14 戦争の終結
シリルはしばらくアルベック城に滞在したのちに、帝都に向けて出陣した。
それには、魔道学院の男子生徒四人も生活補助係として従軍することになった。
彼らは「アルベック城の代表として頑張ります!」「ミランダ様は、元気な赤ちゃんを産んでくださいね!」と元気いっぱいに挨拶していたので、ミランダは彼らを一人一人しっかり抱きしめてから送り出した。
アルベック城は王国軍の駐屯地となったため、帝国軍の襲撃を受けて奪い返されては困る。
そのためシリルは自分の部隊の一部をアルベック城に残し、また王国から次々にやってくる王国軍たちも帝都進軍前の拠点としてアルベック城を利用した。
ミランダはシリルにより、アルベック城の仮の城主として任命された。そのため体調がひどい日でなければ王国軍の接待をしたり手紙の返信作業をしたりして、王国軍に協力した。
その傍らにはいつもレベッカがおり、「ミランダ様のことを、シリル殿下から託されたんです!」と息巻いていた。
「といっても私、ミランダ様の秘密をみんなの前でばらしちゃったし……その前にもミランダ様を赤ちゃんのことで脅したし、信用なんてないですよね」
ある日レベッカがしょぼんとして言ったので、ミランダは微笑んだ。
「そんなことないわ。あれも全てあなたの愛ゆえだとわかっていたし、あなたがあのとき暴露してくれたから今のこの城の平穏があるとも言えるわ」
「そ、そうでしょうか?」
「そうよ、だから気にしないで。……ああ、そろそろ見回りに行かないと」
「大丈夫ですか? だいぶお腹、膨らみましたよね」
椅子から立ち上がったミランダだが、レベッカの言うように今ではお腹の膨らみがローブ越しでもよくわかるようになっていた。
夏の終わりに思いがけない形で宿った子は、アルベック城の冬の寒さにも負けずすくすくと育っている。
近くの村から派遣されてきた医者曰く、だいぶ大きめの子になりそうだとのことだ。シリルが高身長なので、さもありなんというところだろう。
「今は悪阻もないし、だいぶ動きやすいほうよ。今のうちにしっかり動いておかないと」
「そうですね。……そういえば名前とかって、もう決めているんですか?」
部屋を出たミランダの付き添いをしながらレベッカが尋ねるので、ミランダは「名前……」とつぶやく。
おそらく来年の春の終わりには生まれるだろうから、それまでに名前を考えておかないといけない。
男の子と女の子、どちらが生まれてもいいように二人分の名前を考えておく必要があるのだが……。
(……シリル殿下に、つけてもらいたい)
無理だとはわかっている。
彼にとって、そんなことをする理由はないと理解している。
それでも……この子の父親がシリルであると知るのがミランダだけだとしても、シリルに名前をつけてほしいと思ってしまった。
身分の高い人に子どもの名付け親になってもらうというのは、とても名誉なことだ。だからシリルならお願いすれば名付け親になってくれそうだが……。
(できれば自然な形で名前をつけてもらいたい。……あ、そうだ)
ふとあることを思いついたミランダは、廊下を歩きながらお腹を撫でる。
いずれここに帰ってくるだろうシリルに会えるのを、この子も楽しみにしてくれているだろうか。
メルデ帝国の厳しい冬が過ぎ去った頃、春の訪れと共にアルベック城にも嬉しい知らせが届いた。
それも、人間という形で。
「ミランダ様ー! シリル殿下が無事に帝都を制圧しましたよー!」
そう言うのは、シリルに連れられて共に帝都に向かった魔道学院の生徒の一人だ。
顔を真っ赤に染めた彼は全力で帝都からここまで飛んできたようで、ふらふらしながらも鞄の中から丸めた書状を取り出した。
「皇帝や宰相は最後までごねたので、結局は剣を抜く羽目になったけれど……。殿下は皇帝を倒して、幼い皇子の養育権を王国が手にするという形で収めたんです!」
「まあ……!」
ミランダは震える手で書状を受け取り、それを開いた。
そこにはシリルの字で、先ほど男子生徒が言ったのとほぼ同じ内容のほか、シリルたちは帝国の圧政から解放された帝国民から歓迎を受けたこと、皇帝によって追放された優秀な官僚たちにも順次帰ってきてもらう予定であることなどが書かれ……そして最後に、「やるべきことが終わったらアルベック城に帰る」と添えられていた。
(殿下は、無事だった。無事に、ここに帰ってこられる……!)
ほっとしたミランダから書状を受け取り、レベッカが泣き笑いを浮かべている。
「よかったですね、ミランダ様。帝国の未来はきっと明るいですよ」
「ええ。……それに、シリル殿下も帰ってきてくださるのね」
無意識のうちに、お腹に触れた。
そこはもうすっかり大きくなっていて、誰が見ても妊婦だとわかるほどまでになっていた。臨月になるまであと数ヶ月らしいが、それまでにシリルは帰ってこられるだろうか。
(シリル殿下……)
ミランダの部屋の机の中に、子どもの名付けの一覧を入れている。ミランダはレベッカたちにも相談して、男の子と女の子それぞれの名前をいくつか候補として挙げた。
そしてもしシリルが帰ってくるのが間に合えば、彼に「どれがいいと思います?」という形で選んでもらおうと考えていた。
シリルが選んだ名前を、ミランダは「じゃあそれで」と自然な形で採用する。そうすれば……ミランダだけの秘密ではあるが、この子は父親からつけてもらった名前を与えられるのだ。
ミランダは、春の色が濃くなってきた窓の外を見やる。
いずれミランダはシリルによって正式にアルベック城の城主として認めてもらい、ここで子どもを育てたいと考えている。
そのことに誰よりも喜んでいるのは城の住人たちで、またレベッカも世が平和になったら一旦帝都に帰って魔道学院をきちんと卒業したのちに、ここに帰ってきてミランダに仕えたいと言ってくれている。
嬉しい話だがここで働いてもさほど賃金は与えられないと言っても、「私はあなたのおそばがいいんです」と、ここ半年でぐっと大人びた顔で宣言していた。
終戦の知らせが届いて、約一ヶ月後。
「シリル殿下のお帰りです!」
アルベック城の門が大きく開かれ、そこを王国軍が行進していく。その先頭に立つのは、王子としての立派な軍服を纏ったシリル。
彼は城の入り口で待っていたミランダを見ると目を丸くし、素早く下馬すると彼女のもとに駆け寄った。
「ミランダ、ただいま帰った」
「おかえりなさいませ、シリル殿下。皆様のお戻りを、心よりお待ちしておりました」
「ありがとう。だが……しばらく見ない間に、すっかり大きくなったな。もう産み月ではないか?」
シリルが視線をミランダの大きなお腹に落とすので、ミランダは微笑んでうなずいた。
「はい、一ヶ月以内には生まれるだろうとのことでした。シリル様のお戻りに間に合ったようで、ほっとしました」
「そ、そうか。……こんな大きなお腹を抱えてここまで下りるのも、大変だっただろう。さ、中に入ろう」
シリルはそう言って微笑み、ミランダに手を差し出してくれた。
それは恋とか愛とかではなくて、王子が臣下の女性をエスコートするためのごく自然な……ありきたりの所作だ。
それでも、嬉しい。
「……はい、殿下」
ミランダはほのかな喜びの声を上げる自分を叱咤しつつ、シリルの手を取った。




