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崖っぷち魔術師は嘘をつく~一夜の過ちを犯した相手には、好きな人がいました~  作者: 瀬尾優梨


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12 アルベック城の戦い②

「皆、やめなさい! ……王国軍も、どうか止まってください!」


 ミランダは味方に制止をかけ、そして王国軍に向かってもう一度強烈な光を放った。騎士たちはともかく、彼らが乗る馬は突然放たれる光に怯えているようで、じりじりと後退していく。


 ミランダは、あたりを見た。

 戦いが始まってすぐだが……それでも、火の海で悶え苦しむ王国軍や地面に伏せる魔術師、門の向こうで苦悶の声を上げる兵士たちの姿があった。


 ミランダは震える息を吐き出し、その場に跪いた。

 そうして――ふわり、と光を溢れさせる。


 その光を受けて、魔術の炎や風が止まった。苦しんでいた騎士や兵士、魔術師たちの上にぽわぽわとした光が降り注ぎ、やがて皆は動きを止めて空から降る光に見入っていた。


 以前シリルにも使った、治癒魔術。これは患者の肌に触れて施すのが一番効率がいいが、こうして空から治癒の光を降り注がせることもできる。

 治療の速度は微々たるものだが、それでも痛みは軽減されるし……しかもこの光景は、とても幻想的だった。


 やがて王国軍の進軍が完全に止まり、騎士たちは戸惑うような眼差しでこちらを見てくる。

 ミランダは、地面に倒れていた魔術師や兵士、レベッカに抱きかかえられた魔術師たちが小さく咳をするのを見てほっと息を吐き出し、そして王国軍の前で膝を折った。


「私は皇帝陛下よりアルベック城の守備を命じられた、帝国魔術師団員のミランダと申します。……どうか、指揮官の方とお話し願えないでしょうか」

「……今になって、なにを申すと?」


 低い声が、王国軍から響いてきた。さっと道を空ける騎士たちの合間から現れたのは、立派な軍装をした馬に乗る大柄な中年男性だった。

 おそらく彼が、シリルにこの軍を任された部隊長だろう。


「貴様らの国は、我が国の領土を侵した。シリル殿下は何度も貴様らに撤退を命じたが、それを聞かずに突撃を繰り返してきたのだろう? 我が国の村を襲い、森を焼き……そうしてきた帝国に報復をすることに異議があるとでも?」

「……我が国の行いについて、申し開きすることはございません。おっしゃるとおりでございます……が」


 ミランダは顔を上げ、魔術師団員や兵士たちを手で示した。


「ここにいるのは、戦う力を持たぬ一般市民や魔道学院に在学する学生、そして負傷兵だけです。彼らは私のために、この城を守るために、戦いました。決してリドベキア王国を侵そうとしたわけではございません」

「……我々に、どうしろと?」


 挑戦的に尋ねられたミランダは……ここまでか、と覚悟を決めて一度、お腹を手で押さえた。

 そうして、部隊長の前で首の後ろを差し出すような形で頭を下げた。


「私の命をもって皆の助命をすることを願います。どうか、罪のない市民、まだ成人にも満たない子どもたち、そして心と体に傷を負った者たちに……寛大な処置を」

「だめです、ミランダ様!」


 はっとした様子で駆け寄ってきたのは、レベッカ。

 彼女はミランダの肩をぐいぐいと引っ張りながら、強面の部隊長に向かって叫ぶ。


「聞いてください! 私たち……いえ、私は、ミランダ様の命令に背いたんです! ミランダ様は戦っちゃだめだと言ったけれど、私が勝手に……」

「娘よ。たとえそうだとしても、下々の者の不始末をするのが上の者の役目なのだ」


 部隊長はまだ十五歳のレベッカを前に少しだけ態度を柔らかくしたものの、厳しく言った。


「そなたは上官の命令に背き、我々に攻撃を仕かけた。それは、未成年であるそなたの罪ではなくて、そなたを正しく指導できなかったそこの魔術師の責任なのだ」

「そんな……」

「もういいのよ、レベッカ。……下がっていて。皆で門の向こうに戻って……全部が終わったら開門して、王国軍の皆様を丁重に迎え入れなさい」


 ミランダが微笑んで言うと、レベッカは「嫌です!」と涙ながらに叫んだ。


「私が、私が悪いんです! 私の首で許してください!」

「レベッカ!」

「ミランダ様は、死んじゃだめです! お腹に赤ちゃんがいるんですからぁ!」


 そう叫ぶなり、レベッカはわっと泣きだしてその場に頽れてしまったが――


(……あー)


 泣きたいのは、ミランダのほうだ。


 ミランダは顔を上げ、初冬の寒々しい空を眺めた。

 憎いくらい、いい天気だ。


 終わった、いろいろと終わった。


 ミランダは無意識のうちにお腹を撫で、それを見た部隊長は厳つい顔をきょとんとさせていたが――


「……今の発言は、まことか?」


 部隊長の後ろから、涼しげな声がした。彼は慌てて振り返り、「殿下!」と叫ぶ。


「後方でお待ちくださいと申し上げたでしょう!」

「どうにも軍が進まないようなので、見に来たのだが――」


 大柄な部隊長が馬を動かして、道を空ける。その先には……金色の光があった。


 武装した白馬に跨がる、きらきらしい鎧を纏った金髪の貴公子。血と泥にまみれる戦場であってもその高貴な光を隠せるはずもなく、緑色の目がじっとミランダを見下ろしている。


 ……どくん、と心臓を鳴らせたのはミランダだったか、それともお腹の子だったか。


「殿……下……?」

「久しいな、ミランダ。二年ぶりになるだろうか」


 シリルは無表情のまま言い、べそべそと泣くレベッカを見下ろした。


「……そこの少女が言ったのは、本当か? 君は、お腹に子がいるのか?」

「……」

「ミランダ」

「……は、い」

「……そうか」


 絞り出すようなミランダの返事にシリルはきつく目を閉ざし、そして部隊長を振り返り見た。


「全軍、進軍中止だ。それから、ミランダ」

「……は、はい!」

「交換条件だ。これよりこのアルベック城を、我が王国軍の拠点とする。それを承諾するならば我々はこの城で一切の殺傷や略奪を行わず、君を含めたアルベック城の全ての者たちのことを丁重に扱おう」

「は……」


 シリルの言葉に、ミランダの目尻からぽろりと涙が零れる。

 それを見たシリルは一瞬だけ瞳を揺らし、そしてまた先ほどのような険しい表情に戻った。


「拠点とする間、君たちには我が軍への奉仕活動を命じるが、騎士道精神に反するようなことは決してしないと誓う。……どうだ?」


 それは、王国軍に楯突いたミランダたちにとって、アルベック城にとって……寛大すぎる慈悲だった。


「……は、い。シリル殿下のご随意に」


 ミランダが深く頭を下げて言うと、シリルはほっとしたように息を吐き出した。すぐに兵士たちが門を操作して、破城槌にやられたせいで少し歪んでいた鉄の門がゆっくりと開かれていく。


 こうして、アルベック城は指揮官ミランダの降伏によりリドベキア王国軍の支配下に置かれることになったのだった。

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 しりる( ´・д・)「子を孕んでる、だと…いったい誰の子なんだ…」  読者(*´・д・)σ『鏡をみろ!』
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