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王都

「なにこれ、凄い」


 ライは息を飲んだ。


 目の前に広がるのは完全にシンメトリーな庭園だった。

 等間隔に並ぶ白い柱に白い花壇。まるで絵画のように咲き誇る薔薇……。ぴろろろろ、ぴろろろろ、と優雅な鳥のさえずりが何処からともなく聴こえてくる。

 まるでおとぎ話の楽園に迷い込んでしまったかのようだった。


 たった一つの関所を潜っただけで、これほどまでに風景が変わってしまうのか。


「……」


 吸い込まれそうなほど青く高い空を見上げ、ライは新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。


「……これが王都か。すごいや」


 それが素直な感想だった。


 どれだけ見ていても飽きないほどの素晴らしい庭園だったが、いつまでもこうしている訳にはいかない。

 ライはこの王都に遊びに来た訳では無いのだ。

 見渡す限りに広がるこの庭園だが、中央には舗装された幅の広い道がある。この道を進んでゆけば出口にたどり着く事は明白だった。

 

「……それにしても、静かだなぁ」


 所々に置かれている、純白な石像の周りを遊ぶように飛ぶ蝶の羽音さえ、聞こえてしまいそうなほどだ。

 ライは、どこか歴史に取り残された宮廷のようなその場所を、ゆっくりと進む。


 薔薇のアーチをいくつも潜った先に、不思議に立つ建物を見つけた。

 先程ガザラ側で潜った凱旋門のような建物が、ポツンと佇んでいたのだ。

 これを潜ればまた不思議な世界に連れていかれてしまうのではないか? という不安がライを襲った。

 だが今まで沿って歩いてきた道は、堂々とその中へと続いる。


「よし、くぐろう」


 ライは自分を勇気づけるかのように独り言をいうと、大きく腕を振ってその門に向かい歩き出した。


 大きな門の下は影になっていて、明らかに日向よりも気温が低い。スウ、とライの足元を吹き抜ける風が木枯らしのように冷えていた。


 ライは何故が後ろを振り向いてはいけないような気がして、必死に前だけを見て歩く。

 すると、その門の出口側に霞むような人影が見えた。

 ユラユラと陽炎のように揺れる影にライは目を凝らす。その影はこちらに向かって手を振り続けているようだった。


『向こうに渡ったら、ルーザンという人のお世話になりなさい』


 不意に今朝のソウリャの言葉が蘇る。

 きっと彼が、ソウリャの言っていたルーザンだろう。


 やっと誰かとともに行動ができる、と思った瞬間、今まで抑え込んていた恐怖が、ライに襲いかかった。

 背後から得体の知れない何かが追って来ているような気がする。それから必死に逃げる様に、ライは走り出した。


「ル、ルーザン!」


 必死に彼の名前を呼ぶ。

 すると、グッと右腕に強い力がかかり、引っ張りあげられるような感覚が加えられた。


「――っ」


 その瞬間、ギュッと抱きしめられる。


「……?」


 久しく感じた人の温もりに、ライはゆっくりと顔を上げ、その人物を捉える。

 ライを抱きしめていたのは、優しい表情をした隻眼の男だった。


「ル……ルーザン、さん?」


 大きな背丈に屈強な筋肉。ざんばらに切られた肩ほどの髪に、やや清潔感の無い顎鬚あごひげ。年としては三十半ばだろうか。どこか剣士を思わせる雰囲気を漂わせていた。


「ルーザンでいい。久しぶりだな、ライ」


 見た目に寄らず思いの外優しい声に戸惑いながら、ライは応える。


「……お久しぶり、です?」


 お久しぶり、と言うことは以前どこかであったことがあるのだろうか。

 必死に思い出そうとするが、該当する記憶が出てこない。

 そんな混乱の表情に気づいたのか、彼は少し笑って言った。


「アハハ、ライは覚えてなくて当然だな。俺達が面識があったのはお前が研究所で暮らしていた時の事だからな」


 そういわれて、ああ、と納得する。

 たしかソウリャも、ルーザンの事を研究所の両親の知り合いだと言っていた気がする。

 実際、ライは二歳まで研究所に住んでいたのだから、どこかで会っていてもおかしくはない。


「お、お久しぶりです!」


 ライは慌てて体を離し、いきおいよく頭を下げる。昔からソウリャには礼儀正しくすることを口煩く言われているからだ。

 その様子を見てルーザンは笑いを堪えている。


「……ククッ。大きくなったなぁ、ライ。……コホン。俺はルーザン=アクタール。以前は伝説学の現地派遣要員として世界中を巡っていた者だ。その際に研究所でメルデン=サーメル殿やイア=サーメル殿にはお世話になった。まあ、訳あって今はこの王都にこもっている事が多いがな」


 ルーザンは簡単に自分の経歴を説明した。

 メルデン=サーメル、イア=サーメルと、やはり父と母の名前が出てきた。少し懐かしくなり、ライは尋ねる。


「お父さんや、お母さんとは仲が良かったんですか?」


 するとルーザンは驚いたような表情をした。


「……?」


 その意味がわからず首をかしげると、彼は早口で問い詰めてくる。


「……ライ、お前はどこまで話を聞いている?」


 少し焦っているその様子が不信感をあおる。


 どこまでも何もない。ライは何も告げられていないし、告げられるべきものの有無さえしらない。

 ライは少し腹立たしくなり、質問を質問で返した。






「……みんな、僕の知らない何を知っているの?」








 ルーザンの眉間に皺がよる。そして執拗にライの顔を見つめてきた。

 その顔にやや怖気付いたが、ライは両手をギュッと握り、彼の顔を睨み返す。


 昨日、ソウリャに会ってからずっと思っていたことがあった。ソウリャも、リサも。ムゼも、ルーザンも……。

 何かを必死にライに隠していて、それを告げるべきか否かを必死に悩んでいるように見えた。


――きっと彼等は、僕が知らない何かを知っている。



 ライはそれが知りたかった。いや、むしろ“知らない事が怖かった”のだ。


「………色々と難しい事だ」


 ルーザンも色々と考えた挙句、隠すことを選んだようだ。

 彼は眉を下げ、曖昧な返事を返す。


「どうして教えてくれないの?」


 彼を困らせてしまうのを承知でライは聞いた。

 自分に関係する事なのに、その本人が知らないのはおかしいと思う。


「ねぇ、僕が知ったら……いけないことなの?」


 会って早々ひどい態度だとはわかっている。これから面倒を見てもらう立場なのだから、お利口さんにしなければ行けないこともきちんと弁えている。


 が、しかし、だ。聞かずにはいられない。


 自分の知らない事実が、自分にある事を知らないのはどうも納得がいかなかつた。


 余りにもライが問いただしたからか、彼は観念したように話し出す。


「お前はもう大きい。今のこの状況で隠しきれない部分も生じるだろう。だが、申し訳ない。私はあくまでも脇役に過ぎない。私自身の判断で、真実を告げることは許されない」


 これもまた、事実なのだろう。


 自分自身の事を隠されることは納得がいかないが、真実を聞かずに済むことに少し安堵する自分も居た。


「……いきなり、すみませんでした」


 納得したライは深々と頭を下げる。


「いや、お前はなにも悪くない。すべて悪いのは身勝手な大人達だ。――さぁ、これからは安心しろ。少しは俺の家でゆっくりするといい」


 そういうとルーザンは踵を返して歩き出す。

 慌ててその後ろを追おうとした瞬間、彼がいきなり歩みを止めた。

 何かを思いついたかのように、手をぱちん! と叩く。


「それで、だ。ライ。これからは、俺がお前の家族だ。父とでも兄とでも思ってくれて構わない。仲良くやろうじゃないか」


 白い歯をにっとむき出しにしてみせるルーザン。

 彼がガザラでの出来事をどこまで知っているのかは分からなかったが、新たな居場所を与えられ、ライの心を充分満たしたのに変わりはなかった。


「……はい! よろしくお願いします」


 前を歩くルーザンの後ろをライは、はぐれない様について行った。

 彼の背後には、美しい庭園も壮大な凱旋門もなく、只の一面の大きな壁であったことにも気づかないままで。






「――っ!」

「どうした、ライ。ふふふ、驚きの余り言葉もでないか?」


 絶句するライをルーザンは面白おかしく笑う。それに反論したくも、できないライであった。

 しかし仕方あるまい。ライはガザラで育ったのだ。この王都の街並みに恐れないはずが無い。


 見上げるような高さの建物。ガザラの町はせいぜい二階建てがいい所だった。だが、王都は二階どころの話ではない。


「い、いち、にぃ、さん……しぃ、ご……。ご、五階!」


 ライは震える指でその階数をひとつひとつ数える。

 まるで倒れてくるのではないかと思うほどの高さだった。

 見上げるだけで眩暈がしそくな建物は、一つや二つでとどまらない。


 大きな道を挟むようにして見える限り永遠と続いていた。

 さらに道は四つに分けられていて、中央の二つは馬車専用なのだろうか、豪華な馬車が列を作っていた。

 道は全体にタイルが貼られていて、躓くことは無い。

 所々に灯りが建てられていて、夜でも光を与え続けるようになっているようだ。


「そんなにキョロキョロしていたら、田舎者がバレバレだぞ」


 呆れたようにいうルーザン。

 既にこの言葉も何度目かわからない。


「だって、ルーザン……。すごい、まるで魔法の世界に来たみたい」


 すれ違う人々も質の良さそうな服を身にまとい、足早に歩いてゆく。


「まぁ、ここは王都だからな。ここがこの世界の中心……全ての科学、魔術の力が結集しているのさ。ほら、見てみな。この道を真っ直ぐ歩いていくと王宮だ。かの伝説の勇者の御子孫がお住まいになる、ね」


 彼が指さす先を見ると、遥か彼方に王宮がかすんで見えた。


「……なんか不思議だ」


 ライは目まぐるしく変わってゆく環境にただ茫然とするばかりだった。


 昨日までは貧しい港町で平和に暮らしていた少年が、あんな悲惨な事件に巻き込まれ、今や世界の中心の地に立っている。

 ここまで自分を無視して事が運ぶのは初めてだった。


 ふと視線をあげると、ルーザンと目が合う。


「安心していい。今までいろいろあったと思うけど、これからは平和に暮らせる。さあ、こっちだ」


 そういうと、彼は大通りから外れた脇道へと入っていった。







 扉を開けると、埃っぽい臭いが漂っきた。


「悪いな、散らかってるが適当に座ってくれ」


 大通りから数分歩いた場所に、ルーザンの家はあった。

 彼は家に入るなり、羽織を洋服掛けにひっかけ、机の上を片付け始める。


「……散らかしすぎじゃ……」


 その様子を見て、ライは本人に聴こえないようにボソリと零した。

 適当に座る、なんて事も出来ないくらいの散らかりようだったのだ。

 主にこの家を散らかしている原因は本。

 けして小さな家とは言えない広さだが、何を言おう床が見えない。置ける場所という場所全てに、乱雑に本が放置されているのだ。


 まさに、文字通り「本に埋もれた」部屋を呆然と見つめる。


「適当に腰を下ろしていいぞ」


 テキパキと本を移動する彼は、ライの事も見ない。


「い、いや……。座るってどこに」

「そことか、そことか」


 彼が指さしたのは、微かに見えた本の隙間。

 いや、それただの溝だから! とライは珍しく内心ノリツッコミをした。


 あまりの量の多さにライはいても立ってもいられず、片付けに参戦する。


「ルーザン、この本適当に向こうの棚に入れておきますよ」


 何かの学書なのだろうか。随分と分厚い本を手に取る。


「ん? あ、あぁ……あ!? さ、触るな! 今すぐ元の場所へ戻せ」

「えっ……!」


 ルーザンがいきなり大声を上げる。慌てて元の場所へ戻そうとすると……。


「わぁっ」


 足元に丁寧に積み上げられていた、ブックタワーに躓いてしまった。


「……お願いだから余計なことはしないでくれ。訳わからなくなる」

「ごめんなさい」


 はぁ、と深くため息を付いたルーザンは、崩れた本を積みなおす。

 うんざりした様子のルーザンを見て、ライはようやく見えてきたソファの上で膝を抱えることにした。


「……この本、全部読むんですか?」


 ルーザンがいくら手を動かしても一向に綺麗になる気配のない部屋。それも当たり前だ。この散らばっている本たちは、見るからにこの部屋の収納力を越している。


「もちろんさ。私は伝説学の学者だから、いろいろと資料を読むんだ。おっと、勝手に開かないでくれよ? 中には研究所時代の極秘文書が入ってるものもあるから」


 ルーザンはウインクをライに飛ばす。

 例えそれが冗談だったとしてと、極秘文書という言葉にライはドキリと胸が弾むのが分かった。彼とて未だ十二歳。そういった言葉は胸を掻き立てる。

 それを感じ取ってか、ルーザンは釘を刺す用に言った。


「おふざけで済まないことも有るからな。そこに座っていてくれ」

「は、はい」


 大通りから一本裏道に入ったこの家には、落ち着いた時間が流れていた。

 徐々に片付けられていく部屋で、ライはたくさんの発見をする。

 「チクタク」ではなく「シャラリン……シャラリン……」と時を刻む振り子が宙で回っている時計。何かを焼くのだろうか、台所には四角い箱型のツマミのある機械。

 ガザラでは見たことの無い機械が至る所に置いてある。


「お前が来るって言うから、少しづつ片付けをしていたはずなんだがねぇ」


 ルーザンは辺りをキョロキョロ見回すライに言い訳するようにブツブツと独り言をこぼしていた。





「待たせたな。まあこれでとりあえずは過ごせるようになっただろ」


 彼がそう言ったのは、すでに外が暗くなってからの事である。


「床が見えましたね」

「そーゆーことは言わない」


 部屋が本でごった返しているのにかわりはないが、まあとりあえず生活ができるレベルにはなった気がする。


「……痛っ」


 ひとりうなづいていると、軽く頭を小突かれた。


「何か失礼な事考えてだだろ、今」

「えっ、い、いや…」

「余計なこと考えてるんじゃないぞ」


 にしし、と歯を見せて笑う彼は、そのままの足で壁にかけてあった羽織を手に取る。


「どこかに行くんですか?」

「ん? あぁ、夕飯要らない奴は行かなくてもいいぞ?」


 ルーザンはなれた手つきでマントの襟紐を結びながら、ライを揶揄う。


「……?」


 最初は何を言われているのか分からず首を傾げるライ。そのライの表情をみてルーザンはさらに悪戯な顔をする。


「あっ! 夜ご飯を食べに行くんですね! い、行きます行きますっ」


 やっと言葉を理解したライは急いでマントを手に取る。


「少しデカくないか? そのマント」


 彼はライのマントを上から下まで見ると、確かめるように言った。

 もともとこのマントは自身のものではなく、リサがおばあちゃんにプレゼントされたもの。やや小柄な体型のライにはまだ大きい。


「少し動きにくいです」


 ライは確かめる様に数歩すうほ歩き、マントの裾を両手で摘みルーザンに見せた。

 すると彼は、顎に手をやりうーんとうなってから一言。


「その格好、ドレスを着た姫君だな」

「なっ!? えぇ?」


 ハハハ、と笑う彼に言われ、ライは慌てて手を離す。


「いや、失礼失礼。でも本当だ。ドレスでも着て社交界に出た日には脚光を浴びれるぞ」

「……ルーザンまで僕を女々しいというのですか?」

「いや、見た目だよ見た目」

「それも嫌!」


 腰に大きな剣を刺しつつ、彼はいかにも面白そうに笑う。その後もライはずっとそれをネタにされながら、夜の王都へと紛れて行った。 




「ルーザン! ルーザン!」

「少しは落ち着きなよ……」


 王都の夜は、素晴らしかった。至る所に紫の光が煌めき、行き交う人々を照らしている。


「すごいね、この光。まるで昼間みたい!」


 夜だというのに、煌々と輝く街に驚きを隠せないライ。

 興奮が納まらないライを横目に、ルーザンは声を上げて笑う。


「アッハッハッハ! なんたってここは光の民のシンボルだからな。光ってて当たり前だろう?」

「し、知ってる……」


 田舎者めが、と言われ、ライは少しムッとしながらつよがりを言う。

 ツンと尖らせた口がルーザンには可愛く写ったのか、ライは頭に手を載せられ、撫でられる。


「あはは、そう怒るな。……魔光石まこうせきって聞いた事はないかい?」

「まこう、せき?」


 王都では知らない物ばかりである。それが何かを聞くようにライは首を傾げた。


「うん、そう。魔光石。魔力を閉じ込めた光る石って意味なんだけどさ。この王都ではそれを量産しているんだ。魔力の光は普通の炎と違って、紫色をしていね。だから、ほら。見てごらん。この街の街頭はみんな紫なんだよ」


 そう説明され、へぇ、と感心する。

 どおりで、普通の灯篭とは違って見えた訳だ。


「あ…」


 そして、ある事に気づく。


――星がない。


 夜だというのに、空には星が登っていなかった。ただ、薄暗い灰色が一面を覆っていた。


「上ばかり見ていると足を取られるぞ。手を繋ぎますか? 姫君」


 食入るように空を見上げてると、無駄にいい声と共に、スッと手を差し伸べられる。


「ルーザン、結構意地悪ですね」

「男はこのくらいじゃあなきゃな」

「……」


 ライは差し出された手を、ぱちん、と叩いてやった。


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