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導かれる仮定

「いきなり叫び出して……何なのかしら」

「コイツ、突然今現れなかったか?!」


 自分を囲む様に集まる人々から、さげすむような声が浴びせられた。どうやら自分はいつの間にか大勢の人が集まっている場所に来ていたらしい。


――これもまた、悪夢の続きなのか……?


 淡い期待にかけ、半ば原始的ではあるが自分の頬をつねってみる。


「……夢、じゃないね」


 そうとなれば可笑しい事ばかりである。ここは一体どこなのだろうか。さっきまでは細い裏道にいたはず……。

 そもそも、世界が剥がれ落ちるとは何だ? それが夢でないならば何なのだ?


 考えれば考えるほどおかしな事象ばかりで、ライの頭は混乱する一方であった。

 まずは落ち着こうと、今自分がどこにいるのかを確かめるべく、人混みの外にある建物に目をやった。


「あの三角の屋根……ここはあの広間か」


 見覚えのある屋根。その位置からして、ここが先ほど大通りを曲がる前に見た、人だかりができていた広間だと気づく。

 幻を見ながら走っていたうちに、ここまできてしまったのだろうか。

 さわさわ、と生ぬるい風がライの耳元を貫けていった。



「――ライ。聞こえるか」

「……!」


 ライがある程度の落ち着きを取り戻した時、またもや例の声が頭の中に響き渡る。


「呑まれるのか、逃げるのか。君に与えられた選択肢は二つではない」

「……っ」


 ライは必死になって声の持ち主を探す。


「君のその手は、この世界を変えられる」

「どこにいるんだ!?」


 だが、声の持ち主の姿は見当たらない。


「ど、どうしたの?」


 ライがキョロキョロと当たりを探していると、ふと背後に立つ女性から声をかけられた。ライはその人の腕を強く握り、問いただす。


「あの不思議な声は何なんですか!?」

「な、なによ急に……離してっ」


 女性は驚いた顔をして、ライに掴まれた腕を振りほどいた。今の一件でライを気味悪がった周りの人達は、ライから一歩距離を取るように下がる。

 そして、ライに鋭い視線を注ぎながら、ガヤガヤと話し始める。そんな中、誰かの言葉だけが鮮明に聞こえた。


「声なんて聞こえやしないのにね」


――……えっ……? 聞こえ、ない?


 ライは唖然として、その場に立ち尽くす。

 あんなにもはっきりと聴こえてくる声が、聞こえないとはどういう事か。例えどんなに煩い喧騒の中でも、あの声だけはつんざくように聞こえた。


――これは、僕の幻聴……?


「――ライ」


 ライが頭を抱えているうちに、また不思議な声が聞こえてきた。即座に辺りを伺うが、誰一人何か反応を示している者は居ない。

 しかし、幻聴と思い込むには、この声はあまりにもハッキリとしすぎている。


――もしかして、この声は僕だけに何かを伝えたいのかもしれない。


 この声は先程、ライ自身の生まれながらの使命を知りたくはないのか、と言った。そうだ、きっとその使命やら何やらが、ライだけがこの王都にきた理由に関係するに違いない。

 ライは、ドクドクと波打つ身体に力を入れ、声に対して叫んだ。


「君を信じよう!」


 周りの人が驚くのなんて気にしない。


――僕はこの王都で強くなると決めたんだ。


「右だ。そのまま右に進め。その先に、私へと通じる糸口がある」


 声に誘導されるまま、ライは右の方向へとゆっくり歩いていった。怖くないはずはない。でも、ソウリャの方がきっと怖い思いをしているはずだ。

 鬼気迫る表情のライに、周りの人は自然に道を開ける。

 その人混みが途切れた先には、本来ならライが一生目にしなかったであろう景色が広がっていた。


 真っ赤な軍服に身を包んだ青年が一寸の狂いもなく整列している異様な光景。彼ら左胸には太陽の紋章がキラリと光っていた。

 初めて見たライにすら、彼らが誰なのかすぐに分かる。


――王国軍……。


 その気迫に一瞬圧倒されたが、ライは勇気を振り絞って声を張った。


「僕の名前は、ライ=サーメルです。誰かに呼ばれて来ました」


 シン、と静まり返った広場。ヒュー、と風が建物の間を吹き抜ける音が聞こえた。


「不思議な声に、案内されて来ました」


 その静寂に耐えきれなくなったライは、再び声を上げた。だが、何の返答も無い。


――この後、僕はどうすればいいんだ?


 声に言われるがまま進んできたが、果たしてそれが何のために進んできたのかは分からないまま。少し浅はかだったな、とライは後悔する。

 すると、隊列を組んでいる男の人が一人、こちらに歩み寄ってきた。


「少年、ここは君のような子供が遊ぶ場所ではないんだ。もう夕暮れ時だし、お家に帰りなさい」


 彼はライの耳元で優しくそう言うと、背中をポンポンと二回叩いた。

 きっと、デタラメを言っている子供だと思ったのだろう。


「ち、違うんです! 本当に、本当に変な声が聞こえたんです」

「そうだね、うん」


 慌てて訂正を入れるも、彼は全く取り合ってくれない。それもそうだ。声を聞いた本人でさえ状況を把握出来ていないのに、それを他人に伝えられるわけが無い。


「あ、あの! 一体この集まりは何なんですか!? 僕が聞いた声の人と、関係があるんですか?」

「君はそんな事も知らないで騒いでいるのか? ……子供だからと言ってただ遊んでいるだけじゃだめだよ。都中にお触れが張り出されているだろう? “伝説の剣が目覚めた。我こそは勇者とおもう者集まれ”って。で、ここがその勇者かどうか見極める場所だよ」


 呆れたような顔をした彼だったが、ライにも分かりやすいよう丁寧に説明してくれた。


「……伝説の剣って、光の伝説の……? 勇者って、テナレディス様の次の勇者って事……?」


 ライは与えられた情報を整理しようと、言葉に出してゆく。

 その問に王国兵は、うんうん、とうなずいていた。


「そう、千年前に起きた全面戦争の神話のね」

「千年……」


――せん、ねん?


 そこまで言った時、ライは何かが繋がった気がした。

 千年というワード、どこかで聞き覚えがある。


 “ずっと待っていた。千年の間、君を待っていた”


 細い裏路地。人気の無いパン屋の前。高い建物の間の黄ばんだ空が、自分を見下ろしていた時。

 たしかに、そう、声は言った。


“そこに剣の声が聞こゆる少年現る。少年、名をテナレディズ”


 光の伝説の一節にあるこのフレーズ。


――まさか。


 ライは、これ以上踏み込んではいけない、と後ずさった。

 もし、この仮定が正しければ大変な事になる。この声が本当に伝説通りの“剣の声”ならば、僕は勇者としてあの闇の民と戦い、世界を救わなくちゃならない。


――僕が……世界を救う? そんな事出来るはずがない。


「無理だ、無理だ……。これが使命だって……? そんなの僕は知らない! 僕はガザラすら守れなかったんだ! それなのに勇者になんてなれるはずがない!」


 突然襲いかかった恐怖に、ライは泣き叫ぶ。それには王国兵も驚きを隠せない。

 彼があたふたしていると、その背後からまた別の王国兵がやってきた。


「何を騒いでいるの、クニック」

「エ、エラ様。それが……不思議な声が聞こえると騒ぐ少年に、この場の説明をしたら、突然泣き出してしまって……」


 あとから来た王国兵――綺麗な茶色の長い髪をひとつに束ねた女性兵士は、ライをじっと見つめる。


「……不思議な声ってまさか」

「どうかなさいました?」

「クニック、確かめるわ。至急彼を馬車に」

「……? は、はいっ!」


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