僕は正直者
ハーレム連呼回。
一人の女性を五人の男たちが取り合う。
その光景はまるで……。
(ハーレムじゃないか!?)
性別が逆転してしまってはいるが、紛うことなきハーレムが目の前にあった。
前世でも、オタク向けサークルに姫と呼ばれる存在が居ると聞いたことがある。
紅一点の女性メンバーを男性サークルメンバーたちが特別扱いするというもの。
だが、僕が通っていた大学でそのような女性を見かけたことはなかったし、男性にモテる女性は普通に彼氏がいた。
(やっぱりここは漫画の世界なんだ……)
道を歩いているだけでハーレムに遭遇するだなんて、さすがとしか言いようがない。
あまりの感動に、僕はハーレム集団とすれ違ったあとも彼らの姿が見えなくなるまでしばらく目で追っていた。
だから、気づくのが遅れてしまったのだ。
「危ない!」
「キャッ!」
鋭い声とともに護衛が僕を庇い、同時に女性が声を上げながら地面に尻餅をついた。
「大丈夫ですか!?」
僕は慌てて護衛を押しのけ、倒れた女性に近づいて手を差し伸べる。
「坊ちゃま……!」
それを止めようとする護衛たちとファニーを僕は手で制した。
「お怪我はありませんか? 僕の不注意のせいで申し訳ありません」
「いえ、わたくしも周りを見ておらず……」
そう言いながら、僕の手を掴もうと顔を上げた女性は少しばかり驚いた表情になる。
その時、「いたぞ!」「お嬢様!」と騒がしい声がこちらへと近づいてきた。
(やっぱり……)
尻餅をついた女性はどう見ても貴族の令嬢で、王都とはいえ街中を一人きりで歩いているはずがない。
立ち上がった令嬢の周りに、彼女を追いかけてきたらしい侍女と護衛が揃う。
そのタイミングで僕は改めて謝罪の言葉を口にする。
そして、僕の護衛から話を聞き出すと、余所見をしていた僕が向かいから走ってきた令嬢とぶつかりそうになり、咄嗟に僕を庇ったせいで令嬢と護衛がぶつかってしまったというわけだった。
貴族令嬢に怪我を負わせてしまったら、それは家同士のトラブルにまで発展してしまう可能性がある。
だが、目の前の令嬢は冷静で、僕を責めるような言葉を口にすることもなかった。
そんな彼女に仕えている侍女と護衛も教育が行き届いているようで、令嬢の無事を確かめたあとは全ての采配を主に任せている。
どうやら、この件については双方丸く収まりそうだ。
「名乗りが遅れてしまい申し訳ありません。僕はダルサニア辺境伯家の長男、アイセル・ダルサニアです」
「わたくしはアシュベリー伯爵家の長女、ディアナ・アシュベリーです」
互いに自己紹介をしたあと、ディアナはじっと僕の顔を見つめた。
「ダルサニア辺境伯子息様はずいぶんと大人びてらっしゃるから……少し驚いてしまいました」
まあ、中身はとうに成人しているのだから仕方がない。
そんなことよりも……。
「僕のほうこそ、こんなにも美しい方に怪我をさせてしまうところでした。……痛恨の極みです」
僕の言葉を聞いたディアナは目を見開いたあと、「ふふっ」と小さな声で上品に笑う。
「ダルサニア辺境伯子息様は幼くとも紳士なのですね」
「僕は正直者なので美しい方を美しいと言ったまでです」
「まあ!」
年齢はフェリシアより少し下だろうか。
ウェーブがかった鮮やかな赤髪に、エメラルドのような翠の瞳を持つディアナ。
その容姿は華やかな美しさと気品に溢れている。
「そのような褒め言葉をいただけたのは久しぶりです」
そう言って、ディアナは伏し目がちに微笑む。
だが、ほんの一瞬……わずかな表情の変化を僕は見逃さなかった。
何かを堪えるような、憂いを帯びた悲しげな表情。
それを見た瞬間、僕の胸はキュンッと盛大な音を立てて高鳴る。
前世の頃から似たような経験が何度もあった。
どれほど取り繕っていようとも、ふとした瞬間に垣間見える表情や仕草で、僕はその子が抱えている苦しみや悲しみを察知してしまうのだ。
(まあ、ろくでもない男と付き合ってるってパターンがほとんどだったけど)
借金まみれにギャンブル依存、浮気症にDVにアルコール中毒……。
そんなクズ男たちに振り回され傷付いていた彼女たち。
だから、僕がその心を癒やし満たしてあげようと、溺れるほどの愛を惜しみなく与えて与えて与えまくって……。
(ああ、きっと彼女も理由アリだ……!)
僕はにっこりと笑顔を作り、ぶつかってしまったお詫びがしたいとディアナをカフェに誘うのだった。
読んでいただきありがとうございます。
次回は明日の朝8時頃に投稿予定です。
よろしくお願いいたします。




