17 演技をするのも一苦労
ミランダの産んだ息子の父親がシリルだったという噂は一気に広まり、またすぐさま王都と帝都に向けても知らせが飛んだ。
今回も魔道学院の卒業生たちが張り切り、「確実にお届けします!」と豪語してそれぞれ北西と南東に向かって飛んでいった。
ミランダとシリルの立場についてはいろいろ話し合った結果、ひとまずのところは「王子とその恋人」という形に収めることになった。
「ミランダは、国民を欺いてセドリックに王位継承権を与えることに罪悪感を覚えるだろう。でもうちの法律では一応、未婚のときに生まれた子は庶子として扱うことになっているんだ」
「一応、ですか?」
ミランダが問うと、セドリックを抱っこしていたシリルがうなずいた。
「王家にもいろいろなやり方があってね。だから今のところはミランダは僕の恋人、セドリックは恋人との間にできた庶子扱いになるけれど、これはいずれ僕と女王陛下のほうであれこれやったらうまい感じに処理できる。だからミランダは気にしなくていいよ」
「……わかりました」
『あれこれやったらうまい感じに処理』でだいぶ濁された気がするが、リドベキア王家には王家のやり方、王家の秘密があるのだろう。ひとまずのところ王子の恋人にすぎないミランダは、これ以上突っ込むべきではない。
またシリルの父親宣言により、ミランダがアルベック城の城主となる計画は一旦白紙になった。
ミランダの体調が整い、セドリックもある程度調子がよくなったら、皆で王都に向かうことになっている。
(……それにしても。セドリックはすっかり、シリルに懐いているわね)
話をしながらもシリルは上手にセドリックをあやし、「将来はミランダによく似た格好いい大人になるだろうなあ」と相好を崩している。
シリルは仮の父親といえど、セドリックの面倒をよく見てくれた。「一度、やってみたかったんだよね」と言っておむつの取り替えにも挑戦するし、緊張の面持ちで沐浴もしてあげる。
そんなシリルの姿は城の者にも大変好評で、最初は「ミランダ様を連れて行くなんて!」と怒っていた者たちも、今では優しい表情でシリルとセドリックを見守っていた。
……そんな彼だが、ミランダが破水したときの硬直っぷりは今でも皆から散々ネタにされている。
ミランダがレベッカによって連れて行かれた後もセドリックは固まっていて、護衛騎士に名前を呼ばれてやっと我に返ったものの、破水の跡を見てこの世の終わりのような絶叫を上げていたそうだ。
それを蒸し返されるとシリルはぶすっとむくれ、「今はちゃんといい父親になれているだろう」と言い返しているのが、なんだかかわいらしい。
「……あら、殿下もいらっしゃいましたか」
ドアが開き、タオルを手にした乳母がやってきた。
彼女はこの城で働くこと前提で雇ったので、王国には連れて行けない。悲しいがここで別れることになるので、乳母は残された時間をセドリックとたくさん過ごそうと思ってくれているそうだ。
「ミランダ様、そろそろお乳の時間です。今回はいかがなさいますか?」
「そうね……。さっきはあなたにお願いしたから、今回は私がするわ」
乳母に尋ねられたミランダは、そう答えた。
セドリックの世話は乳母たちが協力して行ってくれるが、ミランダはできれば自分でセドリックを育てたいと思っていた。
出産直後は胸が腫れて痛くて仕方がなかったが、マッサージをしたり風呂に入ったりすることでぐっと楽になり、それからは乳母と交代で授乳をしていた。
乳母がケープやタオルを持っているのを見て、シリルが椅子から立った。
「それじゃあ、また後で……」
「あら、殿下。せっかくですし、見ていかれません?」
「えっ」
「えっ」
ミランダとシリルの声が、被った。
乳母は自分が爆弾発言をしたとはつゆほどにも思わず、ころころと楽しそうに笑っている。
「恥ずかしいかもしれませんが、今のうちにミランダ様とセドリック様のお姿をたくさん見ていたほうがいいですよ。うちの夫も最初の子のときは恥ずかしがっていつも席を外していたのですが、ずっとそれを後悔していて……今の子のときには授乳のときにもそばにいてくれたのですよ」
「え、あ、そ、そうか。いや、だがミランダの迷惑になるだろうし……」
乳母は嬉々として言うが、シリルはしどろもどろだ。それはそうだ。
シリルにはあの夜の記憶がない。見るからに女性慣れしていないし、彼が授乳シーンなんて見たらひっくり返って倒れるのではないか。
……だが、そんなことを乳母には言えない。城の者にとってのミランダとシリルは、敵対する国の者同士でありながら想い合い愛の結晶を得た幸せな恋人たち、なのだから。
(えっ……どうしよう?)
ミランダとしても、シリルに授乳する姿を見られるのは恥ずかしい。これは子を育てるために大切な行為で、そこに艶っぽさはかけらもないとはわかっているのだが……。
「あの、大丈夫よ。シリル殿下はお仕事でお忙しいですし……」
「だめですよ、ミランダ様! そう言って男は逃げるんです! で、逃げたくせにあとでグジグジ言うんですから!」
まさに肝っ玉母ちゃんのような発言をする乳母は善意なのだろうが全く引く様子がなく、固まったシリルの肩を無理矢理押してミランダの隣に座らせた。
「ささ、ミランダ様、どうぞお乳を」
「うっ……わ、わかったわ」
そうしてミランダは乳母がクローゼットでごそごそ捜し物をしている隙に、シリルに耳打ちした。
「……目をつむっていてください。この角度からなら、わからないはずです」
「……わかっ、た」
「私が服を着たら、合図をします。そうしたら目を開けていいですから」
「……その、ごめん、ミランダ」
「大丈夫ですよ。じゃ、服を緩めますので」
ミランダが事前報告した途端、シリルはぎゅうっと目を閉ざした。あまりにもきつく目を閉じるので、彼の顔が皺まみれになっているが……まあいいだろう。
(……シリル殿下、妙なところでおかわいらしいのよね)
セドリックに乳をやりながら、ミランダはこっそりそんなことを思ったのだった。




