異世界扉の創設者
俺はニートだ。
夢も希望もなくただひたすら自分の部屋で、自分の世界に浸り二次元の世界に没頭する毎日。ただ無意味。
俺も今年で28になるが、高校卒業以来ロクな仕事も見つからずに今の有様だ。親からは良い目では見られないし、ご飯作ってもらえてるのが奇跡なくらいひどい家庭内環境だ。
まぁ幸いだったのは、俺の父親が大会社の社長だってことかな。金に困ることは無いし、仕事仕事で家族のことなんか気にも留めないような奴だからそういう意味では楽してる。
だから俺は気兼ねなく自分の部屋に籠りネットの世界で生きているのだ。ここは居心地がいい。誰もが受け入れてくれる素晴らしき場所だ。
匿名性もあって表の自分を隠して好き勝手やれる。人間だれしもこういう場所は必要だと俺は思う。裏表の無い人間なんていないと言ってもいいからだ。
そんな人間は俗に聖人君子と呼ばれるものしかいない。つまりはいないと言うことで相違ない。
そして俺はこの世界に浸るのが好きだ。現実を忘れられるからな。誰もが俺を受け入れてくれて、誰もが自分を尊重している。そんな世界素晴らしいじゃないか。
ただ仲間と集まって下らないことを話し、共通の趣味に没頭する。ネットゲームなんかやれば協力プレイも出来てより繋がりを感じられて嬉しい。
これは現実ではありえない話だからな。学校でも職場でも人間関係を上手く築けなかった俺は、当然のように孤立していた。でもそれでよかったとも言える。
見苦しい慣れ合いは嫌いだ。俺が言えたことではないが、上っ面な態度で空寒いことを言い合う仲などみっともないったらありゃしない。
それが現実で無いのならばまぁいいのだ。ネットの世界では基本的に上辺だけの関係でしかないということは理解している。嘘ばかりを吐いている人間がいるのだって知っている。
事実、俺だって昔は面白半分でネカマをしていた時期だってある。だからそういう人間がいても仕方ない。結局はそれを確かめる術が無いのだから。
基本的にネットの人間を信用するなとは思うのだが、それでもやはり心を開いてくれる人はいる。それだけで俺はいい。顔を合わせなくて済む分気が楽なのだ。
声ではなく文字を使うため、普段では出来ないようなノリだってできるし、楽しいのだ。
だから俺はパソコンを弄りネット世界に浸れる時間は好きだ。だけど、必ずこの場を離れなければいけない時が来てしまうのだ。
それが俺は嫌で仕方ない。何故現実の体に縛られてトイレへ行き、ご飯を食べなければいけないのだと思う。ネットゲームならそんな事をしなくて済むし、なにより体が軽いではないか。
俺の体重はあと少しで100キロの大台を超える。常々この体の重みには悩まされているが、運動するのは嫌いだ。運動神経も悪ければ顔だって格好良くない。
こんな人生最悪だ。
これならばいっそ、あの有名なアニメのように異世界とかに転生できたらいいんだけどなーとか思ってしまうのも無理もない。
「死んでみれば、異世界に転生出来るかな……?」
そんな物騒なことを考えてしまうくらいには俺はこの現実が嫌で嫌で仕方が無い。どうせ死ぬのならば、異世界にでも転生して巨乳エルフと戯れたい……。
「ならばその願い叶えてみせよう!!」
すると後ろから男の声が聞こえた。
「ぬぉわあっ!?……い、いてててて」
その声にびっくりして大きな音を立てて椅子から転げ落ちてしまう。ずしんという部屋が揺れるような音、自分の体にかかる重量がいかにすごいかを改めて思い知らされた。
激しく打ちつけた体を押さえながら、俺は声が聞こえた方へ顔を上げた。
そこにいたのは、どこにでもいそうな平凡な少年だった。いや、よくみると顔こそ幼いが、美形だ。まるで二次元からそのまま飛び出してきたかのようなそんな感じだ。
くそっ現実にこんな美形がいてたまるかっての!
格好は普通だった。その顔に似つかわしくない白衣を着ており、いかにも科学者です!という主張押し付けがましい格好をしていた。
「だ、誰だ……おまえっ……ど、どどどうやって人の部屋に……は、入ったんだ……っ」
久方ぶりに声を発したため、上手く喋れずどもってしまう。すると男は愉快そうに笑い両手を広げた。
「いや~私は貴方のその願いを叶えに来ただけですよ。異世界に行きたいんでしょ?」
悪徳セールスマン顔負けの厭らしい笑顔と声だ。
「って、ままま待って。い、異世界に……行けるの……?」
何を馬鹿なとは思うのだが、今まで会ってきた中で、こんな突拍子もないことを言ってきたのはこの男が初めてだ。
「えぇ!行けますとも行けますとも~」
ほ、本当に言っているのだろうか……もしかしてついに幻覚を見始めているのかもしれない。いやそれはないか。だって体痛いもん。
「は、はっ!行けるもんならいますぐにでも連れてってくれってんだっ!」
見栄を張るためにもそう言い放ったのがよかったのか、さっきよりもスムーズに話せている。
「えぇ。そうですか。いいですよ?いますぐにでもお連れしましょう」
冗談だとは思っていたが、その男の発言に嘘はないように見えた。何よりどこからともなくアタッシュケースを取り出し、それを開いたと思ったら、今度は部屋の天井につくんじゃないかというくらいの大きな扉を取り出したのだ。
「あ、なっ……えっ!?……」
今目の前で繰り広げられた現実味のない光景に、戸惑いを隠せない。そしてその扉は、とても重厚だった。青銅で出来ていそうなその扉は、見たこともない言語で何か書いており、取っ手は輪っかのやつだった。
「そう驚きなさんな。これは貴方が求めていた異世界への扉ですよ~?」
俺の驚いている顔を見てはとても嬉しそうに笑っている男。
「い、異世界への扉だって……?そんなば、ばかな話信じられるかっ……」
「いえいえ。これは事実です。本物ですよ?開けてみます?」
そう言って俺に背を向け両手で取っ手を掴み開ける男。重厚な扉はゆっくりと、しかし確実に開いていく。それとあわせて、開け放たれた部分から陽光が差し込んでいる。
やがて全部開けられ、男がこちらを見てニヤリと笑った。だけど今の俺にとってはそんな事はどうでもよかった。
風が吹き込む。光が差し込む。そこから見えるはのどかな風景。およそ現実味など無い世界が広がっていたのだ。
「こ、これは……」
「異世界ですよ。貴方が夢に見た」
「なっ……本当に異世界だっていうのか……」
どこからどうみても日本ではない。というか扉を開けたら別の風景が広がっていたと言うことがまず現実ではありえない。
「異世界ですって~ここを通れば分かりますよ?」
そう手を向け促す男。俺はそれを訝しんだが、訝しんだところでだ。通ってみた方がいいに決まってる気がする。だから俺は恐る恐る一歩を踏み出し、その扉をくぐった。
暖かい。現実の汚い世界とは違い空気も澄んでいてとても和やかな気分になれる。
辺りを見回すと、まるで童話のような三角屋根の家がぽつぽつと建っており、風車がからからと回っている。
俺はどうもその街道に立っており、右を見れば家々が、左を見れば畑や草原が広がっていた。
そしてそこで俺はある違和感に気付いた。
「か、体が軽い……?」
そう。100キロを越しそうだった俺の体は、今見るとすっきりスリムボディになっているのである。普段感じていた重量もまったく感じず、まる出自分の体で無いようなそんな感覚だった。
「どうです?初めての異世界は。中々素晴らしいものでしょう?」
そこで男も扉をくぐってきてそう俺に微笑みかけた。俺はまず何から聞いていいのか分からず、しどろもどろしていた。
それを見た男は愉快そうに笑い、「立ち話もなんですので、あの家にでも行きましょうか」と言った。
よくわからんがそれについていくことにした。
男の見た目は先ほどと変わらなかった。歩きながら自分の体の軽さを実感しながら何故?という疑問が尽きなかった。
そうしてほどなく三角屋根の家の前に着いた。大きさは一軒家の3階建てに相当するだろうか。
男はその家の扉をコンコンと叩き、相手が出てくるまでの間辺りを見回し、俺と目があっては微笑みかけてきた。
「はい。どなたさま……って、いらっしゃい。入ってどうぞ」
扉を開けて出てきた人は女性だった。白衣の男の顔を見るやすんなり通してくれたところをみると、どうやら知り合いらしい。
というかそれより、何と中から出てきたのは美少女であったのだ。そ、それも耳が尖っていた。こ、これはもしやっ!
「あ、あなたはもしかしてエルフなのですかっ!!」
と、叫んでいた。玄関をくぐっていた男はこちらを見て驚きの表情を、家の中にまで入っていたエルフの人はどこか苦笑を洩らしていた。
「もしかしなくても私はエルフよ。そんなあなたはもしかして外界人?」
エルフの女性は挑発するかのように問いかけた後に、くすくすと笑った。
か、かわいい……天使すぎるっ!!今まで生きててよかった!!今なら心おきなく死ねます!!ありがとう神様!!
「感謝を言うなら私に言ったらどうです?というか死んでしまってはこのエルフの方とお話しできませんよ?」
「はっ!そ、それは困ります」
「どうぞお入りください」
そう再度催促されたため、断る理由も当然ないし寧ろバッチこいですと言った感じで俺は玄関をくぐった。
「ちょっと待ってて下さい。今お茶用意しますので」
そうとことこと台所らしき所へ走って行き、棚を開けてパックを取り出した。随分現実世界と変わらないことをしているもんだと思ってしまった。
白衣の男が円卓に座ったため、俺もそれに倣って適当な距離を開けて座った。そうして辺りを見回してみた。
全体的に木で出来ている。明かりはランプで照らされているが、その明りは非常に明るくそして暖かい。
円卓も木で出来ており、まるで年を積み重ねた切り株が如き大きさであった。インテリアはどれもかれもがお洒落で、小物ばかりが置いてあった。
蝋燭にアロマに……あれは竪琴か!実にエルフらしい!
そして肝心要のエルフだ。その格好は非常に露出が高く、いつも同人誌ばかりで見ていた俺にとってはとても刺激が強かった。
髪は長く金髪。耳は尖ってはいるが、その顔はとてもかわいらしかった。胸と脚の露出が激しく、身にまとっているものはぺらっぺらの布だ。それで一体何を隠そうと言うのだ。
「どうだい?此処が異世界と言う実感は湧いたんじゃないかい?」
男は白衣を脱がずに笑顔だけをこちらに向けた。それと同時、エルフのお姉さんが陶器のカップに入れた紅茶を出してくれた。
俺はそれをお礼を言いながら一口口に含んだ。
「まぁそうですね……ここはどう見ても俺が思い描いていた、二次元でも描かれた異世界ですね」
認めざるを得ない。しかし一体どうやって?
「まず自己紹介をしようかね」
そう言って男は一度カップを手に取り紅茶を含んだ。今まで紅茶なんてろくに呑んだこと無いが、この紅茶は世界一と言ってもいいだろう。
「私は23世紀から来たアンドロイドだ」
そうか。あなたは23世紀から来たアンドロイドだったのか。
「てっ……えっ!?」
思わず立ち上がるが、円卓に足をぶつけて泣く泣く座る。そこで一度冷静になり、男へ向き直った。
「ちょ、それどういう意味ですか?」
「どういう意味も何もそのままの意味さ。私は君達の世界から約300年後の世界から来たんだよ」
男の顔は笑ってはいるが、どうも真面目に言っているようだ。
「順を追って説明してくれますか?」
もう知らん。それが一番手っ取り早い。
「ふふっ。まぁそんな簡単には受け入れられないよね。分かった。説明してあげよう」
そう言ってもう一度紅茶を含んだ。俺も覚悟を決めるために同じように飲んだ。
「まず私のオリジナルは、異世界へ行くための扉を開発した」
「ちょっと待ってください。最初っからわけがわかりません」
坦々とした説明に俺は思わず制止を掛ける。男は不思議そうな顔でこちらを見ては呆れたような表情をした。
「貴方が順に説明しろと……そういうスタイルで行きます?」
「まずオリジナルってところを」
「オリジナルと言うのはそれ以上の意味を含みません。例えばですが、貴方を元にアンドロイドを作ったとしたら、オリジナルは貴方と言うことになります」
「はぁ……分かった様な分からないような」
「つまりは私はただのアンドロイドで、一個人を築いているようで実はオリジナルと言うものが、ベースとなる人間がいると言う訳です」
なるほど、わからん。
「まぁそれはいいや。それで?異世界の扉を作ったと言いましたが、それは一体どうやって」
そこで男は紅茶を呑み干したのか、エルフの女性へお代りを要求した。エルフの女性はとてもかわいらしい声で返事をし、カップを取り台所へ向かって行った。
「異世界というものは、つまりは時空間が違うということだろう?だからその時空間をむりやり繋げてしまえばいいと言うだけの話さ」
「い、いやそれは暴論もいいとこではないでしょうか」
気付けば俺はすんなりはなせている。それもこれも見た目がスリムになったからであるからか。いや、エルフの御蔭にしておこう。
「いや。案外そうでもない。言ってしまえばどこ○も○アだ。そう難しいことではない」
「どこ○も○アって……難しいことだと思うんですけど……すくなくとも俺の時代では実現不可能と言われてます」
当たり前だ。あんなファンタジーなもの実現なんかできてたまるか。
「それは貴方の時代ではそうでしょうが、我々の時代では実現可能です。というか、22世紀の時点で可能とされているのですから可能でしょう」
可能がゲシュタルト崩壊してきた。
「この程度でゲシュタルト崩壊なんかしませんよ。まぁ私はある時異世界へ繋がる扉を作ってしまったのです」
「そこ。そこです!そこをちゃんと説明してください!!」
「異世界は異次元です。時空間が違うため、通常現実世界からそこへ繋げることは不可能とされてきました。では一体逆にどこを直せば可能となるのでしょう?」
そう投げかけられた。知るかんなもん。
「……時間を繋げ、空間を飛ぶ。それだけでいいんです」
「それだけ、って簡単に言ってますが、難しいことでしょう」
「確かに難しかった。だけど出来てしまった。時間を繋げることはタイムマシンが作られた22世紀ならばそう難しいことではない」
「え?タイムマシン出来たんですか?」
すごいさらっと言ってのけたな。
「あぁ。だから言っただろう。23世紀から来たってことは、タイムマシンもできたってことだろう?」
そ、それもそうか。
「タイムマシンに関する理論は貴方の時代より昔からあった。その度に実現不可能だと言われ続けましたが、ヒッグス粒子はご存じで?」
ご存じで無いです。
「そうですか……簡単に言えば、ヒッグス粒子とは、物に対して質量を与える粒子なんですよ」
「質量を与える粒子……?」
「えぇ。寧ろ我々はそのヒッグス粒子があるからここに存在することが出来ているんです」
何か難しい話だな。そんな事いきなり言われてもわけがわからんぞ。
「まぁそうでしょうね。とは言え、これだって随分昔から言われており、2012年にはこれの観測に成功しています」
「2012年!?つい2年前じゃないか!!」
そこで男は不思議そうな顔をした後に笑った。
「そうですね。貴方の時代からは2年前でしたね。そうです。その時代に観測がなされました。そうですね……例えば、力士と子供、貴方が押してみて動くのはどちらでしょう?」
力士と子供……?力士並みの体型はしているが、あいつらを動かせる自信は全くない。
「子供だな。普通に考えて」
「でしょうね。ですが、そこの違いは何だと思います?」
「違いって、どう考えても重さだろ」
そこで男は微笑み指をこちらへ差した。
「そうです。重さです。ではその重さは何処から来るものでしょう?」
「重力じゃないのか?」
常識的に。
「……失礼。私としたことが間違えました」
そこで大げさに頭を振る。間違いとな?
「重さが関係しているのは重力です。それに間違いはありません。ですが厳密には、質量というものが問題になってくるのです」
質量。質量ね~。
「例えば、貴方の元々の体重は100キロですよね?そんな貴方が、もし月へ行って体重を図ったとしたら、どうです?」
「体重が減りますね。100の6分の1だから……16.666……って続いていきますね」
「正確には違いますね。別にそれは貴方に掛る重力と言う者が変わったから体重に変化が起きたのであって、貴方自身が痩せたと言う訳ではありませんよね?第一100キロから16キロだなんて現実的にあり得ませんからね」
そこで男は脚を組みかえる動作をした。
「まぁそんな事で痩せられたら苦労はしないな。だけど何が違うんだ?」
「重さと質量は違うと言うことですよ。重さは謂わば重力。つまり、100キロから16キロへの変化と言うのは、外的要因による変化でしかないのです」
とか言われても分からんな。
「質量とは、その物体そのものの重さです。貴方で言う100キロがこれに値します。こればっかしはいかな重力下でも変化しません」
ほう。重さは変わるが中身の容量は変わらないと言うことか?
「そうです。おかしな話ではありますがそうなのです。そして、その物体に質量を与えているのが、ヒッグス粒子と呼ばれる素粒子です」
今度は指を組み肘を円卓へ置いた。
「このヒッグス粒子があるから、私たちはこうやって人体と言うものを保っていられるというわけです」
ん?何でそうなったんだ?
「ヒッグス粒子と言うのは、元々宇宙に存在していました。宇宙で活発的に動いていたヒッグス粒子は、冷やされてその動きを止めました。動きを止めたからこそ、それが邪魔になって我々の人体を構成している原子が分裂せずに済むのです」
これまた坦々と述べられる説明に俺の頭は暴発寸前だ。
「……そうですね。例えば、ボールでいっぱいに満たされた部屋の中を歩いたとします。どうなりますか?」
質問がざっぱもいいとこじゃないだろうか。
「ボールが邪魔もいいとこだな」
「そうです。通常歩く時と比べればだいぶスピードが落ちますよね?色々と体を圧迫されながら進むことになりますよね?」
「あぁ。そうだな」
「それがヒッグス粒子なんです。この空間一杯に満たされた、活動を停止したヒッグス粒子が存在しているその中を我々は突っ切っているのです。ですから体は圧迫され、通常の動きを阻害されます」
……何だかよくわからんな。
「こうやってヒッグス粒子が空間一杯に敷き詰められているため、我々人だけでなく、あらゆるもの全てが形を保っていられるのです」
「ふーむ。まぁこれもよくわからんが続けてくれ」
男は苦笑して話を進めた。
「つまりは、このヒッグス粒子と言うものを扱えるようになれば、我々はタイムトラベルが可能となるのです」
「いやいやいや。何を言ってるんですか」
「質量を得た物質は光速を越えられません。しかしその質量を与えるのはヒッグス粒子です。それをあつかえるようになったら、光速に届くことだって可能だと言う話です」
光速って光の速さだよな?それを超えるってありえんだろ。
「いいえ。あり得るのです。質量を持たなければ光速に達することはできます。だから一度人体の質量を失くしてしまえばいいと考えたわけです」
さっきから実に簡単に言ってのけるが、それがいかに難しいことかは、俺の頭が理解できないことから難しいことなのだろうと思う。
まぁ別に俺の頭など所詮ネット知識しか詰まって無いような代物だけど。
「質量を失くすってことは、体重が無くなるってことですよね?」
「体重が、というよりは、中身そのものが無くなると言ってもいいでしょう。およそ人体なぞ保てないでしょうね」
「人体が保てないって死ぬってことじゃないのか?タイムトラベル甚だしいな」
そこで男は何処かむすっとした。俺の発言に怒りを覚えたのかもしれない。しかしすぐさま笑顔になり口を開いた。
「そうならないからタイムトラベルが可能となっているのです。そんなことは誰しもが考え付いた話です」
「でもそうなるって言ったじゃん今」
「そうなるますが、そこで終わらせてしまったらそれはただの人殺しの機械を発明しただけです」
どうやら結構本気で切れてたらしい。科学者はこう言う扱いをされるのが苦手なのだろうか。
「まぁヒッグス粒子についてはこの程度でいいですかな。それを調整することにより質量を失くし、移送転換先でまたヒッグス粒子を元に戻す。それにより人体を再構築するのです」
「じ、人体を再構築するんですか?」
「えぇ。人体を再構築するんです。分子レベルで」
俺はあれかな?異世界にきといてなんだが、これが現実味を帯びてない話しすぎて夢なんじゃないかと疑い始めてきた。
それもそうか、こんな世界あるはずが無いもんな。こんな巨乳エルフが目の前にいるだなんて俺はもうそれだけで満足だ。
そこで空になったカップに紅茶を注いでくれた巨乳エルフさん。俺はかみまくりながらもお礼を言って改めて男の言ったことを反芻した。
「分子レベルで再構築って、どうやってるんですかそんなこと」
「あの異世界への扉。分厚かったですよね?あれは何も見た目にこだわってああなったというだけではないのですよ」
そこでついさっき見た扉を思い出した。確かに分厚かった。空港の金属探知機の2倍ほどはありそうな感じだった。
「実はあれの中に色々と機械が詰め込まれておりまして、その中の一つに人体の分子構造をスキャンする機械が搭載されています。そしてそ扉をくぐるときにスキャンされ、その扉の向こう……つまりはこの異世界へ出る時に再構築します」
「で、でもそう簡単にいいますけど、要は一度自分の体がぶっ壊れたってことですよね!?」
男は悪びれる仕草も見せずに語った。
「そうですね。まぁそんな事は瑣末な問題ではないでしょうか?」
という始末だ。
「だってそうでしょう?事実貴方は此処で息をして脈を打ち生きている。ならばそこに不満を抱くことは意味の無いことだと思いませんか?」
そ、そうはいってもやはり常識的に倫理的にどうかという話をだな。
「そこら辺はもんだが無かったからタイムマシンなどというものが実用されているのです。とは言ってもがんじがらめの制約だらけですけどね……」
そこで目を伏せてからまた口を開いた。よく喋る人だ。
「ブラックホールと言うものがあります。流石にご存じではあると思うので、細やかな説明は省きますが、簡素に言えば高密度で大質量の重力場です」
それは如何にして簡素なのか。
「これはその重力が強すぎるため、光すらも出ることが叶わないものです。我々はこのブラックホールを作りました」
はい?
「我々はこのブラックホールを作りました」
先ほどと変わらぬ口調で、まるで音声データを再生しているのかと錯覚するくらい変わらぬ口調でそう言っていた。
「高密度で質量が大きいためブラックホールが形成されるのです。ですから、さきほどのヒッグス粒子の濃度を変えて大質量を、磁場をつくり重力を発生させ、その大質量のヒッグス粒子を圧縮する。すると高密度で大質量の重力場が完成します。つまりはブラックホールの出来上がりです」
もうあれだ、ついていけん。とにかくすごいことをしてのけたということだろう。理解できないから深くは突っ込まないが、聞けるところは聞いていこうとするか。
「よくわからんが、なんやかんやでブラックホールを完成させたってと?」
男はとても楽しそうに話していたため、そう聞くのもスムーズに話が進んでいいのかもしれない。
「そうです。しかしそれではまだ駄目ですね。ブラックホールを完成させ、そこから光が通れるだけの隙間を作らなければいけません。そうですね、例えば、5cmしか開いていない扉の向こうに、10cmの棒を通そうとしたらどうしたらいいです?」
左掌をこちらに向け、人差し指と中指を少しだけ開けて、そこに右手の指3本を通そうとこんこんと叩いている男。
「それは後5cm開ければ良いだけじゃないか」
簡単な話だ。物が通れないのならば通れるだけの隙間を作る。俺が通れない場所なら、通れるだけの隙間を作る。これは今までやってきたことだ。
そこで男は人差し指と中指の感覚を大きく開け、3本指を通して見せた。
「えぇ。そうですね、通れないのならば開ければ良い。つまりは、ブラックホールという狭い道で光が通れないのならば、その道を作るために広げてあげればいいということです」
そこで手を元に戻してまた組み始めた。
「ど、どうやってそんなことが?」
「反重力装置です。これを利用し丁度いい通り道を作ってやるのです。まぁこれも非常に細やかな調整が必要なのですがね。なんてったて、順序を間違えてしまえば、そもそもブラックホールすら生成できないのだから」
順序を守ったとしてもブラックホールを作れたことに驚きだ。
「それにより光の通り道が出来たのです。光と言うのはこの場合、ヒッグス粒子によって質量を失った人間を指します。質量を失った人間がブラックホールを通ったんです。するとどうです?そのブラックホールの行先はこの異世界だったのですよ」
そこで辺りを指すかのように掌を上へ向けた。
男はとりあえずの説明は終わったと言ったばかりに笑顔で口を噤んだ。確かに異世界の扉と言う説明は終わったのかもしれない。だけど納得できない点とか色々ある。
「何故お前はそんなものを開発した?今の説明通りなら、この異世界へ繋がったのは偶然ってことじゃ?」
男は目を見開き、微かに笑った。
「これは驚きました……まさかそこを貴方に突かれるとは思いませんでしたよ」
どういう意味で言ったのか分からんが、俺のことを馬鹿にしているようにしか思えなかった。
「そこを説明するには、まずは私たちの時代の事を適当に説明しなければなりませんね。先ほども言いましたが私はアンドロイドです。貴方の時代である2014年でもアンドロイドと呼べるものは存在していたはずでしょうが、今現在……つまりは我々の時間軸ではその定義が少し変わっています」
アンドロイド……芸能人の顔を模したものだったり、携帯電話ショップにいたりとかそういうのを言うのか。
「我々の世界は、人口増加により住む場所というものが年々減って行きました。それに伴う食糧の問題、空気の汚染、少子高齢化問題に地球温暖化その他諸々の問題が原因でそれはもう酷い世界になっていました」
「そんな時代になってまで少子高齢化とか地球温暖化とか言ってるのか?」
全くだとしたら人間はやはり屑じゃないか。
「えぇ。残念なことにそうなんです。豊かになればなるほど、医療や科学の技術が発達すればするほど、人は長生きします。しかしそれは高齢者が増えると言うことにほかなりません。それにほとんどの教育機関がネットへ移行したことにより、人が人との繋がりと言うものを深く認識することがむずかしくなったのです」
素晴らしいじゃないかそれ。わざわざ白い目で見られながら毎日を過ごさなくて済むんだ。それがどんだけ幸せなことか。
「……本当にそうでしょうか?そのおかげで将来の伴侶となる人を見繕うことも難しくなったのですよ?まぁ人工授精やらなにやらがあって子供を産むこと自体は問題ないのですがね」
「俺はそんなこと興味無い。リアルの女なんてくそみたいなビッチばっかだ」
男はあからさまに嫌な顔をして咳ばらいをした。
「……まぁそういう方も多いでしょうね。貴方みたいなニートと呼ばれる人達からすれば、ネットでの学校などはとても助かると言う声が多いです。そして実際の女性が苦手だから、VRに逃げて現実を見ないと言う方もいます。それは否定しません」
「んで地球温暖化は?何でそんな事になったんだ」
「まぁ今は問題ないんですけどね。人が増えたせいによる二酸化炭素の排出増加。発展途上国の中途半端な発展ですかね」
「発展途上国の中途半端な発展?」
なんだそれは。髪の毛はヴィジュアル系みたいなのに下半身は布一枚とかそういうことか?
「あぁーっとすみません。我々の時代の発展途上国は、今現在の貴方達の時代の日本とそう変わりません」
「日本と変わらない?」
「えぇ。変わらないからこそ問題なんです。時代遅れもいいところです」
つまりは300年後のアフリカには、俺みたいにアニメに嵌り家に引きこもるニートが現われているということか?
「そういう認識でまぁ間違いはないですね。逆によくそこまでこれたと褒めるべきでしょう。しかしだからこそ決して褒められたことではないのです」
「まぁとにかく温暖化がひどかったんだ」
「ま、まぁそうですね。しかし先ほども言いましたが温暖化はもう解決しました。日本の人口増加に環境汚染。それらを解決させるには我々アンドロイドが必要だったのです」
その発想は一体どこから来るんだ。
「人のせいで環境に影響が及ぶならば、人と言うものをこの世界から取っ払ってやればいい。当初は人体の強制人工機械化というのも考えられたのですが、それはあまりにも莫大な金がかかるうえに、キリが無いということで却下されました」
というかまず無理だろ人工機械化なぞ。
「だから考えたのです。人類の第二の住処を」
第二の住処?
「えぇ。もうお察しではないでしょうか?」
……この異世界ってか。
男は御名答と言い笑った。
「第二の住処として我々は異世界に注目したのです」
これまた突拍子もない。いや、その気持ちは俺としてはすごく分かるのだがな。
「でしょうね。異世界と言う単語は貴方方には好物でしょうね。そこは理想郷と言ってもいいくらいには異世界に夢を描いているのでは?」
「ま、まぁそうだな……」
そこで俺はいつの間にか俺の視界の左端に座っていた巨乳エルフさんを見た。夢と希望がそこには詰まっています。
「ブラックホールに入りワームホールを抜け、ホワイトホールから出た先は異次元世界と言われています。我々はそこに着手しました。それが先ほどまでの説明の通りです」
「異世界への扉……か」
「そうです。それは当然失敗もありましたが今では貴方をここに連れて来たように運用が可能です」
ふむ。それで?
「それを作りだしたのが私のオリジナルです。彼は異世界を見つけて冒険に出てしまいました。そしてそこで死んでしまったのです」
「えっ?」
何かまたさらっと何かを言ったような。
「ここは異世界ですが、異世界だからこそ危険も潜んでいるのです。およそ我々の世界では体験できないようなことが起きているのですよ」
それってつまり……
「アニメやゲームなどの殺伐とした世界がこの世界にはあるってことですか」
俺は心なしワクワクしていた。いつも画面の中で見ていた世界、それを元に頭の中で妄想したこと何度かあっただけの空想の世界でしかなかった。
しかし今俺はその世界に身を置いているのだ。目の前には巨乳エルフがいるし、多分この男の説明通りなら外へ出れば魔物と呼ばれるたぐいもいるのだろう。
俺としてはそれは嬉しかった。果たして部屋に籠っていただけの俺がいざ外の世界で嬉々として生きていけるかと言えばそうではないのだろうが、それでも俺はこの世界を受け入れて楽しみたいと思った。
「そうです。人間、動物それら以外の有機生命体はゲームやアニメなどに出てくる種族がそれに当たります。まぁ今ここにもいますけどね」
男は巨乳エルフさんを見ては微笑みかけた。それを見たエルフさんは屈託のない笑顔を向けていた。くそっ!その夏の太陽顔負けの笑顔で俺も照らして下さいっ!!
「って待ってください。つまりあなたのオリジナルは死んでしまったということですよね……?ならば今のあなたは何で存在しているんですか」
そこで男は急に真面目な顔をした。
「それはオリジナルである私が、異世界へ行く前にアンドロイド登録をしたからです」
「アンドロイド登録?」
「そうですね……その話をするためにも、やはりというかもうちょっと説明すべきところがありますかね」
そこで考え込むようなしぐさをしてから、やがて口を開いた。
「私のオリジナルは異世界への扉を開発しました。そうして異世界へ旅立ち、そのままそこで死んでしまいました。とはいえ何も危険な事ばかりではないのです。異世界は異世界で、平和へ向けて戦いを繰り広げてはいますが、ここのように全くのどかな場所だってあるのです」
そこで俺は外の風景を思い出していた。確かに綺麗だしのどかだった。およそ戦いとは無縁の世界にも思えた。
「それに、異世界であるここには魔法が存在します。そうしてそれは他の異世界へ飛び立つ方法もあるということです。そこで私のオリジナルと一緒に異世界の扉を開発していたメンバーは、この異世界の調査をしました」
「下手したら侵略者として扱われそうですね」
「ははっ。それもそうですね。しかし、我々はある異変に気づかされたのです」
「異変?」
男はすっと俺を指差した。
「その体ですよ。貴方は現実世界ではそんなスリムではなかったはずでしょう?しかし今現在はそうなっている。これが異変です」
俺は俯き自分の体を見た。確かに変わっている。腕は細いし腹だって出ていない。本当に自分の体なのかと疑ってしまうほどにだ。
「我々の体は、なんとこの異世界をベースに作りかえられてしまったのです」
「つ、作り変えられた……?ヒッグス粒子がどうのこうので分子レベルで再構築したんじゃ」
「確かにそうです。しかし何故かそうはならなかった。私のこの体だってこの異世界をベースに作られています」
「だからそこを説明してほしいんだが」
話がそれているぞ全く。
「そうですね。しかしなに、そう難しい話しではありませんので。まず、人類が増えたため異世界へ行こうと言う話でしたよね?では一体人類が異世界へ行ってしまった後、現実世界はどうなると思います?」
まるで俺を試しているかのように語りかけてくる男。
「どうって……どうなるんだ?」
残念。俺にそんな答えを求められても困るってもんだ。
「文明と言うものが途絶えます。これは決して起きてはいけない。飽くまで地球は我々人類の住処なのです。そんな大多数の人間が一気にいなくなってしまったら、その後の処理は一体誰がするというんですか?確かに自然と言う者が帰ってきます。しかしそれは我々人類の本懐ではありません。結局は何処までも自分本位なんですよ」
「本当にその通りだな。人間は自分の常識で自分のことしか考えられない。他人を気遣う奴なんか偽善もいいとこだ」
「……貴方はなかなかどうして排他的に物を語りますね。だがそれが人間と言うものの本質なのかもしれません」
男は何処か嬉しそうに笑って見せた。いい加減笑い疲れないのだろうかと思う。
「文明を絶えさせないためにも、現実世界に『人間』が必要だった。だから我々は考えたのです。ならばいっそ、人工的な『人間』を作ってしまえばいいと」
なるほど。つまりはそれが……
「えぇ。私、アンドロイドです」
しかしまだよくわからんな。
「アンドロイドの役割について説明しましょうか。我々の時代のアンドロイドは、貴方の時代とはかけ離れています。というのも、人造人間とは言いつつ、ほとんど人間と遜色ないものをさしています」
実例は目の前に、ってか。
「そうです。私のオリジナルは、異世界へ旅立つ前にアンドロイド登録をしたと言いました。これは限りなく人体に近い素体に、データ化した脳をインストールしたのです」
まーた科学か。データ化した脳をインストールだって?
「そうすることで、寸分違わぬアンドロイドを作ることが出来るのです。脳データはマイクロチップに埋め込まれたものを素体と結合させることにより、オリジナルの思考をトレースしたアンドロイドの完成です。ではそうした次は何をするのかと言うことですが、何だと思います?」
だから俺に振るな。分かるかっての。
「今までの社会を変わらずに築くのです。アンドロイドが、ちゃんと『人間』らしくふるまうことで、文明と言うのは途絶えずに済むと言う話です」
ふーむ。空想の世界だなそこまでくると。
「つまり今や現実世界ではアンドロイドが、異世界には人間が存在しているのですよ。我々異世界の扉開発チームはそれら両世界の監視にあたっているのです」
どうやら話はそこで決着したようだ。だがしかし、俺としては疑問が絶えない。
「だったら何故わざわざ300年も前にタイムスリップして俺をこの異世界に連れ込んだんだ?」
監視が目的ならば不必要な干渉は避けるべきではないのだろうか。
「それは……あまり説明をしたくないところですね。しかし私はこの時代の貴方に会って、300年後の世界について説明せねばいかなかったのです」
は?なんだそれは。
「どういうことか説明してもらおうか」
男は珍しく困ったような顔をしている。説明したくないと言っているのに説明しろと言われてるのだ、無理からぬことだろう。
「未来の全容を大まかに知らせることは出来るのですが、未来の事について具体的に説明してしまうと未来が変わってしまう可能性があるのです。それはとてもいけないことです。タイムトラベラーにとって、パラドックスは一番危惧するべき事態ですからね」
「因果律の崩壊ってことですか」
「そうですね。そうなってしまうと我々の存在も危ぶまれてしまうんです。果ては物理世界の崩壊をも引きかねないのです。それだけは避けねばなりません」
だから具体的なことは説明できないと。しかし未来のことを俺に話さなければいけなかった。これはどういうことだ?
「もしかしてだが、未来的に俺がその開発チームに加わるのか?」
俺の言葉を聞いて男は一度固まり、呆れたように肩を竦めた。
「何を言ってるんですか。貴方にとっては約300年後の話ですよ?どう考えてもそれは現実的ではありませんよ」
と、アンドロイドは語る。
「まぁそれもそうか。そんな単純な話じゃないのかもな」
だとしたら余計に訳が分からん。まぁいいか!異世界にこれたんだし!巨乳エルフに会えたんだし!それで万々歳だ!!
「と、喜んでもらうのは勝手ですが、貴方には目的を持った上でこの世界に留まってもらいます」
男は声のトーンを落とし、鋭く刺すような目つきで俺を見た。俺は唾を呑みこみ、覚悟を決めるかのようにちらとエルフさんを見て元気を出した。
「留まっていいんですか……?」
「えぇ。しかし、そう簡単なことではありません」
男はそこで一拍置き、まるで堂々と演説する政治家のような空寒いセリフを吐いた。
「貴方には、この異世界を救ってもらいたいのです」
「へ?」
突然伝えられたその言葉に、俺の思考は暫く停止していた。だけどやがて男が言った事を理解していき、高揚感と不安感で苛まれていた。
「貴方には、救世主になってもらわないと困るんです」
過度な期待甚だしい。俺にそんなことが出来るとでも言うのか。そんなこと、俺の頭の中でしか出来たことなんか無いぞ。それでもこの男は俺に救世主になれと言っているのか。
「えぇ。私は本気です」
「い、いやでも……俺さっきまでニートだったし……世界を救ってくれとかそんな――」
「私からもお願いです」
ごにょごにょと文句を垂れていた俺の言葉を遮るように、巨乳エルフさんが眉根を下げてそう言ってきた。
だからだろうか、俺はこの時、こう返事をしてしまったのだ。
「ま、任せて下さいっ!!俺がこの世界を救って見せますよ!!巨乳エルフさんの名にかけて!!」
俺はニートだ。
夢も希望もあり、異世界に浸り美少女に没頭する毎日。ただ有意義。
いつか来る未来を壊さないために、俺の今を彩るために、二次元並み美少女のため、俺は救世主を目指す旅に出ることにした。
「あ、お名前伺ってもよろしいですか?」