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DV婚約者に浮気された令嬢、女神様に祈ったらとんでもない加護を授かる

作者: 福嶋莉佳
掲載日:2026/07/07

ギルベルト・ラングハイム様の手が、私の肩に置かれた。


騎士として鍛えられた指が、布越しに強く食い込む。


「痛っ……」


「ルシェラ。君はもう少し、自分の立場をわきまえたほうがいい」


次の瞬間、私は突き飛ばされていた。


地面に尻もちをついた私は、ぬかるみにスカートの裾を沈め、手のひらにも痛みを感じた。


背後で、令嬢が小さく息を呑む音がした。

顔を上げると、先ほどまでギルベルト様に寄り添っていた彼女が、口元に手を当てて笑っていた。


「君のような女が、私に何をできる」


「っ……」


言い返したかった。


けれど、膝は震えていた。

立ち上がることだけで精いっぱいだった。


「……失礼いたします」


泣くのだけは嫌だった。

私は背筋を伸ばし、その場を立ち去った。


ふらつきながら訓練場を離れようとした時、前方から一人の男性が歩いてくるのが見えた。


銀灰色の髪に黒い騎士服をまとい、胸元に騎士団長の徽章を輝かせていたのは、王都騎士団長のアレクシス様だった。


アレクシス様は、私の姿を見て足を止めた。


「君は、ギルベルトの婚約者の……」


「……失礼いたします」


私は顔を伏せたまま、横を通り過ぎようとした。


「待ちなさい」


私は足を止めた。


アレクシス様は、懐から白いハンカチを取り出した。


「大丈夫です……」


「いいから使え」


「……ありがとうございます」


私はそれだけ言うと、ハンカチを握りしめ、逃げるようにその場を離れた。


恥ずかしい。


淑女として、これほどみっともない姿はないだろう。

そのうえ、騎士団長にまで見られた。


「あんな堂々と浮気する人だったなんて……」


ぽつりと漏れた声が、ひどく情けなかった。


「くやしい……」


気づけば、涙がこぼれていた。


屋敷へ帰ることもできず、私は逃げるように王都の教会へ向かった。


白い石造りの教会は、昼の光を受けて淡く輝いていた。

中に入ると、ちょうど人影はなかった。


奥の祭壇には、やわらかな微笑みを浮かべた女神像が立っている。


幼い頃から、困った時は女神様に祈りなさいと教えられてきたが、今日ほど本気でその教えにすがったことはなかった。


私は祭壇の前に膝をついた。


エルヴィス男爵家は、古いだけの家だった。


舞踏会に着ていくドレスは、母のお下がりを仕立て直したもの。

宝石は祖母の代からあるものを磨き直し、侍女たちは何も言わず、ほつれた裾を目立たないように直してくれた。


食卓に並ぶ料理も、昔に比べればずいぶん質素になった。

それでも父は、私の前ではいつも笑っていた。


「もう少しだ。ラングハイム伯爵家との縁ができれば、領地にも商会にも道が開ける」


そう言って、夜遅くまで書類に向かっていた父の背中を、私は何度も見ている。


だからこそ、この婚約は、私一人の感情で投げ出せるものではなかった。


婚約を解消すれば、ラングハイム伯爵家の怒りを買う。

父が頭を下げて進めてきた商談も、ようやく繋がりかけた取引も、すべて白紙になるだろう。


違約金など、とても払えない。


「女神様……」


手を組む。

痛む手のひらを合わせたせいで、少しだけ顔が歪んだ。


「わたくしは、どうすればよろしいのでしょう……」


家のためなら、我慢するべきなのかもしれない。

父のためなら、黙って嫁ぐべきなのかもしれない。


けれど。


あんなふうに傷つけられて。

笑われて。

それでも何も言えないまま、あの方の妻になるしかないのだろうか。


「悔しい。悔しいです、女神様」


声が震えた。


「わたくしは何もできないのでしょうか……。あの方に傷つけられても、黙って嫁ぐしかないのでしょうか……」


涙が落ち、祭壇の白い石にぽたりと染みた。


「どうか……どうか、わたくしに知恵をお貸しください」


その瞬間だった。


祭壇の奥から、ぱあっと光があふれた。


「えっ」


顔を上げる。

眩しくて、思わず手で光を遮った。


まばゆい光の中に、人影が浮かび上がる。


私は息を呑んだ。


「あなたの祈り、確かに受け止めました」


「め、女神様……?」


女神様は、柔らかく微笑んだ。


「さあ、受け取りなさい」


女神様が両手を広げる。

天井から星のような光が降り注いだ。


それは私の体を包み、胸の奥へ染み込んでいく。

温かいものが、身体中を伝っていくような感覚があった。


やがて光が落ち着いた。


「……?」


私は自分の手を見下ろした。


何が起きたのだろう。

なんとなく、身体に力がみなぎるような気はする。


そう思っていた時、祭壇脇に置かれた銀の燭台が目に入った。

磨き上げられた表面に、自分の姿が映っている。


「……ふぁっ!?」


そこに映っていた私は、先ほどの泥で汚れた私ではなかった。


淡い桃色の短いスカートに、ふわふわと広がる袖、大きなリボンのついた胸元。

そして手には、星の飾りがついた杖が握られていた。


足元には、なぜか膝まである白い靴。

髪は高い位置で二つに結われ、きらきら光る星飾りまでついていた。


胸元には、小さな星形のペンダントまで揺れている。


「な、何ですの、何ですの!? この格好は!?」


「あら、丈感ぴったりね」


女神様は、両手を合わせて嬉しそうに微笑んだ。


「短いです! とても短いですわ!」


「動きやすさを重視しました」


「動きやすさ!? 令嬢に!?」


「安心してください。女神の加護により、見えてはならないものは絶対に見えません」


「お気遣いの方向が間違っていますわ! 女神様、この姿は何なのですか!?」


「魔法少女ですわ」


「ま……魔法、少女!? わたくしは淑女ですわ!」


「魔法淑女は語呂が悪いので」


「それだけの理由で!?」


「女神から見れば、人は皆、少女のようなものです」


「世間はそこまで寛容ではありませんのよ!?」


「落ち着くのです。ルシェラ。私はあなたの願いを叶えたのです」


「願いを……?」


おかしい。


知恵を頼んだはずなのに、なぜか桃色の短いスカートをはいている。


「神は、人の争いに直接手を下すことはできません。ですが、助けを求めた者に加護を授けることはできます」


女神様は訓練場のある方角を指差した。


「さあ、行きなさい。あなたの婚約者を倒すのです」


「倒すのですか!?」


「はい」


「この姿で!? ギルベルト様を!?」


「もちろんです」


女神様は胸の前で手を組み、清らかな笑みを浮かべた。


「あなたの怒りは正当なものです。あなたの悔しさは、踏みにじられてよいものではありません。ですが、あなたの人生を取り戻すのは、あなた自身です」


たしかに、ギルベルト様に何もできないと言われて悔しかった。

それなのに私は、女神様が代わりにすべて解決してくださることを期待していた。


「……しかし、この装いは」


「大丈夫です。とても似合っています」


「だからそういう問題では……。なぜこのような姿に」


「それは私の趣味……女神の加護を纏わせやすいからですわ」


今、趣味と言わなかった?


「今のあなたなら、婚約者程度には負けません」


「そ、そんなに……?」


ギルベルト様は、騎士団の中でも上位に入る腕前だと聞いている。

それを程度と言い切る女神様は、やはり女神様だった。


「ルシェラ。私は、あなたを見守っています」


女神様の姿は淡い光となり、少しずつ薄れていった。


「さあ、あなたを傷つけた者へ、あなたの怒りを示す時です」


膝はもう震えておらず、手のひらの痛みも消えていた。


代わりに、胸の奥で小さな火が燃えていた。


「……分かりました」


私は杖を握りしめた。


「行ってまいります」


教会の扉を開け、私は走った。


足はとても軽く、まるで風を切るように、王都の道を駆け抜けていく。


すれ違う人々が振り返るかと思ったが、誰も私を見ていないようだった。

私の姿は人々の目に留まらず、光の影のように通り過ぎていくらしい。


騎士団の訓練場へ着いても、息も切れていなかった。


門番の騎士が私を見て、目をむいた。


「な、何者だ!」


「魔法少女ですわ!」


「魔法少女!? えっ、少女!?」


「そこを拾わないでくださいませ! ギルベルト様はいらっしゃいますか!」


騎士は思わず、訓練場の奥を指差した。


そこではギルベルト様が、他の騎士たちと剣を合わせていた。

先ほどの令嬢も、訓練場の端に立っている。


私は訓練場へ踏み込んだ。


ざわめきが広がる。


「誰だ? しかも、あの格好……」

「聖職者……ではないよな」

「……見て、いいのか?」


全部聞こえている。

やめてほしい。


『安心なさい。女神の加護により、正体はギルベルトにしか分かりません』


頭の中に、女神様の声が響いた。


ギルベルト様が私に気づいた。

最初は目を細め、次に口を開け、そのまま固まった。


「ルシェラ……? 君は、何をしている……」


「違いますわ」


私は杖を構えた。


「わたくしは、魔法少女ですわ」


「いや、ルシェラだろう」


「人違いです」


「そこまでして俺の気を引きたいのか?」


「そこまで、とはどういう意味ですの!?」


『ルシェラ、ここで怯めば正体が皆にばれてしまいますわ』


どうすればよろしいのですか。


『名乗るのです。魔法少女の名を』


名前?


その瞬間、頭の中に、知らないはずの言葉と動きが一気に流れ込んできた。


……待ってくださいませ。


動作付きですの!?


『さあ、恥を捨てるのです!』


捨てるのは恥以外もあるのでは!?


もう、やけだった。


私は杖を高く掲げる。


「聖なる星に導かれ、乙女の心を守るため!」


なぜか身体が勝手に動いた。

杖を胸の前でくるりと回し、私は叫ぶ。


「魔法少女エトワール! 女神に遣わされ、ここに参上ですわ!」


訓練場にいた全員が、凍りついた。


ギルベルト様も。

浮気相手の令嬢も。

門番も。

見物していた騎士たちも。


私自身も、内心では凍りついていた。


何を言っているのだ、私は。

けれど、もう止められない。


「婚約者がいる身でありながら、浮気だけでなく、ルシェラ嬢を傷つけた不届き者、ギルベルト殿!」


私は杖をギルベルト様へ向ける。


「彼女に代わって、成敗いたします!」


「……は?」


ギルベルト様は、口を開けたまま固まっていた。


ざわり、と周囲が揺れる。


「ルシェラ嬢?」

「ギルベルト殿の婚約者の?」

「浮気……?」


ギルベルト様は、はっと息を呑んだ。


「黙れ!」


ギルベルト様は、周囲の騎士たちを怒鳴りつけた。


「君は……何を考えている!? ふざけた格好で、あることないことを!」


「女神の遣い、魔法少女は嘘をつきませんわ! 

罪を認め、ルシェラ嬢に謝罪しなさい!」


ギルベルト様は奥歯をぎりりと噛みしめてから、荒く息を吐いた。


「……そんなに魔法少女でいたいなら、そう扱ってやる。不審者め」


ギルベルト様は、吐き捨てるように言った。


「女神だの魔法少女だの、ふざけた格好で騎士団に入り込み、騎士の名誉を貶める危険人物だ。私が制圧する」


「ギルベルト殿は、言い訳も、ずいぶんお上手ですのね」


「その口を閉じさせてやる」


剣が抜かれ、白刃が昼の光を弾いた。


訓練場の空気が変わり、ざわめいていた騎士たちが、一斉に息を呑む。


「ギルベルト殿、本気か」

「相手は武装していないぞ」

「いや、杖を持っている」

「だが……」


誰も、止めに入れない。


伯爵家の嫡男であり、将来を嘱望される騎士。

その肩書きが、彼らの足を止めていた。


ギルベルト様は、剣先を私へ向けた。


「最後に警告してやる。ひざまずいて謝罪しろ。そうすれば、今日のことは見逃してやる」


「謝罪するのは、あなたのほうですわ!」


「貴様!」


ギルベルト様が地面を蹴った。


速い!


一気に距離を詰め、剣が振り下ろされた。


しかし――。


「なっ……!」


ギルベルト様の目が見開かれる。


私は紙一重でそれをよけ、杖を振り回した。


「えい!」


ギルベルト様の体が、見事に宙を舞った。


「ぐあああああっ!」


ギルベルト様は美しい放物線を描き、訓練場の端まで飛んでいった。

そして、ぬかるみの上に背中から落ち、びしゃん、と嫌な音がした。


「す……すごいですわ!」


軽く振っただけなのに。


『エトワール! 魔法少女なのですよ! 魔法を使ってくださいませ!』


女神様の声が、頭の中で文句を言っている。


「ギルベルトが、あんな綺麗に吹っ飛ばされるなんて……」

「魔法少女とは何者だ!?」

「……本当に少女か?」

「おい……言ってやるな」


ギルベルト様は泥まみれになりながらも、起き上がろうとした。


「くそっ……!」


彼が片手を掲げる。

その手のひらに、小さな炎が灯った。


騎士たちが一斉に声を上げた。


「ギルベルト!」

「訓練場で攻撃魔法はまずい!」


しかし、ギルベルト様は止まらなかった。


「黙れ! こんな茶番で私が負けるわけがない!」


炎が私へ向かって放たれる。


『防御技です、エトワール』


頭の中に呪文が流れ込んでくる。


これを言わなければいけないのですか!?


「きらきら☆守護障壁!」


桃色の光が、私の前に広がった。


炎は光の膜に触れた瞬間、花びらのように散って消えた。

そして、散った光の花びらがギルベルト様へ降り注ぐ。


「何だこれは!」


花びらが彼の体に張りついた。

次の瞬間、それは光のリボンへ変わり、ギルベルト様の全身をぐるぐる巻きにした。


「なっ……ほどけ! ほどけ!」


ギルベルト様は地面の上で転がり、じたばたしている。


「まだ続けますか?」


「この……!」


『次は、きゅんきゅん断罪流星群です! 使いましょう!』


女神様、少し黙っていてください。


杖を向けた瞬間、ギルベルト様の動きがぴたりと止まった。


そのとき、訓練場の端にいた令嬢が、その場に膝をついた。


「あ、あの!」


彼女の声は震えていた。


「ご、ごめんなさい! 申し訳ございませんでした!」


そして、地面に額をつけた。


「私は、ギルベルト様に婚約者がいらっしゃると知っておりました! ですが、彼が、ルシェラ様とは愛のない婚約だと、ただ家同士の都合だとおっしゃるので……!」


「余計なことを言うな!」


リボン巻きのギルベルト様が叫ぶ。


令嬢はびくりと肩を震わせたが、顔を上げなかった。


「申し訳ございません! 私は身を引きます! ルシェラ様にも謝罪いたします! 慰謝料についても、父に相談して必ず……!」


「その言葉、皆様お聞きになりましたね」


私は周囲の騎士たちを見回した。


騎士たちは互いに顔を見合わせたあと、気まずそうに頷いた。


「ああ、聞いた」

「ギルベルトが攻撃魔法を使ったのも見た」

「婚約者へ暴力を振るった件も、調査すべきだな」


ギルベルト様の顔から血の気が引いていく。


「違う! これは違う! 私ははめられたんだ!」


「誰にだ」


低い声が、訓練場に落ちた。


その場にいた騎士たちの背筋が、一斉に伸びる。


門のほうから歩いてきたのは、アレクシス様だった。


「団長……」


ギルベルト様の声が、明らかに引きつった。


アレクシス様は、ぬかるみの上で光のリボンに巻かれているギルベルト様を一瞥した。


それから、訓練場の端で土下座している令嬢を見る。

最後に、私へ視線を向けた。


「訓練場内で、許可なく攻撃魔法を使った。しかも相手は、少なくとも騎士団所属ではない者だ」


「団長、それは……!」


「さらに、婚約者がいる身で他の令嬢と密会していた」


「密会ではありません!」


「ならば、そこの令嬢の発言は何だ」


アレクシス様に視線を向けられ、令嬢はびくりと肩を跳ねさせた。


「この件は、騎士団長預かりとする。ギルベルトの身柄を拘束しろ」


「団長!?」


ギルベルト様の顔色が変わった。


アレクシス様が視線を向けると、二人の騎士が慌てて動き出した。


「お待ちください! 私は伯爵家の嫡男です! こんなふざけた女の言い分で、私を拘束するつもりですか!」


「ふざけているのは服装だけだ」


そうだけど。

いざ言われると、胸に刺さった。


アレクシス様は、なおも暴れるギルベルト様を冷たく見下ろした。


「伯爵家の名を盾にする前に、騎士としての規律を思い出せ」


騎士たちが、ギルベルト様の腕を取った。


「さあ、行くぞ」


「私は、私は悪くない! ルシェラが悪いんだ! あの女が余計なことをしなければ!」


「……魔法少女だろ?」


ギルベルト様は、騎士たちに抱えられて連れていかれた。


令嬢もまた、別の騎士に促され、震えながら立ち上がる。


アレクシス様は、その場に残った私へ向き直った。


「魔法少女殿。助力には感謝する」


「あ……いえ……」


「だが、ひとつ確認したい」


「……何でしょう」


「ルシェラ嬢は今、無事なのか」


私は一度目を瞬き、それから小さく微笑んだ。


「……彼女は、大丈夫ですわ」


「そうか」


アレクシス様は、小さく息を吐いた。


「ならば、伝えてくれ。今日の件は、騎士団長として責任を持って調査する。彼女が一人で抱える必要はない」


胸の奥が、じんと熱くなった。


「……はい。必ず伝えます」


「それと……」


アレクシス様は、私の姿を上から下まで見た。


やめてほしい。

改めて見ないでほしい。


「見事な戦いだった」


「そ、そうですか……?」


「君の動きは、騎士とはまったく違う。だが無駄がない。あれほどの力を、私は見たことがない」


「ありがとう……ございます……」


「ぜひ、騎士団に来てほしい」


「!?」


何をおっしゃっているの、この方は。


「これほどの力を市井に眠らせておくわけにはいかない」


「い、いえ、その、わたくしは……」


「もちろん、身元を明かせない事情があるなら考慮する。女神の使徒という立場であれば、王宮にも掛け合おう」


アレクシス様は真剣な顔のまま、さらに一歩近づいてきた。


女神様、どうすれば……!?


『こういう時は、決め台詞を言って逃げるのです』


私は息を吐き、それからわざとらしく目を見開いた。


「大変ですわ! どこかで乙女が泣いています! 行かなければ!」


私は地面を蹴った。


「待ってくれ!」


アレクシス様が追ってくる。


待てません!


私はさらに速度を上げ、訓練場を後にした。



それからのことは、驚くほど早く進んだ。


ギルベルト様は、騎士団内で許可なく攻撃魔法を使用したことを重く見られ、まず謹慎を命じられた。


その話はあっという間に騎士団の内部へ広まり、やがて王都の貴族たちの耳にも届いた。


父は当初、顔を青くしていたが、事態は父の想像とは違う方向へ進んだ。


「このたびの件で、エルヴィス男爵家に落ち度はない」


むしろ、伯爵家の横暴に巻き込まれた家として、同情的な声まで寄せられた。


なかには、はっきりとこう言う者までいたらしい。


「婚約者を粗末に扱う家と深く関わるほうが危うい。エルヴィス男爵家が早めに気づけたのは幸運だった」


結果として、婚約は解消された。


違約金を請求されるどころか、伯爵家側から謝罪の書状が届いた。

あの令嬢の家からも、慰謝料が支払われた。


彼女はすでに王都を離れたという。


ギルベルト様は、騎士団を辞した。

辞した、というより、辞さざるを得なかったのだろう。


その後、伯爵家の嫡男の座についても揉めていると聞いたけれど、私は詳しく知らない。


騎士としても、男としても、たいへん残念な終わり方だった。


これで、騎士団とはもう関わることもない、そう思っていた。


けれど、私の手元にはまだ、返さなければならないものが残っていた。


「エルヴィス男爵令嬢」


応接室で待っていると、アレクシス様が入ってきた。


「先日は、お世話になりました」


「こちらこそ、事情聴取に協力してくれて助かった」


「いえ……。それと、こちらを」


私は持ってきた包みを差し出した。


「ハンカチをお返しにまいりました。汚してしまい、申し訳ございませんでした」


「気にするな」


アレクシス様は包みを受け取ると、少しだけ表情をやわらげた。


「元気そうでよかった」


「……はい」


その一言に、なぜか胸が跳ねた。


私は慌てて視線を落とす。


アレクシス様は、ふと何かを思い出したようにこちらを見た。


「ところで。君は、あの魔法少女の知り合いか?」


心臓が止まりかけた。


「できれば、もう一度会いたい。騎士団に入ってほしい」


「そうですか……」


「それに」


アレクシス様は一度言葉を切り、目をそらした。


「……美しかった」


「…………」


私は固まった。


今、何とおっしゃったのだろう。


美しい? あの姿が?


「個人的にも礼を言いたいのだ」


「お礼?」


「ああ。彼女は、泣き寝入りするしかなかった者の代わりに立った。あれは騎士にも難しいことだ」


喉の奥が、少し詰まった。


とても恥ずかしかった。

けれど、私がしたことは、こんなふうに認められていたのだ。


「……伝えます」


私は小さく答えた。


「彼女に会うことがあれば、必ず」


「頼む」


そのときだった。


胸元に下げていた小さな星形のペンダントが、ちりん、と鳴った。


「今の音は?」


「な、何でもございません」


頭の中に、女神様の声が響いた。


『ルシェラ。理不尽な婚約破棄を迫られ、泣いている乙女がいますわ』


またですか。


『行きなさい。魔法少女エトワール』


今ですか。


『あなたを待つ乙女がいるのですよ』


女神様。

その前に、わたくしの身にもなってくださいませんか。


「エルヴィス嬢?」


私はそっと立ち上がった。


「申し訳ございません、アレクシス様。急用を思い出しました」


「急用?」


私は扉へ向かう。

背後で、アレクシス様も立ち上がる気配がした。


「送ろう」


「いえ、大丈夫です」


「しかし――」


私は振り返り、スカートをつまんで、淑女の礼をした。


「どうかお気遣いなく。これは、わたくし一人で済ませるべき用ですので」


そう言って、応接室を出る。


廊下へ出た瞬間、胸元の星形のペンダントが、ひときわ強く光った。


次の瞬間、私はまた、あの短いスカートと大きなリボンの姿になっていた。


「早すぎませんこと!?」


廊下の向こうで、誰かが足を止める気配がした。


「……エルヴィス嬢?」


アレクシス様の声だった。


私は振り返らなかった。


「大変ですわ! どこかで乙女が泣いています!」


そう叫ぶと、私は窓を開け、王都の空へ飛び出した。


背後で、アレクシス様の驚いた声が聞こえる。


「待ってくれ、魔法少女殿!」


待てません。

乙女の涙は、待ってくれないのですから。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


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☆続編

乙女の涙に魔法少女が駆けつけたら、皇后陛下がいた話。

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女神、ニチアサ視聴の前世持ちか
w(ノ∀≦。)ノ♪まさか!の♡♡♡
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