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崖っぷち魔術師は嘘をつく~一夜の過ちを犯した相手には、好きな人がいました~  作者: 瀬尾優梨


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5  決死の救助

 夜、ミランダの姿は帝城内の薬品庫にあった。


(解毒剤……これかしら)


 魔法で外から侵入したミランダは手のひらに灯した灯りで室内を照らしながら、薬の瓶を一つ一つ確認していく。魔道学院の教養科目に薬品学があり、薬のラベルの見方などに関する最低限の知識があって、本当によかった。


 解毒剤は複数種類あるが、たいていの毒薬は解毒剤とセットになっている。宰相と話していた者が、「既に毒薬は送っている」と言っていたから、毒薬の中である程度中身が減っているものに目星をつければ、だいたいの種類は定められる。


 幸い、解毒薬は複数種類を混ぜて飲んでも問題ないものがほとんどだ。だからミランダはいくつかの解毒剤に狙いを定めて少量ずつ手持ちの瓶に移し、ラベルに書かれている内容をざっとメモしてから鞄に入れた。


 薬品庫を窓から出ると、ふわりと夜の風が吹いてきた。今のミランダは、黒い衣装を着ている。夜の間中飛べば、シリルがいる駐屯地に朝までには到着するはず。


(でも既に、毒のほうが先に出発している。全力で飛んでも、交戦まで間に合わないかも……)


 王国軍と帝国軍の衝突までに到着してシリルに危険を促すのが一番だが、間に合わないかもしれない。

 そのために解毒剤をくすねたのだが、到着があまりにも遅れると毒が回って手遅れになるかもしれない。


(シリル殿下……!)


 ミランダは薬品庫の窓を閉め、桟をたんっと蹴って宙に飛び上がった。そのまま魔術を展開するとミランダの体が一度光り、そして夜の闇に溶け込みながらすうっと空を飛んでいく。


 体に守護の魔術をかけているので、猛スピードで空を飛んでも髪が乱れたり呼吸が苦しくなったりはしない。だが、間に合うか間に合わないかの緊張と不安で、心臓はばくばく鳴っているし汗もひどい。


(無事にシリル殿下を助けられても、帰ってきた私はきっと罰を受ける……)


 駐屯地までどれほど急いでも、往復で半日はかかる。さらにシリルに状況説明をしたり場合によっては手当てをしたりしていれば、もっと時間がかかる。


 帝城内で軽んじられるミランダだが、仕事が与えられたときに城にいなかったらさすがにばれてしまう。今すぐに魔道学院が標的になることはないだろうが、ミランダに厳しい処分が下るのは覚悟しなければならない。


 でも、それでも。


『ミランダ。一度でいいから、僕のことを名前で呼んで』


「……必ずお助けします、殿下……!」


 夜の闇を飛びながら、ミランダはかわいがっていた王子のことを思っていた。





 ミランダの予想どおり、夜明けの頃にミランダは帝国北にある国境に到着し、シリルたちがいるという駐屯地の姿も朝焼けの中で見えてきたのだが。


(戦闘が起きている……!?)


 朝日の中では目立ってしまう黒いローブを脱いだミランダは、ぐっと拳を固めた。


 このあたりは国境として、森の中に低めの城壁が建ち東西に向かって延びている。そこの随所に設けられた関所を通って国家間を行き来するのだが、その森のあちこちで爆発の煙が上がり、人々の叫び声が聞こえていた。


(手遅れだった!? いえ、まだチャンスはあるわ……!)


 ミランダは森の中に降り立ち、自分の姿を消すように結界を施した。これで、ミランダが驚いたり予想外の怪我をしたりして集中力が途切れない限り、魔力を持たない人間に姿を見られることはない。


 そうしてしばらく様子を窺うと、見慣れた国旗を掲げる部隊の姿が見えた。あれは、帝国軍だ。


「王子はどこに行った!?」

「森の中を逃げているようです! 矢は右肩に命中して、落馬したかと……」

「ならば、いずれ力尽きるはず。だが、遺骸は必ず確認せよとのことだ。確実に探して、討ち取れ!」


 部隊長らしき者の声に、ミランダはショックのあまり結界を解除してしまいそうになった。


(矢が……命中した!?)


 事態は、最悪の一歩手前まで迫っていた。

 一刻も早くシリルを森の中から見つけ出し、解毒剤を投与しなければ。


(帝国軍よりも……できれば、王国軍よりも早く見つけないと!)


 帝国軍に見つかるのはもちろんのこと、王国軍に見つけられるのもあまり好ましくない。

 王国軍では、シリルの解毒のための薬を用意できない。彼らのもとにシリルが運ばれたら、帝国魔術師団員であるミランダでは警戒され、薬を投与する成功率が下がってしまう。


(殿下、どこ……!?)


 魔力で近くにいる人間の気配を探ることはできるが、せいぜいどこに何人いるかという程度だ。シリルをピンポイントで探し出すことはできない――


(いえ、もし殿下が毒を受けているのなら、動きが鈍っているはず……)


 ミランダは考え直し、大きく張り出した木の枝に腰かけて静かに集中した。そうして魔力を森全体に延ばしていき、あちこちに点在する人間の姿を察知する。


 ほとんどの人間は騎乗しているようで、気配の形が独特だし動きが速い。徒歩の者もいるようだが、その動きはいずれもしっかりしている。


 シリルは毒矢を受け、馬も失っているはず。だとしたら動かずじっとしているか、かなり遅い速度で移動しているはず――


(……いた!)


 うなだれるような格好でゆっくり移動する人間の姿が察知でき、ミランダはすぐさまそちらに飛んだ。

 シリルの負傷箇所は、右肩。だとしたら傷を受けた箇所を庇うように、前傾姿勢になるはず。


 ミランダは姿を消したまま森の中を飛び、途中すれ違った王国軍に一瞥をくれつつ――そしてとうとう、大きな木の幹に隠れるようにして座り込むシリルを発見した。


「殿下!」


 思わず声を上げ、彼のもとに降り立った。シリルはもう動けなくなったのだろう、正面から受けた矢をそのまま肩に残し、ひどい汗を流し目を硬くつむっていた。ミランダの呼びかけも届いていないようで、浅い呼吸を繰り返している。


(まだ……生きている。でも毒は、どんどん回っているはず……)


「殿下、今お助けします!」


 ミランダは鞄を足下に置き、薬品庫からくすねた解毒剤の瓶を次々に手に取った。指先が震えそうになりながらも蓋を開けていき、シリルの口に流し込む。


 げほっ、とむせた唾液には、血が混じっている。

 ミランダは持っていた薬を全部飲ませ、顎の下をぐりぐりと押さえて唾液の分泌と嚥下を促し、それから肩に刺さったままの矢を見やった。


(矢を取り除いて傷口を塞ぎたいけれど、今すぐ治癒魔術を施すわけにはいかない……)


 ミランダは様々な魔術を広く扱えるので、負傷者の傷口の修復をする治癒魔術も得意だ。

 だがこの魔術は毒に対する治療との相性が悪く、毒が完全に消えてから治癒しないと塞がった皮膚の下で毒を増殖させてしまう。


(解毒剤は飲ませたから、ひとまずどこか安全な場所に移動させたいわ……)


 まだシリルの呼吸は荒いし、意識も戻っていないようだ。今の状態で王国軍にパスしても、彼らでは治療が間に合わないだろう。シリルが昔言っていたように、リドベキア王国は魔術師が生まれにくく、王国軍にも魔術師はほとんど在籍していないのだから。


 ミランダはひとまず魔術でシリルの体を浮かせて、彼を伴って森の中を飛んだ。帝国軍にも王国軍にも気づかれるわけにはいかないので、それらの気配を避けながら森の中を進み――やがて、小さな小屋を見つけた。旅人のために用意されている、避難小屋だろう。


(ここを使わせてもらおう)


 ミランダは小屋に結界魔術をかけてから一度中に入り、中に他の人や危険物がないのを確認してシリルを連れて入った。

 室内には簡素なベッドがある程度だが、棚を開けるとシーツやタオルなどがあった。少し汚れが気になるが、シリルの看病をすることならできそうだ。


 ベッドにシリルを移動させ、まずは彼の顔をタオルで拭う。


「ごめんなさい。服、脱がせるわ」


 おそらく本人の耳には届いていないだろうが一応詫びてから、彼の防具を外して服も脱がせた。ガシャガシャと重い鎧やごつい服を着たままだと、体を拭いてあげることもできない。


 リドベキア王国で着用される鎧は少し脱がし方が難しかったので、最後には魔術であちこちを壊しながら脱がした。その下に着ている服もなるべく破かないようにしたかったが、矢を食らった肩の周りはさすがに切らないといけなかった。


 ……ズボンを脱がせるときにはさしものミランダにも羞恥が芽生えたが、とやかく言っている場合ではない。


(ごめんなさい、シリル殿下。ふしだらなことは絶対にしませんので!)


 心の中で謝りながらシリルの服を脱がし、水の魔術で濡らしたタオルで体を拭く。

 そうして彼の鍛えられた体に触れて魔力を流し込み、体の毒が消えているのを確認すると安堵でその場に座り込みそうになった。


(解毒が間に合ったわ! あとは傷の手当てをして……)


 毒が消えたのだから、心置きなく治癒魔術を使える。


 ミランダはシリルの右肩に刺さった矢に手をかけ、心を鬼にしてそれを引き抜いた。皮膚が裂けて血が噴き出るがすぐさま治癒魔術をかけ、矢で傷つけられた皮膚を癒やしていく。


 毒は消えて傷も塞がったが、シリルはまだ目を覚まさない。それどころか体が熱を持ち始めて汗が噴き出し、呼吸が苦しそうになる。


(命の危険は、去ったはず。あとはこの熱に耐えるだけよ……!)


「殿下、頑張って。死んではだめよ!」


 おそらく聞こえていないだろうがシリルに呼びかけ、ミランダは彼の汗を塗らしたタオルで拭い、唇を湿らせて少しでも水分を取らせようとした。鞄の中に入れていた携帯非常食のクッキーを水でふやかしてどろどろの液状にして、彼の口に流し込む。


 ミランダの看病は、何時間も続いた。

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