雨の止むとき
夫婦。
「えっ、お前どこから掛けてるんだよっ!?」
電話越しの怒鳴り声に、思わず身を縮めた。
………何も怒鳴らなくたって。
「だから、駅前。………もうすぐ仕事も終わるでしょう?」
休日出勤の、我が夫に電話をする。
………我が夫………、うわ、なんかヘン。
「どっかでゴハン食べようよ~。お寿司食べたいっ。なんかものすっごくお寿司食べたい気分~」
これもツワリなのかなぁ。
もともと食が細いほうではないけど、なんだか最近ものすごく食欲旺盛。
いっぱい食べたいし。
いつも食べてたいし。
もしかしたら、ダーリンよりもよく食べてるかもしれない。
………ダーリン………、うわ、ますますヘン。
なんてことを考えてたら、電話の向こうで、ばたばた、とあわただしい音。
「駅前、なんだなっ!? すぐ行くから待っとけ。………と、いや、だめだ、とりあえずどっか店入れ、店。サ店か、なんかっ」
「なんでー。すぐ来るんでしょう? 何でサ店に………」
向こう側の、息を吸う気配に、思わず携帯電話を耳から離す。
「身体冷やすな、っつってんだよ!!」
「もうっ、怒鳴らなくても………。………と、切れてるわ」
無機質なピーっ、という機械音に通話ボタンを押す。
はあっ。
ため息をついてから、そっと、下腹部に手を当てる。
まだ見た目にはわからないけど、その手のひらの下。そこには小さな命が宿っている。
「パパは、心配性だねぇ」
嬉しくてつぶやく。
………パパ………、うわぁ、メチャ照れる~/////。
雨の日の駅前は、かなり華やかだ。
色とりどりの傘が慌しく行き交う。
人待ち顔の壁際族に加わりながら、私は空を見上げた。
まだ少し曇ってるし、まだ雨は止みそうもない。
だけどなんとなく思う。
………夜までには、きっと止む。
手に持った傘から落ちるしずくが、服や靴をぬらさないように気をつけながら、時計を見た。
5時か………。
きっと、あいつってば5分もかからずに来るんだろうなぁ。ゆっくり歩いたら、15分ぐらいはかかる距離なのに。
………まあ、そうしてくれるの、嬉しいんだけどね。
走ってくるはずの道を、その姿を探しながら眺める。
私に会うために、走ってくる姿とか、顔とか。
見逃せないじゃない?
実際は………私だけじゃなくて。おなかのベビイのためでもあるんだけど。
妊娠した、と告げたときの顔を思い浮かべる。
そして、その表情は、私が初めて好きだと告げた時の嬉しそうな笑顔とダブる。
私の中で、一位になってる「とびっきり」の顔。
幸せだな、と思う。
彼は私のことを、ずっとずっと好きでいてくれた。
私が、自分の気持ちに気付かない間も、ずっとずっと………。
何でも話せる、一番の男友達。そう思ってたのにな。
友達のままの部分と。
恋人のままの部分と。
そして、もうすぐ、パパになる部分………。
こんなふうに、彼と結婚した今も居心地よくいられるとは思ってもみなかった。
今まで、自分が恋愛だと思ってしていたもののすべてが霞んだ。
熱い想いも、穏やかな気持ちも、幸せな毎日も。
彼が、全部くれる。
予想通りの、彼を見つけた。
傘の間を縫うように、走ってくる。
「あちゃー、私にはうるさいくせに………」
傘も差してないその姿には、苦笑するしかない。
私への愛ゆえに?
まだ見ぬ我が子への愛ゆえに?
私の前を通り過ぎていく人が怪訝に見ていく。
………だってしょうがないじゃない、嬉しい時には笑うものでしょう?
走りながら、私を探し出す視線。
ひらひら、と手を振ると、さらに加速して走ってくるその姿。
………それをカッコイイと思ってしまうのは………愛ゆえに? 笑
「ハイ、お疲れー♪」
「み、店に入ってろと………」
息、あがってますわよ。
「だって。智己の顔、ちょっとでも早く見たかったんだもの。智己だって、ちょっとでも早く私の顔を見たかったから走ってきたんでしょう?」
「………」
カバンから出したハンカチで、髪にかかる雨のしずくをぬぐう。
あれ。………あんまり濡れてない?
空を見上げると、垣間見える青空。
「あ。………もうすぐ雨が上がるよ?」
「柚伽。………はぁっ………」
あら、ため息?
「………大事にしてくれよ?」
そう言う智己の、なんとも言えない顔。
『午後に強く降り出した雨は、夜には止み、キレイな星空が見えることでしょう』
私が気象予報士なら、きっとそう言ってたと思う。
「はい。あなた♪」
………あなた………、うわ、これもダメだわ。笑
柚伽×智己@世界は彼女のためにある。




