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王都へ行こう

「アイセル様。ご気分はどうですか?」

「うーん……。まだちょっと気持ち悪いかも」


レイチェルが我が家に押しかけた日から二ヶ月が経っていた。


現在、僕とフェリシア……と、ついでにクレイブは同じ馬車に乗り、街道を走り続けている。

そして、馬車の揺れのせいで気分が悪くなってしまった僕は、フェリシアの太腿に頭を乗せて寝転んだ状態。

そう。膝枕をしてもらっていた。


「全く……軟弱者め」


向かいに座るクレイブが腕組みをしながら苛立たしげに呟く。


(相変わらず器の小さい男だな)


クレイブは僕が馬車酔いをする軟弱者だから機嫌が悪いわけじゃない。

フェリシアに膝枕されている僕が羨ましいだけなのである。


「そうですね。僕は軟弱者なのでこれからもフェリシア様に膝枕をお願いすることになりそうです。ああ、きっと屈強な父上はフェリシア様に膝枕をしてもらうことなんて一生ないんだろうなあ!」

「ぐはっ……!」


どうやら僕の嫌味がクレイブにクリティカルヒットしたらしい。

苦しげに顔を歪める父を横目に僕は膝枕を堪能する。


本来の僕は、女性をデロデロに甘やかしてあげたいタイプだ。

しかし、フェリシアはそんな僕の行動に戸惑った態度を見せ、それよりも僕が子供らしく甘えることを喜んだ。


やはり年齢による弊害が大きい。

いくら僕が伸び代がありまくりな美少年だといっても、フェリシアにとってはまだまだ子供。


(これが十年後だったらなぁ……)


イケメンで頼りがいのある主人公な僕が、これでもかとフェリシアに愛を捧げるのに……。


作戦変更を余儀なくされた僕は、仕方なくフェリシアに甘えながら父を煽り続けている。

いや、こんなふうに甘えるのも悪くはないかも……なんてちょっと思っている。


すると、膝枕をする僕の頭上からクスクスと笑う声が聞こえた。


「随分とお元気になられたように見えますよ?」


そう言いながら、いたずらっぽい笑みを浮かべたフェリシアに僕はうっとりと見惚れる。


父と僕との攻防は毎日のように繰り返され、すっかり慣れたフェリシアは静観し、このように軽口まで叩いてくれるようになったのだ。


(うんうん。いい傾向だよね)


控えめなのは彼女のいいところではあるけれど、あまりに遠慮されると壁を感じてしまう。

だから、これはフェリシアが心を開いている証拠なのだと思っている。


そして、いつか僕の有り余る愛を受け取ってほしい。


「おい、そろそろ着くぞ」


ダメージからなんとか復活したらしいクレイブの声で、僕はようやく体を起こす。


僕たちは辺境の地を飛び出し、数日かけて馬車で王都へ向かっていた。

その理由は社交シーズンが始まるため。


これまで『猛獣辺境伯』などと呼ばれ拗らせていたクレイブは、社交シーズンであっても王都に出向くことはなかった。


「好き勝手に噂をする連中のもとへわざわざ出向く必要はない!」


というのがクレイブの主張だ。


そこへ今回は僕が口を挟む。


せっかく僕の実母リネットが隣国で発見され、クレイブの評価が見直されているタイミング。

そこに、レイチェルがやらかしてくれたおかげで、悪女だと噂されていたフェリシアの身の潔白を裁判で証明する機会を得た。


おそらく貴族たちの間で我が家の動向がかなり注目されているはず……。

飽きられる前に今度はこちらから仕掛け、悪評を覆す振る舞いを見せつけるべきだ。


そんな僕の意見が採用され、王都行きが決まる。

ちなみに領主代理はクレイブの弟が担ってくれることになった。


(せいぜい仲睦まじい夫婦っぷりを見せつけてくれよ)


僕はクレイブと違って器の大きい男なので、自身の感情と必要な行動は分けて考えることができる。

だが、それはそれとしてフェリシアとクレイブの仲が進展する隙を与えたくはないので、社交に参加できない僕も王都についてきたというわけだった。


(おそらくレイチェルは夜会やお茶会に顔を出すことはないだろうし……)


彼女は無事にフレミング男爵に引き取られ、正式にフレミング男爵夫人となったが、社交には一切姿を現してはいないらしい。


(あ……!)


レイチェルといえば、彼女が連れてきたルイスという名の女装メイド男。

元は王都でレイチェルと知り合い、余罪もそこそこありそうだということで王都の憲兵本部へ送られることになったのだが……。

なんと、その道中で逃走を図り、そのままルイスは行方不明になってしまったというのだ。


我が家の応接室から逃げ出すタイミングもスピードもかなりのものだったし、どれだけ逃げることに特化しているのか……。


そんなことを考えていると、馬車がゆっくりとスピードを落とし、やがてタウンハウスの庭へ入っていく。


こうして、王都滞在の日々が始まった。



◇◇◇◇◇◇



王都に到着して二日が経ち、フェリシアがついにダルサニア辺境伯夫人として社交デビューを果たす。


といっても、いきなり王城で開催される夜会ではなく、アルバーン伯爵夫人が主催するお茶会への参加。

アルバーン伯爵夫人とはクレイブの父方の叔母で、つまりはダルサニア辺境伯家と付き合いのある貴族のみのお茶会で経験を積んでもらおうというわけだった。


着飾ったフェリシアは緊張の面持ちでクライブとともに馬車へ乗り込む。


「フェリシア様。もし何か失敗をしてしまったとしても僕が慰めてあげますからね。それに失敗の尻拭いは隣の筋肉にやらせればいいですよ」

「おい」

「ふふっ。アイセル様ったら」


少しだけフェリシアの表情が和らぐ。


「だから、あまり気負わずに楽しんできてください」

「はい。いってきます」


そのまま僕は二人を乗せた馬車を見送った。


(まあ、大丈夫だろうけど……)


念のため、別館時代から僕の世話係でもあった侍女三姉妹の一人、長姉のヘレナを伴につけてある。

別館に追いやられた僕を不憫に思った侍女長の(はか)らいで、幼い僕の面倒を見てくれていた侍女長の娘たちだ。


そして、この三姉妹の侍女としてのスキルは高く、邸宅内で見聞きしたことを不用意に口に出すことは決してない。

だが、僕は知っている。夜になると三姉妹だけで必ず情報共有する時間があるということを……。


(それを僕がスキルで盗み聞きすればいい)


そうすれば、お茶会の様子を正しく知ることができるだろう。


(さてと……)


そして、僕は別の馬車で王都散策に出掛けることにした。


実は、僕が王都までついてきたのには、もう一つ理由がある。

それが王都で開催されていると噂の闇オークションの存在だった。

読んでいただきありがとうございます。

次話は明日の朝8時頃に投稿予定です。

よろしくお願いいたします。

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