シリルの悩み①
リドベキア王国に、暖かな春の風が吹くようになった頃。
王太子シリルの妻であるミランダが産気づき、離宮にて第二子出産を迎えていた。
「……レベッカ、ミランダは大丈夫なのか!?」
「ご安心ください、殿下。セドリック様のときよりも順調ですよ」
「本当か? ……ミランダー! 頑張ってくれー!」
寝室に出入り禁止のシリルの声が、扉の向こうから聞こえてくる。
いつもの彼らしくもなく、冷静さを欠いた裏返った応援の言葉に、必死にいきんでいたミランダはつい噴き出し……そうしてしばらくののちに、無事に子が生まれた。
「お疲れ様です、ミランダ様」
「かわいらしい姫君ですよ」
(女の子だったのね……)
メイドたちに体を拭かれながら、産婆に抱っこされた赤ん坊を見る。
真っ白なタオルにくるまれた娘の頭部にはふわふわの栗色の髪が生えていて、閉じられた目元もシリルよりミランダに似ている気がする。
セドリックを抱っこしたシリルが「次の子は、ミランダにそっくりだったらいいな」と言っていたので、きっと喜んでくれるだろう。
幸いセドリックのときほどの難産ではなかったので、体を拭いてもらい水分補給をしたミランダは、なんとか体を休めることができた。
「ミランダ様、シリル殿下をお通ししてもよろしいでしょうか?」
扉の向こうから、レベッカの声がする。先ほどから廊下のほうで、「早くミランダに会わせてくれ!」と叫ぶ声がしていたのだった。
ミランダが許可を出すと、バンッとドアが開かれた。険しい顔つきのシリルはつかつかと大股で入ってきて、ミランダが横になるベッドまで真っ直ぐ来るとほっと息を吐き出した。
「ミランダ……お疲れ様。体調はどう?」
「初産のときほど、しんどくなかったです。……シリル様も、見てください。女の子ですよ」
「娘か……」
シリルはミランダの額にキスを落としてから、振り返った。赤ん坊の体を抱えた産婆がにっこり笑い、おくるみを差し出してくる。
赤ん坊を受け取るシリルの手つきは、しっかりしている。彼はすっかり慣れた様子で娘を抱きかかえると、ミランダに見えるようにしゃがんでくれた。
「かわいいね。ミランダにそっくりの美人になりそうだ」
「もう……親馬鹿がすぎますよ」
「本当のことを言っているんだよ。セドリックもきっと、かわいい妹にめろめろになるだろうな」
そう言うシリルは、笑顔だ。
今は乳母に預けているセドリックも、もう二歳になっている。発音は若干怪しいもののいろいろな言葉をしゃべれるようになり、ミランダの大きなお腹に触れて「ぼく、おにいちゃ!」と嬉しそうに言っていた。
(ああ、セドリックにも早くこの子を会わせてあげたいわ……)
出産を終えて安心したからか、どっと疲れが押し寄せてきた。シリルもそれに気づいたようで、娘をミランダの隣に寝かせてからそっとミランダの髪を撫でてくれた。
「頑張ってくれて、ありがとう。後のことは僕たちに任せて、ミランダはゆっくり休んで」
「はい……。でも、シリル様」
「うん?」
「……今回は、測定……私も一緒にします……」
眠気に抗いながらミランダが訴えると、シリルは顔をくしゃりとさせて笑った。
「もちろんだよ。……さあ、僕のかわいいお妃様。おやすみ」
「……ありがとう、ございます」
シリルの気遣いに甘えて、ミランダがうとうとまどろんでいるとき。
「……でも、そうか。女の子か……」
シリルの少し困ったような声が、聞こえた気がした。
シリルは約束どおり、ミランダが目を覚まして体調を整えるのを待って、一緒に娘の魔力測定に行ってくれた。
王城敷地内にある大聖堂で測定を受けた結果、娘には高い魔力と、【剣】と【氷】の『祝福印』――セドリックと全く同じ結果が出た。
そしてその場で命名式も行うことになり、二年前にシリルが選んでくれた名前を採用して「レイチェル」と命名した。
「ミランダと、セドリックと、レイチェル。僕の宝が、こんなに増えるなんて」
式を終えて離宮に戻ってきたシリルは、ベビーベッドですやすや眠るレイチェルを愛情たっぷりの眼差しで見つめている。彼に抱っこされたセドリックも生まれて間もない妹に興味津々のようで、「おにいちゃ!」と妹の手を握っていた。
正確には「おにいちゃ」なのは自分なのだが、ゆっくり教えていけばいいだろう。
(シリル様、とても嬉しそうだわ)
初産のときより体の回復も早く進んでいるミランダは、長椅子に腰掛けて夫と子どもたちの様子を眺めていた。
二人目の子どもについて考えたとき、シリルのほうは反対してきた。セドリックのときに、ミランダがずっと寝込んで辛そうにしていたのを覚えており、あんなに辛い思いをふたたびさせたくないから子どもはセドリック一人でいいと言った。
だがミランダのほうが、もっと子どもを産みたいとお願いした。
元々一人っ子で両親も亡くしたミランダには、肉親がいなかった。それに元々シリルより四つ年上だったので、若いうちに子どもを産みたいと思った。
それに、セドリックに弟妹を作ってやりたかったし……なにより、愛するシリルの血を継ぐ子がほしかった。
ミランダのお願いにシリルも最終的にうなずいてくれて、その結果今、シリルは娘の誕生を誰よりも喜んでくれた。
その顔を見ていると、頑張って産んでよかったと思えた……のだが。
シリルはセドリックのときは乗り気だった赤ん坊の世話を、レイチェルには一切してくれなくなったのだった。
レイチェルが生まれて、半月ほど経った。
今回も乳母を雇ったので授乳は乳母とミランダで交互に行い、その他の世話もメイドたちと協力して行っていた。
リドベキア王国の王孫である姫君のために用意された子ども部屋は豪華で、女王ベアトリクスも山ほどの贈り物を届けてくれた。
シリルも公務の合間に離宮に帰り、セドリックとレイチェルの顔を見に来てくれる……のだが。
「レイチェルは、本当にかわいいね。お母様のように優しくて素敵な人になるんだよ」
シリルはそう言ってレイチェルの額にキスをして、ミランダが授乳をするときも温かい眼差しで見守ってくれる……のだが、そこまでだった。
おしめを替えたり、沐浴をしたり、そういった時間になると彼は「セドリックと遊んでくるよ」と言って、そそくさと部屋を出ていってしまう。
「……シリル殿下、レイチェル様のお世話はあまりなさらないですね」
ミランダの疑問は、レベッカも抱いていたようだ。
レイチェルの服を着替えさせていたレベッカが少し困ったような目で、閉ざされた扉のほうを見つめている。
セドリックのときにはあんなに積極的だったのに、もう飽きてしまったのか。
それとも、以前はミランダの好感度を得るために無理をしていただけなのか。
本当は……娘は、ほしくなかったのか。
そんなことを考えてしまう自分が嫌だが、レベッカたちも同じ疑問を抱いているなら。
(……シリル様に、聞かないと)




