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選ばれし者

キラキラとした粒子が舞う。


「…………ん…ん………」

その眩しさに、小さく呻いた。



うっすらと目を開けると、広がるのは真っ白な世界。



霞む目をこすりながら、体を起こす。



ツルっとした純白のシーツに真っ白な肌掛け。

その間に挟まれていた足をするりと引き抜き、微かにひんやりとする床へと降ろした。



「………そっか…朝が来たのか」



真っ白な朝日が差し込む窓の外からは、優雅な小鳥のさえずりが聞こえた。



そのさえずりに誘われるように、ライは窓へと近づく。

窓ガラスに手をかけながら外を眺めると、緑溢れる庭園が望んでいた。

薄らとガラスに映った自分の姿が、その美しい庭園に浮かんぶ。



「……」



いつに無く静かな朝だった。









トントントン



「…っ!は、はいっ」


控えめに叩かれたドアだったが、ぼうっと外を眺めていたライは驚き、急いでドアを開けに行った。



ゆっくりとドアを押すと、その先には昨日の執事が立っていた。


「ライ殿、おはようございます。ご気分はいかがですか?」

「あ…だ、大丈夫です」


生まれてこの方気分など聞かれたこと無いライは、シドロモドロに答えた。


「そうでございますか。それは何よりでございます」


執事はその様子を微笑ましそうに眺め、軽く頭を下げる。


「ライ殿、早速ではございますが、お客様でございます」

「……?お、客さま…?」


僕に訪ねてくる人なんて居ただろうか?


こんな王都に知り合いなんていないライは首をひねった。


キョトンとするライに執事はまた目を細め、一礼して後ろに下がった。


その後から、ひとりの人影が顔を出す。


「……!!る、る…ルーザンさんっ!」


人影、それはルーザンだった。


久しぶりーーと言ってもたった半日なのだがーーに見かけたその馴染みの顔に、ライは嬉しくなり飛び込んだ。


ルーザンは一瞬驚いたものの、すぐに柔らかく笑う。

そして、軽くライを抱きしめた。



ライ自信、驚く。

この慣れない王都で、自分に合わない王宮での半日は、自分が思うよりも気を張っていたようだった。


ルーザンさんの顔を見た瞬間、それが一気に緩んだのだ。


まるで親とはぐれていた迷子のように、ライは泣きじゃくった。



「いやはや、ウチのお姫さんはほんとに泣き虫だね」


低い声が優しくライの頭を撫でる。


「……姫じゃない…」






しばらくして落ち着いた僕は、ルーザンさんと向き合ってテーブルに付いた。


「……話は聞いたよ」


先に口を割ったのはルーザンさんだった。

浮かない顔の彼は、テーブルの上に置かれていた紅茶のカップを見つめながら話す。


「……僕は、これの為にここに来たんですね?ルーザンさんは、それを知っていたんですね?」


対して僕は、ハッキリと話した。


「………」


ルーザンさんは黙ってしまう。


「……ソウリャ達が、僕だけ王都に逃がしたのは、僕が勇者に選ばれる事を知っていたからなんですね?」


今まで、周りの人が何かを隠していたことは感じていた。

それが今解明されようとしている。


いや、もうライは答えを出していて、それを正解だと言ってもらうだけだった。


それでもルーザンはすぐには答えない。


「ルーザ」

「辞めないか?」




やっと返ってきた言葉、それは予想外なものだった。



「……え…?」



「………辞めないか?」




同じ事を2度も言われる。




「……辞めるって、何を…?」

「勇者なんて、辞めないか?」





………勇者を、辞める……?



ライはガタリと音を立て立ち上がった。


「な、何でそんな事言うんですか!?ぼ、僕が勇者に選ばれた…僕しか光の民を救えないんですよ…!?」


あまりにも驚きの言葉だった為、喧嘩腰になってしまった。

俯いていたルーザンは、目だけでライを捉える。



「お前は勇者になってはいけない人だからだ」




意味がわからない。



「お前は…ただ安全な所で、誰かが何とかしてくれるのを待つのが一番だ」



ルーザンは淡々と述べる。



ライには、意味がわからなかった。



また、見ていろというのか。

ガザラ崩壊の時のように、ただ見ていろというのか…?


今回は、自分にそれを救う力があると知りながら、ただ見ていろというのか!?




「嫌です。僕は、勇者として人々を助けます」


そんなことは無理だ。

助ける力があるのにも関わらず手を指し伸ばさないのは、殺戮を繰り返す闇の民と同じだ。



「………はぁ、以外にも度胸があるんだな。ただの泣き虫なガキだったら楽なのに」


ルーザンさんは額に手を当て、頭を左右に降る。


あからさまに困っていた。



「まあ、そう答えるとは何となく予想してたけどね」

だが、そう付け加えると微かに微笑んだ。


「……ルーザンさん…」


なにか申し訳ない事をしたような気分になる。


「ライ、お前は勇者として生きると、この先とてつもない壁にぶち当たると思う。もう、死んでしまいたいような現実が待ってる。それでも、やるのか?」


ルーザンさんは、ゆっくりと言った。

机の上で組まれた大きな手が、きつく握られている。



ライは、静かに椅子に座り、背筋を伸ばした。


「………それでも、誰かを1人でも救えるのなら」





「………分かった。頑張れ」



思い空気が停滞する。


ルーザンさんは目を瞑ったまま、下を向いた。


僕も、机の上をぼうっと見つめる。


ズズっと紅茶をすする音が聞こえた。


「んはぁ……、美味しいぞコレ」

「…………そうですか…」


何か会話をしなければ、と思うのは双方同じなのだろう。

お互いに、喧嘩をしている訳では無い。

ただの意見の食い違いだ。


「俺は勇者軍には入れなかった」


重い空気を変えるのを諦めたのか、ルーザンが話をもどす。


「…勇者軍?」


初めて聞いた言葉に聞き返す。

「ああ、聞いてなかったか?今日の正午にお前は出発する。お前が所属するのが王国兵特別編隊勇者軍だ。…まあ、それにお前の保護者として同行許可を求めたんだが、認可されなかったよ」


初めて聞いた詳しい話。

よく考えれば分かることだったが、勇者と言っても物語のように1人で旅したりするはずが無かった。


納得した一方でふと思う。


「……じゃあ、ルーザンさんとはここでお別れなんですか?」


やっと会えたと思った矢先にお別れとは、何とも虚しい。


「まあ、とりあえずはな」


………。



これからまた一緒にいられると思っていたライは落胆した。


泣き出しそうなライを励ますように、まだ続きがある、とルーザンは話し始めた。


「今はお別れだが、ずっとではない。俺はまずこれをソウリャ君に伝えるためにガザラへと向かう」


ルーザンの言葉に耳を疑った。


「だめだっ…!ガザラは危険ですっ!」


あそこには闇の民が居る。

そんな所に行かせるわけには行かない!


「大丈夫。俺も昔は現地派遣要員として回っていたんだ。それなりの腕はある」


「いや、でも…!闇の民の力はそんなんじゃ…」


僕を宥めるようににこやかな表情だったルーザンは一変し、難しい顔をした。


「もう1度はガザラに攻撃を加えたんだろう?したら、彼らはもうしばらくはガザラには寄らないさ」


「………え…?」


どうしてそう言いきれるのか。

疑問に思った僕は反射的に声が漏れる。


「これでも俺は研究の前線に加わっていた伝説学者だからな」


目を伏せ、何かを思い出すような彼。

まあ、確に彼が言うのならば、間違いないのかもしれなかった。



「まあ、その後、ガザラからなら許可証入らない。勇者軍の後を追おうと思っている。それまでの別れだ」


分かったな?と聞かれ、ライは正直に首を縦に振った。



「さて。ここからはお前の話だ、ライ」


ふと、自分の名が会話に出てきて、彼の顔に目を向けた。

彼もしっかりとライの目を捉える、軽く頷く。


「多分お前は何も知らされていないだろう、いや、王国なんざなんの知識もねえから言えなかったのかもしれないが…。お前は何のために旅に出るか知っているか?」


王宮でのその発言にヒヤリとし、目で辺りを見渡したライだったが、誰もいない事に安心し話し始める。


「例の剣を抜いた時、ヴェネア様が仰っていた事ですが…世界中にばらまかれた“中身”をさがす旅だと…」


何故か小さな声で話すライに、ルーザンは鼻で笑った。


「なんだ、これっぽっちも王国側からは説明なしか。……足りないな。まあ、大まかな雰囲気はそれでいい。ただそれだけだと、どこにあるのかも分からないだろうから、加えて説明しょう」


ルーザンは胸元のポケットから何やらゴソゴソとものを取り出す。


そして、出てきたものをテーブルに乗せ、スッとらいの前まで滑らせた。


キョトンとしながら、ライはそれを手に取る。

何やら古びた手帳だった。


「………シンデン…サイスキ…ズ…?」

「神殿細跡図…お前…文字も怪しいのかよ」

「……リサに少し教わっただけ…」


あまり文字が読めないという短所を指摘され、顔を赤らめる。


「それは神殿がどこにあるのか示されたものだ。この世界にヴェネア様を祀る神殿は6つ存在する。その地図に書かれているのはそのうちの3つだ」


そう言われ、手帳をパラパラ止めくると、何やら地図が書いてあった。

そこには3つ印が付けられてあった。


「そう、それだ。俺が現地派遣要員だった頃に巡ったものだ。いずれもなかなか見つけられない場所だったな。さらに、俺たちは歓迎されてなかったのか、強大な魔術による門番がそれぞれにいて、最後までは進めなかった」


きっと甚大な被害を要したのであろう。

ルーザンは眉間にシワを寄せ言った。


彼の王国に対する当たりがキツイのは、きっとこういう物の積み重なりなのだろう。


「その地図を頼りに行くといい。まあ、きっとそれと同じ様なものを勇者軍も持っているだろうがな」


ライは地図をじっと見つめる。

まず隣の大陸、その北…その遥か西…。


考えていた以上にスケールの大きい話だった。

「……この神殿の中に、ヴェネア様の中身が、あると…?」


「そう仮説を立てるのが今は一番優勢な説だな。まだ、最深部まで辿り着けていないからなんとも言えないが」


王国が招集した現地派遣要員でさえ、最深部まではいけない神殿。


そんな所に、僕が行けるのか…?



「やれるか」


まるで僕の心を読んでいるようなルーザンの厳しい声。


「最後まで、光の民だけを思い、戦い抜けるか?」


……自分の弱さに負けるな、という事か…。


「……やります」




やるしかないのだろう。

僕は、選ばれし者なのだから。



最後にルーザンは「海の上には気をつけろ、奴らはまだこの当たりの海を彷徨いているはずだ」と言い残すと、手をひらひらと振って部屋を出て行った。











パパパパーーーーーン!!!!


破裂するようなファンファーレと共に、歓喜の声が響き渡る。

まるで寄港祭の時のようだ。


その時と違うのは、僕が船を迎え入れる側ではなく、見送られる側である事。



陸を離れるというのは、こんなにも不安なものなのか。

初めての経験に、甲板の手すりに肘を置きそんな事を考えていた。




勇者の旅立ち。



王国の人々はそれを祝う。



祝うべきものなのだろうか…?


そんな疑問が降って湧いた。




「何してるの。こういう時は笑顔で手を振るのよ、勇者さん」


ぼーっとしていると、何か聞き覚えのある刺々しい声が後ろからした。


バッと振り返ると、そこにはスラッとした王国兵が。


王国兵ーーー否、彼女は今日も凛とした立ち振る舞いでそこに立っていた。


「……エラ…さん」


見知った顔に嬉しいような、気まずいような気持ちで彼女の名前を呼ぶ。


「あんたは選ばれし者なんだから、その役目を全うしなさい。勇者として民を元気づけるために笑顔になるのよ」


そう言われ、ふと港に集まった王国の人々を見る。

僕の笑顔が、彼らを元気づける…。


「あんたは、光の民の勝利そのものなんだから」


彼女は僕の横に立つと、顔の脇で上品に手を振った。

ふと、その表情を盗み見ると、僕に見せていた厳しい顔から一変。


まるで、聖母の様な表情だった。



それに倣い、僕も笑顔で手を振る。






驚くほどの歓声が上がった…。











「行ってしまわれましたね。勇者様達」

港から少し離れた塔からその様子を見ていた女性は、隣で腕を組む男性へと語りかけた。


「そうだな…小さな小さな勇者達だがな」


男性な何かを慈しむような目で水平線を眺めていた。



港に停泊していた王国貿易船メルセルナ号が、見る見るうちに小さくなっていく。

それが遥か彼方に消えた頃、男性は後ろに控えていた側付きへと告げた。

「ヘンゼンを呼べ」


「はっ」と短く返事をすると、彼は塔の階段を降りて行った。


「また随分と過保護なのね」

「………」


女性の言葉に顔を赤らめる男性。



「お呼びですか」

すぐに呼ばれた男が現れる。


「ヘンゼン、今日でお前を皇女専属の教育長を解任する」

「……っ!?」


思いもよらない言葉だったのか。

ヘンゼンは危うく「えっ?」と言葉を発しそうになった。


「そして今日から勇者の護衛につき給え」


「…………な、何故にでございましょうか」


教育長からの護衛。

全くもって意味不明であった。


「どうやら、選ばれし者に選ばれざれし者がくっついて行ってしまったようでな。どうも小さな勇者2人では気が気でならんのだよ」



そこまで言われたところで、ヘンゼンは理解したようだった。


「命に変えてでも守ってくれないか」


苦しそうなその声に、彼は深々と頭を下げた。


「港に簡易ボートを一つ用意させる。極秘出航のため1人用のものだが、それであの船を追え」


「はっ」


ヘンゼンは、すぐさまその場を後にした。


「自分を人だと思うな。お前は人である前に王族だ。王族は人であってはならない、か。………なかなか出来ることではないな」


しみじみと、男性は呟く。


「クス…先代のおしえですね」

いかにも面白そうに笑う女性。


「あなたは、国王である前に、父親だったのですよ。それに…なんともあの子らしいではありませんか」


「ああ、自慢の娘だな」





小さな勇者達をのせた船は、静かに進んでゆくのであった。

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