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誕生

「ライ=サーメル、よくぞ参った。ねぎらいの言葉を贈ろう」


 地に響くような声がこの部屋に反響する。たったその短い言葉にライは感動を覚えた。高貴な御方の発する声は、それだけでも品があり、美しい。

 片膝を付き頭を下げるライに向かって、国王陛下は、面をあげなさい、と言った。


「今日ここに呼んだのは他でもない。君が真の勇者であるかどうか、それを確かめるためだ。心の準備は良いかな?」


――心の準備。


 改めて言われると、やはり心が揺らぐ。


 まだ間に合うのではないだろうか。まだ引き返せるのではないだろうか。自分ではなくてもいいのではないだろうか。もっと他に適任がいるのではないだろうか。


 そんな言葉が喉まで込上がってくる。


――だめだ。僕はこれ以上逃げないって決めたんだ!


 ライはそれらの言葉を飲み込み、真っ直ぐに国王陛下を捉え答えた。


「……はい」


 その声が大きな返事だったのか、消え入りそうな程小さかったのかは分からない。

 国王陛下は無表情のまま、ふう、と一つ息をつくと、右に座る王女様に何かを耳打ちした。

 王女様はツンとした表情のまま頷くと、スッと優美な仕草で立ち上がる。そして純白のドレスの裾を引きりながら、壇上から降りると、しなやかな手つきで神官から何かを受け取った。


「……っ!」


 それが何なのか、説明を聞く必要なんてなかった。

 遥か昔、高貴な人しか身につけられなかったという紫色を存分に使ったそれ。金色に輝く持ち手は、この距離からでもギラリと光りを反射している。


――あれが、伝説の剣……!


 千年もの時を経ながらも未だ輝き続けるその剣は、まさに魔法の剣。

 この会場に居合わせた誰もがその剣に目を奪われていた。


 王女様はその剣を両手で胸の前に掲げながら、ライの元へと歩いてくる。

 そして目の前までくると、燃えるような紅い瞳ライを見下ろしてきた。


「……?」


 その瞳には憎しみのような感情が込められているような気がする。訳が分からず微かに首を傾げると、王女様は一瞬諦めたような表情をする。

 何かおかしな事をしてしまったのかな、とライが思った時、ライの視界から王女様が消えた。


「……えっ」


 そしてふわりとした風圧がかかり、ライの前髪を揺らす。

 何事かと足元をみれば、今まで目の前でライを見下ろしていた王女様が、自分に向かって剣を掲げひざまづいていた。


「お取り下さいませ」


 王女様はそう言うと、掲げた剣をライに差し出す。ライはゴクリと唾を飲んでからそれを受け取った。

 両手で持ってもずっしりと感じる重量感。金に輝く柄は、この世のものとは思えない程に美しい。

 伝説の剣の美しさに見惚れていると、国王陛下が急かすように口を開いた。


「その剣は選ばれし者にしか抜くことは出来ない。君の聞く声がヴェネア様の声だというのであれば、その剣は簡単に抜けるであろう」


 

 





















パアアアアアアアアアアン!!!!!!!










突如、何かが破裂する音。

刹那、触れた先から漏れだす光。


白。

黄。

赤。

青。


それぞれの光は螺旋状に絡まりつつ、剣から逃げるように放出された。


「うぐっ……!!!!!!!」


同時に、凄まじい旋風が巻き起こる。


あまりの眩しさに世界は色を失い、

あまりの凄まじさに世界は音を失った。


得体の知れない現状に、僕の心拍は止まり、

異常なほどの緊張感に、僕の心拍が早まる。



息が吸えないのは、溢れ出す風のせいか。

息が吐けないのは、煌き輝く光のせいか。


光も闇も区別のつかない虚無の空間で、時が止まるのを感じた。






「………!?」

気づけば、どこか浮遊空間に独り漂っていた。


あたりを視ようとしても、何も見えない。

だが、それは闇の中だから見えないわけでも、光がまぶしすぎて見えないわけでもなく、ただ、何もないから見えないのであった。


自分の体もなく、そこにあるのは意識だけ。

いや、本当に意識があるのかも怪しい。


虚しく、寂しい、その空間。


そう。まさに虚無。


ライの心もまた、無に満たされた。






「よくぞ来た」






しばらく意味もなく漂っていると、どこからか声が降ってきた。


頭の奥に直接響く声。

姿こそ見えないが、それが誰の声なのかはっきりと分かった。

薄れかけていた意識が、この声に呼び戻されたかのように鮮明になっていく。




「…………はい」


以外にも、自分が思うより落ち着いた返事が出た。


目では確認できないが、この返事に声がうなずいたように感じた。

声はゆっくりと後を続ける。



「あれから2,000年。私はずっと待っていた。新しい勇者と一つになることを」


聞こえるわけじゃない。

直接心に届けられる声。


そう…この声は、誰のものでもない。

これは、例の…



「やっぱり、あなたはヴェネア様なのですね?」



















「……そうらしいな」




しばらく続いた沈黙の後、諦めたかのように答えた。

その返答は、あまりにも虚しく、人ごとのようで、ライを不安にさせる。


この世界を創造した神が、こんなにもはかない声をするのか。


それでも声———ヴェネア様———は続ける。



「ライよ、君に全てを授ける。私の持つ力、私の持つ願い。この世界の均衡、この世界の未来。勇者となりて、すべてを守ってくれるか」



命令と言うには程遠い、痛ましい声。

まるで、懇願されている気分だった。



断る理由もない。

ソウリャが、リサが…みんながそれを望むのなら。

その為にここに来たのなら。


答える言葉は決まっている。





「はい」





決意を固くし、はっきりと応えた。



ヴェネア様がとても嬉しそうに頷いた気がする。

先ほどの痛ましさはどこかへ消え、威厳のある堂々とした声質へと変わった。



「それでは」


「……それでは…?」


キラキラとした粒子が集まり始める。


「!!?」


無の世界に突如現れた粒子は一つに固まり、個体を形成する。


それらはやがて、剣の形になった。




「これが今の私。ただの抜け殻」


「ぬ、抜け殻…?」


目の前に浮遊する、光り輝く剣を見つめながら答えた。



「そう。抜け殻。今は何の力も発揮しない。なぜなら、中身のない形のみの箱に過ぎないから。そこでライ、其方に命じる。この世界の至る所にばら撒かれた”中身”を集めてほしいのだ。そして、私の力を完全な物に作り上げてほしい」



世界中にばらまかれた“中身”を集める…。


「……その“中身”がすべて集められれば……闇の民から、光の民を守れるっていうこと…?」


1度に与えられた情報を整理するかのように、確かめながら言った。


「もちろん、其方がそれを望めば、容易い」




ヴェネア様はまたもや人事のように言い放った。




「……だが、全ては中身が揃った時にはじまる。残された時間はもうない。その為に一刻も早く動き出すのだ」





キラキラと輝く剣が、ふわりとライの目の前に飛んでくる。


「抜き給え」


目の前で浮遊する光の剣。

手を伸ばせば、届く距離だ。



正直、僕に扱えるかどうか分からない。

この広い広大な世界を左右できる力。

考えたこともなかった。


“そんな力が本当に存在するのか”


普通だったら“存在しない”と答えるのが妥当。


だが、信じてしまうような出来事が現実に起こっている。

闇の民の襲来然り、今の状態然り。


何が起きても仕方がないこの状況で、その力が存在する可能性は十分にあった。


そして、その力の存在を信じる意義も十分にある。



僕は選ばれたのだ。

いや、選ばれるためにこの世界に生まれてきた。


この力を行使する為に、ここに来た。


ガザラの人々が思い出される。

巨大な闇の民の力を前に、なすすべもなく逃げ惑う人々。

あの日は僕もそうだった。

僕も、皆と等しくただただ逃げるのみだった。


だが違う。これから僕は勇者になる。

このヴェネア様のお力で、あの殺戮の力から、光の民を守ることが出来る。


僕が光の民を守るんだ。





ゆっくりと右手を出し、柄を握る。


手のひらが、ヒンヤリとした。


左手で鞘を握る。



覚悟を決め、大きく息をすった。

















ふと、体が重くなるのを感じた。




今までになく重い瞼を開ける。

目の前には未だ膝まついたままの皇女様がいた。




僕は元の世界に戻ってきたのか。




それを確かめるためにあたりを見渡す。


白と赤で作られた正装を身に纏う人達。

頭に長い帽子をかぶった宗教関係者。

何かの学者なのか、変わった形の帽子を胸にかざす者。



目に入る人々、全員が口を半分開き、同じ顔をしていた。





カチャリ…


鈍い金属音。

その方に目線をやる。


「………!」


真っ直ぐに、素晴らしく美しく輝く、黄金色の刃。



ライはしっかりと右手に伝説の剣を握っていた。






しんと静まり返る“審議の間”

しかし、次の瞬間。

怒涛のような歓声が響き渡った。



この講堂に集まる人々は、国を繕う身分の高い方々。

そんな方々でさえ、王の目の前で歓声を上げてしまう。

そんな出来事を、ライは起こしたのだ。


“伝説は本当だった”

“新たな勇者様の誕生”

“これで光の民は救われる”


様々な言葉が飛び交う。



勇者の誕生、それは“闇の民復活”という絶望的な状況を一気に覆す出来事だった。




右腕にかかる、ずしりとした重み。

今までこんな大剣を持つことなんてなかった。否、剣すらまともに触った記憶が無い。

慣れないその感覚に戸惑う。


これからどうなるのか。

これからどうするのか。

決意した後も、心は揺らいだ。

だが、一度決めた事。逃げはしない。


ふと、視線に気づきそのほうを見る。

膝をついたままの皇女様が、じっとこちらを見ていた。


まるで、獲物を射る蛇ような鋭い目。

端整な顔立ちが、さらにその冷徹さを加速させる。


「…………あの…な、何でしょう…?」


その視線に、いてもたってもいられず、ライは皇女様へと問いかけた。


「………」


しかし、彼女は微動打にせずライを見つめるのみ。

ライはどうしたらいいかわからず、目をそらした。


それに気づいたのか。彼女はすくり、と立ち上がりライを真正面から捉える。


「……めない」


「…えっ…?」

何か言われた気がしたが、次の瞬間には、彼女は踵を返して歩き始めていた。


背筋を真っ直ぐに伸ばし、元いた壇上へと足早に歩いていく。

ライはその後ろ姿を目で追うしかできなかった。



「新たな勇者がここに誕生した事を、我、メサルテナ=マラデニーが承認する。我は前勇者テナレディズの末裔として、其方に力を貸すことを誓おう」


未だ鳴り止まない歓声の中、国王陛下が声を上げる。

ライに、いや。この講堂にいるもの全てへと向けて発した言葉だ。

その言葉に答えるように、歓声は勢いを増す。


「では、勇者ライ=サーメル。早速ではあるが、其方には力を手に入れる旅に出てもらおう。出発はあすの正午。それまでに仕度をすまし給え」



審議は終わりだ、と国王陛下は付け加える。

そして、席を立ち壇から降りてきた。

それに女王陛下、皇女と続く。


国王陛下は退場の扉を目指し、ゆっくりと歩いてくる。

すれ違う際に一言「頼んだ」と残した。


返事をしようと振り返ると、彼はもうこちらを向いていない。

代わりに皇女様と目が合った。


「!!」


やはり、彼女は鋭い視線を向けてきていた。





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