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統べる者

目の前では大きな針…コンパスと言ったか、何やら大掛かりな器具を地図に刺しながら話し合いがされていた。


「では、先程説明したとおりの順路で行きたいと思う。まず、西のマレーア大陸までがおよそ3日。そこからミヘリンを超えて第一神殿へまで行く。これは陸路だ。現地政府と話は付いている。向こうの軍とともに移動だ。これを2日と考えると、トータルでは5日と言ったところだ」


出航して間もなく、会議が始まった。

今後の旅路の確認らしい。



王国軍の勲章を胸に、恰幅のいい男達が一室に集められていた。

その顔ぶれは大層なもので、船長は勿論、その他には軍の幹部らしき人達しかいない。


勇者としてライもその場に呼ばれたのだが、完全に蚊帳の外である。


特段知識を持っているわけでもなく、先の見通しを立てているでもないライに発言するタイミングなどない。


そのうちに、段々と人に押し出され、地図すらも見えない位置へと追いやられてしまった。


「見せて」と言ったところで、耳を傾けてくれる人も居なさそうだし、第一その地図を見たところで何か役に立てるでもない。



そう思うと、ライは1歩、自ら身を引いた。








「ふわぁーあ…」


何の意見も求められないまま会議も終わり、特に何もやる事の無いライは甲板の端で海を見つめる。


「……素晴らしく綺麗な空だ」


蒼と青の一直線。


四方八方、ひたすらにその境が続く。

ずっと続くその境界線は、無知なライに世界の広さを物語っているようだった。



照りつける太陽がチリチリと痛い。

少しでもそれから逃れようと、ライは無意識に長袖で手首まで下ろした。

すると、こんどは蒸されたように暑い。


ガザラよりも熱い地域へと向かっているのか、じっとしていても汗が滲んだ。




「………随分とお気楽なのね」


潮風がライの前髪を揺らす。


「…………別に…お気楽な訳じゃ…」



ライは振り返りもせずに答えた。


声の持ち主は明白。

例の女性王国兵エラだ。


この船に乗ってからずっと彼女はライの側に居た。


といっても、話しかけられたのは出港の時のみ。

それ以降は少し離れた所からじっと見つめているだけだった。


それはまるで監視されているようで、気分が悪い。


やっと声をかけてきたと思えばこれだ。

誰だって頭に来る。


「優雅に海なんて見て。貴方、これを何かの旅行とでも思ってるの?」


そんな事はさて知らず、彼女はトゲトゲしい言葉を浴びせ続けた。




何かの旅行?

冗談じゃない。

僕がそんな事を思う訳無いじゃないか。


言い返そうかとも思ったが、それはそれで怖く、何も答えないまま彼女が立ち去るのを待った。


しかし一向にその場から動く気配のないエラ。



「もしそうだとしたら大したもんだわ。さぞやとてもお強い方なのでしょうね」


あからさまに挑発する彼女。



「……ねえ、どうして僕にそんなに当たりがきついの?」


流石に頭にきたライは、怒鳴りたくなるのを抑え静かに聞き返した。


僕が言い返すなんて思っていなかっただろう、と彼女の顔を確認すべく後ろを振り返る。


「貴方が勇者に相応しくないと思っているからよ」


一方、彼女は当然のごとく即答した。


これに面をくらったのはライの方だった。

しかし、今回ばかりは負けじとやり返す。


「相応しいか相応しくないかなんて、やって見なきゃ分からないだろう!?」


まだ勇者になったばかりなんだ。

相応しくないなんて判断される筋合いは無い。


「分かるわよ!」


彼女も声を張り上げた。


「どうして!?」


まだ神殿にも着いていない。

まだ勇者として何も行動していないじゃないか!


ライの言葉を聞いたエラは、信じられない、と言わんばかりに肩を震わせた。


「……出航の時もそう、さっきの会議もそう!……アンタ何もしてないじゃない!…アンタの健闘を祈って集まってくれた人達に応えようともしない。…アンタの為に一緒に行動する人達の会話に参加しようともしない!アンタ何様なの!?」


怒涛のように彼女の口から流れ出てくる言葉。

丁寧な言葉遣いはどこに行ったのか、感情に任せながら怒鳴る彼女は、徐々にライとの間を詰める。


「お飾り人形のようにただ座ってればいいって訳じゃない!ほんとはアンタが指揮する立場じゃない!!!!」


エラはライの胸ぐらをグッと掴み、罵声を浴びせた。


あまりの大声にライは顔を顰める。




何か言い返さなければ、と頭を巡らせる。

だが、何も出てきやしなかった。


何か言え、とさらに強く胸ぐらを絞められる。




「……仕方ないだろ…僕だってほんの数日前までは一般人だったんだ…」


ふと気がつくと、唇が勝手に動いていた。


自分でさえ耳を疑う最悪な言葉だ。


口先から零れたその言葉を最後に、沈黙が訪れる。




彼女は僕を掴む手を離すと、信じられないものを見るような目で僕を見下ろす。




「……それが…これから全人類を統べる者が吐くセリフ…?」



そう言い残すと、スッと後ろを向き僕から離れて行く。

一つにまとめられた髪が、踏み出す足と同時にゆらゆらと揺れる。


彼女は振り向きもせずに、バタンと扉を閉め、船内へとはいっていった。






一人残されたライ。

よろける様に数歩下がった。


とん、と背中がぶつかる。

ズルズルと、その手すりに背中を擦るように座り込んだ。




あんな言葉を吐きたかった訳じゃない。

あんな無責任な言葉を吐きたかった訳じゃない。



僕だって、それなりの覚悟で来たはずだ。


それなのに…




いや、違う。


きっと、そう思っていたから、口から出たんだ。




ふと、空を見上げる。

目がくらむほどの晴天がどこまでも高く続いていた。


そこから降り注ぐ焼け付くような太陽光が、僕を嘲笑うようだ。



「……なんだよ…みんなして…」


たしかに、エラさんが言っていることは正しい。

それに対して、僕が不相応な返答をしたのもまた確かだった。


だが、僕が一般人だったことだって確かじゃないか。



ツンとした態度の彼女。

最初こそは素晴らしく美しい女性だと思った。


だが、どうも好きには慣れそうにない。






「……でも、ここで泣いているわけにはいかないからな」


ここにはソウリャも、リサも、ルーザンさんも居ない。

泣いたところで慰めてくれる人なんて居ないのだ。


ライはよいしょ、と立ち上がると船内へと進んだ。




カンカンと靴の音が反響する。

流石は王国の船だ。床が木張りではなく、金属で出来ていた。

等間隔に並ぶ小窓。

そこからは少しだけ部屋の中の様子を除き見ることができた。


「へぇ、これが船の厨房なんだ…」


フライパンなどが吊り下げられた部屋を見つけ、こっそりと中を除く。


厨房、といってもやはりライが知るものとは大きく違った。

炉は牧で火を起こす場所もなく、そこまでの大きさでもない。


どうやって火をつけるのだろう、と料理人の動きに注目する。


料理人がフライパンを手に取り、何やら棚を探っている。

少しして、何かを取り出した。


握られていたものは紫色の石。


あれはなんだろう…?


彼はそれを窪みに詰め始める。そして、マッチを擦り、その窪みへと投げ込んだ。


瞬く間に強い炎があがり、彼は素早くフライパンで調理を始める。


その一瞬に見えた炎は、紫色だった。



……あれも魔光石の力…。



こんな所にも魔法の力が使われていたのだ。


きっとこんな事、エラにとっては日常なのだろう。

彼女に言わせたら「そんなことも知らなかったのか」とか、なにか返ってきそうだった。



そんな事でさえ、ライにとっては物珍しいもの。

これは基本な事から一つずつ覚えていく必要がありそうだった。




まるで魔法使いのような料理人の姿をもっと見ていたい気持ちもあったが、その場を後にする。


しばらく歩くと、「へい、やぁ!へぃ、やぁ!」と、綺麗に揃った掛け声が聞こえてきた。


その声に釣られるように、足を早める。

すると、それもまた一室から聞こえてきたものだった。


ライはスッと窓から除く。

しかし、一瞬で顔を引っ込めた。


あまりにも迫力がありすぎて慌てて隠れてしまったのだ。


中で行われていたものは、剣の稽古だ。


邪魔をしないようにと、こっそりと除く。


正しく軍服を着込み、一寸の狂いなく横1列に並ぶ彼ら。

振り上げる腕の高さまで統一され、その稽古の風景は一種の踊りのようにも見えた。


兵達の顔は真剣そのもので、初めて見るライは恐怖を覚える。



勇者軍を編成しているのは王国軍に所属する兵。

そんな手練も、こんな海の上にまで来て稽古をするものなのか。


ふと、頭にそんなことが浮かんだ。

そして、あることに気づく。



ーーーいや、違う。

海の上でさえ、稽古をする彼らだから、勇者軍にいるのか。



そこまで思って、ライは静かに窓から離れた。


へい、やぁ、と掛け声は途切れない。


ライは自分の手を見つめた。




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