一本の傘
高校生。
心の準備も何にもナシで。
いきなり彼と二人きりにされてしまった。
彼を呼び出した友達は、適当なこと言いながら、いつの間にかいなくなっちゃって。
残された私たちは。
ひどくなりだした雨を、私は恨めしそうににらんだ。
ちらりと横を見ると、川上もおなじように空を見あげてる。
雨宿りに駆け込んだ、パン屋の軒先。
ちょっと手を伸ばせば届くところに、川上はいる。
でも。
「はぁっ」
「ため息なんかつくなよ」
「」
私のほうを見もしない川上に、内心舌を出す。
なんだか面白くない。
私はもう一度気付かれない様にそっと息を吐き出した。
はあっ。
ヒトメボレ、って感じた。
入学式の、桜の舞い散る中で彼を見たとき。
その日は朝からなんかいいことが起きそうな予感があったし、すごくわくわくしてた。
だから、ふと視界に入った彼のことを見たとき、ストンと胸の中に入り込まれて、私を見つめるその眼差しに揺れた。
そして、優しげな笑顔に恋に落ちた。
同じクラスだと知ったときは、ものすごく嬉しかった。
間近で見た彼は、遠目で見たときよりもはるかにかっこよかったし、たくさん友達もいて、いつも笑ってた。
でも、しばらくして気がついた。
彼の優しさや、笑顔は。
誰にでも同じだけ向けられる物だってことに。
ううん。
私以外の、ほかのみんなに向けられる物だってことに。
川上は私にだけ、冷たかった。
「ちっ、なんなんだよこの雨」
川上が、そう苦々しげに言いながらペタン、としゃがみこむ。
私は、その言葉には答えないでスカートのすそを気にした。
真横でしゃがみこまれると、ちょっと困っちゃう丈だった。手にしてたカバンで隠すしかない。
これで見えないよね。
と、川上のほうを見ると、こっちを見てた。それもちょっと不機嫌そうに唇を尖らせて。
「何よ」
「見られて困るんなら、そんな短いの履いてくんな」
「っ!」
そうしてまた、つんと前を向いてしまう。
その横顔を見慣れてる私は、いつものように気持ちが沈んでいくのを感じた。
川上は、いつもこんな風で。私に冷たい。
他の女の子たちには優しいくせに。
私が一番最初に見た笑顔、あれは幻だったんじゃないかな。
桜の花びらが私に見せた錯覚だったとか。
今では、本気でそう思ってる。そう思ってるほうが、楽だし。
来なきゃ良かった。
私が川上のことをスキだって知ってる友達が、せっかく気を利かせてくれたけど、やっぱり、いつもと同じで川上は冷たくて。
私つらいだけじゃん。
川上は、私のことが嫌いなんだと思う。
なのに、せっかくの日曜呼び出されて、私と二人きりにされて。
これ以上、嫌われるの、やだなぁ。
「帰っても、いいよ」
「はぁ?」
「だから。帰ってもいいよ、イヤなら。みんなにはうまく言っとくから」
「」
川上は、私なりの精一杯の言葉を聞いて、むっつりと黙り込んだ。
「あの?」
「誰がいやだっつったよ」
相変わらず、私のほうを見ない川上が言う。
「え。でも」
「なんか話があったんじゃないのかよ。さっさと言え」
「話なんか」
「ないのかよ、そうかよ。ちっ」
なんだか、川上の言葉はけんか腰だった。
だんだんと腹が立ってくる。
スキだからって。
黙って聞いてること。ないよね、私。
「ねぇ、もう少しまともな口利けないの? えらそーにしてばっかでさ。あんたにバカにされるようなこと私ひとつもしてないわよっ」
川上は、びっくりしたようにこっちを見た。
あ。そうか。
黙ってるから、こっちを見てくれないんだ。
もっと言葉をぶつけてみれば、よかった?
「退屈だと思うんなら、帰ればいいじゃない。他の女の子を誘うとか、これからの時間を有意義に過ごす手段、あんたならいくらでもあるんじゃない? 女友達、たくさんいるでしょ!?」
「誰が退屈だっつったよ」
「退屈そうにしてるじゃない。ホラ今だってっ!あんたの携帯には女の子の電話番号山ほど入ってんでしょ? 私に遠慮なんかしてないで電話でもメールでもしてればいいじゃないっ。不機嫌そうな顔しないでよっ、他のコの前だったらいつも嬉しそうに笑ってるくせに!」
「それどういう意味だ?」
アレ?
もしかして私言わなくてもいいことまで言った?
慌てて、そっぽを向く。
もう知らない。知らない。川上なんてっ。
八つ当たり? 逆切れ?
なんだかもうどうでもよくなってきちゃった。
よくないのはわかってるけど。
と、川上はジーンズのポケットから携帯を取り出した。そして、それを手の中で遊ばせる。
「友達の電話番号はな、そりゃ確かにいっぱい登録してあるさ。でもこの状況で電話したいと思うやつなんか、一人だっていねーよ」
そうぼそりと川上は言うと、深く長いため息をついた。
「ため息なんかつかないでよ」
川上が、私のほうを見てる。
相変わらず、言葉は乱暴で冷たいのに。不思議に腹は立たない。
「バーカ。こんなにも鈍感な女、ため息のひとつでもつきたくなるっつーの」
「それってどういう」
「自分で考えろ」
そうしてまた、川上は前を向いた。
どうでもいいわけなんかない。ぜんぜんよくない。
乱暴だけど、川上が私を見ながら言った言葉の意味を考えなくちゃ。言葉や、態度の裏に隠されてる、暗号みたいなあいつの気持ち。
ほんとに?
期待がにわかに膨らんでいく。
しぼんでた心が、それこそはちきれそうなくらい、めいっぱいに膨らんで。
川上を見た。
耳、少し赤い。
なんでもないような顔してるけど。
「ね。傘ないの?」
やさしい女の人の声が、私たちに向けられた。
見ると、笑顔の女の人がいた。
少し、その表情がさびしそうで、私は思わずうなずいていた。
「これ、あげる。使って?」
女の人が差し出したのは、黒の男物の傘。
「え、でも」
どうしたらいいんだろう。思わず川上のほうを見た。川上はじっとその人のほうを見てた。
「持って帰りたくないの。だからどうぞ?」
女の人は、私のほうににっこりと笑いかけてから、傘を大事そうに、川上へと差し出した。
川上の手が、それを受取る。ぺこんと、頭を下げたのが見えた。
「じゃ」
あっさりと、そのまま行ってしまいそうな女の人の後姿に、
「あありがとうございましたっ」
私は、慌ててお礼の言葉を言った。
残された私たちは、川上の手の中の、一本の傘を見つめた。
どうするよ?と川上の目が問いかける。
私は、思い切って言ってみた。
「ユウたち、戻ってこないから」
「」
「ほんとは。私。、話したいことあって」
「知ってる。俺も話したいことあるし」
「え」
川上が立ち上がる。
そして手の中にある傘を、ぱっと開く。
すらりとした背中。傘を握りめてる手。
ああ、こんな瞬間にもスキだな、と思ってしまう私。
「ほら、入れよ」
私に向けられた、傘の半分。
「え?」
反応できずにいた私の手を、彼の手が握り締める。
嘘。
傘の中。
距離のなくなった私と川上の間に。
「俺も、好きだ」
そんな言葉が降った。
俺も、って。俺も、って何よ。
私まだ、何にも言ってないのに!
だけど。
真っ赤な顔した、不機嫌そうな顔を見ていたら。
私はまた、スキだなぁ、なんてぼんやりと思った。
つながってますよ。




