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崖っぷち魔術師は嘘をつく~一夜の過ちを犯した相手には、好きな人がいました~  作者: 瀬尾優梨


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28 王家の秘密

 レベッカたちには城下街の騒動の鎮静に向かってもらい、ミランダは一人、セドリックを抱っこするシリルに続いて廊下を歩いていた。


(どこに行かれるのかしら……)


「毒矢のことだけど」


 ふいにシリルが、話し始めた。


「実は、国境での襲撃事件で毒矢が使われたと気づいたのは、ごく最近のことなんだ」

「……そうなのですか? 矢は……部屋に残したはずですが」


 ミランダが言うと、こちらを見たシリルはほっとしたようにうなずいた。


「やはり、君が治療してくれたんだな。……そのとおり、矢は部屋に残っていた。それは城に持ち帰ったけれど、毒は検出されなかった。多分、僕の腕に刺さったときに全部剥がれ落ちたんだろう」


 ……シリルは森で襲撃されたときの記憶が、曖昧らしい。


 騎乗しているときに右肩に矢を受けたので、落馬した。彼は帝国兵から逃げていたけれど、だんだん意識がもうろうとしてきて……気がついたら、駐屯地の医務室に寝かされていたそうだ。


 彼をぼろ小屋で見つけてくれた騎士曰く、誰かがシリルをここまで運び治療してくれたようだとのことだった。

 だが小屋に他の者がいたという痕跡はなく、またシリル本人の記憶が曖昧で矢の毒も落ちていたため、毒の治療までされたことは知らなかった。


「……でも、うちに来てくれた兵士との日常会話で、知ったんだ」


 シリルが言うに、かつて王国軍との戦いに動員されて負傷し、アルベック城に留まってから王国に渡ってきた兵士の一人が、「自分がかつて所属していた部隊は、殿下を毒矢によって暗殺するよう命じられていました」と教えてくれたそうだ。


 だとしたら、誰が治療してくれたのか。

 帝国で作られる毒は特殊なものが多く、その毒に対応する解毒剤もまた帝国でしか作れないことが多い。王子の暗殺なのだから、王国側の技術では解毒できない種類の毒を使ったはず。


 だが、シリルは毒を受けたことがわからないくらいきれいに解毒されていた。

 となると、治療したのは少なくとも帝国側の――高価な薬品を手に入れられる立場の者ではないか。

 だがそれが誰なのかまではわからなかった。


「それが、謎のひとつ。僕たちにとっては、たいしたものじゃないほうだね」

「……たいしたもののほうは?」


 ミランダが問うたところで、シリルは足を止めた。二人の視線の先にあるのは――教会に続くドア。


「お祈りですか?」

「ううん。ここでもう一度、セドリック……それからできれば君の『祝福印』を調べたいんだ」


 シリルがそう言うので、そういえば、とミランダは出産のときのことを思い出す。


「そういうのも全部、シリル様にお願いしてしまったのですよね」

「うん。といっても、今回は別の意味があって……」


 シリルはそう言ってから、セドリックをミランダに渡してからドアを開けた。


 アルベック城には小さな教会があり、そこまで信心深くないミランダもたまにお祈りに来ていた。教会を管理するのは小柄な老神官で、血液による魔力量や『祝福印』の測定も彼が担当してくれる。


 机の拭き掃除をしていた老神官はミランダたちを見て、嬉しそうに目を緩めた。


「なんと、これは……。お三方がいらっしゃるなんて、なんとも嬉しいことです」

「久しいな、神官殿。……すまないがセドリックとミランダの『祝福印』測定を頼みたい」


 シリルがそう言うと、老神官は目を見開いた。


「なんと。では、殿下。あのことを……」

「ああ」

「……なんのことですか?」

「後で話すよ」


 老神官とシリルの間でなにやら不思議なやりとりがあったので尋ねるがシリルは優しく言い、老神官がガラガラと押して持ってきてくれた測定器の前に立った。


 測定器はいろいろな形があるが、たいていは血液を垂らす黒い版と、魔力量や『祝福印』の形を表す水晶玉のようなものがくっついた形をしている。


「ではまずは、ミランダから」

「はい」


 シリルに促されたので、セドリックを彼に渡したミランダは自分の左手人差し指の第一関節をぐっと親指で押さえてから、老神官が差し出した針の先で指を突いた。そしてプツッと噴き出した血液を、黒い板に擦り付ける。


 この板が血液に含まれる魔力量と『祝福印』の形を読み取り、水晶玉に映してくれる。

 しばらくして水晶玉がまぶしい光を放ち、そして表面にぼんやりと、氷の結晶のような紋章を浮かび上がらせた。


 光の強さは魔力量を示し、紋章が『祝福印』にあたる。『祝福印』は昔は判読が難しかったそうだが、水晶玉に浮かび上がる形が炎っぽいから【炎】、氷の結晶のようだから【氷】、のように定義づけたそうだ。


 ミランダは誕生時だけでなく、魔道学院入学時や帝国魔術師団入団時にも同じ測定をしている。いつもと変わらない魔力量と【氷】の形を見て、ほっとした。


「では次は、セドリックだ。……ちくっとするが、我慢してくれよ」


 シリルはセドリックをミランダに抱っこさせてから、「べろべろばー!」とおどけてセドリックを笑わせ、その隙に足に針を刺した。

 さすがに痛みはあったようでセドリックは一瞬真顔になったが、シリルがまたしても「ばあー!」と変な顔をすると、笑い始めた。


 針の先に血がついているのを確認して……シリルは、ミランダを見た。


「……先に言っておく。ミランダ、僕はかつて君に、ふたつ嘘をついた」

「……い、いつのどれですか?」

「ひとつは、僕たちが出会って間もない頃に。そしてふたつめは……セドリックの『祝福印』測定をしたあとに」


 シリルはそう言ってから黒い板に向き直り、一度老神官が表面を拭いたそこにセドリックの血を擦り付けた。


 黒い板が血液を調べ、そして水晶玉がまぶしく……それこそミランダのときよりも強く輝いたため、ミランダはどきどきしてきた。


(すごい光……! この子は私以上の魔術師になるのね!)


 そう思ったのも、つかの間。


 水晶玉に、文様が浮かび上がった。

 だがそれは――あらかじめ聞いていた【炎】ではなくて、先ほどミランダのときに見たのと同じ、【氷】だった。


「えっ……」


(なんで、【氷】なの?)


 驚きは、そこでは収まらなかった。


 普通なら【氷】の『祝福印』だけが燦然と輝くはずなのに、よく見るとその模様に重なるように別の形があった。

【氷】の形のせいでわかりにくいが、これは――


「……剣?」

「そう、【剣】の『祝福印』。……僕たちリドベキア王家の血筋の者だけが持つ、特殊な『祝福印だよ』」


 左下に先が向いた剣の形に気づいたミランダがつぶやくとシリルはこちらを見て、泣き笑いのような顔になった。


「……これは、王家の者と聖職者しか知らないことなんだけど。我がリドベキア王家やメルデ皇家のように、遥か昔から続く大規模国家の君主の一族は、特殊な『祝福印』を持つんだ」


 シリルが言うに、そもそも『祝福印』とは太古の時代に神に仕えた者たちに与えられた印だったという。


 神に印を与えられた者たちは大陸の各地に散らばり、それぞれの国を興した。その中には既に滅びたものもあるが、リドベキアやメルデなどは今でも、神から直接授かった『祝福印』を一族の証しとしている。


 そして長い年月の中で他の『祝福印』も現れるようになり、やがてこの世に生まれた全ての人はなにかひとつの印をもつようになった。こちらが、ミランダの【氷】や【炎】などだ。

 その結果、王家や皇家のみふたつの『祝福印』を持つようになった。


「昔、僕は自分の祝福印が【炎】だと言ったと思う。でも本当は、【剣】と【炎】のふたつを持っているんだ」


 ほら、とシリルは自分の指にも針を刺し、黒い板に垂らした。魔力がないため水晶玉は全く光らないが、その次には【炎】と【剣】が重なった『祝福印』が浮かび上がった。


「【剣】を持つ王族の親からは【剣】を確定で受け継ぎ、もう片方の親からふたつ目の印を受け継ぐ。だからセドリックは僕から【剣】の印、ミランダから【氷】の印を受け継いだ。……僕と、君の子なんだ」

「よかったですね、殿下。……ミランダ様のために、ずっと言えなかったのでしょう?」


 老神官が言うので、シリルは微笑んだ。


「ああ。あなたにも、黙ってもらってすまなかった」

「いいえ。記録自体は【剣】と【氷】で残しております。それにこのことは、よその者は知らぬこと。誰もなにも、気にしますまい」

「そうだな。……世話になった。本当にありがとう」

「ありがとうございました」


 ミランダもお礼を言うと、老神官は「どうぞお幸せに」と言って、教会を後にするミランダたちを見送ってくれた。


 廊下に戻ったミランダは、セドリックを抱っこしてふう、と息をついた。


(そっか。だからシリル様は、記憶がなくてもこの子がご自分の子だとわかったのね)


 現在のリドベキア王家の血を継ぐ者で、子どもを作れる年齢の男性はシリル以外いない。シリルの遠縁は皆女性だったり老人や幼児だったはずなので、ミランダの秘密の恋人になることはないのだ。


「……いろいろと謎が解けました。ありがとうございました、シリル様」

「……うん」

「あっ、嘘のことなら大丈夫です。『祝福印』のことは確かに、おいそれとは口にできませんし。気にしないでくださいね?」


 シリルの口数が少ないので励ますつもりでそう言うと、シリルはこちらを見て微笑んだ。


「うん、ありがとう。それじゃあ、さ。落ち着いたら……王城に帰る?」

「……あ」


 そうだった、自分は今、頭を冷やすために里帰りをしているのだと思い出した。


「ミランダは、アルベック城で過ごすのが性に合っているんだと思う。だからもし君がここで暮らしたいというのなら、無理は言わない」

「そんな……」

「でも一度だけ、帰ってきてほしい。女王陛下たちもお待ちだし……もうひとつ、言わないといけないことがあるんだ」


 シリルが真剣な表情で言うので、ミランダはごくっとつばを呑んでから……うなずいた。


「わかりました。急ぎましょうか」

「ううん、急がない。君だって、ここに戻ってきて間もないし……僕ももうちょっと、ここでゆっくりしたいんだ」

「まあ」

「それに、僕の愛馬には無理を言った。あいつを休ませるためにも、ここでしばらく過ごそうと思う」


 シリルがそう言って微笑むので、ミランダも笑顔でうなずいた。


「……わかりました。……ふふ。ここにいたらシリル様も、いろんな仕事を任されちゃいますよ?」

「いいな、そういう暮らしも楽しそうだ。よし、じゃあミランダを里帰りさせた悪い王子を、皆にこき使ってもらおうか」


 シリルがそう言って茶目っ気たっぷりに笑うので、ミランダも小さく噴き出してしまった。

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 真顔の赤ん坊…(笑)
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