのようだ。


わははは、とその一角で盛り上がりが始まった。

年代はバラバラだが、仲がよさそうな人達。

もしかしたら同じ班の集まりだったりするのだろうか。


そんな様子の集まりがちらほらと目につき、自分がどこで食べるか迷う。


極力、みじめな思いはしたくなかった。



ふと端の方に目をやると、スッと背筋をのばし気品漂う食べ方をする人が目に留まった。

言うまでもない、エラだ。


どうしようか。わざわざ隣に行く必要もないが、誰も知らないテーブルにつくのも気が引ける。


丁度彼女のとなりも空いているので、素直にそこへ座ることにした。


カタリ、とトレーを置く。

椅子に座ろうと背もたれを引くと、タオルが置いてあった。


「あ、すみません」


誰かが場所取りをしていたのか、と慌ててトレーに手をかけると、エラが無言でそのタオルをどかした。


「……え…?」

「別に、ただ置いてただけだから。座ったら?」


彼女はスプーンでスープをかき混ぜながら答えた。


「あ…はい…ありがとうございます」


その後なにも言わずにスープを口にするエラ。

座れと言われたのだから、座っていいのだろうと素直に席に着いた。


「………いただきます」


胸の前で手を小さく合わせる。


そして、目の前のごちそうに手を伸ばした。


「ハハ……ハハハハっ」

「……っ!!?」

ライが一口目を口に入れようとした瞬間、突然誰かに笑われる。


何が起こったのかと、カバッとその笑いの主を見る。

目の前に座っていた青年だ。


「食事中にマナー違反よ、クニック」


隣に座るエラがその青年――クニックを注意した。


対して叱られたクニックはその言葉すら面白かったようでニヤニヤしている。


「いやぁ、だってですね?あまりにも面白おかしくてですね?」

クニックが笑いをこらえているのが見てわかる。


「何がおかしいって言うの」

エラも食事の手を止め、クニックを鋭い目つきで睨みつける。


クニックはそんな事にひるまず、飄々と続ける。

「わざわざ彼の為にタオルで席をとっているなんて、かわいいものだなって」


ガタン!!!!

「っ!!!」


バン、と机に手を付きエラが立ち上がる。


「べっ……別にとってなんかないわ!ただ置いといたけど、席占領するのも悪いなって思っただけよ!変な事言わないでほしいわ!」


コワンコワン、とライの食器が揺れる。

ライは弾みで床に落ちたフォークを拾った。



「あはは、申し訳ございません…」


クニックが面白そうに深々と頭を下げた。


目の前で茶番劇を披露されたライは、一人話についていけずに口を半開きにする。


「あはは、ごめんね。勇者様。自己紹介が遅れました。私はクニック=マンファーレ。勇者軍護衛班に所属している一軍人です。以後、お見知りおきを」


胸に手を当て深々と礼をされる。

スッと下げられたその仕草は王国軍特有の敬礼。


それを向けられたライは仰々しくなってしまい、どうしたらいいか分からなくなる。


「あ、僕はライ=サーメルです」


とりあえずその沈黙が嫌で合わせて頭を下げる。


「いいよいいよ、そんなにかしこまらなくたって!ってあれか。俺がかしこまったからか」


わはは、と軽快に笑う彼に少し救われた気がした。

隣では未だ仏頂面で食事を続けるエラが居たが、彼がいるとそれほど怖くなかった。


ライもスプーンを手に取り、クリームシチューをすくう。

多少冷めてしまったが、スプーンで混ぜるとまだ湯気が昇った。



「なんだ、聞いていた話よりも随分と可愛らしい勇者様じゃないですか」

唐突にクニックが話し始める。


「……聞いて、いた…?」

噂でも立っていたのか?と首をかしげる。


「うん、そう彼女から何となく話は聞いてたんだよ」

クニックは右手で前に座るエラを指した。


「勇者に可愛らしさなんて必要ないわ」

エラは肉をナイフで切りながら答える。


「またまた、そうツンツンしないでくださいよテ……おや?今日はなんてお呼びすれば良いでしょうか?ツンデレな私のお姫様」


クニックはスプーンを置き両手でおどけて見せる。


グサっとエラの手元で切り終えた肉がフォークを突き立てられた。


「誰があんたのお姫様よ、気持ち悪い。いつも通りにエラと呼びなさい」


「ではエラ嬢」

「しばかれたいの?」


はいはい、と適当に話を流すクニック。


そのやり取りから察するに、エラの方が身分が上か何かだが、昔からの付き合いなのだろうか。とても仲良くじゃれあっているように見えた。


「あ、あの……」


「ああ、ごめんごめん。また置いてってしまったね。エラから稽古をつけてもらってるんだって?いやぁ、大変だったでしょ。彼女はスパルタだからねぇ」


気を使ってか、話題をライにもわかるものに変えてくれたクニック。


「……い、いや…あの…」


だが、なんと返していいものかわからない。


確かにエラの指導はスパルタなのかもしれないが、いま隣に彼女がいる状態で肯定してもいいのか…?

でも、嘘をつく必要もない。


なんて答えればいいだろう…。


ちらっとエラの顔色を伺う。


「…っ!」


バッチリと目が合ってしまった。


「あんたが甘いだけじゃないの!?」


エラはじろりとクニックを睨む。


「なにさ、いざという時の為に体力を残してるんですよ。へとへとになっている所に敵でも現れたらどうするんですか?」


ククッと笑うと、人差し指を建て力説するクニック。


「そん時はその身を盾にしてでも守って欲しいものね」


全く興味もなく食事を続けるエラ。


「うっわ。聞いた?ライ君。こういう人奥さんにしたら大変だよ」

「なに?」


彼女の発する言葉はやはり刺々しい。

それでも、彼女とクニックの会話は聞いているととても楽しかった。


「いえ、私はあなた様の為ならこの命差し出すことは厭いません、と誓っただけでございます」


僕も付き合いが長くなれば彼のようにサラリと受け流がせるのか。


「…………私、嘘つく人は嫌いなの」


はあ、とあからさまに大きなため息。


「そんなあ!」


目を大きく開いて大げさにクニックは驚いて見せた。


「クスッ…」

見ていて思わず笑ってしまいそうになるやり取り。

微かに零れた笑み。

今のエラの顔は年相応の無邪気な笑顔だった。


「さて、と。私は食べ終わったから」


カタカタと食器を片付け、席を立つエラ。


「ねえ、クニック。この後って何か用事あるの?」

「ん?俺?いや、特には何の予定もないけど?何かお供しますか?」


夕食の時間までが王国兵の勤務時間らしい。

その後は各自自由時間のようだ。


「いや結構。私じゃなくて、ライの面倒を見てくれないかしら。私この後は進路会議に参加しなくちゃいけないの」


バッサリとクニックの言葉を切り捨てるエラ。

クニックは苦笑いだ。


「……さすがだね、貴女は。わかりましたよ。私が教えましょう。………って、え!?また食後に剣術!?」


剣術といわれライは目を見開いた。

まてまて、食後に剣術なんて…胃の中がひっくり返る……!!


くすくす、と控えめな笑い声。


「まさか!そこまでスパルタなことは言わないわ。クニック、学問はあなた得意でしょう?さわりだけで結構よ。旅をするにあたって必要最低限の知識を叩き込んでちょうだい」


そう言うと彼女はトレー返却口へと向かう。


スッと伸ばした背筋がとても目立った。



「あはは、彼女もほんとにがんばるよね、そう思わない?ライ君」


その後ろ姿を頬杖をつきながら目でおうクニック。


「は、はぁ…。なんか、凄いとは思います」


「なんか、じゃないんだよなぁ。そのうちわかると思うけど、彼女は相当凄いんだよ…?あはは、君が死ぬほど驚くくらいね!」


向かい合って座っている向こうから手を伸ばされ、肩をトントンとされる。


「さあ、任されたからにはしっかりやらないとね!よし、急いで食べ終えようか!」


にこり、とライに言葉をかけると、クニックはもの凄い勢いで食べ物を胃に収めていった。

ここまで読んでいただき誠にありがとうございます!


今回の話でエラちゃんのちょっとお茶目な部分があらわになればいいなーって思いました(笑)


安心してください!エラちゃんはただの厳しい女性じゃないんですよ!素直じゃないツンデレなんです(笑)


そして、ほんと人見知りなライ…。


勇者の影が薄くて困っちゃうから、もっとしっかりしてくださいライ君!(笑)

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