記念日
帰郷。
差した傘からぽたりぽたりと、雫が落ちていく。
雨宿りしきれない傘に降る雨のせい。
足元に出来た水溜り。
スニーカーの底を埋めて、少しずつ内側に入り込んでくる。
地面に落ちる雨のしずくは、土と混ざって雨の日独特のにおいであたりを染める。
鳴きやんだセミの、晴れ間を待つ沈黙に少し同情した。
―――待つのは慣れてる。
汗が流れるほど暑い日でも、思わずコートの襟を合わせたくなる寒い日でも。
ゆっくりと身体を湿らせていく、こんな雨の日でも。
楽しいとすら、感じる。
雲が重なる灰色の空を見上げる。
キラキラと反射しながら降ってくる雨は、思ってるよりずっと綺麗で。
くるくると傘を回して、雫を飛ばすのも好き。
足早に雨を毛嫌いしながら行き交う人には、きっと分からない。
時計を見て、時間になったことに気付く。
1時間に一本しか電車のない路線の都合で、どうしても出来てしまう待ちぼうけの30分。
やっと、彼の乗った電車が着く。
「家で待っていればいいのに」
と、彼は電話越しに笑うけれど。
30分空の下で待つことで、30分早く会えることを知らないのかな。
だからほら、こんなにも待つのは楽しい。
ゆっくりとホームに滑り込む電車。
一瞬だけ、扉のところに立つ背の高いシルエットが見えて。
雨の中、走り出てその姿を追う。
扉が開く前に、二人で笑顔を交わして。
「おかえり!」
「ただいま!」
重なる言葉。
同じ気持ちだと、嬉しくなる。
ずっとずっと『距離』の顔色を伺うように恋をしていた。
そばにいて欲しいと思っても、それを言葉に出来ない恋だった。
夏と冬に一度ずつ帰ってくる彼を信じて。
電話越しの、言葉一つ一つを信じるしかなかった。
―――それも、もう終わり。
雨の降っていない土地から帰ってきた彼のために持ってきた一本の傘を差し出して。
その代わりに、と差し出された小さな箱を受取る。
中には、きっと約束のリング。
「えっとえっと」
「返事はあとでいいから、とりあえず
キスさせて。と彼。
えっとですね。
彼がローカル線連絡駅Aに11:30に着く電車に
乗って帰ってくるわけです。
で、彼女は一時間に一本しか電車の来ない地元B駅から
10:30発の電車で30分かけてA駅に行くわけですよ。
当然11:00に着くから、
彼の電車が来るまで30分待ちぼうけを食うわけ。
でもね、それを苦とも思わない。
地元B駅で彼を待つとしたらね、
11:30にA駅に着いた彼が例えすぐ電車に乗れたとしても
会えるのは30分後の12:00。
ね。待ちぼうけ30分で、30分早く会えるでしょ。
…間違ってないよね?




