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RAIN  作者: 恵奈
19/21

傘の下に心ふたつ

高校生。

 


 あーあ。家に帰るまでぐらいもつと思ったのにナァ。





 昇降口から黒い空を見上げた。雲は分厚くて太陽の光はまったく届いてない。

 まだ時刻は3時なのに夕方みたい。

 静かだけど細い雨は景色のすべてをくすませている。

 私の足で走っても、最寄の駅までは6分。傘を差さないで強行するにはちょっと無謀だとわかっていた。きっと頭のてっぺんからあしの先っちょまでずぶぬれになっちゃうよね。

 そうしたら、帰って着替えなきゃいけないし。

 時間。それがちょっと心配。

 こんなことなら、ちゃんと母さんの言うこと聞いて傘を持ってくればよかった。


 どうしよう。


 いつもより少し早い下校時刻。帰り支度の済んだ生徒は予想外に少なくて。さらに数の少ない顔見知りの中に同じ駅の子は一人もいなくて。

 寄生する傘を見つけられず、いくつもの傘をあいまいに笑いながら見送った。


 間に合うかなぁ。


 確実に迫ってくる時間を思うと、悩んでる時間すらない。

 ダッシュして、濡れるのを最小限に努力しながら行くしかないかな。

 駅までにある雨宿りできそうな軒先ってほとんどないじゃない。

 ほとんどもう絶望的で。

 ため息を吐いたらそのまま_| ̄|○と崩れてしまいそう。


 誰か助けてよう。


 最後の望みを託して後ろを振り返ると、なじみのある茶色い頭が目に入った。

 よりにもよって、こいつとは。


「進藤」


 呟いた名前は、雨の音に消されることなく一人の男子生徒の耳に届いたらしい。

 あたしを見つけると、唇の端をゆがめるようにして笑った。


「なんだよ、傘なしか?」

「まあ、ね」


 彼の手には折りたたみの傘。

 そういえばこういうところきちんとしてたやつだったっけ。

 そんなことをぼんやりと考えながら、最後の望みも絶たれたことにうなだれた。

 進藤の使う駅は、私の目指す駅とは真反対。

 しかたない、本気でダッシュするしか道は無いかも。

 そんな私に彼が言う。


「入れてやってもいいぜ」

「とか言ったって、方向違うし」


 ほんとにたちが悪い。

 睨むには気力が足りなくて、空を見上げた。


「今日はそっちの駅に用が在るから」

「珍しいこともあるもんだね」


 窮屈そうに収まってた傘が広げられ、誘うように私に傾けられた。




 進藤とひとつの傘の下にいるなんて、初めてだった。

 半年近く付き合ってたこともあるのに、と不思議な感じだった。


「あのなぁ、もう少し寄り添うとか考えろよ。そっちの肩、濡れてんじゃねぇ?」

「傘、小さいし」

「文句かよ」


 ため息交じり。

 だけど進藤がとった行動はめちゃ意外で。ぐいっと傘を私のほうへと差し出した。


「なに?いいよ、進藤が濡れるじゃん」

「お前がびしょぬれになるよりは格好つくし」


 八方美人な発言。

 それでも自分を犠牲にしてくれてる進藤に言い返すことなんてできなくて、できる限り譲歩を試みてみる。

 その結果。遠慮がちにではあるけれど腕が触れた。

 想像するに、第3者的にはものすごく初々しそうなカレカノに見えてたりしない?

 別れて随分たつ、今頃に?

 そう思ったら、とたんに気恥ずかしくなった。

 今更離れたりなんかしたら不自然だし、かといって普通の顔してるの無理っぽいし。

 傘に入れてもらえてすごく助かってるけど。

 感謝してるけど。

 やっぱり雨の中ダッシュしたほうが気楽だったかも。


 別れた彼氏、って。ビミョウだよね。




「あのさ。モトカノに優しくしてたらイマカノが妬くんじゃない?」

「ああ大野? 振られたし」

「はい?」


 大野と別れた?

 実際に初々しい感じだった当時のあたしと進藤の間に割り込んできてかっさらっといて。


「振られたって?」

「繰り返すなよ。てか、今になったらよくわかる。悪気はないんだろうけど勝手に盛り上がって勝手に冷めて。はた迷惑な女だったみたいだな」

「あー……」


 なぐさめてくれた友達が似たようなことを言っていた。

 でもなかなかそんなことでは慰められなかったし、進藤のことが好きだった分、泣いたし、恨んだ。

 大野のことも。そんな彼女にころっとのりかえた進藤のことも。

 今はもう、済んだことだとわかっているけど。

 今更こだわりたくも無いけど。

 もう怒ってないけど、それは『許した』わけじゃなくて。

 たぶんそんな感じのことが、あたしと進藤の間に流れる空気が微妙になる原因。

 平静を装っていても、友達には戻れない、理由。


 だから。


「わるかった、な。おまえのことわがままだとか言って。たぶん俺がのぼせあがってただけだ」


 そう言われても、


「もう、ダイジョウブだから」


 ダイジョウブなのは嘘じゃないけど。

 悪かった、なんて今更の言葉に、いいよ、とは返せなかった。





 沈黙のまま、いつのまにかもう駅はすぐ近くで。

 駅前のビルの軒先に飛び込んだ。

 ぽっかりと開いた傘下の片側をそのままに、進藤があたしに笑顔を見せる。


「もうほかに付き合ってるやついるのか?」


 黙ったままのあたしにまた唇の端をゆがめて笑った。


「今度は年上のほうがいいんじゃねえ?オマエがわがまま言ってもにっこり聞いてくれるような」


 その言葉に、距離があった。


 ああ、そうだよね。許すとか、許さないとか。もう関係ないのかも。

 だって、終わってる。

 もうあたしと進藤は。

 そう思ったら、意識してた自分が恥ずかしくて。

 悪かった、と言ってくれた進藤のことを素直に受け入れることができた。


「大きなお世話です。でも昔のよしみで許したげる。実際はその通りかも。おかげさまで今はあまやかしてもらってます」

「ガッカリだなぁ」

「自分勝手」


 わざとらしいリアクションに、シビアにレスできる。


「とかいいながら嬉しそうに笑うなよ」

「嬉しそう? そうかな。和解、になる? これ」

「どうだろな」


 友達、に戻れるのかな?

 進藤に対してそう感じた。

 たぶんそう感じさせているのは、今の彼との恋が順調だから、なんだけど。

 私も自分勝手だな、とか内心笑ったけど。


「あわよくば、と考えてたりもして」


「え?」


 進藤の投げた言葉が、波紋を作った。

 表情を探っても、その真意はわからなくて。


「急いでるんじゃなかったか?」

「うん、そうなんだけど」

「じゃあまた今度な」

「うん」


 なにがまた今度なのか。

 聞き返せない雰囲気に圧されて身体を駅のほうに向けた。


「あの、ありがとう今日は助かった」

「困ってる美咲をほっておけないだろ。じゃ、な」


 そんな優しい言葉、付き合ってるときにだって聴いたこと無いし。

 っていうか、それを捨て台詞にして帰る!?

 遠ざかる後姿を、複雑な思いで見送る。

 どういう意味?

 消えたと思ったわだかまりの代わりに沸いた不思議な気持ち。

 正直、もてあます。

 もう、終わってるんでしょ?




 改札に入るとき、目に入った遠い後姿はまっすぐ今来た道をたどっていく。

 アイツ。

 こっちの駅に用事なんか無かったんだ。



 そのことに気付いてしまった自分が、少し嫌いになった。




美咲と進藤。非カプ。

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