27 急転直下②
「……フッ、あはははは! なんてタイミング! お馬鹿な王子様が来てくれたわ!」
シリルの登場に最初は呆然としていたヴィヴィアンだが、彼女はおかしくなってしまったかのように笑い声を上げた。
それを見て、シリルは気味が悪そうに馬を少し下がらせた。
「……誰だ?」
「ヴィヴィアン様です。ええと、帝国の宰相令嬢だった……」
「……。……ああ」
シリルの、すごく面倒くさそうな「ああ」が、彼のヴィヴィアンに対する感情をはっきりと表していた。
だがヴィヴィアンはゆらりと立ち上がり、兵士たちに四方を囲まれてもなお笑っていた。
「王子様、ご子息の誕生おめでとうございまぁす。でもですねぇ、その子の真実……知ってますか?」
「ちょっと、ヴィヴィアン――」
最初はヴィヴィアンの剣幕に引いていたミランダも、まずい、と気づいた。
シリルはともかく、ここにはレベッカをはじめとした多くの人がいる。もし、ヴィヴィアンが『何か』を暴露するとして……それは、皆に聞かれてはまずい。
すぐさまレベッカが駆け寄るが、「ミランダはねぇ!」とヴィヴィアンが叫んだ。
「子どもがお腹にできたころ、別の男と会っていたのよ! ミランダは王国との戦争真っ最中に城を抜け出して、恋人のところに通っていたの! 城に保管している貴重な薬も、そいつのために使ったに決まっている! だから皇帝陛下の怒りを買って、アルベック城に左遷された――」
レベッカの放った空気砲が腹部に命中し、ヴィヴィアンは言葉の途中で吹っ飛んだ。すぐさま兵士たちが彼女を取り囲んで縛り上げるが――遅かった。
(ばれた……)
ざっと、全身から血の気が引いた。
なぜ、薬をくすねたことまでヴィヴィアンが知っているのかまではわからないが、彼女はミランダの左遷理由を知っている。
彼女には、ミランダが城を空けていた時期とセドリックがお腹にできた時期が一致することも、予想できた。そして……その相手がシリルなはずがない、ということも。
皆が周りで、ざわついている。
振り返ったレベッカが、不安そうな眼差しでこちらを見ている。
「ぐっ……あ、ははは! よく聞きなさい、王子様、アルベックの民! おまえたちがリドベキア王家の子だと信じているのは、どこの馬の骨かわからない男の子よ! みんなみーんな、ミランダに騙されていたのよ! あはははは!」
拘束されながらも楽しそうに笑っていたヴィヴィアンの前に、ひとつの影が降り立った。シリルだ。
「シリル様……!」
「大丈夫だよ、ミランダ」
声を震わせるミランダに優しく呼びかけてから、シリルはその場にしゃがんでヴィヴィアンに声をかけた。
「元宰相令嬢。今の話は、本当か?」
「え、ええ、そうよ! お父様の部下だった魔術師が、帝城の薬品庫からいろいろな解毒剤を盗み出すミランダの犯行を知ったの! わかったのはかなり後になってからだけど……ミランダは汚らしい恋人に薬を渡した泥棒だし、そいつとの間にできた子をあなたの子だと偽ったのよ!」
「……そうか。……よかった」
「えっ?」
きょとんとするヴィヴィアンを残して、シリルは立ち上がった。
くるりと振り返った彼を正面から見られなくて、ミランダはぎゅっと拳を固めてうつむいたが――
「……ミランダ、大丈夫だ」
「えっ?」
顔を上げると……ふわり、と抱きしめられた。
ミランダを腕の中に閉じ込めたシリルが、震える声を吐き出す。
「元宰相令嬢の証言で、はっきりしたんだ。……君が産んでくれたセドリックは、間違いなく僕の子だ」
「あ……」
「嘘! 嘘よ! なんでそうなるの!?」
万感の想いを込めてささやいたシリルに、ヴィヴィアンが食ってかかった。
「だいたい、たった二日程度城を離れただけでどうやって、王城にいる王子様の子を妊娠できるのよ……」
「……王城じゃないわ」
ミランダはシリルの腕をゆっくりと解き、ヴィヴィアンを見据えた。
……もう、後戻りはできない。言うしかない。
シリルとセドリックの、名誉のためにも。
「……私は去年の夏、宰相がシリル様の暗殺計画を立てていることを知った。国境沿いの駐屯地にいるシリル様を、毒矢を使って急襲するというものよ」
「……へ?」
ヴィヴィアンは、ぽかんとしている。やはり彼女は、父親や皇帝の計画についてなにひとつ教えてもらっていなかったようだ。
「だから私は……悪いとわかっているけれどそれでもシリル様を放っておけなくて、薬品庫から薬を盗み、それを手に駐屯地に飛んだ。そこで私は毒矢で倒れているシリル様を見つけて、治療をして……その夜、お情けをいただいたの」
最後のところはちょっと本当のこととは事情が違うが、「熱でもうろうとしていたシリル様に無理矢理襲われました」とは言うべきではないので、ぼかしておいた。
「このことは、私たちだけの秘密にするつもりだった。でも私はセドリックを身ごもって……そうとは知らず、アルベック城に来た。そうしてシリル様と再会して、セドリックをあの夜にできた子として認めていただいたの」
皆に対する説明と相違ないように少し脚色しつつ言うと、ミランダの意図を察してくれたらしいシリルが続けた。
「国境での襲撃のことは、事情があって公にはできなかった。だからミランダに無理を言って、僕が敵情視察のために帝都を訪れていたときに再会したのだという話にした。……その点は、皆に嘘をついてすまなかった」
シリルが謝ると、ぽかんとしてやりとりを見守っていたレベッカが「そんな!」と声を上げた。
「シリル殿下やミランダ様にも、ご事情があったのでしょう! それにお薬のことだって、ミランダ様はシリル殿下を死なせるまいと決死の覚悟で薬品庫に行かれたのでしょう!」
「もしミランダ様のご決断がなければ、シリル殿下が毒矢で亡くなっていた可能性もあります。そうすれば……このアルベック城の平和も、存在しませんでした!」
他の魔術師も言うと、「そうだそうだ!」「お二人は間違っていない!」とあちこちから声が上がり……やっと、ミランダの体に温かい血液が戻ってきた気がした。
シリルはミランダを抱き寄せて微笑み、つとヴィヴィアンを見やった。
「……ということで。あなたの証言のおかげで、私の中でも少々気になっていたことの謎も解けた。ご報告に……心から感謝いたします」
「……ぇへ?」
深々と頭を下げられたヴィヴィアンは、放心状態だ。シリルは皮肉でも何でもなく、本当に心からの感謝をヴィヴィアンに述べている。
ミランダの庇護を求め、それが叶わなければ全てを壊してやろうと目論んでいたヴィヴィアンは、奇しくも自分の発言によってミランダとシリルの秘密をいい意味で皆に明かす手助けをしてしまったのだった。
もはや抵抗する気すらないらしいヴィヴィアンは兵士たちに連れて行かれ、ミランダはシリルに抱きしめられて城に帰った。
城下街でもの悶着を聞いていたらしい使用人たちはミランダの無事とシリルの帰宅を心から喜び……そして、「セドリックを連れてきてくれ」ということで、乳母がセドリックを連れてきてシリルに渡した。
(シリル様……)
ミランダは、不安な気持ちでシリルを見上げた。
先ほどの事件により、セドリックがシリルの息子であるというのはとてもいい形で皆に伝えられた。
シリルが多少の嘘を言っていることになるが、王家にはいろいろな事情があるだろうしそもそも救国の英雄である王子が多少嘘をつこうと、誰も気にしていなかった。
セドリックは間違いなく、ミランダとシリルの子である。
それだけわかれば、皆は十分だったのだろう。
だが。
「……シリル様」
ミランダが声をかけると、腕の中でセドリックをあやしていたシリルが穏やかな眼差しで振り返った。
「ミランダ、大丈夫だよ。全部……謎が解けたから」
「あの、それは先ほどもおっしゃっていましたが、いったい……」
「……。……一緒に来てほしいところがある」
シリルはそう言って、歩きだした。




