32 ふたりの幸せ
リドベキア王国に、嬉しい知らせが広まった。
帝国との戦争でシリル王子が連れて帰った女性魔術師がついに、王子妃として迎えられることが決まったのだ。
彼女はシリル王子の子であるセドリックを産んだものの、諸事情によりシリルの恋人の立場に留まっていた。だが女王や王配の力添えもあって二人の結婚が決まり、同時にセドリックも王孫として正式に認められた。
本来ならば、王子王女が未婚のときにできた子どもは庶子として扱われる。だがセドリックがシリル王子の子であるのは間違いなかったし、女王や王配が『あれこれ』したおかげで慣例を破り、セドリックは王子妃ミランダが産んだシリルの嫡子であると定められたのだった。
元々おっとりとした気質の者が多い王国民はこのニュースを非常に好意的に受け止め、王子の婚姻に王国は沸き立った。
またその知らせは国境を越えてアルベック城にも届いた。城の民たちはミランダが正式に王子妃として認められたことを祝福し……さらにミランダにアルベック城主の地位が与えられたことに歓喜した。
王国軍の前に滅ぼされる運命だったアルベック城が今も在るのは、ミランダのおかげ。
皆はミランダが城主となり、いつでも帰ってきてくれることを心から喜んでいたのだった。
善は急げ、ということで、シリルとミランダの結婚式は急ピッチで準備が進められた。
これに一番乗り気だったのは女王で、「国中の針子を呼びなさい!」ともはや職権濫用レベルのことをしでかした。
だが針子たちは喜んで王子妃の婚礼衣装のために駆けつけたし、予約を飛ばされた客も「まあ、王子様の結婚だし」「むしろ王子妃様のために延期になったなんて、いい記念になる」と非常に前向きに受け止めてくれた。
そうして怒濤の勢いで婚礼の準備が進められ、王都にある大聖堂で華やかな婚儀が催された。
元帝国魔術師団員である王子妃はシリル王子より年上だが、落ち着きのある上品な美人だった。
そんな新妻にシリルはめろめろだったし、一歳になったばかりの王孫セドリックも真っ白な衣装を着て、「おにゃーにゃ!」とおめでとうのようなことを言っているのが非常にかわいらしかったと、参列者は語るのだった。
シリルとの婚礼を上げた妃の、夜。
「寝ましたか?」
「うん、ぐっすりだったよ」
子ども部屋から帰ってきたシリルにミランダが問うと、彼は微笑んでドアを閉めた。
「昼間、泣かずによく頑張ってくれたからね。あとのことはレベッカに任せておいたよ」
「ありがとうございます。レベッカも、本当に頼りになりますね」
ミランダは微笑み、ソファに座った夫の隣に寄り添った。
今日の結婚式は一日中大忙しで、ミランダも挨拶回りをしたりいろいろ飲み食いをしたり、疲れたが非常に充実していた。
アルベック城から駆けつけた魔術師や兵士たちもいて、皆は大泣きで祝福してくれた。
それはレベッカたち王城勤めの者も同じで、今もセドリックのお守りをしてくれるレベッカは昼間に泣きすぎたので、まだ目が真っ赤だった。
「いろんな人に祝福されて……本当に幸せです」
「そうだね。僕も、幸せだよ。ずっと好きだった人を奥さんにできたんだから」
シリルは甘やかな声で言うとミランダの腰を抱き寄せて、そっと頬にキスをした。
彼との結婚が決まって、半年。
元々優しかったシリルはぐんと甘くなり、こうしてキスをしてくれるようになった。彼曰く、「ずっとずっと前からしたかったんだよ」とのことだ。
ミランダの頬や鼻先や額、あちこちにキスをしていくのが嬉しくもくすぐったくて、ミランダはシリルの胸を軽く押した。
「もう、甘えすぎですよ」
「いいじゃないか。今日は君と結婚できた人生最高の日なんだから、もっと甘えさせてよ」
シリルは微笑んで、とどめとばかりにミランダの唇を奪った。婚礼中はばっちり化粧をして唇にも紅を塗っていたから、大聖堂で行った誓いのキスは軽く触れるだけだった。
だが今は紅を落として保湿用のクリームだけを塗っているので、唇や顔が汚れることを気にしなくていいシリルは容赦なくミランダの唇を奪ってきた。
「んっ……」
「……ミランダ、かわいい」
口づけの合間に囁いたシリルはとろんと目を潤ませるミランダを見て微笑み、彼女が纏う薄手のネグリジェの肩口にそっと触れた。
「本当に……ああ、過去の自分が憎らしいよ。ミランダのことを大切にできなかったうえに、なにも覚えていないのだから!」
シリルは過去の自分に呪詛を吐き、ミランダをぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。彼はまだ、二年前の夏にミランダを無理矢理襲ったことを後悔しているようだ。
「ミランダは、怖かったよな? ……こういうことをすると、やはり二年前のことを思い出してしまう?」
「大丈夫ですよ、もうあなたの気持ちもわかっていますから」
ミランダは微笑んだものの、ふと疑問がわいてきた。
「……そういえばあの夜、あなたはどうやら目が見えていなかったようですけれど、私とわかっていて抱いたのでしょうか」
「……毒矢に倒れたあとのことはいまだに記憶がないのだけれど多分、夢を見ていると思ったんだろう」
シリルはミランダの胸元に顔を擦り付けながら、ぼそぼそと答えた。
「熱でぼんやりする視界で、ミランダが見えた。だからきっと、いつものことだと思って……」
「いつも?」
「あっ」
しまった、とシリルが息を呑むが、ミランダはぐいぐいと詰め寄った。
「いつもって……まさか、あなたってその頃から夢で……」
「仕方ないだろう! 僕はずっと君のことが好きで……でも離ればなれになったから、夢でもないと会えないから……」
「……」
「……幻滅した?」
ミランダの胸に顔を突っ込んだままくぐもった声で言うので、ミランダはくすっと笑ってからシリルのつむじを撫でた。
「いいえ。それくらい好きでいてくれたのなら……まあいいかな、と思えます」
「ミランダ、優しい……愛している……」
シリルは嬉しそうに言ってから、ミランダの胸に頬ずりしつつ顔を上げた。
「……ずっとずっと、君のことが好きだ。君を愛して大切にして、セドリックのことも守ってみせる」
「シリル様……」
「僕と結婚してくれて……僕の過ちを受け入れてくれて、ありがとう、ミランダ」
シリルがそう言って微笑むので、ミランダも微笑み返してから夫の頬に唇を寄せた。
「私こそ。私のことを守ろうとしてくれて……本当にありがとうございます。愛しています、シリル様」
「ミランダ……」
互いに愛と、感謝を述べた二人の視線が絡まり、唇が重なる。
触れあう体温が、愛おしい。
すれ違いの果てに愛する人と手を取る未来にたどり着けたことが、たまらなく嬉しい。
「……行こうか、奥さん」
深く甘い口づけの末に、シリルは緑色の目を情熱的に燃やしてミランダにささやいた。
「君を腕に抱いて寝るのは、結婚してからと決めていた。……それに、二年前の挽回もしたい」
「ふふ。……優しくしてくれますか?」
「うん、めいっぱい優しくする。だから、いい?」
シリルに甘く乞われて、ミランダに否と言えるはずがない。
「……喜んで。私の旦那様」
シリル王子とミランダ王子妃の婚礼は、国民から祝福された。
王太子夫妻であるものの、シリル王子はミランダ妃を離宮に閉じ込めることをよしとせず、ミランダ妃が自らが城主を務める王国領のアルベック城にも飛んでいくことも笑顔で許していた。
夫婦は第一子であるセドリック殿下ののちにも子宝に恵まれ、最終的に二人の王子と二人の王女をもった。
祖母であるベアトリクス女王は孫たちにめろめろで、気高き女王陛下が背中に孫を乗せてお馬さんごっこをするという衝撃の光景さえ見られた。
婚礼の日から、十年ほど経った頃。
王国の動乱の時期を乗り切った名君であるリドベキア王国女王ベアトリクスが退位を宣言し、王太子であるシリルが即位した。
誰にでも優しく平等に接するシリル王は母に負けず劣らずの名君となり、また妃と子どもたちを溺愛するよき父親でもあった。
そんな非の打ち所のないシリル王だったが……家族で自分にだけ魔力がないのを密かに悔しく思っていたようだ。だが妻と子どもたちが自由自在に空を飛ぶのをうらやましくも思いつつも、「僕の奥さんと子どもたちは、本当に優秀だな」と笑顔で言っていた。
この温かな風景をそばで見守れたことが、私にとっての最大の名誉であり、幸福であると断言したい。
――王妃付魔術師隊長・レベッカ記す。
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