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崖っぷち魔術師は嘘をつく~一夜の過ちを犯した相手には、好きな人がいました~  作者: 瀬尾優梨
本編

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30 崖っぷち王子も嘘をつく②

 シリルが帝国に『留学』したのはそもそも、王座を狙う叔父から逃げるためだった。


 女王の年の離れた弟である王弟は、姉も甥も殺そうとした。度重なる襲撃でやつれたシリルを見かねて女王はこっそり息子を帝国に送り、弟との戦いに決着をつけようとした。


 そして――ミランダが二十二歳、シリルが十八歳のときに、女王たちは王弟を追い詰めた。崖の上で退路を断たれた王弟はそのまま、崖下に落下した。


 その日は嵐で、捜索は困難だった。嵐が空け、豪雨による増水の被害も収まってからようやく崖下を調べた結果、損傷の激しい遺体が見つかった。


 死体の血では、『祝福印』の測定ができない。だがわずかに残った衣類や成人男性と思われる骨格、そして発見された場所から、これが王弟の遺骸だろうと判断されたのだ。


 現に、シリルが帰ってからの王国は平和そのものだった。王弟派は一掃され、王家に仇なす者は存在しない。

 だからあの遺骸が王弟で、この戦いに終止符が打たれたのだろう、ということになった。


 ……だが、セドリックに【剣】の『祝福印』があると知ったシリルは、叔父が生きていたのだと解釈した。


 叔父はシリルより十歳上だから、ミランダからすると六つ上。恋愛対象になってもおかしくないし、彼も金髪を持つなかなかの美男子だった。


 叔父は奇跡的に生き延びており、崖下で見つけたあの遺骸は他人だった。叔父は帝国に落ち延び、そこでミランダと出会い、子を成したのではないか。


 あの夜の記憶がないシリルではそうとしか想像できず……だからといって老神官に「殿下のお子ですね?」と聞かれて、「いいえ、おそらく叔父の子です」とは言えなかった。


 だから彼は、全てを背負い――たとえ自分がミランダに嫌われたとしても彼女とセドリックを守る決意を固めて、「僕が父親だ」と言ったのだった。







「私を、守る……」


 呆然とつぶやくミランダの肩に、シリルがそっと触れた。


「君の恋人の名は、アランだと言ったな。アランというのはとてもありふれた……偽名としてもよく使われる名だ。きっと叔父はアランという名で帝国に行き、ミランダに素性を教えることもなかったのだろうと思った」


 ……ぐっ、とミランダの肩に触れる手に力がこもる。


「君は、恋人のことを愛していたと言った。愛する人の子だからセドリックを産み育てたいのだと。……僕には、君の想いを否定できなかった。たとえ王国にとっての逆賊、僕の命を狙った憎き相手だとしても……叔父が君と愛しあったのは事実だったのだろうから」

「……」

「シリルは、ミランダがなにも知らない間に事を収めようとしたのよ」


 言葉を失うミランダに、女王がそっと語りかける。


「シリルはすぐに事の次第をわたくしたちに知らせてくれた。わたくしたちもシリルと同じ予想をしたから、どこかに潜んでいるかもしれない弟を見つけ出さなければならなかった。もちろん、あなたにはなにも言わずに」

「……まさか、私のせいで女王陛下方に無駄なことをさせてしまったのですか!?」


 ここ数日、王配やシリルはいもしない王弟を探していた。ミランダの嘘により、彼らに無駄骨を折らせてしまったと言っていい。


 それに気づいたミランダが青い顔で問うと、女王は首を横に振った。


「あなたのせいではありません。それにシリルは、あの状況ではそうするしかなかった。あなたに恋人の正体を教えれば、ショックを受けるだろうと思った。シリルは……あなたの心にある恋の記憶をきれいなまま、持っていてほしいと思ったのよ」


 愕然とした。


(シリル様は……私を守ってくださった)


 あの急な父親宣言も、「都合がいい」というのも……ミランダを守るためだった。


 シリルはリドベキアの王子として、叔父が生き残っているのなら探し出して始末しなければならない。だがミランダに、「セドリックの父親は王国の反逆者だ」なんて言えない。


 ミランダの記憶に残る叔父は、美しいままでいてほしいと思った。


「……だから僕はシリルを連れて、あちこちに出向いて義弟を探したんだ」


 王配も、いたわしそうな眼差しでミランダに言った。


「ミランダには悪いけれど、彼を生かすわけにはいかなかった。……その代わりに、僕たちがミランダとセドリックを守ろうと決めたんだ。王家の罪は、王家が背負い償わなければならないから」

「わたくしは、弟のことが憎い。でも……ミランダには、なんの罪もない。もちろん、セドリックにも」


 女王の寂しそうな微笑みに、ミランダは頭を殴られたかと思った。


 ……女王は一体どんな気持ちで、セドリックを抱っこしたのだろうか。


 本当は孫ではなくて、甥――しかも殺し合いをした間柄の弟の子なんて、汚らわしいと思うに決まっている。

 なんなら、憎き弟の血を継ぐのだから殺したいと思ってもおかしくないだろう。


 だが、女王も王配もセドリックを愛してくれた。

 周りに他の者がいるからではなくて……本当に、愛してくれた。


「……ぅ、あ……」


 たまらずミランダの目尻から涙が零れ、慌てて女王が駆け寄ってくれた。


「ミランダ、どうか泣かないで」

「でもっ……私、皆に……女王陛下にも……」

「大丈夫、大丈夫よ」


 シリルがセドリックをそっと受け取ってくれたので、女王は泣き崩れるミランダをしっかりと抱きしめてくれた。


「あなたのことは必ず守ると、わたくしたちは決めたの。弟の魔の手に捕まったあなたに、罪はない。そして……シリルが息子と認めた以上、セドリックのことも孫として愛すると決めたのですよ」


 女王の手がミランダの背中に触れ、優しく撫でてくれる。


 ……シリルも女王も王配も、全て受け入れる決意をしてくれた。

 シリルが「大丈夫」「どうにでもなる」と言ったのも、女王が「わかっております」と言ったのも……ミランダのためだったのだ。


「申し訳……ございません……」

「大丈夫だから、ね。……ほら、シリル。あなたも言うことがあるでしょう」

「……はい」


 シリルは、女王に体を支えられて立ち上がったミランダに向き直った。


「この前のことで、全部の謎が解けた。叔父は死んでいるし、セドリックは本当に僕の子だった。毒矢のことも、全部全部……明らかになった」

「シリル様……」

「ミランダ、愛しているよ」


 シリルの言葉に、ミランダははっと息を呑んだ。


 愛している。

 シリルがミランダを、愛していると言った。

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