16 嘘つきたちの同盟
経緯を簡単に説明すると。
シリルは、ふらふらのミランダのためにできることをしてあげようと思った。そうして彼がやってくれたことのひとつが、教会でセドリックの魔力と『祝福印』を検査することだった。
ちょうどアルベック城には、小さな教会がある。そこには魔力と『祝福印』を測定する機器が揃っていたので、シリルはセドリックを連れて教会に行き、測定をしたらしい。
その結果、セドリックには高い魔力と【炎】の『祝福印』があることが判明した。
そこまではミランダも想定内のことなので全く問題ないのだが……担当した神官に対してシリルが、「セドリックの父親は僕だ」と言ってしまったという。
「……なんで!? なんでそうなるんですかっ、殿下!?」
「その、すまない。金髪だし僕と同じ【炎】の『祝福印』だから通ると思って」
「だからってこれはないでしょう!」
ミランダの部屋にて、事のあらましを説明されたミランダは真っ青になってシリルに詰め寄っていた。
シリルからの爆弾発言を聞いた神官は大喜びで、セドリックの父親がシリルであるとレベッカたちにも教えてしまった。
そうしてアルベック城は「シリル殿下とミランダ様が結ばれていた!」と大興奮で、皆から祝福の言葉を投げかけられてミランダは既にへろへろだった。
シリルのほうはここまでの騒ぎになるとは思っていなかったようだし、彼も少し困ったように笑っていた。
「でも、セドリックには父親がいたほうがいいだろう。それに僕も、セドリックならかわいがって育てられると思うんだ」
「馬鹿なことをおっしゃらないでください!」
思わずミランダは椅子から立ち上がり、声を荒らげてしまった。
(なんで!? こんなことになるはずじゃなかったのに!)
「だいたい、去年の夏にどうやって私たちが知り合えるんですか!? 私の恋人は――」
「――帝都で知り合った、金髪の旅人。彼はミランダの妊娠を知ることなく、帝都から立ち去った」
シリルは落ち着いた口調で、ミランダの恋人の『設定』を語る。
「でもそれは、ミランダが僕のためについた嘘だった。ミランダは帝国が王国に攻め入ると知って、心配になり僕に会いに来てくれた。僕はそんな君を愛するようになり、僕たちは二国が本格的に戦を始める前にお互いの想いを確かめてから、別れた。そのときにできたのが、セドリックだ――というシナリオだ」
「な、なんてことを……」
シリルのあんまりな嘘に目眩がしそうだが……いや、実はかなり真実に近いシナリオではないかとミランダは気づいた。
唯一真実と違うのは、シリルがあの夜のことを覚えていないという点だけ。
そこさえ除けば、セドリックが二人の間に生まれた王家の子で、シリルの迷惑にならないようにとミランダが架空の恋人を作り上げてレベッカの語ったのだという解釈になり、「ミランダ様はシリル殿下のことを想って嘘をついたのですね!」とレベッカすら納得させるストーリーに仕上がるのだ。
「でもそれじゃあ……セドリックは……」
「僕の実子であると皆に知らせる。もちろん、女王陛下にも」
「それは! 女王陛下や国民を欺くことになります!」
ミランダは必死に言い返すが……悲しいことに、これは嘘ではない。
セドリックは、シリルの子だ。リドベキア王家の血を継ぐ……王位継承者だ。
だがシリルとミランダは、その真実を偽っている。本当は旅人の男が父親だが、シリルの子と偽って……だが皆からすると、セドリックはシリルの子で……。
(あ、もう、わけがわからないわ……)
なにが真実で、なにが偽りなのか。
誰がどこまでを把握しているのか、誰にどこまでのことを言ってもいいのか、わからなくなってきた。
頭を抱えるミランダに、シリルが「ごめん」と静かに言う。
「僕のことなら、うんと恨んでくれればいい。でも、僕が君の幸せを願っていること、セドリックの健やかな成長を祈り――できることならセドリックの父でありたいと思っているのは、事実だ」
「シリル殿下……」
「ミランダ、君はなにも心配する必要はない。女王陛下のことも、国民のことも、王位継承権のことも……大丈夫、僕が全部なんとかする」
シリルが真っ直ぐな眼差しで宣言するので、ミランダはうっと言葉に詰まってしまう。
……正直なところ、ミランダはシリルのことがかなり好きだ。
好きだから一年前に無理矢理抱かれても全力で抵抗できなかったし、このアルベック城で彼と再会し、ここで過ごせた穏やかな日々のことを愛おしく思っていた。
でも、それでも。
「……殿下。あなたに、好きな人はいないのですか?」
我慢できずに尋ねると、シリルの緑色の瞳が揺れた。
そうして彼は微笑み、「いるよ」と優しく答えた。
「僕が好きな人は、いる」
「それじゃあ――」
「でもそれはミランダ、君も同じだろう? 君も……共に過ごした恋人のことを、ずっと想っているんだろう?」
シリルの指摘に、ミランダは言葉を詰まらせた。そう、確かにミランダはそのように、レベッカにも語った。
帝都で出会った、金髪の素敵な人。彼と一緒にいられたのはほんのわずかな時間だったけれど、ミランダは彼を愛していた。
愛してたから、セドリックのことを産もうと思えたのだ、と。
黙ってしまったミランダに、シリルは「それにね」と言葉を続ける。
「僕の好きな人、手の届かないところにいるんだ。好きだと伝えることが、もうできないんだ」
「えっ……」
「でも僕はリドベキアの王子として、子を持たなければならない。……だから、セドリックにいてほしいんだ」
少し寂しげな瞳でシリルが語るので……ことん、とミランダの胸の奥で何かがきれいに収まった。
そういうことなのだ。シリルには好きな人がいるが、その恋は成就しない。
だが王子として跡継ぎが必要だから、自分と同じ髪と『祝福印』を持ち、なおかつ関係を持っていたとしても怪しまれにくいミランダの息子に目をつけた。
ずるいのかもしれない。
卑怯、姑息、裏切り者、と罵るべきなのかもしれない。
……でもそれは、ミランダも同じだ。
ミランダもまた、真実を伝える機会を永遠に逃し――告げたとしても信じてもらえないだろうし――シリルを偽っているのだから。
ミランダには、彼を非難することはできない。
それどころか……セドリックが皇子として皆から大切に育てられるというのは、至極正しいことだ。
たとえミランダ以外に真実を知る者がいなくても、リドベキア王家の血を継ぐセドリックが正当な扱いをしてもらえることになるのだから。
(……もう私は、私たちは、昔のような関係ではいられないのね)
これからミランダはシリルと共に国を欺くし……同時に彼のことも欺き続ける。帝城で姉弟のように幸せに過ごした日々には、戻れない。
それでも。
「……わかりました。セドリックの父親は……あなたです、シリル殿下」
ミランダは胸の痛みを覚えつつも、間違いない真実の言葉をシリルに告げたのだった。




