20 シリルの誓い
女王夫妻とミランダ、セドリックの面会は和やかな雰囲気のまま終わり、ミランダとセドリックには先に離宮に帰ってもらった。
ドアが閉まり、部屋には女王家三人だけが残る。
その瞬間、シリルは恋人と息子に向けていたふにゃりとした笑顔を瞬時に引き締め、女王の前で頭を下げた。
「……このたびは私の独断により陛下と殿下にご迷惑をおかけしたこと、心よりお詫びします」
「いいえ、いいのです。……むしろよくその状況で、機転を利かせました」
女王もまた『孫』にでれでれになる祖母の顔を瞬時に引っ込め、息子に向かって鷹揚にうなずいてみせた。
「……城の中であれば、ミランダもセドリックも安全でしょう。それに……アルベック城から連れてきた者たちも、信用できるのですね?」
「はい、ミランダに忠誠を誓う魔術師や兵士たちばかりです。彼らが裏切ることはまずあり得ないです」
「ならばよろしい。それにしても……」
女王はひとつ、ため息をついた。
「ミランダ……とても、かわいそうな子だわ」
「……」
「あの子のためにも、わたくしたちは全力を尽くします。あなた、いいですね?」
「ええ。こういうのは僕の仕事ですからね」
おっとり穏やかで女王の陰でにこにこしているという印象の強い王配が瞳の奥を燃やして言うので女王はうなずき、息子を見た。
「……シリル、おまえも動きたいのでしょうが……おまえはできる限り、ミランダとセドリックのそばにいてやりなさい」
「ですが――」
「好きな女性と、その女性が産んだ子ども。……それを守らずして、どうするのですか」
母の言葉に、シリルの瞳が揺れた。
いくら母親相手でも、一度も言ったことがない。
それでも、鋭い母は息子の恋に気づき……今日の今日まで、気づかないふりをしてくれていたのだ。
「おまえは帝国に『留学』していた頃から、ミランダのことが好きだったのでしょう? だからこそ、セドリックのこともあれほどまで本気で愛しているのでしょう?」
「……」
シリルは、唇を噛んだ。
母は、鋭い。シリルの恋心を、あっさりと見抜いている。
シリルは、ミランダのことが好きだ。初めて会った十四歳のときからずっと……好きだ。
いつか、彼女を王国に連れて帰る予定だった。ただの招待ではなくて、妃として。
帝国が代替わりによって戦争を仕かけてきたことは予想外だったが、必ず戦火を収めると決めた。帝国民にとっても満足のいく形で戦争を終結させ、そして……ミランダに告白して、彼女が「はい」と言ってくれるのならば、祖国に迎え入れようと思っていた。
そんな憧れの女性と、あろうことか戦争まっただ中のアルベック城で再会した。
しかもその直後、レベッカによってミランダの妊娠が暴露された瞬間……ショックを受けた。
好きな女性に、いつの間にか好きな男ができていた。
その好きな男の子どもを、産み育てようとしている。
悔しかった。
後手に回った自分が憎かった。
それでも、大好きなミランダの幸せのためなら我慢できた。
ミランダのお腹が大きくなるのを見守り、帝国との戦争を終えて帰還した自分を城の前で出迎えてくれて、名前まで決めさせてくれて……本当に、嬉しかった。
破水のときに驚きのあまり硬直してしまったのは今でも黒歴史だが、ミランダが無事に男児を産み落とせたときには安堵のあまり泣いてしまった。
疲弊するミランダの代わりに、シリルが彼女の弟分として、いろいろな手続きを代わりにしてあげようと思った。
それなのに。
どうして。
よりによって――
「……ミランダとセドリックは、私が守ります」
シリルは母の質問にははっきり答えず、寂しげな笑みを唇に載せた。
「体だけではない。心も……守ります」
たとえ、彼女の瞳に映る男が、自分ではなくても。
たとえ、その男が――




