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崖っぷち魔術師は嘘をつく~一夜の過ちを犯した相手には、好きな人がいました~  作者: 瀬尾優梨


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11 アルベック城の戦い①

 王国軍の進軍は、早かった。


 髪を高い位置で束ね、軍衣に身を包んだ――レベッカのどうしてもというお願いで、胸の下で切り替えるタイプのローブにした――ミランダは皆に指示を出し、まずは城の門を閉めさせた。


 アルベック城は本城を中心に城壁がぐるりと城下街を囲み、南側の大門で出入りができるようになっている。王国軍は北西からやってきたのちに城壁を迂回して、南の門から攻めてくるだろう。


 そのため、兵力は南の門の前に集中させる。戦闘力のない使用人たちは城に避難させたが、さすがに牛や鶏などまでは連れて入れなかった。動物たちは城下街に残すことになるので、もし南の門が突破されたら王国軍の進軍のために斬り捨てられるかもしれない。


 人間もそうだが、動物たちだって犠牲にしたくない。使用人の中には、かわいがって育ってた家畜を連れて行けないことに嘆き悲しむ者もいた。ペットも同じで、犬や猫も皆城下街に残している。


 慎ましくも温かな空気が満ちる、アルベック城。

 ここを戦場にしないためには、南の門を突破される前に王国軍を撃破しなければならないが――


(無理、ね)


 ミランダは、アルベック城の尖塔のベランダから外を眺めていた。


 ここからだと、北西から進軍してくる王国軍の姿がよく見えた。初冬の大地を踏みしめてやってくる騎兵はもはや、黒い雲のように見える。いくら魔術師でも、二十人足らずであんな数の騎兵を殲滅できるわけがない。


 この戦いは、敗北必至だ。防護魔術を使ったとしても、ジリ貧の負け戦になるしかない。

 それにたとえ魔術で騎兵の数を減らせたとしても、仲間をやられて怒りに燃える騎士たちによって城が蹂躙される。

 美しい城下街が、生き物たちが、人々が、犠牲になる。


(……ごめんね)


 ミランダはお腹にそっと触れてから、ベランダから飛び降りた。

 とん、とん、と空中を蹴って地上に降り、そこで待っていたレベッカたちにうなずきかける。


「……皆、聞いてちょうだい。報告にあったとおり、王国軍の騎兵の数はおそらく三千に上るでしょう。……私たちが戦える相手ではありません」


 今ミランダの前には、魔道学院の生徒たちと十名ほどの兵士たちがいた。

 城が戦場になると聞いた兵士のうち、少しでも戦えそうな者は立候補して剣や弓を手に取った。その中にはかつて「家に帰りたい……」と泣いていた少年兵もいて、ミランダの胸が苦しくなる。


 皆は、気合い十分のようだ。この城を守るために、少しでも王国軍の戦力を削ぐつもりでいる。


 ……だが、それではだめだ。


「皆は、南の門の手前で待機しなさい。指示があるまで、決して門を開けない。しかし……『開けるべきとき』が来たと判断したら開け、王国軍を刺激しないように迎え入れるのです」

「……ミランダ様、それはいったい……?」


 魔道学院の生徒の一人が不思議そうに首をひねるが、ミランダの意図をいち早く察したレベッカがさっと気色ばんだ。


「まさかミランダ様……!」

「ごめんなさい。私はこんな形でしか、皆に報いられません」


 ミランダはレベッカに微笑みかけ、とんと地を蹴った。


「……皆、どうか無事で――」

「させません!」


 今にも南の門を向こうへ飛ぼうとしたミランダの足に、レベッカが飛びついた。まさかそんなことをされると思っていなくて、ミランダはぎょっとする。


「レベッカ!?」

「皆、ミランダ様を止めて! ミランダ様は……ご自分が犠牲になろうとしているの!」


 レベッカが必死の形相で言った瞬間、はっとした様子の生徒や兵士たちが群がってきて、とうとうミランダは地面に着地してしまった。


「ちょ、やめて、やめなさい!」

「やめません!」

「これが一番いいのよ! だから行かせて――」

「……ばらしますよ?」


 突如、顔を近づけてきたレベッカが囁いたため、ミランダはひゅっと息を呑んだ。


 間近で見るレベッカの顔は、真剣だった。

 真剣に……彼女はお腹の子を盾に、ミランダを脅していた。


(レベッカ……)


 それは、厳しくて冷酷でありながらも……レベッカの、最大限の愛だった。


 へたりと座り込んだミランダを一度抱きしめてから、レベッカは皆のほうに向いた。


「……皆で、ここを守るわ! 城も、ミランダ様も……絶対に失わない!」


 レベッカが勇ましく声を上げると、学生も兵士たちも、おお! と声を上げた。

 そんな様を、ミランダは絶望の眼差しで見ていた。


 たった、三十人程度だ。

 負傷者や子どもばかりの三十人で、彼らは三千の王国軍と戦おうとしている。


(私は、そんなことは……)


「やめて! レベッカ、戦うのはだめよ! どうか……」

「……大丈夫ですよ、ミランダ様」


 レベッカは微笑むと、ふと魔法を展開して――そして一瞬の後に、彼女の姿は栗色の髪と青色の目を持つ女性に変化していた。


 まだ見習いだからか、その変化はよく見ると若干怪しいところがある。だがよく知らない者が見ればその出で立ちは、アルベック城の指揮官であるミランダに見間違えられるだろう。


 ミランダの全身から、ぶわっと嫌な汗が噴き出た。


「レベッカ……」

「ミランダ様、優しくしてくれてありがとうございました。どうか……ご無事で」


 レベッカが少女のままの声で言った直後、南の門がドォンと爆音を立てて揺れた。王国軍が巨大な破城槌を持ち出し、門を破ろうとしていた。


 レベッカはミランダにきびすを返すと、たんっと地を蹴った。宙を跳ぶ様はやはり少し危なっかしいが、彼女の後を魔道学院の生徒たちが次々に追い、兵士たちも気合いの声を上げて門のほうに走っていく。


(やめて、行かないで!)


 誰かがミランダの腕を引っ張って、城のほうに避難させようとする。


(戦わないで!)


城門を越えて飛んできた魔術師に気づいたらしく、王国軍の弓矢部隊が前に出る。


(傷つけないで!)


 ヒュンヒュンと弓弦が鳴り、魔術師たちが空中から放った炎が、風が、王国軍に降り注ぐ。

 門の隙間から王国軍を討つために、兵士たちが弓に矢をつがえる。


 誰かの悲鳴が上がる。

 どしゃっと音がして、矢で撃ち落とされた魔術師が地面に倒れ伏す。矢を受けた兵士が、倒れる――


「……やめて!」


 後ろから引っ張る力に抗い、ミランダは飛び出した。


 地面を蹴り、そのひとっ跳びでアルベック城の尖塔まで飛び上がり、南の門を越える。

 右手から放ったまばゆい光を地面に浴びせ、王国軍や馬たちが怯んだ隙に門を飛び越えて着地する。


「……ミランダ様!」


 ミランダが着地した脇には、レベッカがいた。既に彼女の変化は半分ほど解けているし、彼女はぐったりとした仲間を抱きかかえていた。……先ほど、矢で撃ち落とされた男子生徒だ。


(もう、やめて!)

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