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RAIN  作者: 恵奈
4/21

お天気雨

社会人。



 中途半端な天気ねぇ。


 空を見上げるとまだらの雲の間に、青い空がのぞいてる。

 どうせなら、一気に雨降るか、ぱーっと晴れりゃいいのに。

 どっちかはっきりしない、ってのは、私嫌い。

 黒なら黒。白なら白。

 はっきりしてるのが好きよ。


 近頃、恋人とうまくいかなくなってきた。

 会う時間もろくに作れないほど仕事が充実しすぎてて。

 そのしわ寄せがどっと来たような感じ。


 ……別れるつもりなのかしら。


 心当たりはあった。

 私が、あまりにも仕事を優先しすぎること。

 土壇場になってのキャンセルもつい金曜にしちゃったところだし。

 だけど、同じ課で働いたこともある同僚として、他の男よりは理解してくれてたとは思う。

 でも、そろそろ限界なのかも。

 それもしょうがない……、かな。

 だけど。

 それならそれで、はっきりとさせたい。

 自然消滅、なんて中途半端なのはイヤ。

 はっきり別れたほうがマシ。

 今日彼の様子を見て、結果次第では私からさっさと別れてやろうと決めた。




「久しぶりね」


 急な訪問に、彼は驚いてるみたいだった。

 会社ではほぼ毎日顔をあわせているが、プライベートでは久々だった。

 朝の10時になったところだが、彼はすでに起きていたらしく、身づくろいも済ませていた。


「入っても?」

「ああ、かまわないよ。……今日は休みだったのか」


 部屋の中に入ってコートを脱ぐ。

 彼は私の分のコーヒーを入れて、そのままダイニングのテーブルに寄りかかるようにしてこっちを見ていた。


「ええ。毎週毎週休日出勤してはいられないわ」


 彼は軽く眉を上げて、どうでもいい、という風なポーズを作っている。


「ねえ。……突然来て迷惑だったかしら。誰か来る予定があるとか?」


 ほかに女がいるのなら、話はカンタンだと思った。

 私を選べないなら、続ける意味もないし、別れないと言い張る気持ちもなかった。


「いや、別に来客の予定はないよ。……でもちょうどよかった。時間をとって欲しかったんだ」


 康弘のその言葉に、少し心が引っかかる。

 時間をとって……何をするつもりだったの?

 急にそわそわとして、部屋を見回した。

 テーブルの上には、書類やノートパソコン。


「仕事、急ぎ?」

「いや。ただの持ち帰り。残業するより、家でするほうがはかどるってだけ」


 私は落ち着けるように、彼の座っていた形跡のあるソファーにコーヒーを持っていって座った。

 一口、二口、と熱い琥珀色の液体を飲む間待ってみたが、彼のほうはダイニングテーブルのそばを自分の居場所と決めたようで、こちらに来ようとはしなかった。


 ……ああ、そうか。

 そこで私ははっきりと悟った。

 彼の中には、もう私に対する気持ちが少しもないことを。

 思わず、コーヒーカップを持つ手が震えた。

 自分から別れを切り出してもいい、そんな覚悟をしてきたつもりだったのに、思ったよりも動揺してしまった自分に驚く。




 彼は私よりも年下だった。

 入社した時期も2年ほどずれているし、先輩としていろいろと世話を焼いたこともある。

 整った顔立ちなので、たまに見せる笑顔に見惚れはしたが、最初恋愛感情はなかった。 だが、仕事を覚え、それなりの業績を上げるようになったときにほんの少し見方を変えた。

 だから、彼から切り出した『つきあう』という提案に驚きはしたが、悪くはないと受け入れた。

 1年半ほど、それなりに楽しく過ごしたと思う。

 おかしくなったのは……夏前の急な人事異動から。

 私のほうが、残業や取引先との付き合いの多いセクトに移ってしまった。だから、必然的に以前と同じままのペースで働ける彼とは、すれ違いが増えていった。

 ……強がりな私が、心の中で呟く。

 こんな、度量の狭い男なんかさっさと捨ててしまえばいい。

 仕事する女を理解できないような男なんて、私にはいらない。

 ……はっきりさせてしまおう。

 無意味な恋愛を続けられるほど、私は暇じゃないの。そんなことするぐらいなら、その分の力を仕事に向けたほうがマシ。

 自立するためには、仕事することは大事だけど、恋愛なんて……別にしなくても生きていけるもの。


「……別れ話?」


 じっと見つめたままでその言葉を告げた。

 口に貼り付けた装いの笑みが、彼に通じてるよう願いながら。

 彼は一瞬びっくりしたように目を見開いたあと、目をそらすことなくうなずいた。


「理由を聞いてもいいかしら」

「……できれば言いたくない」

「聞きたいの。話してくれる?」


 彼は視線を中にさまよわせたあと、コーヒーを飲んでから口を開いた。

 私は彼の言葉を一言も漏らすことのないようにしっかりと意識を集中した。

 自分を捨てられたかわいそうな女だとは思いたくなかったし、彼がつまらない言い訳を並べるようなら器の小さい男だと罵ってやろうと思った。

 私を振るなんて、バカな男、と。

 思えば。……その時の私は必死だったんだと思う。

 考えてる以上に、彼を好きになっていたから。


「他の女を抱いた。……利香を裏切ったんだ、俺」


 彼は目を見たままそう言った。

 予期していた言い訳とまったく違う言葉を聞かされて、私は少なからずパニックになった。

 仕事柄得意なポーカーフェイスを仮面のように貼り付けて笑う。


「そんなこと、わざわざ言わなきゃわからないわよ。……バカじゃないの?」


 浮気されることはもちろん嫌だし、ルール違反だと思う。だけど、相手が知らないままなら、なかったのと同じ。女の私より、男の彼のほうが陥りやすいタブー。

 それぐらいのことは許容範囲以内で、別れる理由にはならない……んじゃないの?

 それなのに、わざわざ言うってことは。

 次の彼の言葉は予想できた。


「ちょっとした遊びのつもりだったんだ。……でも……」

「本気になってしまったと?」


 彼の言葉尻を引き継いだ私に、彼は力なく笑った。


「情けなくて、ゴメン」


 ああ、と落胆した心を私は必死に隠した。


「いいわ。別れてあげる。……ナニ、その顔。不満? すんなり別れてあげるって言ってるのに」


 彼は黙ったまま首を振っただけだった。


「帰るわ、私」


 飲みかけのコーヒーをテーブルに置き、私はコートを手にした。

 横を通り過ぎるとき、彼の手が私の腕をとる。


「何?」

「俺のこと、好きだった?」

「……」


 最後の最後に、何を聞くんだろうと耳を疑った。


「1年半も付き合ってきたのよ?……それなりに好きだったわ」

「それなりに、か……」


 彼は身体の向きを変えて、私の正面に立った。


「利香は一度も俺に甘えてくれなかった。俺は、それがさびしかったよ。年下だけど……、俺も男だから」

「……」

「……一度ぐらい、利香の涙を見たかった」

「今更泣いてどうなるっていうの? あなたの気が変わるとでも? バカみたい。……それに知ってるでしょ、私が涙なんかを武器にしないことぐらい」

「そうだな。……そうだな、そういうところが……好きだったんだけどな」


 彼の呟きを、最後まで聞かずに、私は腕を振り切った。


「……さよなら、康弘」




 涙を見たかった、ですって?

 私のこと涙もない女だとでも思ってるのかしら。

 ……泣けるわよ、いつだって泣けるわよ。

 強がりの私なんか、すぐ引っ込んじゃって、泣き虫の私がすぐにでも顔出してくるんだから。


 好きだったか、ですって?

 好きよ。

 好きだったに決まってるじゃない。今だって進行形で好きよ。

 ……急に嫌いになんてなれるわけないじゃない。

 甘えて欲しかった、ですって?

 りりしくてカッコイイ私のことを好きになったって、最初に言ったの誰よ。

 ……甘えられなかったのよ。


 本当の自分を出せなかったのよ……。


 心の中の呟きがだんだんと口から漏れる。

 素直になれなかった自分と、本当の自分を出せなかったことを心から悔やむ。

 それでも、断固として、すでに私に心がない男のことをつなぎとめることだけはしたくなかった。

 損な性分だとは思う。

 オール・オア・ナッシング。

 黒か白か。

 ……バカばかしいったらありゃしない。


 1年半をかけた私の恋は。

 最後の最後に、「好きだった?」なんて疑問ぶつけられて。

 なんてサエないのかしら。


 街中でぶつぶつ呟く私を、通りすがりの人が振り返ってることも気付かず、一人のときしか泣けない自分を抱きしめたくなる。

 ふと気付くと、ぱらぱらと雨が降り出していた。

 見上げると、合間に青い空。


 中途半端な天気ねぇ、ほんと。


 さっきとは違った気持ちで空を仰げた。

 まるで私の分身みたい。


 泣くか笑うか、どっちかにしろっての。



  ……次はもっとマシな恋をしよう。





へたれ発見!

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