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動き出す物語

「ふぁぁぁ…っくっく…」


ライはふかふかのソファーにドスッと腰を下ろし、思いっきり伸びをした。

両手を高く上げ、足も力いっぱいに伸ばす。

凝り固まった筋肉が一斉に緩み、末端が微かに痺れた。


「………」


全身の力を一気に抜くと、上げた手は糸の切れた操り人形のようにぱたりと落ちる。


耳が痛くなるほどの静寂。

その静かさに浸っていると、左手が冷えた塊ーーー伝説の剣ーーに触れた。



審議の間を出た後、ライは先ほどの待合室へと通された。

どうやらここは客間だったようで、明日の出発まで好きに使っていいらしい。


「……明日の朝、出発か…」


ぼそりとこぼした声が一人寂しく消えてゆく。

ふう、と長く息を吐き、高級なソファーに身を委ねた。


テーブルに置かれた火付け蝋だけが、ゆらゆらと燃えている。

給仕が燭台に点火してくれると言ったのだが、断ったらテーブルに置いていってくれた。


心が安らぐような薄暗さだ。



とにかく今日はたくさんの出来事が同時に起きた。


事の始まりはルーザンさんのお使いで広間に気づいたことから。

そこからヴェネア様に導かれて王宮へ。

そして伝説の剣を抜き、“勇者”としての使命を課された。

さらには明日からはその使命に基づき、剣の”中身”を探す旅に出ることになった。


時間にすれば数刻の間に起きた出来事なのだが、とても長く感じる。



ふと、ルーザンさんを思った。


お使いに出たっきり戻らない僕を心配しているのではないだろうか…。

いや、こんなに大きな出来事だ。きっと王国が連絡を入れているに違いない。

今頃はこの知らせを聞いて驚いているだろう……。

それとも彼は元から知っていたのか……?




自分が思っていた以上に体は疲れていたらしい。

瞼が重かった。


それでも、ライの心は久々に軽い。


”決して、僕だけ逃げた訳ではなかった”



ゆっくりと目を閉じる。

どっと、眠気が襲ってきた。









時を同じくして町外れの家。

少年を待つ者の家に大きなロックがかけられた。


「ルーザン=アクタール殿。夜分に失礼致す」


ルーザンは慌てて扉へと向かう。


この言葉、役所の者の切り出した。

まさか、ライに何かあったのか…?!


弾くように扉の鍵を外し、勢いよく開ける。

扉の先には王国軍の制服を纏った、屈強な男が3人立っていた。


「何用ですかね?」


早まる鼓動を落ち着かせようと、意識的に低い声を出す。

上弦の月が彼らを照らし、執拗な雰囲気を醸し出していた。


「ライ=サーメル殿の件でご同行願いたい」


表情一つ変えない王国軍。

流石は王国の冷徹な駒だ。


なにか嫌な予感がしてならない。

ルーザンはしばらく彼らの顔を凝視した。



あの秘密が王国にバレたのか…!?

もし、そうだとしたら大変なことだ。



……独りで出歩かせるんじゃ無かった。



ひどい後悔がルーザンを襲う。

決してこういった問題が起きることが、予測できなかった訳じゃない。

それでも、だ。油断してしまった。




夕方、使いに出ていってから姿をくらましたライ。

焦って街中を探しても彼の姿は見当たらなかった。


まさか、まさか……。


ルーザンの脳内に最悪の想像が膨らむ。

彼は衝動的に王国兵の胸ぐらをグッと掴んだ。


「ライは今どこにいる!?」


感情が高ぶり、食いつくかのように叫ぶ。


「……っ……お答え出来兼ねます」


ルーザンに掴まれた王国兵は、淡々と述べる。

それは“あくまでも任務を施行する”と言った冷淡なもの。


ーーークソ…これだからコイツらは嫌いだ。


掴んでいた手を離し、一呼吸置く。


しかたない。彼らは洗練された王国軍。

揺さぶったところで口を割るわけがない。

ここはひとまず素直に彼らについて行くしか無いようだ。


ふと目を遠くへ向ければ、路地の奥に二頭馬車が用意されていた。


「分かった。行く」

ルーザンは玄関の脇にかけて合ったローブと剣を手に取り、馬車へと歩いていった。










「話がある、か………にしては、その無粋な格好はなんだ」

深夜にも関わらず、魔光灯を煌々とつけた部屋で仕事をしていた男は、羽ペンを休めることなく続ける。

「ここは国王の書斎だぞ。国兵なんぞが気安く立ち入る事は許されない場所だ」


男ーーー国王は、目の前に立つ女性用軍服を着込んだ若い王国兵をちらりと見た。



「真剣な話です、父上」

凛とした声。

やや低めのその声が、事の重大さをヒシヒシと伝える。

一方、それに気づいてなのか、彼はサインの手を止めない。


「父上!」

しびれを切らしてか、王国兵は彼の仕事机に手をついた。


「あの少年に勇者など務まるとお思いですか!?戸籍を調べた所、何の教育も受けていない、たかが12の子供ですよ!」


間を開けずに、叫んだ。

あまりにも勢いが良すぎて、息が切れる。


静かな部屋には、彼女の乱れた息の音のみが聞こえた。


「……だから、何なんだ?……テナ」


ようやく国王は仕事の手を止め、目だけで彼女を捉える。

物理的に見下ろしているのは、立っているテナのはずだが、国王のその迫力には勝らない。


怒鳴った直後のテナでさえ、腰が引けた。


「テナ。……諦めろ」


対して国王は、物静かに言う。



その言葉にテナは目を伏せた。



分かっている。

私が勇者になれない事は。


今日、私の今までの努力も虚しく、目の前で証明された。


南の訛りが交じる、年下の少年。……気の弱そうな子だった。

“勇者”と呼ぶには程遠いほど華奢で、ひとつ間違えれば女に見えなくもない。

そんなごく普通の少年が、私には抜けない剣を簡単に抜いた。



諦めるしかない。


それは充分に理解していた。


ただ、頭では理解していても、感情は追いつかない。



今までの人生、全てを捧げて挑んできた。


血の滲む様な剣術の稽古。

気が狂うほどの魔術学。

聞き馴染まない異国の言語。

忘れ去られた歴史までも…


誰よりも、何よりも、必死になってきた。


それは、私こそが勇者になり、自らの手で光の民を守る為。



選ばれなかったからと、早々に諦められるわけもなかった。



せめて、せめて…







テナは仕事机から身を離し、数歩下がったところで膝をついた。

ゆっくりと頭を下げ、言う。




「勇者の一行に、同行する許可をください」




せめて、”勇者”と一緒に民を守りたい。






これが、今のテナに残された、最大の選択肢だった。









テナが言い終えた後も、国王は何も答えない。

ひたすらにテナのその姿を見つめるだけだった。



この気持ち、伝われ。


その一心でテナは頭を下げ続ける。

心臓が強く鳴った。






いったいどのくらい経っただろうか。

頭を下げているため、父上がどういう顔をしているのかは解らない。



「テナ」



名を呼ばれ、勢いよく顔を上げる。

「父上っ…ありがとうござ………」



許されたのか、と、笑顔になったのも束の間。

身が凍る思いだった。



仕事机に頬杖をつき、鋭い目でこちらを眺める父。

返答が「NO」であることは聞くまでもなかった。



「………話はない。自室に戻れ」



あからさまに顔に出ていたのか。

父は私の顔を見るや否や、退室を促した。


茫然とする私をよそに、彼は仕事を再開する。






『テナ。お前の名前にどうして”テナ”が入っているか知っているかい?』


昔、そう聞いてきたのは、誰だったか。


『それはね、お前が勇者テナレディスの血を引く者だからだよ』


そう、答えたのは、誰だったか。


『テナ!お前は第二の勇者になるのだぞ!?こんなこともできないでどうするっ!』


毎回、そう叱咤したのは、誰だったか。





『諦めろ』


なぜ、今更そんなことが言えるんだ。





悔しさと虚しさで震える唇。

その不甲斐ない唇で必死に対抗する。


「あの少年は無知すぎます。あれでは救えるものも救えない!………それでは困る!」


たとえ勇者でなくても、私が今まで積みあげていた物を糧に民を守る。

それこそが、先代勇者の末裔である私に託された使命ではないか!


「私は光の民の為に言っているんです!」



しかし、国王には届かない。

この場に私が存在していないかのように、淡々と仕事を片付けてゆく。


サラサラと、文字を連ねていく音だけが部屋に充満した。


目の前には今までと変わらない姿。

広い肩幅、白髪の混じる髭。物を書く時の猫背、少し癖のあるペンの持ち方。


これまでずっと見てきた国王としての父。


今はそれが揺らいで見える。




ふと、彼が顔を上げた。


「父う…」

「単なる、自身のわがままの間違いだろう」


目が合うなり、彼は言った。


「違う……わがままじゃない!」

「いや、わがままだ」


間髪入れずに返答してくる父。

彼は持っていた羽ペンを置き、机の上で手を組む。

そして試すかのような視線を送ってきた。


何をどうすれば私のわがままになるのかが解らなかった。

私は光の民の為に、自分の積み重ねた知識や経験を使おうと言っているのだ。

なぜそれが私のわがままになる……?


納得がいかないといったテナの顔を見て、国王は呆れたように肩をすくめた。


「……解らないのか?民衆は別にお前が勇者でなくても構わないんだ。どこの誰でもいい。ただ、勇者という存在だけで満足なんだ。例えそれが非力な少年だって、一国を背負う末裔だって、大差はない。つまり光の民は、勇者でないお前の力なんて期待していないんだ」


「…………そんな…」


父の発した言葉が容赦なくテナの心に突き刺さる。


「お前が同行したいと言っているのは、民の為なんかじゃない。今までの自分を無駄にしたくないというお前の願望だ」


目の前が真っ暗になになった。

どこにも充てられないこの感情は何と表現したらいいだろうか?

悲しすぎて、悲しいという言葉には代えられない。


「残酷か?」


残酷。

父の言葉が脳内にこだまする。


ああ、心のどこかでは気づいていたのかもしれなかった。

それに気づいたとたん、目頭が熱くなる。



「…………私だって、今までずっと……。頑張ってきたのに…」


報われたって、いいじゃないか。


ガタン、と音を立て国王が席を立つ。

テナに背を向けるようにして、窓から外を眺めた。


時刻は深夜。

外に広がるのは漆黒の闇。


「テナ。自分を人だと思うな。お前は人である前に王族だ。王族は人であってはならない。国の為に残虐になり、民の為に非情になれ。時には国の為に身を売り、民の為に自分を殺せ。例え批判を買おうが、例え無念だろうが、それが王族に生まれた者の定めだ」


父もまた、王族。

残酷な言葉を淡々と並べた。


テナは返す言葉が見つからず、揺らぐ視界で父の後姿を見つめた。


国王は静かになったテナを振り返り、ゆっくりと問いかける。


「勇者が別に現れた今、お前に求められていることは国を守ることだ。この国に後継者はお前しかいない。そんなお前が今しようとしていることは何だ?」



私がしようとしている事………。


「国を捨てたも同然だ」





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