31 すれ違いの先に
「……嘘よ」
「どうして?」
「だって、シリル様は王国に好きな人がいるのでしょう?」
しどろもどろになりながら、ミランダは言い返す。妙に顔が熱いと思うのは……気のせいであってほしい。
「初恋の人で、もうその人には告白できないから……だから、私とセドリックがちょうどいいって――」
「ミランダだよ」
「え」
「僕の好きな人は、ミランダだ」
シリルは真っ直ぐな目で言うと、セドリックを母に託してからミランダの手をぎゅっと握った。
「十四歳の頃、帝国に『留学』したときに君と会った……あの日から、僕は君のことが好きなんだ」
「……な、なんで?」
「最初は一目惚れだったんだ」
間抜けな質問をしたミランダにも、シリルは一生懸命返してくれる。
「かわいくて素敵なお姉さんだな、と思っていて、それから一緒に魔術の勉強をしたり遊んだりしていて、どんどん好きになっていった。あっちで僕はシーグという名前で過ごしたけれど、王子ではなくて普通の子どもとして接してもらうのが初めてだった。優しくて物知りでちょっとお茶目なミランダのことが……本当に好きだった」
「……え、えええ……」
まさか、とミランダはせわしなく首を横に振る。
(私、あの頃のシリル様にそんなに想われていたの!?)
ミランダとしてはかわいい弟くらいに思っていたのに、まさかここまで大きな想いを寄せられていただなんて。
「いつかリドベキアに君を招くって言ったよね? あれはお客さんとしてじゃなくて、僕の妃として呼ぶつもりだったんだ」
「えええええっ!?」
「本気だったよ。帝国との戦争が終わったら、求婚するつもりだった。……でもアルベック城で再会した君が、妊娠していると知って……恋が砕けた。さらにその恋敵が叔父だったのだから、ショックで死ぬかと思ったよ」
誤解でよかったけどね、とシリルは苦笑いをする。
「それでも、君を大切にしたかった。僕の想いはもう告げられなくても、君とセドリックを守ることで報いられると思った。いずれ君のことをちゃんと妃として迎えて、そして……僕と母上であれこれ工夫して、皆にセドリックを王族として認めさせると誓ったんだ」
「……そんな」
脱力しそうになったが、シリルに手を握られているのでそうもいかない。
シリルの初恋の人は、ミランダだった。
だからシリルはミランダに優しくて……たとえ叔父の子だとしても、セドリックのことも愛してくれた。愛した女性が産んだ子だから。
知らなかった。
知らなくて……だからこそ、ミランダも間違えた。
「……私、毒矢のこととかをもっと早くあなたに言えばよかった」
「それは君の責任じゃ……」
「でも、言えなかった。あなたには好きな人がいるのだから……あなたにはその人に操を立ててほしいと思って、言っちゃだめだと思ったの」
ミランダが声を振り絞ると、シリルはくしゃりと笑った。
「……なんだ。じゃあ僕たち、どっちも相手のことを想っていてすれ違ったんだね。なにも言わないほうが相手のためになる、相手の恋を否定したくない、って思って」
「……」
「ミランダ、好きだよ。ずっと……君のことが好き」
シリルはミランダの手を引き寄せて、手の甲にそっと口づけをした。騎士が姫君にするかのような、恭しいキスだった。
「僕はこれからも、君とセドリックを守る。そして、叶うことなら君を妃に迎えたい」
「シリル様……」
「そんな不安な顔をしないで。僕はアルベック城で生き生きと働く君のことを素敵だと思っているし、城の皆もミランダを愛しているからね。もしミランダが僕の妃になってもやっぱり、いつでもアルベック城に帰っていいから。ミランダは王子妃兼、アルベック城主になるんだ」
あ、とミランダは声を上げる。
アルベック城で過ごした、せわしくも温かい日々。優しい使用人たちに、共に困難に立ち向かった仲間たち。
もしシリルと一緒になっても、彼らを手放さなくていい。
あの温かい城はいつだって、ミランダと――セドリックの帰る場所なのだ。
「……嬉しいです、シリル様」
「ミランダ……」
「シリル様。私も……私も、あなたのことが、好きです。好きになりました」
決意を込めて、ミランダは告げた。
最初は、同情のようなものだった。熱で錯乱していたシリルを、責めることはできない。
シリルのことは弟のように大切なのだから、セドリックのこともきちんと育てようと思った。
だがシリルと共に過ごすうちに、彼に恋をした。彼を愛するようになった。
……彼に愛する人がいるから、この想いは封じなければならないと思った。
「私と一緒に、セドリックを育ててくれませんか? そして……アルベック城に戻るときは、あなたも一緒がいい」
「……いいのかい? 僕は、空を飛べないよ?」
シリルがそんなことを真面目な顔で言うので、ミランダは噴き出してしまった。
「もう、飛べなくていいんですよ。みんなで一緒に陸路で行けばいいんですから」
「……僕だけ飛べないの、結構気にしているんだ。きっとセドリックもいつか飛べるようになるから、里帰りするときも奥さんと息子は先に飛んでいって、僕だけ馬でちまちま行くしかないんだと」
「馬車で一緒に行きますよ。でも……たまには先に飛んでいくかもしれません」
ミランダは微笑んで、シリルにキスされた手のひらを返し、彼の手の甲をそっと自分の頬に当てた。
「そんな妃でもいいなら……私も、あなたと一緒になりたいです。お慕いしています、シリル様」
「……ああ、もちろんだ!」
シリルはぱっと笑顔になり、ミランダを抱き寄せた。彼の片手がミランダの後頭部に回って、唇が重ねられる。
……少し離れたところで女王が「まっ!」、王配が「おや」と楽しそうな声を上げる傍ら、祖母の腕に抱かれたセドリックは「うまー!」と、両親が口づけるところを嬉しそうに眺めていたのだった。




