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RAIN  作者: 恵奈
13/21

領空侵犯

高校生。

 


「雨、好きなの?」



 ―――誰だ? コイツ。


 白い歯。

 愛想笑いじゃなくて、大きな口。

 浅黒い肌に、まっすぐな視線。


 突然私のテリトリー内に現れた男は、まず第一声そう聞いた。




 本当は、3年の校舎の屋上がお気に入り。

 だけどたいていそこはカップルとか、ちょっとワルそーなヒトとかがいて、あんまり居心地がよくない。

 眺めだけだったら、1、2年の校舎でもいいんだけど人口比率が高くてうるさすぎ。

 穴場の西棟の屋上はあいにくと立ち入り禁止だし。

 だから私は、仕方なくここにいるの。

 球技体育館の3階。

 隅のほうで暗幕に隠れているドアを抜けて、ちゃちな非常階段のイチバン、上。

 錆びた鉄の、素っ気無い階段。

 屋根なんかも無くて、ふきっさらし。

 でも居心地がいい。

 周りには誰もいないし、みんなの声も遠くから聴こえる程度で。

 建物の反対側にある階段だから、誰に見られることもなくて。

 周囲に高い建物がないから、視界が広くて。

 ぼーっと何にも考えずに空を眺めているのには、最高。


 逃避、と言うにはちょっと幼稚なんだけど。

 私は、他のヒトより「一人で過ごす時間」が多く必要だった。




「いきなりで悪いんだけど、ちょっとかくまって」



 ―――勝手に座らないでよ。


 荒い息。

 引き締まった腹筋。

 額から流れた汗を、Tシャツの裾をぐいと持ち上げてぞんざいに拭いた。

 その男は、沈黙を都合よく解釈して壁際にぺたりと座り込んだ。

 ここまで一気に階段を駆け上がってきた、ナゾの男。

 遠くから2、3人の呼び声。

 マサト、と。


 あんたのこと?


 と、目で問いかけると、ソイツは肩をすくめながらうなずいた。

 ああ、と私は納得した。

 カリノ マサト。

 聞いたことがある。

 体育会系クラブからのしつこい勧誘から逃げまくってるやつがいると。

 中学のときに暴力事件を起こしたことを差し引いても魅力的な運動神経があるらしい。

 本人には入部する気がまったくないにもかかわらず。

 私がそんなことを考えながら顔を見ていると、彼は茶色に染めた髪をかきあげ、少しひねたカンジに目を逸らした。

 その様子は、なぜかいじっぱりな幼い少年を連想させた。

 直感はあてになるだろうか。

 暴力事件。

 その当事者だとは、あんまり結びつかなかった。

 自分勝手に腕を振り回して周囲に迷惑をかけるようなタイプにはどうやっても思えなかった。


 呼び声が近くなってきた。

 私は踊り場から下ろした足を揺らしながら、地上を見下ろすと、数人の男子生徒が眼に入った。

 着ているユニフォームから、野球部とテニス部だと判断が付く。

 彼らはしばらくきょろきょろとしたあと階段を見上げた。

 たぶん、マサトの姿は目には入っていないと思う。

 ヒマそうな女子生徒、つまり私しか見えていないはず。


「なー、そこの。ついさっき男子生徒が一人こっちにこなかったかー?」


 一瞬、どうしようか考えた。

 ここにいる、とバラすか。

 知らない、とシラを切るか。

 私は黙ったまま人差し指を立てて空を指差した。


 ―――あんたたちの探してるオトコは、私の後ろで空を見てるよ。


「ワケわかんね。おい、あっちいくぞ」


 結果としては、マサトの希望通りになった。

 彼らは、足早に発見確率の恐ろしく低い人間を探して遠ざかっていった。

 戻ってくるのは、平穏。

 風と、空と、雨。

 ただひとつ、背後の男を除いて。


 静かになって、そのあとしばらく経ってからようやく彼がつぶやいた。


「お礼言うべきかな。奴らの中にカンの鋭い奴がいなくてよかった」


 彼は立ち上がると服に付いた細かな雨雫を払い落とした。

 彼の影が、私の上にのしかかる。

 そうして―――気付く。

 彼の身体が、雨をさえぎっていることに。


 私はゆっくりと見上げた。

 うす曇の空に、細い雨。

 そして、彼。


「うん、好き」

「!」


 彼は一瞬、心底驚いた顔で私の顔を見つめ、それから笑った。



 ―――『雨』が、ね。




「今頃その返事かよ!」

というツッコミで。


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