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RAIN  作者: 恵奈
14/21

レインブーツ

社会人カプ。



「あ。そうだ、ちょっと付き合ってよ」


 通り過ぎようとする彼の服を、引っ張る。


「ん?」


 一軒の靴屋の前だった。

 人の流れを寸断するかのようにして、彼と店の中へと入る。


「新しい靴買うの?」

「ん」


 彼の言葉が素通りする。

 私は店内をきょろきょろとして、目当てのものを探した。


「あった」

「長靴?」

「やだ、レインブーツって言ってよ。毎年つい買いそびれるのよねー」


 まだ梅雨入りもしていないのに今年はよく雨が降る。

 今まで毎年のように靴を駄目にしていたことを思うと、この辺で一足買っておいた方が賢明かもしれない。

 撥水加工してあるものの中から、シンプルなものをと思いアイボリーのサイドゴアブーツを手に取った。


「スーツにこういうのは、ちょっとイメージ違うかなぁ」

「ゴムの部分がけっこう細いし、いけるんじゃないか?それにしてもこんなのもあるんだなぁ」


 もう片方を、彼の大きな手が持ち上げた。


「子供がはくような黄色の長靴とか、魚屋のおじさんがはいてるような黒い長靴しか知らないんじゃない?」

「うっ」

「男の人はそのまま強引に革靴で行く人のほうが多いか」

「俺もそうだ。と、サイズ無いんじゃないか?」

「えー?」


 棚と、その周辺の箱に入ってる在庫の分を見ても私に該当するサイズのものは見当たらなかった。

 豊富にあるはずのサイズだけど、その分売れるのも早いらしくてこういった経験は初めてじゃない。


「スイマセン、このブーツはここにある分で全部ですか?」


 少し離れたところで、彼の声がした。


「このブーツはそうですね人気のある商品なんですよ」


 さっさと行動してくれた彼に感謝。

 私は肩をすくめて、大き目のもので妥協するか、とサイズの大きなものに足を入れてみた。


「どう?」

「だめ、ぶかぶか。ああ、コッチもだめだわ」


 大き目のサイズも、小さめのサイズも、どうにもしっくりとこなかった。


「取り寄せしてもらうか?」


 わたしはどうしようかと目の前に並んだレインブーツを眺めた。

 そして、ふと幼かったころを思い出した。


「そういえばさ、私子供の頃に赤い長靴が欲しくて欲しくて。でも親はそれを買ってくれなくて」

「ってことは黄色?」


 手にしてたブーツを棚に戻した彼が、のんびりと聞き返してくれる。


「それならまだマシよ。兄のお下がりで、青色だったの。友達が履いてる赤い長靴がうらやましくてしょうがなかったわ」

「じゃあ、赤い長靴買えばいいじゃん?」


 のん気な彼に、思わず笑う。


「今? やめてよ、大人サイズの赤い長靴なんて可愛くもなんとも無いじゃない。それにそれを履いて仕事にはいけないわ」

「そういうもんか?」


 彼は肩をすくめると、その大きな手のひらで私の手を包んだ。

 ほっと心まで包まれた気がして、私はないものねだりの気持ちから手を離した。


「決めた。縁がなかったということで、諦めるわ」

「いいのか?」

「うん」


 そう言えば、いつもこんなふうに買うのをやめていたんだ、と気付く。

 手にいれる手段はあるのに、私はそれを最後の最後で使わない。

 だけど、今日は物足りない寂しさを感じずにすんだ、と思った。

 ―――本当に大切なものは、ちゃんと私の手の中にある。


「行こっか」

「ああ」


 彼の手をぎゅっと握り返して、私たちは店を後にした。






 ―――数日後。



『明日は雨らしいな。だからさ、今からそっちに泊まりにいってもいいかな?』


 少し遅い時間の、彼からの電話だった。

 明日が雨だから、泊まりにくる?今から??


「かまわないけど」


 不透明な電話にいろいろと考え込みながらも、私は彼が来るのに備えて部屋を少し片付けることにした。

 それからしばらくして、私の部屋へとやってきた彼は、リボンの付いた箱を持っていた。

 それもふたつ。

 彼は明日仕事に来ていくためのスーツを私に預けると、机の上に小さな箱と大きな箱を並べた。


「大きいのと、小さいの、どっちから開ける?」

「なに、私に?」

「そ」


 戸惑っている私を見ているのが楽しいのか、彼はニコニコと笑っていた。

 なにかしら。

 悩んでいるうちに、彼の笑顔が伝染した。

 昔話に似たようなシチュエーションがあったな、と思い、私は敢えて大きい包みのほうを指差した。


「開けるね?」


 リボンを解き、箱のふたを開ける。

 そこには、店にサイズが無くて諦めたアイボリーのレインブーツが入っていた。サイズは、もちろん私のもの。


「ついつい気になってさ、靴屋を見かけるたびに探してたんだ。今日の午後見つけたばっかりでさ、明日の雨に間に合ってよかった」


 彼は私以上に嬉しそうにしてそう言った。

 私は、探して買ってきてくれた彼に感謝しながらも、どこかピースが欠けているような気がして素直に喜べなかった。


「ありがとう、いいの?」

「もちろん。ほら、もうひとつも開けて」


 もらったばかりのブーツを箱の中にそっとしまって、私はもうひとつの箱に手を伸ばした。

 大きさは、2分の1ぐらい。

 さっきのと同じリボンを解いて、そうっとふたを開けた。

 そこには。


「!」


 びっくりして何もいえない私に、彼はただ微笑んでいただけだった。

 不覚にも涙が滲む。

 ―――赤い、ちいちゃな長靴。


「信じられない、どうするのよこれ」


 サイズを見ると、15センチとあった。2、3歳ぐらいの子供のサイズだろうか。


「貴子が欲しがっていたやつ。だろ?」


 イタズラっぽい笑顔が、私に笑いかける。


「そうだけど履けないじゃない。ううん、ごめん。すごく、うれしいの。ほんとに」

「うん」


 彼がのそのそと四つんばいでこっちにきて、私の身体を抱きしめる。

 私は自分の手のひらに、ふたつのかわいらしい赤の長靴を乗せた。


「大事にするね。ふたつとも。ありがとう」

「うん」


 満足そうな様子の彼に、私はそっと身体を預けた。






 ―――翌朝。



「あ。そうだ」

「なあに?」


 私よりも先に家を出なくちゃ行けない彼が、靴をはきながら振り返った。

 彼の足の横には、買ってもらったばかりのレインブーツ。

 それを見てつい嬉しくなって笑ってしまう私を、彼がぎゅっと抱きしめる。


「あの赤の長靴だけど」

「うん」


 靴箱の上に可愛く並んだ様子をちらりと見ながら彼が言う。


「大事にしてやってくれ。俺たちの娘が、履けるようになるまでは、な」

「え」

「じゃ、行ってきますっ」


 照れたのか慌てて傘を掴んで出ていく彼の背中を、笑いながら見送った。

 遠くない未来に、そんな日がきてもおかしくは無いわね。

 私は、小さな長靴をそっと指先で撫でた。


 そして、少し心配になる。

 子供が男の子だったらどうするのかしら。

 ふっと、笑ってしまう。


「康弘のことだから、女の子が生まれるまでがんばっちゃうかもねぇ」


 誰もいない玄関で、ひとり長靴に向かってつぶやいた。




康弘×貴子@偽りの恋人

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