雨がやってくる
不定期遠距離恋愛。
「え? なに? 聞こえない」
声が、遠かった。
オマケに電波の状態も悪いらしく、雑音が混じって彼の声が探しづらい。
仕事であちこち遠くへと行かなくてはならない彼。
いつもメールをくれてたけど、それだけじゃ足りないの、と泣いた私のために毎日夜電話をかけてきてくれるようになった。
……それでも、足りないの。
触れることの出来るキョリでいてほしい。
本当はそう言って泣き喚いてみたい。
でもそれがとても子供じみた、ただのわがままだってことぐらい、私もわかってるから。
懸命に彼の仕事を理解しようと、努めてる。
「今日はどこにいるの?」
返ってきた言葉に、思わず絶句。
テレビでしか見たことのない土地の名。
『今日はずいぶん走ったからな』
そんな能天気に言わないで。
あなたはどれほど私が心配をしているのか全然わかってないのね。
海の向こう側の土地、何百キロと隔てられてるという事実に、私がどんなに不安を感じているのかきっと想像もつかないのね。
「大丈夫?ちゃんと休んでる?」
ほんの少し心配の滲んだ私の声にどうか気付いて。
気丈に振舞ってあなたのことを諌める私を、うるさいなんて思わないで。
あなたのことが、本当に心配なだけだから。
『―――うん、大丈夫。無理はしてないよ』
落ち着いてゆっくりと答える声は、少しやさしく聞こえた。
―――愛されている、そう思える瞬間。
会えない時間は不安を育てていく。
彼は無事だろうか。
無茶したりしてないだろうか。
どこかよその人に心を動かされたりしてないだろうか。
表情や体温で確かめることの出来ないときは。
10cm×5cmのちっぽけな電話から出る電波だけが、私の恋の命綱。
面倒だなんて決して思わないで。
ちゃんと気持ちを言葉にして、何度も私に言い聞かせて。
好きだよ、って。
待っていることしか出来ないから、不安を感じずにはいられないから。
そんな私のことを、わかってほしいの。
見上げる夜空。
空は彼の頭上までちゃんと繋がっているよね。
「ね、見える? 星、今日もキレイだよね」
大きな星なら、きっと彼のいる場所からも見える。
街の灯りに負けない星の光を、一緒に見あげていることで感じる、本当にささやかな幸せ。
『残念。…こっちは大雨』
こんなに晴れているのに。夜空には雲ひとつないぐらいに。
『夜になったとたん、急に降り出してさ』
耳を澄ますと、雑音だと思っていたのは、雨の音だったのに気がついた。
雨のにおいなんて少しもしないのに。
………そんなにも、私と彼は離れているんだ。
改めて思い知らされる現実に、心が痛くなった。
「……遠いね」
『……………………』
沈黙は、彼の戸惑い。
ごめん、弱くて―――。
強くなりたいと願ってはいるけど、やっぱり不安に負けてしまう私。
―――ごめんね。
『……この雨雲さー、ゆっくりと北上してくんだって。明日にはそっちに雨降らすんじゃないか~?』
彼の声は、わざとらしいほどの明るい声で。
「明日?」
夕方見たテレビの天気予報を必死に思い出す。
そう言えば、雨の予報だったっけ。
いやだな、って思ったっけ。
『オレ、ゆっくりと雨雲の後を追っていくから』
「え?」
『雨が止んだら、会えるよ』
「―――うん。待ってる」
雨が彼を連れて帰ってくる。
そう思うと、明日の雨も待ち遠しい。
「気をつけて、帰ってきてね」
……私のところに。
『まかせとけ』
彼の言葉が、私を強くしてくれる。
ありがとう。
雨の降る夜空を見上げている彼の姿を想った。
愛してる、と気付く。
きっと。――――――同じ、気持ち。




