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決心

 そこからというもの、ライの意思を完全に無視して事は進んでいった。

 無理矢理に馬車に乗せられ、運ばれた先はマラデニー王宮。本来ならその繊細で豪華な王宮に感動する処なのだろうが、今のライにそんな余裕は無い。凶器などを所持していないかの検査を終えると、次の指示を待て、ととある一室に通された。


「……はぁー」


 豪華な調度品の並ぶ部屋の隅に膝を抱え込むようにして座り込むライ。目の前にある上質な皮のソファーになんて座る気になれなかった。

 その奥のテーブルの上に、ルーザンの家で見た物と似たような時計がシャラリラリン、と動いている。


――こんな事になるなら、声なんか無視していれば良かったのかもしれない。


 無理やりに乗せられた馬車の中でも、何度もライはそう思っていた。

 ゴトゴトと揺れる馬車の小さな窓から見える景色は、物凄いスピードで背後に流れてゆく。


「……」


 まるで何処かへと搬送される気分だった。


「そんなに怯えなくてもいいわ。何も取って食うわけではあるまいし」

「は、はい……」


 向かい合うように座っていた女性兵士、エラが突如口を開く。淡々とした口調から、冷たい印象を受ける。

 

「ねえ。声って、どんな声?」

「声……ですか?」

「そうよ。他に無いでしょう?」

「あ……はい。……あの、大人びた女の人の声、です。なんか、ちょっと怖いような、なんというか……」


 ライは例の声を思いだしながら、一生懸命に伝えた。こんな答えで良かったのかな? と彼女の方に目をやるが、彼女は、そう、と一言返すだけだった。

 それ以上会話が続かなくなってしまい、また居心地の悪い沈黙が訪れる。

 ゴトゴト、ゴトゴトと車輪ががタイルを転がる一定の音が響いた。


 彼女も、窓枠に肘を置き流れてゆく町並みを見つめていた。

 きつく結んだ口。ややつり目だが、くっきりとした二重の瞳。細く整った眉から感じる、ただならぬ気品。

 歳はライの少し上くらいだろうか。今は無表情な彼女だが、口元を緩め微笑めば、まだ幼さを残しているだろう。

 ライのそんな視線に気づいたのか、エラは再び質問を投げかけて来る。


「どこ出身なの? その口調、王都じゃないわね。もう少し南のなまりが入ってる」

「あっ……え? う、生まれはパラマ。あ、でも育ったのはガザラです」


 しどろもどろの返事に、エラは、ふーん、返事をする。

 それ以降まただんまりな彼女に、ライは困りきってしまった。どこを見たらいいかわからず、膝の上で握っていた拳をみつめる。

 しばらくそうしていると、ふと視線を感じた。怯えるように顔を上げると、それが気に食わなかったのか、どこか不機嫌そうなエラは、窓枠に頬杖をついたまま目だけをこちらに向けてきていた。


「……な、なんでしょう」

「あなた。パラマって、あの離島のパラマ?」

「は、はい」

「王立パラマ研究所のある?」


 王立パラマ研究所、お父さんとお母さんの職場のことだ。

 ライはこくり、と頷いた。


「そう」


 エラはまた感情のない相槌をひとつ打つと、視線を窓の外へと戻した。

 二人を載せた馬車は無言のまま王宮へと到着し、今に至る。



「ルーザン、心配してるだろうな……」


 ガラスの嵌められた窓から見える空は既に夜になっている。

 ライは今自分が置かれている状況に溜息を付くしかなかった。


 自分がたった一人王都に逃げられた理由を知りたい――そう思っていた。

 その理由こそまさに“ライは選ばれし者だから”だったのだ。そして、この事をソウリャやリサは知っていた。きっとお父さんやお母さんが研究に関わっていたから知りえたのかもしれない。


 そうすれば、ソウリャがライをここに送り出す時、「光の民の希望だ」と言った事と辻褄が合う。


「……僕には抱えきれないよ、ソウリャ」


 優しいソウリャの顔が浮かぶ。

 そして同時にルーザンの言葉も思い出した。


 “せっかく繋げられた命だ。それをどう使えばいいのかを考える事だな”


――そう、ソウリャが何を置いてでも繋いでくれた僕の命。ソウリャは僕に全てを託したんだ。


 このままウジウジしていたら、ここに来た意味がなくなってしまう、とライは自分を奮い立たせる。

 そして自分に言い聞かせる様に声に出して言った。


「僕は……僕は王都に逃げてきたんじゃない。ソウリャの為に、リサの為に……ガザラの、光の民の為に、ここに、進んできたんだ! だ、だから怖くても逃げないぞ……! 僕はみんなの為に、頑張るんだ!」


 ふと、あの夜の光景が蘇る。実体化した影が、街を飲み込む地獄絵図。人が蒸発するという異常現象に、燃える家と消える街。恐怖に怯え、ソウリャの手に引かれ逃げ惑うしかできなかったあの夜。


――もし、僕にそれを阻止する力があったのなら……。


 過ぎた事は変えられない。

 だが、これからは変えられる。


 耳が痛いほどの静寂の中、ライは部屋のすみうずくまりなから、独り決心をした。




 静かな部屋に響く、トントンと控えめなノック。ライは、はい、と返事をして扉へと向かった。


「ライ殿、お休み中失礼いたします」

 

 扉の向こうに立っていたのは、燕尾服を着込んだ体格のいい執事だった。彼はライが落ち着きなく立っているのを見て、少し目を細める。


「そうご緊張なさらなくても、大丈夫でございますよ」

「あ、ありがとうございます」


 軽く頭を下げる執事につられ、ライも頭を下げる。その様子を執事は微笑ましく見ていた。


「早速ではありますが、儀式の準備が整いました。これから場所の移動をお願い致します」


 執事右手をスッと横に振る。こちらへどうぞ――口に出さずとも伝わってきた。


「………」


 ライまた軽く頭を下げ、廊下へと出た。長い長い廊下を、執事の半歩後ろをついて歩く。カツン、カツンと反響する足音が一人分しか無かったことに気づいたのは、随分経ってからの事だ。


「ライ殿。今から向かう先には、国王陛下、皇后陛下、王女様がいらっしゃいます。でも、決して心配なさらないでください。あの方々は先代勇者テナレディス様の血を継いでいらっしゃる。これから行われる勇者任命式の後もずっと、貴方様の心強い見方になって下さるでしょう」

「は……はぁ」

 

 国王陛下や皇后陛下と聞き、さらに緊張が高まる。そのせいもありろくな返事ができなかった。


「今、おいくつですか?」

「えっ? あ、じゅ、十二歳です」

「そうでございますか」


 突然何を聞かれるかと思いきや、年齢の話。きっと、ガチガチに固まっているライの緊張を解いてくれようとしたのだ。


「王女様も、お年が近い。もう少しで十五になられましてね。お年の割にはご立派でいらっしゃる」

「……ご立派?」

「ええ、それはもう。なんといっても美しい。見た目だけではありません。言葉も立ち振る舞いも、あの方はすべてが美しい。何か芯の強い美しさをまとっていらっしゃる。――私(ごと)きが、あのお方を語っていいのかも分からないほどでございます」


 最後にそう付け加えると、執事はまたスッと手を差し出した。


「こちらの部屋でございます」


 薄暗い小さな円形の部屋。その奥にあるのはこれまた大きな扉だ。執事はそろえた指先でその扉を指し、一礼してライの後ろへと下がった。


――この扉の奥に、きっと国王陛下が居る……。


 下級平民であるライが、マラデニー王国の国王陛下にお会いするなんて想像したことなんかなかった。当然の如く、これまでに経験した事の無いほどの緊張がライを襲う。

 さらにその背後に“第二の勇者として闇の民と戦わなければいけない”という未来が待っていると思うと、尚更である。


「……僕はソウリャ=サーメルの弟……」


 ライは不安に震えるで指先を強く握り、だから大丈夫、と何度もまじないの様に唱えた。




 キギギ……と重々しい音をたてて、その大きな扉は開き始めた。暗がりだった小さな円形の部屋に、扉の向こうから光が流れ込んでくる。

 ライは一瞬、そのまぶしさに目を瞑った。

 開いた扉の向から、空気が流れ込んで来るのが分かる。その先からザワザワとした人の声も一緒に流れてきた。


――僕はソウリャに託されたんだ。


 ライはゆっくりと瞳を開け、その先に広がる光景を見た。


「……っ!」


 スタジアムのように円をかいた傍観席。その席は人々で埋め尽くされ一つの生き物のように見えた。夜だと言うのに煌々と灯りが付いているのはマラデニー王国ならではの事。

 正面には豪華な台があり、そこには恰幅のいい男性一人と、美しく着飾った女性二人の姿が。彼らが、世界の中心マラデニー王国の王家の方々だろう事は直感で分かった。


「……大丈夫、僕は――」


 ライは再び自分にそう言い聞かせると、自分の足でしっかりと中央に向かって行った。

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