秘密
なにくわぬかお。
秘密、秘密。
「彼と、別れたの」
彼女の流す涙を見たくなくて。
窓ガラスを伝う雨のしずくを眺めてた。
「そう…」
私の返す言葉は硬い。
薄情だと彼女は思うだろうか。
だけど、なんて言葉を書けたらいいのかなんて私にはわからない。
同情されたい?
かわいそうだと。
優しくされたい?
あなたには似合わない男だったと。
慰めて欲しい?
もっといい恋があなたを待ってるのと。
少し肌寒くなった季節。
頼んだアイスティーの氷は溶けることなく。
ストローを動かすたびにカランと軽やかな音を立てた。
「彼のことが好きだったの、本当に好きだったの」
彼女の声は心の慟哭。
不安げに震えて、彼女の悲しみを表していた。
ええ。知ってる。
「別れる理由を彼は言ってくれないの、どうしても」
戸惑いはハンカチを握り締める指に表れていた。
納得できない、と。
だけどたぶん何も変わらない。
ええ。知ってる。私は。
彼女の愛してた彼は、けっして彼女に話したりはしない。
だけど、私にはわからない。
真実を告げないのは、エゴからなのか、優しさからなのかを。
雨のしずくを見つめ飽きた私は、彼女の顔を見た。
赤くなった目。零れ落ちていく大粒の涙は、彼女の頬を次々に伝い落ちていく。
その涙を美しいと思う私は目をそらす。
彼女が失くしたものは、私の中にあった。
―――きっと誰にも言えない。
誰にも祝福してもらえない。
私の恋。
彼女の恋人を愛した罪は、報われたあとのむなしさを伴って成就した。
彼女に真実を知らせるのは簡単。
罵られるのも簡単。
だけど、それでは罪を赦されたことにはならないから。
たとえ二人手を繋いで歩くことが出来なくても。
誰にも言えなくても。
私は彼を愛し、彼は私を選んだから。
彼女の流す涙は、私にはまぶしすぎる。
私の言葉はすべて嘘でしかないから。
ただ聞くことでしか、彼女に応えられなくても。
ただ黙って見つめることも無く、ただそばにいることだけ。
何もかもをこの胸の中に秘めて。
たとえ彼女がこの次の恋で幸せになったとしても。
私はこの恋が破滅を迎えたあとも、秘密を守り抜く。




