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RAIN  作者: 恵奈
7/21

一本の傘

高校生。



 心の準備も何にもナシで。

 いきなり彼と二人きりにされてしまった。

 彼を呼び出した友達は、適当なこと言いながら、いつの間にかいなくなっちゃって。

 残された私たちは。


 ひどくなりだした雨を、私は恨めしそうににらんだ。

 ちらりと横を見ると、川上もおなじように空を見あげてる。


 雨宿りに駆け込んだ、パン屋の軒先。

 ちょっと手を伸ばせば届くところに、川上はいる。

 でも。


「はぁっ」

「ため息なんかつくなよ」

「」


 私のほうを見もしない川上に、内心舌を出す。

 なんだか面白くない。

 私はもう一度気付かれない様にそっと息を吐き出した。

 はあっ。



 ヒトメボレ、って感じた。

 入学式の、桜の舞い散る中で彼を見たとき。

 その日は朝からなんかいいことが起きそうな予感があったし、すごくわくわくしてた。

 だから、ふと視界に入った彼のことを見たとき、ストンと胸の中に入り込まれて、私を見つめるその眼差しに揺れた。

 そして、優しげな笑顔に恋に落ちた。


 同じクラスだと知ったときは、ものすごく嬉しかった。

 間近で見た彼は、遠目で見たときよりもはるかにかっこよかったし、たくさん友達もいて、いつも笑ってた。

 でも、しばらくして気がついた。

 彼の優しさや、笑顔は。

 誰にでも同じだけ向けられる物だってことに。

 ううん。

 私以外の、ほかのみんなに向けられる物だってことに。

 川上は私にだけ、冷たかった。



「ちっ、なんなんだよこの雨」


 川上が、そう苦々しげに言いながらペタン、としゃがみこむ。

 私は、その言葉には答えないでスカートのすそを気にした。

 真横でしゃがみこまれると、ちょっと困っちゃう丈だった。手にしてたカバンで隠すしかない。

 これで見えないよね。

 と、川上のほうを見ると、こっちを見てた。それもちょっと不機嫌そうに唇を尖らせて。


「何よ」

「見られて困るんなら、そんな短いの履いてくんな」

「っ!」


 そうしてまた、つんと前を向いてしまう。

 その横顔を見慣れてる私は、いつものように気持ちが沈んでいくのを感じた。


 川上は、いつもこんな風で。私に冷たい。

 他の女の子たちには優しいくせに。


 私が一番最初に見た笑顔、あれは幻だったんじゃないかな。

 桜の花びらが私に見せた錯覚だったとか。

 今では、本気でそう思ってる。そう思ってるほうが、楽だし。


 来なきゃ良かった。


 私が川上のことをスキだって知ってる友達が、せっかく気を利かせてくれたけど、やっぱり、いつもと同じで川上は冷たくて。

 私つらいだけじゃん。

 川上は、私のことが嫌いなんだと思う。

 なのに、せっかくの日曜呼び出されて、私と二人きりにされて。

 これ以上、嫌われるの、やだなぁ。


「帰っても、いいよ」

「はぁ?」

「だから。帰ってもいいよ、イヤなら。みんなにはうまく言っとくから」

「」


 川上は、私なりの精一杯の言葉を聞いて、むっつりと黙り込んだ。


「あの?」

「誰がいやだっつったよ」


 相変わらず、私のほうを見ない川上が言う。


「え。でも」

「なんか話があったんじゃないのかよ。さっさと言え」

「話なんか」

「ないのかよ、そうかよ。ちっ」


 なんだか、川上の言葉はけんか腰だった。

 だんだんと腹が立ってくる。

 スキだからって。

 黙って聞いてること。ないよね、私。


「ねぇ、もう少しまともな口利けないの? えらそーにしてばっかでさ。あんたにバカにされるようなこと私ひとつもしてないわよっ」


 川上は、びっくりしたようにこっちを見た。

 あ。そうか。

 黙ってるから、こっちを見てくれないんだ。

 もっと言葉をぶつけてみれば、よかった?


「退屈だと思うんなら、帰ればいいじゃない。他の女の子を誘うとか、これからの時間を有意義に過ごす手段、あんたならいくらでもあるんじゃない? 女友達、たくさんいるでしょ!?」

「誰が退屈だっつったよ」

「退屈そうにしてるじゃない。ホラ今だってっ!あんたの携帯には女の子の電話番号山ほど入ってんでしょ? 私に遠慮なんかしてないで電話でもメールでもしてればいいじゃないっ。不機嫌そうな顔しないでよっ、他のコの前だったらいつも嬉しそうに笑ってるくせに!」

「それどういう意味だ?」


 アレ?

 もしかして私言わなくてもいいことまで言った?

 慌てて、そっぽを向く。

 もう知らない。知らない。川上なんてっ。

 八つ当たり? 逆切れ? 

 なんだかもうどうでもよくなってきちゃった。

 よくないのはわかってるけど。

 と、川上はジーンズのポケットから携帯を取り出した。そして、それを手の中で遊ばせる。


「友達の電話番号はな、そりゃ確かにいっぱい登録してあるさ。でもこの状況で電話したいと思うやつなんか、一人だっていねーよ」


 そうぼそりと川上は言うと、深く長いため息をついた。


「ため息なんかつかないでよ」


 川上が、私のほうを見てる。

 相変わらず、言葉は乱暴で冷たいのに。不思議に腹は立たない。


「バーカ。こんなにも鈍感な女、ため息のひとつでもつきたくなるっつーの」

「それってどういう」

「自分で考えろ」


 そうしてまた、川上は前を向いた。


 どうでもいいわけなんかない。ぜんぜんよくない。

 乱暴だけど、川上が私を見ながら言った言葉の意味を考えなくちゃ。言葉や、態度の裏に隠されてる、暗号みたいなあいつの気持ち。

 ほんとに? 

 期待がにわかに膨らんでいく。

 しぼんでた心が、それこそはちきれそうなくらい、めいっぱいに膨らんで。

 川上を見た。

 耳、少し赤い。

 なんでもないような顔してるけど。



「ね。傘ないの?」


 やさしい女の人の声が、私たちに向けられた。

 見ると、笑顔の女の人がいた。

 少し、その表情がさびしそうで、私は思わずうなずいていた。


「これ、あげる。使って?」


 女の人が差し出したのは、黒の男物の傘。


「え、でも」


 どうしたらいいんだろう。思わず川上のほうを見た。川上はじっとその人のほうを見てた。


「持って帰りたくないの。だからどうぞ?」


 女の人は、私のほうににっこりと笑いかけてから、傘を大事そうに、川上へと差し出した。

 川上の手が、それを受取る。ぺこんと、頭を下げたのが見えた。


「じゃ」


 あっさりと、そのまま行ってしまいそうな女の人の後姿に、


「あありがとうございましたっ」


 私は、慌ててお礼の言葉を言った。


 残された私たちは、川上の手の中の、一本の傘を見つめた。

 どうするよ?と川上の目が問いかける。

 私は、思い切って言ってみた。


「ユウたち、戻ってこないから」

「」

「ほんとは。私。、話したいことあって」

「知ってる。俺も話したいことあるし」

「え」


 川上が立ち上がる。

 そして手の中にある傘を、ぱっと開く。

 すらりとした背中。傘を握りめてる手。

 ああ、こんな瞬間にもスキだな、と思ってしまう私。


「ほら、入れよ」


 私に向けられた、傘の半分。


「え?」


 反応できずにいた私の手を、彼の手が握り締める。

 嘘。

 傘の中。

 距離のなくなった私と川上の間に。


「俺も、好きだ」


 そんな言葉が降った。


 俺も、って。俺も、って何よ。

 私まだ、何にも言ってないのに!

 だけど。

 真っ赤な顔した、不機嫌そうな顔を見ていたら。

 私はまた、スキだなぁ、なんてぼんやりと思った。

つながってますよ。

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